三章 元勇者、子育てをする(3/8)



   ◯



「勇者様といた時も、組合からけ負った仕事をこなしたことはあるのか?」


「あるけど必要最低限だったかなー。ただでさえおうげきのためにあちこちのどうくつやらとりでやらに潜る日々だったし。ひどい時は数日こもってた」


 セクメルの住宅地を過ぎ、あまり作付けは多くない小麦畑の地帯。黄金色のなみを歩く二人の姿がある。


流石さすがは勇者様だ……過酷な旅をしてきたのだな」


 アルの回答に、ミクトラは神妙な顔でうなずく。


「ある洞窟の時は、主目的は終わった後で、そこにごくまれに出るげんっていう魔物目当てだったけどな。そいつの体から取れる素材が貴重って理由はあったけど、今思えば確認してないやつがいるのが気になってしょうがないって性分だったんだな、あれ」


「さ、流石さすがは勇者様だ……きようしないのだな」


「いや仲間の女性陣からはちやちや死ぬほど文句言われてたんだけど。無理してない?」


 してない、とうそぶくミクトラの頬には汗がある。


 そんな風にしながら、さらに半時間ほど南へ行った所に、その廃棄墓地はあった。当然ながら、アルがニート生活をしていた墓地とはまた別のものである。


「おーおー、いるいる昼間っから」


「私は良く知らないんだが……アンデッドというのはこんな時間から活動するものなのか?」


 小高い丘にある五十メル四方程度の墓場には、スケルトンやゴーストがうろうろしている。その数、二十ほど。


「いーや、無理。大体の低位アンデッドは夜の間しか動けない。ここは……」


 アルは地面に手を触れる。


りゆうみやくのスポット……竜けつだね」


「竜脈?」


 ミクトラが首をかしげる。


ほう使いたちは魔脈、東国の人等は気脈とも言う。生き物は自前の魔力を持ってるわけだけど、要はこの世界って超大型の生き物が持ってる魔力が地表に現れる地点。普通は血管みたいに線になってるんだけど、まれにこういう点で出てることがある。ここはずいぶん小型だけど」


 説明をミクトラは興味深く聞いていた。彼女なりにしやくして、質問を返す。


「しかし、それなら昔からこうしてうろついていたのか? ……ああ、だからはいされた?」


「うんにゃ。どうも、廃棄されたのも竜脈出たのも戦争のせいらしい。ここらに魔王軍がいた頃、勇者たちがじゆうしんの一体と戦ってでかい魔力しようとつしたらしいから。誘発されて、ぽこっと出ちゃったんだろう」


 言いながらアルは心中でやや汗をかく。


(つまりこれ、ちょびっとは俺の責任か……マッチポンプ仕事!)


 それが分かるわけもなく、ミクトラは「アルは博識だな!」と感心している。


 さてどうするかな、とアルは墓場を見上げて考え込む。


(そうと知ってしまうと、なおさら問答無用でぶちのめすってのもなあ……)


《……立ち去れぇぇえええええええええ!》


「「っ!」」


 すぐ横からの声に二人して振り向く。にか、ゴーストが一体近寄ってきていた。両手を大きく広げ、こうげきの態勢を取っている。


「───! はあぁっ!」


 即座に反応したのはミクトラだ。剣に手をかける。アルがあわてた。


「おいミクトラ! ちょい待……」


 制止の声も遅く、ミクトラの剣が一体のゴーストを空高く吹っ飛ばした。


「……吹っ飛ばした? ゴーストを」




◆ゴースト(人間敵対度……C。大半が仲間を増やそうと人をおそう。狂っている者も多い)


 肉体を失ったたましいが魔力をまとった存在である。単純な物理攻撃がかない。聖別された武器や聖水、浄化の属性を持つ物質(塩など)で存在濃度をしやくすることが有効になる。


