三章 元勇者、子育てをする(6/8)



   ◯



「たのもーとりゃあ!」


「お、おいなんだテメギャッ」


 アンドルス家じゆうから聞き出した、こうわん部に存在する倉庫の一つ。夜が近くなり、周囲にはアルが会うなりこんとうさせた見張り以外は人っ子一人いない。しかし扉の向こうには、


「お、おいなんだテメギャッ」


「そいや!」


 判で押したような対応をする受付の『猟犬ハウンデラ』構成員も判で押したような対応でなぐり倒す。


(奥から多数の人間の気配。そんで……金貨銀貨の音)


 そう、ここは会場であった。アンドルス家と『猟犬ハウンデラ』による、である。倉庫なのは外見だけで、内部はまるでホールを持った公会堂のような作りだ。


 アンドルス家は歴史ある貴族だが、権力の場から長く離れ、今代になってからは財務状況もひつぱくしていた。そこで昨今様々な非合法商売を行い始めた『猟犬ハウンデラ』から持ちかけられたのが、消えても誰も気にしないスラムの人間を対象にした孤児院経営による人身売買。そして今日この日こそ、初の商品お即売会──というのが、アルがじゆうから聞いた話だ。アンドルス家の別宅は『猟犬ハウンデラ』の商談やたくらみに使っていたのだ。


「そーっと……おお、いるいる」


 内部に作られた扉を静かに押し開き、アルは会場を見る。まず目に映るのは壇上に上げられた子供たち。そして子供たちを見上げるように、幾人もの大人おとなの姿だ。


 大陸五ヶ国連合において、数年前より連合国内のれいは禁制となっている。


『戦時において貴重な人的資源を、私的財産としてあつかわせておく余裕はない』という理由で、禁令が連合会議を通ったのだ。とはいえ、これに反対する貴族や富裕層は少なくない。この大人たちは、要するにそういった手合いだ。


「盛況だなおい。泣けてくる。アンドルス氏は……あれかな多分」


 アルは記憶の隅にある男性を、壇上奥に座る仮面の人物たちの中にいだした。彼らはこの商売の中心人物たちだ。初の機会にそろって顔を出していたのだった。


(さあて、どう踏み込みますかね)アルが算段を始めた時だ。


「よく来てくれたじゃないか」


 アルの左後方、階段の上から声が降る。


「一緒に仕事するって約束だったしな。様との」


「ああ、そうだったそうだった。まあアンドルスの旦那もなあ。商品の頭数そろえようとあせって、わざわざお前みたいのを呼び込んじまうとはね。やっぱ素人しろうとに部下を任せるもんじゃない」


 扉を閉めつつのアルの皮肉を込めた軽口へ、高名な冒険者──ガルムがほほんだ。


「さて、仕事の話の前に──骨さんよ、お前本当は何者だ?」


 りに腰をもたれさせ、ガルムが問う。


「勇者の仲間なんてホラ話だと思っていたが、お前の荷物見て笑ったぜ。そこらの商会じゃ値打ちすら付けられねえしろものがゴロゴロしてやがる。レアなほう封じた魔石も山んなってるしな。反射魔法のかいじゆキー、今度教えてくれよ」


「あ、やっぱ持ってってたんだ。他人の家のモノ持ってくとか、非常時の勇者以外は違法だぞ」


 アルはやれやれと腰に手を当てる。ちなみに、勇者の非常時徴発を受けた場合、後で国から補償が(新品換算で)出る。そのため、民衆は勇者を率先して家に招きたがる。


「聞いてるだろう。俺は勇者を手助けしたスケルトンさ。多少制作者にいじってもらってるけどな。道具袋の中身は勇者の形見分けだよ。モノによっちゃ扱い間違うと死ぬぞ」


 それに、ガルムは一瞬複雑な表情を見せた。


「ふん、まあいい……全くのデタラメでもないんだろうよ」


うたぐり深いやつだなあ)


