三章 元勇者、子育てをする(3/8)
◯
「勇者様といた時も、組合から
「あるけど必要最低限だったかなー。ただでさえ
セクメルの住宅地を過ぎ、あまり作付けは多くない小麦畑の地帯。黄金色の
「
アルの回答に、ミクトラは神妙な顔でうなずく。
「ある洞窟の時は、主目的は終わった後で、そこに
「さ、
「いや仲間の女性陣からは
してない、とうそぶくミクトラの頬には汗がある。
そんな風にしながら、さらに半時間ほど南へ行った所に、その廃棄墓地はあった。当然ながら、アルがニート生活をしていた墓地とはまた別のものである。
「おーおー、いるいる昼間っから」
「私は良く知らないんだが……アンデッドというのはこんな時間から活動するものなのか?」
小高い丘にある五十メル四方程度の墓場には、スケルトンやゴーストがうろうろしている。その数、二十ほど。
「いーや、無理。大体の低位アンデッドは夜の間しか動けない。ここは……」
アルは地面に手を触れる。
「
「竜脈?」
ミクトラが首をかしげる。
「
説明をミクトラは興味深く聞いていた。彼女なりに
「しかし、それなら昔からこうしてうろついていたのか? ……ああ、だから
「うんにゃ。どうも、廃棄されたのも竜脈出たのも戦争のせいらしい。ここらに魔王軍がいた頃、勇者たちが
言いながらアルは心中でやや汗をかく。
(つまりこれ、ちょびっとは俺の責任か……マッチポンプ仕事!)
それが分かるわけもなく、ミクトラは「アルは博識だな!」と感心している。
さてどうするかな、とアルは墓場を見上げて考え込む。
(そうと知ってしまうと、なおさら問答無用でぶちのめすってのもなあ……)
《……立ち去れぇぇえええええええええ!》
「「っ!」」
すぐ横からの声に二人して振り向く。
「───! はあぁっ!」
即座に反応したのはミクトラだ。剣に手をかける。アルが
「おいミクトラ! ちょい待……」
制止の声も遅く、ミクトラの剣が一体のゴーストを空高く吹っ飛ばした。
「……吹っ飛ばした? ゴーストを」
◆ゴースト(人間敵対度……C。大半が仲間を増やそうと人を
肉体を失った
魂のみの存在のため、接触されると強い精神
勇者アルヴィス
振り抜かれたミクトラの剣には光が
「コツ教えてから今までの間で、武器に魔力通せるようになったのか? おいおい天才か」
「……有害なアンデッドだったか! ならば!」
感心していたアルだが、丘を
「ミクトラ! ステイ! ストーップ! ちょっと待てぇい!」
「その、誠に申し訳ない……」
《いやまあ、いきなり
「おーい、俺の右上腕骨どこ飛んでったー」
墓場の真ん中である。痛そう(?)に頭を押さえるゴーストやあちこち骨を欠けさせたスケルトンに、ミクトラが謝罪している。
「この墓、農民が主だもんな。戦死じゃない。狂った
殺気も無かったし、と続けるアルの予想通り、二十体ほどのアンデッドはその全てが正気を保っていた。
理性ある彼らは、近づく者を
「事実、俺らが来ちゃったしな──んでどうすんの、君ら」
「どうする……と言われても……」
《俺ら、
「俺もアンデッドの友達いるからなあ……」
「今の私としても、アンデッドといえど人に危害を加えるつもりもない者を倒すのは……」
アンデッドとアル、ミクトラが一様に頭をひねる。
「えーと、まず、そうだな。昇天したい人ー?」
アルの呼びかけにしばしの
「それじゃ昇天魔法を使おう。墓からギリギリまで離れてやるから、付いてきて。ミクトラは飛んでった骨とか
「はい……」
付いてこようとした所に
しばし後、墓からは死角になった
「それじゃ、やろうか」
アルが取り出したのは愛用の黒剣である。
「ま、
「まあ待ちたまえ御同輩。──封印解除……ふんっ!」
「…………!」
