三章 元勇者、子育てをする(4/8)



   ◯



「おつかれ! 飲もう!」


 セクメルの組合へ戻り、報告を終えたアルを待っていたのは組合内の軽食スペースにてさかびんを持つレヴァだった。


「ぶっちゃけ君ひまなの?」


「この骨ひどいんですけど! わざわざアフターに待ってたんですけど!」


 半泣きになるレヴァを適当にあやしつつ、アルは他の冒険者に目を付けられぬようかべぎわに向かう。西スラムではある程度の信頼を得たとはいえ、他ではいまだに鼻つまみ者な彼だ。


「何かいっつも酔ってんな君……日のある内に帰るぞ俺。プーチ待ってるし」


「ああ、例の女の子? しょい込むよねえ、勇者サマは」


「うるさいわい。……んで、どうだったん?」


 アルが問う。彼女には、商売がてらセクメルの孤児院を調べてもらっていた。


「ちょっと面倒かもね」レヴァはじゆうめんを作る。


「なんだ、空きがないのか?」


「それもだけど……スラムだのの貧民層出身ってなると、どこも急に態度変わるのよ。これはあたしのかんだけど、ありゃ現場の問題どうこうってより上の事情っぽい」


 アルがあごぼねをさする。何の理由か。根回しにも思ったより時間がかかりそうだと考える。


「へーえ。あの依頼終わったのか。アンデッドどもは相当いたはずだが」


 カウンターから声が響き、アルががいこつを向ける。声の出元はカウンター前にたむろする数人の冒険者だ。周囲がざわつく。


「えらい注目されてんな。あの人らだれ?」


「割にモノ知らないよね……。まあ、生前のあんたからすれば仕方ないか。あれはね、『聖火セイクリツド』級冒険者のガルムと『篝火ベルフアイア』級のランズとスタイブ。この辺りじゃ一番の冒険者だよ」


「ほへー聖火セイクリツド。そりゃ大したもんだ」これには、さしものアルも感嘆の声を上げた。


 聖火セイクリツド級は冒険者としては頂点と言っていい。さらに上の『神火デイヴアイン』級は、聖火セイクリツド級の実力に加え歴史に残るような功績が必要となる名誉階級だ。


 と、ガルムらと話す受付嬢がにこやかにアルたちの方を指差した。ガルムらしき赤黒のよろい男が表情を明るくし、アルの方へと歩み寄ってくる。「え」とレヴァが緊張のおもちになる。