「そしてお前自体中々見所がありそうだ。どうだ、変に俺たちをぎ回るのは辞めて、こっちに付かないか」


「は?」


「『猟犬ハウンデラ』は町のゴミだったが、俺がとうもくをぶち殺して代わりに収まってからは貴族や商人どもを顧客にして勢力を広げてきた。お前の持つ品とコネがあれば、さらに影響力を持てるようになる。もちろん幹部待遇だ。あのお気に入りのガキも返してやるよ。どうだ?」


 アルはとうこつをぽりぽりとひっかく。


「ここは就職あつせん所だったのか。じゃあとうな仕事紹介してくれ。なるべく楽で、寝てても金がもらえて、ボードゲームと遊び相手支給で三食出るやつなら最高だ」


「死人の真っ当ってなそうなるのか? ……いやならその気になってもらうまでだがな。お前、死なない程度──いや死んでるのか。まあ、たましいが散らない程度に痛めつけてやれ」


 言って、彼は階段を登っていく。上階の部屋の扉を開きながら、付け加えた。


「気が変わったらいつでも言えよ。ここまで届くように大声でだ」


 階下の別口から現れた二十を超える『猟犬ハウンデラ』構成員が扉を閉め、アルを包囲し始めた。


「今日二度目だな、こういうのは」


 階段にいる二人──ランズとスタイブがそれぞれの得物を構える。


「さあて、この人数に加えて俺ら二人相手だ。多少は腕に覚えがあるようだが……」


「貴様、篝火ベルフアイアだろう? おれたちもそうだ。同格の人間相手を、アンデッドと同じように倒せると思うなよ」


「同格ね」


 アルは奥のホールから聞こえる『人をらう者たち』の声を聞く。表現できない苦笑いの代わりに、あごばねをカタカタ鳴らしてやる。


「じゃあ、ちょーっとだけ頑張っちゃおうかな」



   ◯



「お前の保護者はどうなるかな。倒されるならそれも良し、ここまで来るならなお良し……」


 倉庫の二階を丸々使った部屋。巨大なソファの上で、ガルムは手足を縛って転がしていたプーチへと半ばひとごとのように語りかけた。彼女は今回の商品ではない。アルへ最初に孤児院の話を持ちかけた時から決めていた、彼への人質だ。


「アルはまけないよ。ゆーしゃのなかまだもの」


 はっきりとした返事が返ってきたのを意外に思い、ガルムはプーチを見返す。


「……まあお前もおかしなやつだな。アレのふうていなつくとは」


「アル、こわくないよ」


 それを聞いてガルムののうによぎるのは町の面々だ。と笑う。


「お前の方が余程度胸があるな!」


 扉に幾条ものせんこうが走った。次いで、断片となって吹き飛ぶ扉。


 それをしたのは、けんせんと投げ込まれた二人の幹部だ。顔のほとんどをれ上がらせて白目をき、完全に気絶している。


「同じ篝火ベルフアイアでも腕はミクトラのが数倍マシだな。さて、家主が世話になってるそうで」


「アルー!」


 のそりと、がいこつの剣士──アルが現れた。プーチが不自由な手足でぴょこぴょこと跳ねた。


「おまたせ、お姫さま」


「遅かったじゃないか。……だがまあ。うれしいよ」


 くつろいだ様子で、ガルムは片手を広げてみせる。


「そいつら程度じゃ話にもならないってのが。それでこそ、俺の右腕に相応ふさわしい」


 アルは黒剣をこつかついで、下を向きわざとらしくけいついを振る。


「犯罪組織の右腕骨なんざ、めんだね。犬にくれてやる方がまだマシだ」


「はん、勇者の元仲間のプライドか。そんなにその立場がいモンかね?」


 いぶかしげにアルが前を向く。にくにくしげなガルムの視線が彼を射抜いた。


「勇者がどうなった? 散々勝手な民衆の言いなりになって最後はてつぽうだまあつかいであの世行きだ。いくら名声を高めようが、冒険者の頂点があれなら御免だね、そうだろうが」


(むう。別に言いなりで動いたつもりはないんだが)


