三章 元勇者、子育てをする(4/8)
◯
「おつかれ! 飲もう!」
セクメルの組合へ戻り、報告を終えたアルを待っていたのは組合内の軽食スペースにて
「ぶっちゃけ君
「この骨ひどいんですけど! わざわざアフターに待ってたんですけど!」
半泣きになるレヴァを適当にあやしつつ、アルは他の冒険者に目を付けられぬよう
「何かいっつも酔ってんな君……日のある内に帰るぞ俺。プーチ待ってるし」
「ああ、例の女の子? しょい込むよねえ、勇者サマは」
「うるさいわい。……んで、どうだったん?」
アルが問う。彼女には、商売がてらセクメルの孤児院を調べてもらっていた。
「ちょっと面倒かもね」レヴァは
「なんだ、空きがないのか?」
「それもだけど……スラムだのの貧民層出身ってなると、どこも急に態度変わるのよ。これはあたしの
アルが
「へーえ。あの依頼終わったのか。アンデッドどもは相当いたはずだが」
カウンターから声が響き、アルが
「えらい注目されてんな。あの人らだれ?」
「割にモノ知らないよね……。まあ、生前のあんたからすれば仕方ないか。あれはね、『
「ほへー
と、ガルムらと話す受付嬢がにこやかにアル
「アンデッド退治の依頼、お前がやってくれたんだってな。町の
ガルムは
これに、組合内の冒険者たちが再びざわついた。町一番の実力者がアルを評価したのだ。
「俺は別件で忙しくてな。気にはなってたんだが助かったぜ」
「話には聞いてたが、お前、
「何かあるなら相談乗るぜ」
遅れて、仲間の二人。アルはレヴァと顔を見合わせる。彼らは町の有力者にも顔が利く。
「んじゃ、ちょっと
ふたりで席を移り、内容を聞いたガルムが表情を明るくした。
「……孤児院? なんだ、渡りに船だなそりゃ」
「というと?」
「この町治めてる貴族の一つなんだが、アンドルス家って知ってるか」
アルも勇者時代、当主の顔を見たこと程度はある貴族だ。
「公営とか教会じゃなくて、その貴族が新設した孤児院があってな。今、戸籍も無いような子供たちを受け入れてる最中だ。俺はまあ、そこの後援をしてるのさ」
(レヴァの言う上の事情とはこれのことか?)案外早く判明した──とアルは思いつつ「なんでまた、冒険者がそんなことを?」
「町に居ついてる
そんなものか、と戦地を飛び回っていたアルは思う。
「じゃあ一人、西スラムの五歳くらいの女の子なんだが。取り次いでくれるかい」
「お安い御用だ。今回の礼代わりと言っちゃなんだがね。今度、一緒に仕事でもやろうや」
◯
戻る頃には日も暮れており、アルは肩車の上で
「おしごとだし」
そう言いながらもアルの
「……ところでな、アル。最初に会った時に話したろ。妙なのがうろついてるっての」
「したした。この辺のじゃない人間が来る、だっけか……こらプーチ、
「そいつらが来ると、数日の間に、合わせるようにして
アルはやや
「穏やかじゃないなあ。関係は確かなのか?」
「知らん。証拠も何も無い。タイミングは合うってだけだ。役人どもは俺らの人数なんざロクに把握もしてねえし、まともに調べようとする気は無いだろ」
アルは考え込む。これも大きな町が抱える
「同じ
「いいや、まちまちだ。少なくとも三人以上は別のが来てるな」
「組織ぐるみかーめんどくせえー」
確かに、アルが受けた仕事の中にもそういった者
「いなくなった人は、どういう?」
「孤児ばかりだ。まあさらいやすい上にどうとでも使える。犯罪者どもの考えそうなことだ。……ここ最近はな、お前が近辺で動いてたせいか見なかったんだよ。ただ今日は来ててな」
アルは生前にはそういった組織と出会うこともなかったが、
(俺が生きてた頃からいたんだろうし、今もいるんだろうな……多分、アロンダにも)
「おなかへった……」
プーチが頭蓋骨の上でぽつりとこぼし、アルとサランは肩をすくめあう。
「とりあえず、俺らで目を光らしとくしかねえな」
「ああ。……俺、目無いけど。なんかこう、どうにかして光らす」
「そんなわけだから、一人で出歩かないようにな」
「わるいひとにさらわれちゃう?」
「そ。こわいぞー……野菜食べなくても来るぞ」
「やだー」
あぐらをかいた
(……だいぶ血色も良くなったな。あれやこれや食わせた
ぷにぷにと年相応に膨らんできた頬を指骨でつついてやると、プーチはきゃっきゃと笑う。
「プーチ。最近どうだい」
「たのしい。アルがいるから。またゆーしゃのおはなしして?」
腹を満たしたプーチが
(少しは慣れてきたかな……)
肉親の死という傷は早々
プーチの方としては、母親を
母親とアルの違いは
そんなプーチの最近一番の楽しみは、夜にアルがしてくれる勇者たちの話だ。
「ちゃんと寝るならね」
「ねるとも!」
返事だけはいいプーチに苦笑する思いで、アルはプーチを寝床へ連れて行く。
「んじゃ今日は勇者の仲間のお
「さむらい?」
「ずーっと遠く、東のヤマって国の剣士さんのことだよ」
「けんし……おじいちゃんなのにつよいの?」
「強かったねえ。剣の腕なら俺──じゃない、勇者アルヴィスより
プーチは目をきらきらと輝かせる。アルは、
(女の子なのに戦いの話とか好きだよな……)とやや心配しつつ、奇想天外なお話──ほぼ体験談ではあるのだが──で少女を寝かしつける。
十数分の後。眠るプーチの頭を指骨がなでる。彼女が幸せそうに頬を
(この町でやることも、終わりが見えたな。孤児院決まるまで数日……それまでに言わないとなあ。多分泣くかなー…………ん?)