「アンデッド退治の依頼、お前がやってくれたんだってな。町のやつらを代表して礼を言うぜ」


 ガルムはさわやかに笑いかけ、右手を上げてくる。一応アルは「いいの?」と手骨を見せるが、ガルムは気にもしない。かこーん、と平手を打ち合わせる。


 これに、組合内の冒険者たちが再びざわついた。町一番の実力者がアルを評価したのだ。


「俺は別件で忙しくてな。気にはなってたんだが助かったぜ」


「話には聞いてたが、お前、ふうていのせいで面倒な状態なんだろ?」


「何かあるなら相談乗るぜ」


 遅れて、仲間の二人。アルはレヴァと顔を見合わせる。彼らは町の有力者にも顔が利く。


「んじゃ、ちょっとくちきしてほしいことがあるんだけどさ」


 ふたりで席を移り、内容を聞いたガルムが表情を明るくした。


「……孤児院? なんだ、渡りに船だなそりゃ」


「というと?」


「この町治めてる貴族の一つなんだが、アンドルス家って知ってるか」


 アルも勇者時代、当主の顔を見たこと程度はある貴族だ。うなずくと、


「公営とか教会じゃなくて、その貴族が新設した孤児院があってな。今、戸籍も無いような子供たちを受け入れてる最中だ。俺はまあ、そこの後援をしてるのさ」


(レヴァの言う上の事情とはこれのことか?)案外早く判明した──とアルは思いつつ「なんでまた、冒険者がそんなことを?」


「町に居ついてる聖火セイクリツド級ともなるとな。慈善事業の一つもせにゃならんのさ」


 そんなものか、と戦地を飛び回っていたアルは思う。


「じゃあ一人、西スラムの五歳くらいの女の子なんだが。取り次いでくれるかい」


「お安い御用だ。今回の礼代わりと言っちゃなんだがね。今度、一緒に仕事でもやろうや」



   ◯



 戻る頃には日も暮れており、アルは肩車の上でがいこつを抱えるプーチに謝罪する。


「おしごとだし」


 そう言いながらもアルのとうこつを離さないプーチをサランが笑っていたが、


「……ところでな、アル。最初に会った時に話したろ。妙なのがうろついてるっての」


「したした。この辺のじゃない人間が来る、だっけか……こらプーチ、がんこうに手突っ込むな」


「そいつらが来ると、数日の間に、合わせるようにしてゆくが知れなくなるやつが出る」


 アルはややな雰囲気になる。他からは聞かない話である。


「穏やかじゃないなあ。関係は確かなのか?」


「知らん。証拠も何も無い。タイミングは合うってだけだ。役人どもは俺らの人数なんざロクに把握もしてねえし、まともに調べようとする気は無いだろ」


 アルは考え込む。これも大きな町が抱えるやみというものだろうか?


「同じやつが来るのか」


「いいや、まちまちだ。少なくとも三人以上は別のが来てるな」


「組織ぐるみかーめんどくせえー」


 確かに、アルが受けた仕事の中にもそういった者たちの存在をほのめかすものはあった。一部の商売人が、そういった組織とつながっているという話もある。


「いなくなった人は、どういう?」


「孤児ばかりだ。まあさらいやすい上にどうとでも使える。犯罪者どもの考えそうなことだ。……ここ最近はな、お前が近辺で動いてたせいか見なかったんだよ。ただ今日は来ててな」


 アルは生前にはそういった組織と出会うこともなかったが、


(俺が生きてた頃からいたんだろうし、今もいるんだろうな……多分、アロンダにも)


「おなかへった……」


 プーチが頭蓋骨の上でぽつりとこぼし、アルとサランは肩をすくめあう。


「とりあえず、俺らで目を光らしとくしかねえな」


「ああ。……俺、目無いけど。なんかこう、どうにかして光らす」




「そんなわけだから、一人で出歩かないようにな」


「わるいひとにさらわれちゃう?」


「そ。こわいぞー……野菜食べなくても来るぞ」


「やだー」


 あぐらをかいただいたいこつの間に座るプーチへ、アルは野菜煮込みをすくったスプーンを持って行く。普段は顔をそむけるが、おどし文句が聞いたのがしぶしぶ口を開ける。


(……だいぶ血色も良くなったな。あれやこれや食わせたはあったかね)


 ぷにぷにと年相応に膨らんできた頬を指骨でつついてやると、プーチはきゃっきゃと笑う。


「プーチ。最近どうだい」


「たのしい。アルがいるから。またゆーしゃのおはなしして?」


 腹を満たしたプーチがだいたいこつの上でごろごろと寝転がる。


(少しは慣れてきたかな……)


 肉親の死という傷は早々えることはない。思い出す度に痛むだろう。ただ、慣れることはできるはずだとアルは思う。


 プーチの方としては、母親をくしてからこっち、アルを初め向かいのサランじいや、近所の大人おとなもたまに世話をしてくれる。母親のことはまだ悲しいけれど、優しくされるのは、うれしい。うれしければ笑顔も出る。


 母親とアルの違いはだ頭にある疑問の一つだが、プーチにはある種の答えめいたものもおぼろながら浮かぼうとしていた。もう少し時がてば、きっと。


 そんなプーチの最近一番の楽しみは、夜にアルがしてくれる勇者たちの話だ。


「ちゃんと寝るならね」


「ねるとも!」


 返事だけはいいプーチに苦笑する思いで、アルはプーチを寝床へ連れて行く。


「んじゃ今日は勇者の仲間のおじいちゃんサムライ、マガツの話をするか……」


「さむらい?」


「ずーっと遠く、東のヤマって国の剣士さんのことだよ」


「けんし……おじいちゃんなのにつよいの?」


「強かったねえ。剣の腕なら俺──じゃない、勇者アルヴィスよりすごかった」


 プーチは目をきらきらと輝かせる。アルは、


(女の子なのに戦いの話とか好きだよな……)とやや心配しつつ、奇想天外なお話──ほぼ体験談ではあるのだが──で少女を寝かしつける。




 十数分の後。眠るプーチの頭を指骨がなでる。彼女が幸せそうに頬をゆるめた。


(この町でやることも、終わりが見えたな。孤児院決まるまで数日……それまでに言わないとなあ。多分泣くかなー…………ん?)


