三章 元勇者、子育てをする(5/8)



   ◯



(はいすいませんでした慣れてるとか骨ごときがでかいこと言いました)


 翌日から、アルは犯罪組織への調査を始めた。


 しかし。簡単な買い物程度ならばともかく聞き取り調査となると、この町でされている彼には困難だ。一度定着した印象をぬぐい去ることは中々に難しい。


 分かったことと言えば、ふくめんが逃げ込んだ館はどこかの貴族のていたくだという程度だ。レヴァにも頼って聞き込みをしてもらっているが、そちらに期待するしかない状況である。


「へいへい、退散しますよ。泣くぞもう」


 落ち着いて考える所を求めてアルは橋の下へと降り、運河の壁に開いた排水溝から下水道へ入り込む。


 中はかなり広い通路となっており、街の各所からつながる通路からなるダンジョン状態だ。町全体の規模から推測できる総延長は五百キルを下るまい。


 薄暗い中アルが目をこらす。通路はしばらく行くと広がりを見せ、かつて工事していた際の作業用広場や段差、小部屋などもある。


 そしてここにも貧しく家のない人々がいくらか暮らしていた。突然のちんにゆう者に驚いてはいるようだが、恐れから寄ってくるものはいない。


「さて……」


 人気のないところまで移動してから座り込む。


(ここ数日で聖剣起動させた上に昇天ほうも使ったからな。多少は休んどくか……)


 ところで。例によってアルには不案内ではあるが、下水道など地下の空間は町を舞台にしたある種の冒険者たちが活動する場である。


 どういうことかと言えば、どぶさらいだ。清掃という意味ではない。下水から様々な物を拾い、生計を立てる者たちである。下水はしよみんから貴族まで一つながりの共通空間である。有用な物やへいなどが捨てられ流されていることもある。


 彼らは動きやすい範囲で数人の組を作り、長大な地下をたんさくしている。


 そう言った場所で考え事をしていると、必然、こういうことになる。


「……死体に何かご用?」


 アルの前には、目だけを出して厚く着込んだ男たちの姿。人数は四。すきのような長柄の道具は下水をさらうためのもので、武器も兼ねている。男たちはそれを構えてアルを囲み出す。