「神聖剣スカットゥルンド。普段は俺にも弱点なんで属性を封印してるんだけどね。本来のこいつを使った魔法なら、君らを天に送るには十分だ」
一人のスケルトンが、震える指骨で地面に字を書く。
『それで、俺たち
『あんたは……大分自由みたいだが、まだこっちに?』
続けて問うスケルトン。アルが意味を問うように
『俺が昇天を望むのは……もう疲れたってのもあるんだが、こうなってまでこの世に居続ける意味があるのかってことなんだ。あんたには、そういうのあるのか』
「…………」
アルはしばし沈黙した。脳裏に浮かぶのは、イザナの姿だ。
「俺……には、やるべきことがまだあるからかな」
『そうか。あんたは強いんだなあ』
アルが言ったことは
「それじゃ、みんな剣に触れてくれ」
おずおずと集まるアンデッド
『残った
「おっけ。悪いようにはしないよ。約束する」
アルがこくりと
『ありがとう……やってくれ』
聖剣にアルが魔力を込める。封印を解かれた聖剣が、魔力を吸収していく。
──最上級神聖魔法『アセンション』
聖剣によって行使する場合、通常の数倍の効力を誇る。
魂を包んだ膨大な魔力の光が、存在次元を高めながら上昇する。それは、十数メルの高さで物質世界から高次元転移した。世間では天に昇ったと言う。
後には、主を失った布切れや人骨、そして。
……地面に
「おーいアル、すごい光だったが終わったのか……ってうわあああああああ! 大丈夫か!?」
様子を見に来たミクトラが、泡を食ってアルの骨体を抱き起こす。
「い、生きてる時の癖で、自分を対象から外し忘れた……しょ、昇天しそう」
「しっかりしろー! がんばれ! 寝たら死ぬぞ!」
「も、もう死んでる……」
数分後。どうにか耐えたアルを残りのアンデッド
「さ、さて、残りの皆さんはどうしよっか」
「ううん……ここにいるわけにはいかないんですわよね」
「そうだな。多分私たちの次には
女性(?)のスケルトンへとミクトラが答える。彼女も、
《痛いのはやだなあああああああ》
アルは一考し、荷物をまさぐった。
「うーむむ。ではこいつを使おうか……てーれってれ~!」
効果音付で取り出したのは、手のひら大の水晶だ。しかし、その色は暗く沈んでいる。
「……これは?」
「
ミクトラが説明を聞いてやや引いている。
「……とんでもない
「実際貴重だよ。俺も勇者の仲間から
さらっと言うアルにミクトラが「超プレミア……!」と
《それで、どうするんだ……おおおおおおおおお!?》
横から入ってきたゴーストが、興味本位で水晶をつつき、そのまま吸い込まれた。水晶が少しだけ光を
「魔法抵抗力がないと、アンデッドはこうなります。俺は魔法抵抗高いから平気」
「お、おい、これ、大丈夫なのか!?」
《なんだこれー。ひろろろろろい》
ゴーストの声は、水晶の中から聞こえてくる。おお、と周囲から声が上がった。
「出す時は外から簡単な
ミクトラが我が意を得たりというように
「なるほど! ……しかし別の土地か」
「俺がちょい前まで過ごしてた墓地がある。そこも
そこで、アルはミクトラの肩に手骨を置いた。もし彼にまだ表情筋があれば、わざとらしい笑顔が浮いていただろう。
「うん?」
「と言うわけで~、頼まれてくれないか?」
「何を?」
「俺は今セクメル離れらんないし、頼れるのは君しかいない、ミクトラさん!」
「て、照れるな?」
「ほら、遺跡の件、借りだと思ってくれって言ったろ?」
「はい?」
しばらく後。大量の人骨と
「がんばれー重いけどー。そんな離れてないからーファイトー」
「えええ」
アルが手を振る。水晶からも声が響いた。
「よろしくお願いします」《頼むむむむむ》『お世話になります』
「えええええええええええ」
ミクトラの悲痛な声が、墓地にこだました。
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