 魂のみの存在のため、接触されると強い精神かんしようを受ける。魔力のかたまりらしく魔法を使う個体もいるが、生前の知識次第である。


 勇者アルヴィスいわく『エルフのゴーストはちやちや強かった。千歳超えてた』




 振り抜かれたミクトラの剣には光がともなっている。まだ弱いが、りよくの光だ。


「コツ教えてから今までの間で、武器に魔力通せるようになったのか? おいおい天才か」


 みずからの体への魔力駆動マナドライブを行うには魔力の量・技術共に足りていないが、数日で魔力操作を行えるようになるのは相当な才能と言えた。


「……有害なアンデッドだったか! ならば!」


 感心していたアルだが、丘をけあがらんとするミクトラの声に我に帰る。


「ミクトラ! ステイ! ストーップ! ちょっと待てぇい!」




「その、誠に申し訳ない……」


《いやまあ、いきなりおどかしたこっちも悪かったたたたたた……》


「おーい、俺の右上腕骨どこ飛んでったー」


 墓場の真ん中である。痛そう(?)に頭を押さえるゴーストやあちこち骨を欠けさせたスケルトンに、ミクトラが謝罪している。


「この墓、農民が主だもんな。戦死じゃない。狂ったやつは少ないと思ってたんだ」


 殺気も無かったし、と続けるアルの予想通り、二十体ほどのアンデッドはその全てが正気を保っていた。しやべれるスケルトンすらいたほどだ。


 理性ある彼らは、近づく者をおどかすことで傷つけずに追い払っていたのである。──もっとも、そんなことをしたところで一時しのぎ、とうばつ任務が出るのを止められるものではない。


「事実、俺らが来ちゃったしな──んでどうすんの、君ら」


「どうする……と言われても……」


《俺ら、じやものかかか》


「俺もアンデッドの友達いるからなあ……」


「今の私としても、アンデッドといえど人に危害を加えるつもりもない者を倒すのは……」


 アンデッドとアル、ミクトラが一様に頭をひねる。


「えーと、まず、そうだな。昇天したい人ー?」


 アルの呼びかけにしばしのしゆんじゆんの後、半分以上が手を挙げた。アルがうなずく。


「それじゃ昇天魔法を使おう。墓からギリギリまで離れてやるから、付いてきて。ミクトラは飛んでった骨とかさがしてあげること」


「はい……」


 付いてこようとした所にくぎを刺され、ミクトラはしょぼんと回れ右する。


 しばし後、墓からは死角になったくぼで、アルを含むアンデッドの一団が集まった。


「それじゃ、やろうか」


 アルが取り出したのは愛用の黒剣である。


「ま、ほうじゃないの? 物理?」「やべえ」「コワイ」


「まあ待ちたまえ御同輩。──封印解除……ふんっ!」


「…………!」


 きようがくするアンデッドたち。黒剣が、光を放つような白色へと変わっていく。同時に、アルを聖気がちくちくと痛めつける。全開でどうさせているわけでもないので、反発は薄い。


「神聖剣スカットゥルンド。普段は俺にも弱点なんで属性を封印してるんだけどね。本来のこいつを使った魔法なら、君らを天に送るには十分だ」


 一人のスケルトンが、震える指骨で地面に字を書く。


『それで、俺たちけるのか?』


 うなずくアルへ、集う死者たちは一様に力を抜いたように雰囲気をかんさせた。


『あんたは……大分自由みたいだが、まだに?』


 続けて問うスケルトン。アルが意味を問うようにけんこうこつを揺らす。


『俺が昇天を望むのは……もう疲れたってのもあるんだが、こうなってまでこの世に居続ける意味があるのかってことなんだ。あんたには、そういうのあるのか』


「…………」


 アルはしばし沈黙した。脳裏に浮かぶのは、イザナの姿だ。


「俺……には、やるべきことがまだあるからかな」


『そうか。あんたは強いんだなあ』


 アルが言ったことはうそではない。ただ、やるべきことが無くなった時。死者の自分はどうすべきかという問いは置いておいた。気を取り直し、


「それじゃ、みんな剣に触れてくれ」


 おずおずと集まるアンデッドたち。最後に、先ほどのスケルトンが字を書いた。


『残ったやつらのことも、頼んで良いか?』


「おっけ。悪いようにはしないよ。約束する」


 アルがこくりとうなずく。アンデッドらもうなずき、


『ありがとう……やってくれ』


 聖剣にアルが魔力を込める。封印を解かれた聖剣が、魔力を吸収していく。りゆうけつからの魔力も流し込み、アンデッドたちの体からたましいを遊離させる。そのまま、聖剣により聖属性へと変化させた魔力に包んだ。


