三章 元勇者、子育てをする(5/8)
◯
(はいすいませんでした慣れてるとか骨ごときがでかいこと言いました)
翌日から、アルは犯罪組織への調査を始めた。
しかし。簡単な買い物程度ならばともかく聞き取り調査となると、この町で
分かったことと言えば、
「へいへい、退散しますよ。泣くぞもう」
落ち着いて考える所を求めてアルは橋の下へと降り、運河の壁に開いた排水溝から下水道へ入り込む。
中はかなり広い通路となっており、街の各所から
薄暗い中アルが目をこらす。通路はしばらく行くと広がりを見せ、かつて工事していた際の作業用広場や段差、小部屋などもある。
そしてここにも貧しく家のない人々がいくらか暮らしていた。突然の
「さて……」
人気のないところまで移動してから座り込む。
(ここ数日で聖剣起動させた上に昇天
ところで。例によってアルには不案内ではあるが、下水道など地下の空間は町を舞台にしたある種の冒険者
どういうことかと言えば、どぶさらいだ。清掃という意味ではない。下水から様々な物を拾い、生計を立てる者
彼らは動きやすい範囲で数人の組を作り、長大な地下を
そう言った場所で考え事をしていると、必然、こういうことになる。
「……死体に何かご用?」
アルの前には、目だけを出して厚く着込んだ男たちの姿。人数は四。
「おい、スケルトンが
「結構年期の入ったヤツかもしれん」
「さっさと片づけようぜ」
「道具袋も持ってやがる。ツイてるぜ」
口々に
「誤解は解けたかい?」
「すいませんした……」「スケルトンの強さじゃねえ……」「どーか命ばかりは」「登録冒険者様とはつゆ知らず」
数分後、顔のあちこちを
「そうか、ここアンデッドも出るのか」
「
はー、と
「まあ俺も
「……お見逃しくださるんで?」
それでアルも思い出した。下水道の管理は
「あ、そうか違法か君ら。どうしよっかな」
「
「なんでもしますから!」
ふうむ、とアルは考え込む。死体を捨てるのに都合がいい、ということは。
「勘弁する代わりいくつか聞きたいことがある」
「へい、なんなりと……」
恐る恐る、どぶさらいのリーダー格が上目でアルの骨相を見る。
「
「
男
「……『
「あー」「ああ」「やるかもな」
当たりを引いたかもしれない、とアルは身を乗り出す。
「どういう
「
リーダーが即答してくる。
「下町の人間
「昔はまあ、そんな外道はやらなかったんですがね。住人とそれなりの付き合いしてたし」
「
「どっかからガキを連れてきて、食い物与えて教育してんですよ」
男の一人が、
「使い捨て仕事のね。捕まったらそれまでだ。
「だから、もしかしたら
「たとえばだが、こういうとこやスラムの浮浪児は」
アルの追加の問い。男
「調達先としちゃピッタリでしょうね」
ロクな話ではない。アルはもう無いはずの頭痛を感じた。
貴族街にある
小躍りして去っていくどぶさらい
(犯罪組織と、貴族街……あーなんか嫌な感じしてきた)
◯
「──あそこ、あれこれ権利回り道してるけど、大元まで
ところ変わり地上である。レヴァがなんとも言い
「…………マジで?」アルの頭蓋が天を仰いだ。
「マジで。もちろん普通じゃ
ぺら、とレヴァがアルへと返すのは、
「『人を
「あー、そうね。確かに人を食ったよーな話になってきたわ」
レヴァが一人納得して嘆息する。
「ありがとな、レヴァ。この礼はまたいつか」
「あっはっは。いーらーねっつの。生前も今も、あんたにどんだけ借りがあると思ってんの。これでやっと一割返済ってとこね」
アルは貴族街へと視線を向けた。
「悪いねミクトラ、戻ってすぐに」
「まあ、民のためならば仕方あるまい……
貴族街。アンドルス家別宅訪問に際し頼ったのは墓場から戻ってきたミクトラである。貴族としての彼女であれば、門前払いはされまいという判断だ。
「おお、似合ってる似合ってる。やっぱ元が本物だと違うな」
「そ、そそそそうか……もう逆にこういうのは着慣れないんだが」