「おい、スケルトンがしやべったぞ」


「結構年期の入ったヤツかもしれん」


「さっさと片づけようぜ」


「道具袋も持ってやがる。ツイてるぜ」


 口々にささやかれに、アルはこきこきとこつを鳴らす。そこへ、四人がいつせいさつとうした。




「誤解は解けたかい?」


「すいませんした……」「スケルトンの強さじゃねえ……」「どーか命ばかりは」「登録冒険者様とはつゆ知らず」


 数分後、顔のあちこちをらして正座するどぶさらいABCDと、かれの荷を椅子にして前に座るアルの姿があった。勇者時代の癖で、戦利品はついつい確保してしまう。


「そうか、ここアンデッドも出るのか」


まれにですが」「犯罪者が死体捨てるにはおあつらえ向きなんでさ」「あとまあ貧乏人もな」「あとネズミも群になるとおそってくるんで」


 はー、とこうがいこつを開いて得心するアル。なるほどここは立派なダンジョンである。


「まあ俺もまぎらわしくて悪かったってとこかね。大きなはしてないよね? しないようになぐったし。すまんかった、行って良いよ」


「……お見逃しくださるんで?」


 ぶんたちの荷物と打ち身用の薬草(特上品である)を渡され、意外そうにアルを見る男たち


 それでアルも思い出した。下水道の管理はめつに行わないとはいえ本来公権力の仕事だ。


「あ、そうか違法か君ら。どうしよっかな」


かんべんしてくださいよ骨の旦那!」


「なんでもしますから!」


 ふうむ、とアルは考え込む。死体を捨てるのに都合がいい、ということは。


「勘弁する代わりいくつか聞きたいことがある」


「へい、なんなりと……」


 恐る恐る、どぶさらいのリーダー格が上目でアルの骨相を見る。感はあるが、仕事上の慣れからか地上の人々ほどの恐れはなかった。


ひとさらいする犯罪組織について何か知ってる?」


ひとさらい、ですか……」


 男たちは考え込む。ややあって、男の一人が声を出す。


「……『猟犬ハウンデラ』どものことじゃねえか?」


「あー」「ああ」「やるかもな」


 当たりを引いたかもしれない、とアルは身を乗り出す。


「どういうやつら?」


どうもいいところですね」


 リーダーが即答してくる。


「下町の人間おどしてショバ代巻き上げる上に、人を売り買いするクソどもでさ」


「昔はまあ、そんな外道はやらなかったんですがね。住人とそれなりの付き合いしてたし」


とうもくが変わったって聞いたぜ。前の頭と次期頭目が抗争で一度に消えたってよ」


「どっかからガキを連れてきて、食い物与えて教育してんですよ」


 男の一人が、やみの中へ何かを投げつけるぐさを見せた。


「使い捨て仕事のね。捕まったらそれまでだ。くわしいことなんて何も教えてねえから、組織に手は伸びない」


「だから、もしかしたらひとさらいもやるかも」


「たとえばだが、こういうとこやスラムの浮浪児は」


 アルの追加の問い。男たちは露骨にいやそうな顔をした。仕事とふうていに反して、かれは人に迷惑をかけるわけではない。一定の良識は持つのだった。


「調達先としちゃピッタリでしょうね」


 ロクな話ではない。アルはもう無いはずの頭痛を感じた。


 貴族街にあるていたくの持ち主までは彼らも知るところではなく、取れる情報はここまでだった。アルは四人を解放し、荷を返してやる。望外の情報をくれた礼に、銀貨を一枚渡した。


 小躍りして去っていくどぶさらいたちを見送り、アルは上を見た。地下天井の闇が広がっている。


(犯罪組織と、貴族街……あーなんか嫌な感じしてきた)



   ◯



「──あそこ、あれこれ権利回り道してるけど、大元まで辿たどったらアンドルス家の別宅」


 ところ変わり地上である。レヴァがなんとも言いにくい顔でアルへと告げた。


「…………マジで?」アルの頭蓋が天を仰いだ。


「マジで。もちろん普通じゃ辿たどれないようにしてる。でも、ウチの商会つながりで、あそこ建てた時に関わった人間がいてさ。こいつがあったから聞き出せた」


 ぺら、とレヴァがアルへと返すのは、どうさいしようフブル・タワワトの書状である。その封筒に書かれた彼女のサインと印章が何かの役に立つかと、アルが貸していたものだ。


「『人をらう心あり』ねえ。そのまんまじゃねーか、もう」


「あー、そうね。確かに人を食ったよーな話になってきたわ」


 レヴァが一人納得して嘆息する。


「ありがとな、レヴァ。この礼はまたいつか」


「あっはっは。いーらーねっつの。生前も今も、あんたにどんだけ借りがあると思ってんの。これでやっと一割返済ってとこね」


 アルは貴族街へと視線を向けた。




「悪いねミクトラ、戻ってすぐに」


「まあ、民のためならば仕方あるまい……貴方あなたふうぼうではひともんちやくあるだろう」


 貴族街。アンドルス家別宅訪問に際し頼ったのは墓場から戻ってきたミクトラである。貴族としての彼女であれば、門前払いはされまいという判断だ。


「おお、似合ってる似合ってる。やっぱ元が本物だと違うな」


「そ、そそそそうか……もう逆にこういうのは着慣れないんだが」


 赤面するミクトラ。彼女の格好は令嬢然とした洒落しやれたワンピースである。一応貴族として……とレヴァに用意してもらい着替えたのだが、かたわらの人骨のせいで台無しと言う感はある。


「あ、あ、あの、ランテクート様、と、お……お付の……ええと……方。こ、こちらへ……」


 別宅を管理するじゆうが、恐る恐るというように二人を応接間へ促した。


「おいアル、つぼの中など見てないで行こう」


「──はっ! すまん、つい生前の癖で……」


 アンドルス家当主、アンデルド・カ・アンドルスは留守だったが、アルはこれを契機と実務を担当しているであろう侍従から攻めることにした。


(ランテクートの令嬢は冒険者をしている風変わりな方。と聞いてはいたが……アンデッドまで従えているとは……おお……クレイジー……)


 とはいえ彼も、最近スラムに住み着いたスケルトンのうわさは耳にしていた。おかげで、そつとうするのはなんとか避けられた次第だ。


「『猟犬ハウンデラ』について御存知のことがあるかと思いますが」


 席に着くなりの単刀直入はアルの仕掛けだ。侍従の顔色がさっと変わる。


「わ、私は何も……」


「『私は』というと、関係ある人物を御存知であると」


 ミクトラが続けた問いに対しては、すでにそうはくと言った領域を通り越した顔色になる。


「違……ちがいます、主人はそんなことは」


 彼のろうばいを見た二人が視線を交わす。


(ど、どうするんだアル……私でも分かるくらいに大当たりのようだが)


(うーむ、とりあえずきようは……安心させよう)