 ──最上級神聖魔法『アセンション』


 聖剣によって行使する場合、通常の数倍の効力を誇る。


 魂を包んだ膨大な魔力の光が、存在次元を高めながら上昇する。それは、十数メルの高さで物質世界から高次元転移した。世間では天に昇ったと言う。


 後には、主を失った布切れや人骨、そして。


 ……地面にくずれ落ちてぴくぴくしている人骨──アルが残るのみだ。


「おーいアル、すごい光だったが終わったのか……ってうわあああああああ! 大丈夫か!?」


 様子を見に来たミクトラが、泡を食ってアルの骨体を抱き起こす。


「い、生きてる時の癖で、自分を対象から外し忘れた……しょ、昇天しそう」


「しっかりしろー! がんばれ! 寝たら死ぬぞ!」


「も、もう死んでる……」


 数分後。どうにか耐えたアルを残りのアンデッドたちが迎える。骨も回収できたようだ。


「さ、さて、残りの皆さんはどうしよっか」


「ううん……ここにいるわけにはいかないんですわよね」


「そうだな。多分私たちの次にはとうばつ隊が来るだろう」


 女性(?)のスケルトンへとミクトラが答える。彼女も、すでにアンデッドの群との会話を顔色一つ変えずにこなす辺り、慣れてきたものである。


《痛いのはやだなあああああああ》


 アルは一考し、荷物をまさぐった。


「うーむむ。ではこいつを使おうか……てーれってれ~!」


 効果音付で取り出したのは、手のひら大の水晶だ。しかし、その色は暗く沈んでいる。


「……これは?」


よりしろというか、りよう術士が使う。この水晶はたましいとどめておけるんだ。それで支配した魂を持ち運んで、適当な死体とかにひようさせる」


 ミクトラが説明を聞いてやや引いている。


「……とんでもないしろものに聞こえたんだが……」


「実際貴重だよ。俺も勇者の仲間からせんべつにもらったもんだし」


 さらっと言うアルにミクトラが「超プレミア……!」とせんりつする。


《それで、どうするんだ……おおおおおおおおお!?》


 横から入ってきたゴーストが、興味本位で水晶をつつき、そのまま吸い込まれた。水晶が少しだけ光をともしたようにきらめく。


「魔法抵抗力がないと、アンデッドはこうなります。俺は魔法抵抗高いから平気」


「お、おい、これ、大丈夫なのか!?」


《なんだこれー。ひろろろろろい》


 ゴーストの声は、水晶の中から聞こえてくる。おお、と周囲から声が上がった。


「出す時は外から簡単なじゆもんで出せる。こいつで彼らの魂を一時格納! 骨も持ってって、別の土地でまた解放すればいい」


 ミクトラが我が意を得たりというようにうなずいた。


「なるほど! ……しかし別の土地か」


「俺がちょい前まで過ごしてた墓地がある。そこもはいされてるから、当分は平気でしょ」


 そこで、アルはミクトラの肩に手骨を置いた。もし彼にまだ表情筋があれば、わざとらしい笑顔が浮いていただろう。


「うん?」


「と言うわけで~、頼まれてくれないか?」


「何を?」


「俺は今セクメル離れらんないし、頼れるのは君しかいない、ミクトラさん!」


「て、照れるな?」


「ほら、遺跡の件、借りだと思ってくれって言ったろ?」


「はい?」


 しばらく後。大量の人骨と布が入った荷を背負い、かなりの光をともした水晶を持ち、地図を開いて旅装を整えたミクトラがいた。


「がんばれー重いけどー。そんな離れてないからーファイトー」


「えええ」


 アルが手を振る。水晶からも声が響いた。


「よろしくお願いします」《頼むむむむむ》『お世話になります』


「えええええええええええ」


 ミクトラの悲痛な声が、墓地にこだました。

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