赤面するミクトラ。彼女の格好は令嬢然とした
「あ、あ、あの、ランテクート様、と、お……お付の……ええと……方。こ、こちらへ……」
別宅を管理する
「おいアル、
「──はっ! すまん、つい生前の癖で……」
アンドルス家当主、アンデルド・カ・アンドルスは留守だったが、アルはこれを契機と実務を担当しているであろう侍従から攻めることにした。
(ランテクートの令嬢は冒険者をしている風変わりな方。と聞いてはいたが……アンデッドまで従えているとは……おお……クレイジー……)
とはいえ彼も、最近スラムに住み着いたスケルトンの
「『
席に着くなりの単刀直入はアルの仕掛けだ。侍従の顔色がさっと変わる。
「わ、私は何も……」
「『私は』というと、関係ある人物を御存知であると」
ミクトラが続けた問いに対しては、すでに
「違……ちがいます、主人はそんなことは」
彼の
(ど、どうするんだアル……私でも分かるくらいに大当たりのようだが)
(うーむ、とりあえず
「そっそれは……! まままま
「へっへっへ、隠し立ては良くありませんな」
(なんだそのキャラは)ジト目で見てくるミクトラ令嬢をあえて無視し、
「
「ほ、本当ですか……? い、いや、そ、そもそも
「こんな
これに、侍従は呼吸を詰まらせて考え込んだ。
(本当かアル)
(無論適当かつ事後承諾だ。公権
(ええ……私もう巻き込まれてるんだが)
軽く汗をたらすミクトラを置いて、アルは話を続ける。
「では……洗いざらい、しゃべってもらえますよね?」
決して短くはない
「くそっ、思ったより全っ然余裕無かった!」
「どうするアル! あの者の言うことが本当であればもうすぐ始まるぞ!」
町をミクトラとアルが走る。
「ミクトラはまず先に孤児院を押さえてくれ! 着替えてな!」
「心得た! そちらは会場へ……いや、一旦スラムに戻るんだな!?」
◯
夕刻を過ぎたスラム。戻ってきたアルを待っていたのは、散乱した木戸、そして
「うわやべえ! 無事か、サランさん!」
「ぐっつ……アル、か。すまん、この
返事を聞き、アルは慣れた手つきで傷の確認をする。打撲があちこちにあるが、もっとも重い傷は
「……しくじった、俺はもう駄目かもしれん。いいか、聞け、あいつら……」
「はいちょっと黙ってようね!」
即座にアルは
「痛っつ……!」
サランの傷に塗り込み、さらに極少量を水に溶かし、飲ませる。
「がはっ! ぐほ……! おいアル、一体何を……あれ?」
「とりあえずこれで大丈夫。血とか体力は戻らないから、しっかり養生するんだぜ」
自らの傷を改めたサランが信じられないといった顔をする。
「傷がふさがっ……な、内臓もか!? おいアル、お前さん俺に何を」
ふーやれやれとアルは小瓶をしまい込む。
「
サランは絶句した。
「……お、おま……それ……」
「まあ買おうとしても多分貴重すぎて値段が付かない。気にしないでくれ」
疑っちゃったしな、とアルは心中で
「気にするわ! お前どうすんだよそんなもん俺なんぞに使って!」
「事・情・を・聞くんですよー。……何があった?」
眼前の
「例の
アルの脳内に、
昨晩逃がした犯人はどうした? 無論戻って、『
「……あっちゃー……。
顔を上げたサランが、アルの
「やってくれんじゃねえの。犯行を待とう、っつーのがまずヌルかったな……」
ゆらり、人骨が立ち上がる。荒らされたプーチの小屋を確認。自分の荷も盗まれている。
「……行くのか」
小屋から出てきたアルへ、サランが常とはうってかわった鋭い眼光と、神妙な顔で問う。
「ちょいと子供を引き取りにね」
「死ぬなよ……いや死んでるんだが。もう一度死ぬこたないだろう」
アルは振り向かず、じっと港の方向を
「止めはしねえ。しねえが……
「人間辞めても、ニートやっても……勇者辞めたつもりはないってな。
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