 うなずいてアルが机に置いたのは、先だってレヴァに貸していたフブルの書状だ。


「そっそれは……! ままままどうさいしようの印章……!?」


「へっへっへ、隠し立ては良くありませんな」


(なんだそのキャラは)ジト目で見てくるミクトラ令嬢をあえて無視し、


をすれば、主家と非合法組織との関わりを助けたとして、罪はアナタにも降りかかるかもしれませんよ。ですがここで我々についておけば、後のあつかいも違ってくるでしょうな」


「ほ、本当ですか……? い、いや、そ、そもそも貴方あなたは一体……」


「こんなふうていですがね。ないていのような者とご認識ください」


 これに、侍従は呼吸を詰まらせて考え込んだ。


(本当かアル)


(無論適当かつ事後承諾だ。公権しようは普通に犯罪だから気をつけような)


(ええ……私もう巻き込まれてるんだが)


 軽く汗をたらすミクトラを置いて、アルは話を続ける。


「では……洗いざらい、しゃべってもらえますよね?」


 決して短くはないしゆんじゆんの後──じゆうの口が開く。




「くそっ、思ったより全っ然余裕無かった!」


「どうするアル! あの者の言うことが本当であればもうすぐ始まるぞ!」


 町をミクトラとアルが走る。しつそうする令嬢と人骨は思い切り注目を集めていたものの、それを気にするひまは二人にはない。


「ミクトラはまず先にを押さえてくれ! 着替えてな!」


「心得た! そちらは会場へ……いや、一旦スラムに戻るんだな!?」


 うなずき合い二人は別れる。アルは足場を建物の上に移し、矢のごとく町を横断する。



   ◯



 夕刻を過ぎたスラム。戻ってきたアルを待っていたのは、散乱した木戸、そしてまみれのサランだった。ぶわ、と全身に汗がく錯覚をアルは得る。


「うわやべえ! 無事か、サランさん!」


「ぐっつ……アル、か。すまん、このざまだ」


 返事を聞き、アルは慣れた手つきで傷の確認をする。打撲があちこちにあるが、もっとも重い傷はわきばらの刺し傷だ。


「……しくじった、俺はもう駄目かもしれん。いいか、聞け、あいつら……」


「はいちょっと黙ってようね!」


 即座にアルはふところしよう品袋からびんを取り出した。中の粘液を、


「痛っつ……!」


 サランの傷に塗り込み、さらに極少量を水に溶かし、飲ませる。


「がはっ! ぐほ……! おいアル、一体何を……あれ?」


「とりあえずこれで大丈夫。血とか体力は戻らないから、しっかり養生するんだぜ」


 自らの傷を改めたサランが信じられないといった顔をする。


「傷がふさがっ……な、内臓もか!? おいアル、お前さん俺に何を」


 ふーやれやれとアルは小瓶をしまい込む。


かいじゆの樹液使ったなんこう。外傷ならたいてい治る。死んでたり部位が吹っ飛んでたりしてなけりゃ、だけど」


 サランは絶句した。


「……お、おま……それ……」


「まあ買おうとしても多分貴重すぎて値段が付かない。気にしないでくれ」


 疑っちゃったしな、とアルは心中でびる。


「気にするわ! お前どうすんだよそんなもん俺なんぞに使って!」


「事・情・を・聞くんですよー。……何があった?」


 眼前のどくから発せられた低い声に、サランも我に返る。下を向き、地面をなぐった。


「例のやつらだ……。プーチをさらって行きやがった! くそ、注意していたはずがこのざまだ」


 アルの脳内に、ひとつながりの失策が浮かんだ。


 昨晩逃がした犯人はどうした? 無論戻って、『猟犬ハウンデラ』の上役に報告したはずだ。そして上役は当然気づく。最近よくうわさに上る、西スラムで幼女と暮らすスケルトンのことを。


「……あっちゃー……。あやまるのはこっちだなこれ。俺がかつだった」


 顔を上げたサランが、アルのどく面を見て息をむ。


「やってくれんじゃねえの。犯行を待とう、っつーのがまずヌルかったな……」


 ゆらり、人骨が立ち上がる。荒らされたプーチの小屋を確認。自分の荷も盗まれている。


「……行くのか」


 小屋から出てきたアルへ、サランが常とはうってかわった鋭い眼光と、神妙な顔で問う。


「ちょいと子供を引き取りにね」


「死ぬなよ……いや死んでるんだが。もう一度死ぬこたないだろう」


 アルは振り向かず、じっと港の方向をえている。


「止めはしねえ。しねえが……くやれよ」


 がいこつの剣士が屋根へと飛び上がる。屋根をけながらつぶやく言葉が、届いたかどうかはアルには知れない。


「人間辞めても、ニートやっても……勇者辞めたつもりはないってな。をまとえど心はにしき──ま、どころか皮の一つも無いんだが」

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