 物思いにふけるアルの意識が、とうとつに違和感を叫ぶ。生前何度か経験があるそれは、昼に感じたものにも似ているが、昇天とはまた異なる感覚だ。


 体感時間が鈍化する。意識が強制的に上に引っ張られる。視界が虹色に染まり──




「…………はあ、くそ、久しぶりだなここ」


 気づけば、アルは光に満ちた空間にいた。踏みしめる足場は透明な何かで出来ている。


 前に見えるそうごんな意匠の階段の上からは、ひときわすさまじいまでの光輝と共に──


「なんとまあ──嘆かわしい姿になったものよ。アルヴィス・アルバース。我が勇者」


 たましいに直接響いてくる声。階段の上、祭壇にしどけなく座すのは光の衣をまとった女性だ。輝くようなかんばせにしん満ち、嘆き一つですら空間全てを支配するりよくが発されている。


こうみよう神マルドゥ……。最高神サマが一介の人骨ごときに何の御用事で?」


 その名は、世界に数百の教会を持つ最大宗教、その信仰対象の尊名だ。せいじや数多あまたある神々の中でも最高位に位置し、太陽と風をつかさどる。


 はっきり言ってしまえば、この女神よりも尊貴の存在はこの世に存在しない。


 しかし、だがしかし。対するアルの態度はぞんざいである。というか、明らかにいやがっていた。


「ほお、そういう態度か。せっかく目をかけておった人間が、死んだはずなのに我がもとに来ぬばかりか、きんりようと成り果てていたのを見た我の気持ち分かる? ねえ分かる?」


「知りまっせーん。そもそも昇天したってあんたのとこかねえし。あんたらの無茶振りの数々で俺がどんだけ死にそうになったと思ってんの? てか実際死んだしな」


「くわ最悪。そんすぎこの骨。大体授けた神器にも妙な封印かけおって何様。そういうのなんじじゃなけりゃ即天罰ものだって分かってる?」


 対するアルはそくとうこつに指骨を立て、耳をほじるジェスチャーである。


「そういう態度だぞなんじ! 我があらかじめ側神を下がらせておらなんだら、なんじ今頃ひどいからな?」


「そりゃどーも。んで何の用だよ。今育児で忙しいんですけど」


「やれやれ……我が次元まで届いた魔力が知ったものであったゆえ、せっかくだからしんたくを与えてやろうとすればこの不敬。もっとがたがれ」


(昼の『アセンション』を辿たどられたか。欠片かけらがたくねえ……が、神託?)


 とりあえず、と言ったていでアルが聞く体勢を取る。それを認めて光明神は嘆息した。


「本来、人同士の欲業なぞ我が関知するモノではないがな。まあ魔王を廃したなんじには、いまおんちようがちと足りぬゆえ伝えておいてやる──なんじが周囲に人をらう心有り」


「詳しく言えっつの神様。いつもそんなだから人間が迷惑すんだぞ」


 即座に切り返すアルだが、神はにべもない表情で微笑ほほえんだ。


「人に対する助言はここらが限度というものだ。後はなんじが人界で泥にまみさぐるがい」


 光明神がその手を振る。瞬間、アルの足元が口を開けた。アルが無い舌を打つ。


「おい正義と光と風の大女神こらぁぁああああ!」


「はっはっは。昇天し我が側神の列に加わるならばくわしく語ってやるとも……」


 存在次元を落ちながら、アルは遠ざかる神の声をうらめしく聞いた。




「はっ!」


 アルの意識が降りた。あわてて周囲を見回すが、そこは見慣れた住居だ。かたわらには眠るプーチ。


(あんのしようわる女神……しやくだが、神々あいつらがわざわざ人間ごときを自分の神殿に上げてまでうそく意味はまるで無い)