物思いに
体感時間が鈍化する。意識が強制的に上に引っ張られる。視界が虹色に染まり──
「…………はあ、くそ、久しぶりだなここ」
気づけば、アルは光に満ちた空間にいた。踏みしめる足場は透明な何かで出来ている。
前に見える
「なんとまあ──嘆かわしい姿になったものよ。アルヴィス・アルバース。我が勇者」
「
その名は、世界に数百の教会を持つ最大宗教、その信仰対象の尊名だ。
はっきり言ってしまえば、この女神よりも尊貴の存在はこの世に存在しない。
しかし、だがしかし。対するアルの態度はぞんざいである。というか、明らかに
「ほお、そういう態度か。せっかく目をかけておった人間が、死んだはずなのに我が
「知りまっせーん。そもそも昇天したってあんたのとこ
「くわ最悪。
対するアルは
「そういう態度だぞ
「そりゃどーも。んで何の用だよ。今育児で忙しいんですけど」
「やれやれ……我が次元まで届いた魔力が知ったものであった
(昼の『アセンション』を
とりあえず、と言ったていでアルが聞く体勢を取る。それを認めて光明神は嘆息した。
「本来、人同士の欲業なぞ我が関知するモノではないがな。まあ魔王を廃した
「詳しく言えっつの神様。いつもそんなだから人間が迷惑すんだぞ」
即座に切り返すアルだが、神はにべもない表情で
「人に対する助言はここらが限度というものだ。後は
光明神がその手を振る。瞬間、アルの足元が口を開けた。アルが無い舌を打つ。
「おい正義と光と風の大女神こらぁぁああああ!」
「はっはっは。昇天し我が側神の列に加わるならば
存在次元を落ちながら、アルは遠ざかる神の声を
「はっ!」
アルの意識が降りた。
(あんの
指骨で
(俺の周囲──プーチはそもそもが食い物にされる側だろう。ミクトラとレヴァ──彼女らも無いか。俺が巻き込んだんだし。となれば候補はスラムの住人、セクメル組合の人間。後は……スラムを探る妙な
そもそも、彼らはどうやって、今日アルが街の外へ出ていることを察知したのか。
(俺の仕事を知ることの出来る人間、もしくは……出る前に伝えたのは、ここの──)
もはや見慣れた初老男性の顔を、アルは
(くそ、何が神だ。人を疑わせやがるぜ)
「さて……」
アルが住居からはい出てくる。プーチは
音もなく屋根へ飛び上がり、耳を澄まし生体
月明かりが、人骨を照らしていた。アルは大気に満ちる魔力を感じ取る。
そのまま、数十分。微動だにせず意識を
「…………!」
建物の上を飛び走る。これまた、音はほぼない。アル自身の技量もあるが、単純に人骨が軽いためだ。風のように、あるいは
(……ビンゴかな?)
大きな布袋を抱えた人影。袋は中から生き物の気配を伝えてくる。
「仕事が早いじゃないか。何度目だい」
最後の建物の屋根を
「…………!」
(夜の街、月光の下でスケルトンと
だが、
「おっ、やる気かこんにゃろめ」
アルは徒手の構えを取って、一瞬、大声を出そうかと思いつく。が、住民を危険にさらす可能性がある。加えて、スラムにおいて知らぬ子を助けに出てくる者がいるかも不明だ。
覆面男が突きかかってくる。その動きは訓練が
ただ、それは「
「よいしょー」
東国体術で言うところのアイキの要領で、アルは
(さてここの
そして返す刀ならぬ裏平手骨で覆面の顔を打つ。覆面がたたらを踏み、顔を押さえた。
「ぐああっ……!」
殺すのは論外。気絶もあまり良くない。しかして戦力差を「分からせる」必要がある。
「くそったれめ!」
覆面は
「失敬な! そんなもんもう出ねえよ!」
目くらまし。アルは跳躍し、布袋を確保する。袋口を開ければ、中にいるのは口と手足を拘束された十歳ほどの子供だ。子供は月光が差し込む方へ目を向け……
「っ……!??!!?」
「ですよねー……」
少々心に傷を負いつつ、アルは遠ざかる足音を聞く。方向的には市街。
とりあえず子供を物陰に寝かし、アルは覆面の後を追う。屋根に飛び移り姿を確認、追跡する。
(多少の訓練は受けてるようだが──山ほどレア
富裕層が住む東地区にある
ここで踏み入れば騒ぎになる。さらに人目に付いた場合、この場所では
「明日からは
なお助けたスラムの子供であるが、知ってはいてもやっぱり夜にアルは怖かったらしく、三十分かけてなだめつつ事情を説明した。
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