四章 勇者、久しぶりに本気出す(2/10)



   ◯



 エリュズ夫妻の案内でエンデ村へとたどり着いたのは日も変わる頃だ。


 アルは恐縮したものの、エリュズ夫妻は恩に報いるため、と自分たちの家の一室を貸し与えた。村に滞在する間、ここにいてもいいとかれけ合った。


 そんなわけで翌朝。台所へ降りたアルは、食卓にて彼を見ながらパンケーキをフォークに刺して固まっている黒髪が美しく輝く少女に明るくさわやかにあいさつした。


 少女は豪快に牛乳を吹いた。


「ぐぇっげふんごほっごほごほ! けふっ」


 あわててけ寄り自前のぬぐいを渡すアル。


「あっありがとうございます……ってうひゃあぁぁぁ骨の人! なんでなんで! あっこの手ぬぐいすごい肌触りいすごい!」


「アルさん、娘が申し訳ない。こらお客さんに失礼だろうハルベル」


「もうハルベルったら。ケーキ落ちちゃったじゃない。早く拾いなさい。机の上だしセーフよセーフ」


 早朝の台所はどったんばったんの大騒ぎである。


「いやお父さんお母さん待ってよ! お客さんとは聞いてたけど予想してないって!」


(そりゃそうだ。実に正常な反応デス)


 ハルベルと呼ばれた少女の弁明にアルは心から同意する。


「こらハルベル。人に指をさすのは止めなさい」


「あ! すいませんでした! それはそれとして手ぬぐいありがとうございます!」


「あれーやっぱこの子もちょっとおかしいぞー」


「うひゃあぁぁああしゃべったぁぁあああー!」


 数分後。もう一回怒られ、不満げにパンケーキをほおばるハルベル・エリュズ。加えてエリュズ夫妻、そしてアルの三人と一体は朝食を囲んでいた。


「じゃあ、しばらくこのスケ──人、うちにいるの?」


「ああ。お父さんの恩人だ。失礼のないようにね」


「恩骨のアルです。よろしくね」


「あ、は、はい!」


 あいさつしつつ、ハルベルはアルを緊張したように見つめている。アルは場をほぐそうとがいこつを手で上に外してみた。


「うひゅ!?」


 ハルベルは思い切りびくついた。失敗である。


「ううう」


 うらめしげにうなりながらサラダのにんじんをかじるハルベル。その顔は幼さがまだ少々残ってはいるが、長い黒髪がよく似合う少女だ。そして、素直で快活。やはり気にはなるのか、アルの方をちらちらとうかがっている。


(何だろうな……性格は全然違うんだが。放っておけないとこは、少しイザナに似てるかな)


 そんなことを考える自分を意外に思いながら、アルは夫妻へたずねる。


「ところで、冒険者組合はどこです?」



   ◯



(しかし、この村……いや、森からか?)


 屋外に出たアルは思う。りよくが濃い。りゆうみやくの上にあるのかと思われた。日中にすら魔力が空気中に広がっている。起きてから一瞬、まだ夜かと思ったほどだ。


(楽だなあ。ちょこっとだけここに滞在してみるのもいいかもな)


 ガンティに教えられた通りの場所にあったのはただの一軒家で、看板に申し訳程度に書かれた『冒険者組合支部』の文字がなければアルもスルーしていたことだろう。


うわさの骨ですこんにちはー……」


 そう言いつつ入るアルの姿は骨マントのままである。エリュズ夫妻が午前の内に村中に触れ回ってくれたためだ。


「ん……ああ、例の。いらっしゃい」


 やる気のなさげな受付嬢がカウンターにほおづえをついている。一瞬驚いたような様子を見せたが、すぐに表情が戻った。


(セクメルとはえらい違いだぜ。場所が変わればってやつかな)


 アルはそう思いつつカウンターへ向かう。予想はしていたが、他に冒険者の姿は無い。


「セクメルからの連絡書。何でかここと連絡取れないって話で依頼を受けた」


「……あら、そ。確かに受け取りました。はいほうしゆう。……でも、返事出来ないのよね、今」


ものが出て大変って聞いてる。グレイトムースは昨日倒したんだが」


「……ああ、森のヤツね。最近はこの辺り、他にもワラワラ魔物がいて孤立化してんの。半年以上前から、近くのはいとりでに魔物が住み着いてね」


「こりつか」


「使いを出そうにも森に魔物がうろついてるから危険すぎて身動き取れない。元々食料に関しては半自給自足な村だからまだなんとかなってるけど……穀物や加工品はだんだん少なくなってる。国も領主様も取り返した領土の確保で忙しくて、こんな国境近い村までとうばつ隊は中々送ってくれなくてね。だから、冒険者への依頼になる」


 そんなことになっていたとは流石さすがに思ってもいなかったアルである。彼を埋めた木こりの青年の言葉もうなずける状況だ。


(ま、世話になる身だ)