 指骨であごぼねをつかみ、アルが思考をめぐらせる。


(俺の周囲──プーチはそもそもが食い物にされる側だろう。ミクトラとレヴァ──彼女らも無いか。俺が巻き込んだんだし。となれば候補はスラムの住人、セクメル組合の人間。後は……スラムを探る妙なやつら。こいつが本命か)


 そもそも、彼らはどうやって、今日アルが街の外へ出ていることを察知したのか。


(俺の仕事を知ることの出来る人間、もしくは……出る前に伝えたのは、ここの──)


 もはや見慣れた初老男性の顔を、アルはけいついを振り意識から消す。


(くそ、何が神だ。人を疑わせやがるぜ)




「さて……」


 アルが住居からはい出てくる。プーチはめつに夜泣きをしない。母親が病床の身であった頃から、子供なりに気をつかっていたと思われた。


 音もなく屋根へ飛び上がり、耳を澄まし生体りよくを探る。


 月明かりが、人骨を照らしていた。アルは大気に満ちる魔力を感じ取る。


 そのまま、数十分。微動だにせず意識をとがらせる。神の啓示から二日間、これを行っている。


「…………!」


 どくが西方向を向く。ほんのわずかなけんそうだった。家の中で眠っている人間は気づくまい。


 建物の上を飛び走る。これまた、音はほぼない。アル自身の技量もあるが、単純に人骨が軽いためだ。風のように、あるいはもうきんのように夜を飛ぶ。


(……ビンゴかな?)


 大きな布袋を抱えた人影。袋は中から生き物の気配を伝えてくる。


「仕事が早いじゃないか。何度目だい」


 最後の建物の屋根をり、通路に降り立つ。人影の目の前に。


「…………!」


 ふくめんで顔は見えないものの、その人影は絶句した。当然といえた。


(夜の街、月光の下でスケルトンとはちわせ。……レヴァなら泣いてるな)


 だが、ふくめん男の行動は素早かった。即座に布袋を下ろし、ふところから取り出した短剣を構える。


「おっ、やる気かこんにゃろめ」


 アルは徒手の構えを取って、一瞬、大声を出そうかと思いつく。が、住民を危険にさらす可能性がある。加えて、スラムにおいて知らぬ子を助けに出てくる者がいるかも不明だ。


 覆面男が突きかかってくる。その動きは訓練がされたそれだ。


 ただ、それは「ぞくにしてみれば」という話である。アルからすれば技量差は比較する意味すらない。ひょいと指骨第二関節の辺りで短剣の峰を摘む。


「よいしょー」


 東国体術で言うところのアイキの要領で、アルはしゆこんこつひねる。覆面は声にならない悲鳴を上げて短剣を取り落とした。


(さてここのちからげんが重要……っと)


 そして返す刀ならぬ裏平手骨で覆面の顔を打つ。覆面がたたらを踏み、顔を押さえた。


「ぐああっ……!」


 殺すのは論外。気絶もあまり良くない。しかして戦力差を「分からせる」必要がある。


「くそったれめ!」


 覆面はふところから取り出した何かを地面にたたきつけた。その場から大きく煙が広がる。


「失敬な! そんなもんもう出ねえよ!」


 目くらまし。アルは跳躍し、布袋を確保する。袋口を開ければ、中にいるのは口と手足を拘束された十歳ほどの子供だ。子供は月光が差し込む方へ目を向け……


「っ……!??!!?」のぞむ人骨を見て絶句し、気絶した。


「ですよねー……」


 少々心に傷を負いつつ、アルは遠ざかる足音を聞く。方向的には市街。ねらい通りであった。


 とりあえず子供を物陰に寝かし、アルは覆面の後を追う。屋根に飛び移り姿を確認、追跡する。


(多少の訓練は受けてるようだが──山ほどレアもの倒してきた俺の追跡技術、甘く見んなよ)


 富裕層が住む東地区にあるしようしやな館。そこへ覆面が入るのを見届けて、アルは足を止めた。


 ここで踏み入れば騒ぎになる。さらに人目に付いた場合、この場所ではが悪いのはどちらかと言えばアルだ。


「明日からはたんてい業だな……ま、勇者時代から聞き込みは慣れてるさ」


 なお助けたスラムの子供であるが、知ってはいてもやっぱり夜にアルは怖かったらしく、三十分かけてなだめつつ事情を説明した。

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