 アルは手近なところから、同時受注規定いっぱいまで依頼を選ぶ。受付嬢がややあきれ気味な表情になった。


「……いいの?」


「寝心地のい森だったんでね」


 疑問符を浮かべた受付嬢を残して、アルは村を出る。




「と言うわけで。今日も何匹か狩って来たんですが、しばらくごやつかいになって魔物退治の仕事をしたいと思います──はい、『よろい』成り」


がたいことです。このあばら家でよろしければ、いつまでなりとも……うーん、ここは……」


 夜のエリュズ邸だ。ガンティとアルがせんばんを指す横で、ハルベルが興味深げにアルを見ている。グレトがつまみにくんせい肉を机へ置いた。


「あ~ん……むぐむぐごくん」こうがいこつを開け、くんせい肉を入れ、歯でしやく。そして、


「口の中で消えちゃった……。えーすごいすごい! 魔法スゴイ!」


「ふははは、すごかろう。あっやめてろつこつの中に手入れるのめてぞわぞわするのそれ」


 拍手するハルベルにアルも満更ではない。夫妻は娘の不作法に苦笑いではあるが。


「すいませんアルさん。このようなへきでは客人など珍しいもので──では、本陣に僧兵を」


 夫妻の謝意を受けながら、アルは思う。


(多分だけど、少しは期待されてたんだろうな、この行動)


 しかしアルも、ことさらそれを口に出したりはしない。元勇者なりの処世術だ。


 今はそれよりも、自陣へと食い込んできたガンティの僧兵集団の処理がかんようである。



   ◯



「お、今日も煙上がったぞ。もう日が暮れるか」


「ありゃ例のスケルトンのじんだっけか。毎日毎日良くやってくれるもんだ」


「ああ、エリュズさんとこの。見た目怖いけど結構ひょうきんなお人だよな」


「だな。朝にうちのチビ共が上腕骨とだいたい骨持ってチャンバラしててびっくらこいたけどよ。あの人のでやんの。返しに行ったら四頭身くらいになってた」


 アルがものなきがらを燃やして立ち昇る煙を見て、村人たちが農作業の手を止める。風変わりな来訪者がやってきてから一週間ほど。夕刻前の恒例となった風景だ。




「今日の宿分でございます、家主どの」


「結構です……と言うのも毎日繰り返すと失礼ですな」


「せめてお出しする食事、豪華にしますね」


 アルが差し出す野菜や肉をエリュズ夫妻が受け取る。


 連日魔物を倒し、食べられるものをさばいて山菜なども採取する。受付嬢もあきれるほどの働きぶりだ。天井をあおいでアルはつぶやく。


「もう組合からのほうしゆうも現物とか小切手になっちゃって」


「孤立化している状態ですからな。こんな村ではへいもそうそうたくわえはありませんで」


「食える魔物がもっといれば、村のひとたちにもたくさん分けられるんですがね。ゾンビは流石さすがに食う気しないですし」




◆ゾンビ(人間敵対度……B。多くが人をおそう。人型でも、脳まで腐ると交渉もほぼ不可能)


 死体に残ったたましいが、魔力を得て低レベルの代謝で動いている魔物。人間、動物を問わない。


 たいていは代謝をまかないきれず身体が徐々に腐りちていく影響で、肉食欲求が強くなっていき人を襲う。まれに、魔力が豊富に与えられたり、りよう術士のレベルが高い場合、かなり身体と理性を残したゾンビも存在し、高位のりよう術士は小間使いとしてゾンビを使役することもある。


 戦闘力は大して高くはない。身体のそんしようともない運動能力も落ちるからだ。反面、身体の制限が外れているため力は強い。一般的な致命傷は意味をさないため、頭をつぶすか、活動不能なほどに身体をかいするか、神聖魔法で昇天させるのが有効となる。


 勇者アルヴィスいわく『まれるとゾンビになるってのは、正確にはまれて死ぬとりよう術の魔力が感染してゾンビになる、が実際のとこです。死んでないならきっちり傷口を消毒して治療すれば感染症も防止できて何も問題ないです』




 アンデッドがいることはりゆうみやく上の土地ゆえアルも予想はしていたが、比率的に半分以上を占めるのは予想していなかった。


「俺が言うことじゃないっすけど──アンデッド、多いですね。りゆうみやく上の土地にしたって、自然発生率なんて1%無いはずですが」


「昔はそんなことはなかったんですけどねえ」グレト夫人が嘆息する。


「応援をから呼ぶ……にしても、セクメルですら俺しか依頼受けなかったしなあ」


 アル一人であれば村から外への脱出は可能だ。しかし、多数の村人を連れてとなるとどうしてもものの目に引っかかる。かといって魔物を根絶やしにするにはまだまだだ。


(ここなら普通よりはもつけど、俺は魔力切れって問題があるからなあ。ほんと、何でこんなに魔物がいてんだか。──ミクトラだけでも応援に呼ぶか?)


 と、そこまで考えてアルは食卓の異常に気付いた。用意はアルの分を含め三人分。


「……その、ハルベルちゃんは」


 半分予想しつつもアルが聞くと、グレトは澄ました顔でパンを千切って答える。


「少々おいたが過ぎまして。今日はご飯抜きですわ」


「……ところで何が?」


「ええ……最近夜遊びが過ぎましてね。昨日も門限後に外出していたようでして」


 どこか言いづらそうに答える夫妻。ハルベルも村の外が危険と言うことは知らないはずがない。ひょっとしてあいきかなんかか、とアルは想像する。ともあれ、


「……時に浅ましいお願いするんですけど」


 まゆを上げて続きをうながすガンティ。アルは続けた。


「少々、夜食を失敬しても? 昼間は戦い続けで腹と背中がくっ付きそうでして」


 うそどころか存在しない部位の話に、夫妻は優しく笑って了承した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る