 ちょっとあきれ気味で黙るアルであった。しかし事実死んでるもんだからバツが悪い。


 ガルムが立ち上がる。その背後に、ぽつりと幼女の声がかかった。


「ゆーしゃ、すきだったの?」


 空気が凍った。ガルムが一瞬目を見開いて、プーチをにらむ。


「……さえずるなよ、


 ガルムが両の短剣を抜き放つ。その切っ先がプーチののどに触れた。あわてるアル。


「こらこら、子供の言うことだろ!」


「最後のテストと行こう。お前を従えれば、この町にじやものはいなくなる」


 アルは、黒剣を構えた。先の二人には見せていない、東国の剣術を聖剣でもあつかえるようアレンジしたアル独自の構えだ。


(うむむ、俺のせいでこいつのような踏み外したやつが──────とかさあ)


 そこまで考えて、カカカと歯を鳴らして笑う。びしり! とガルムを力強く指さす。


「思うわけねえ───だろこの野郎! そのひん曲がった性根たたなおしてやらあ!」


 アルは聖剣を振りかぶり、突き出した。当然間合いの外だ。しかし、その剣先はガルムへと迫る。


(投げただと!? めやがって……こんなもんッ!)


 ガルムが短剣ではじき、そこで気付く。アルの腕骨が、肩・上腕骨・とうこつしゆこんこつと、それぞれ完全に離れている。それがとうてきとすら感じたロングレンジの正体だ。しかも、


(剣まで手放して……!)


 手から剣が離れているため、先のはじきによるしようげきはアルの腕に無い。手の向かう先は、


「よっと」


 アルの指骨がプーチのえりくびをつかむ。そして彼の腕骨が、見えない何かに引き戻されるように再び合体した。


「アルー!」


 プーチが、あごぼねへと頭を押しつける。


「……なるほど、りよくによる操作か」


 ガルムがけんしわを寄せてとくしんする。スケルトンは、その体を肉や健でつないでいるわけではない。かれの体をつなぐのはただ一つ、魔力のみだ。


 ゆえに。その魔力を強く操れるならば、今のような曲芸も可能だと言うわけである。


(あ、でもけっこー魔力使うなこれ……)


「まあいさ。そいつの役割はお前をここに呼んだ時点で終わりだ」


 ガルムはあごで横を示す。


「だってさ。端っこでおとなしくしてなさい」


「あぶなくない?」


 アルがうなずいてやると、プーチは自ら部屋の隅へと向かう。


「がんばれー。アルー」


「おーう。任せとけぃ」


 声援に応えて、アルはさやを構える。ガルムは、これもまた部屋の隅に転がる黒剣を見ている。


「剣を捨てるか。よもや、返してもらえると思っているわけではないな?」


「思ってないけど、優しさって大事だぞ人として。俺と違って血も涙もあるんだから」


 嘆息するガルム。


「得物を捨てて俺の相手が出来るとでも?」


 返答の代わりと言うように、ごき、とアルが指骨を鳴らす。ガルムの目がわった。


「死んだ野郎が慢心してんじゃねーぞオラァ!」


 ガルムがソファをる。少なくとも百キラムはあるだろうそれが、かべぎわまで追いやられた。その反動で、跳ぶ。


 おおかみきばにも似た上下二段のざんげきをアルがかろうじてかわす。次いで繰り出される突き。


(うお早っや……流石さすが聖火セイクリツド級!)


 それをさやで流しながら、アルは感じ取る。ガルムはもう片方の短剣で反撃に備えている。かつに切り返せばカウンターだ。


 だが、アルは半身になり体ごと踏み込む。当然のようにおそい来るもう一方の短剣を、


「アルッ!」


 ──叫ぶプーチの声にこたえて──彼は。ガルムの顔がきようがくゆがむ。


「肉を切らせて骨をつッ!」


 そのまま、さやでのチャージを決める。ガルムの顔が跳ね上がるが、その勢いのまま後転を入れてダメージを殺しつつ間合いを離した。


「なんて、肉無いけどな」


「っつ……ふ、ふん! あいつらでは相手にもならんわけだ」


 鼻を鳴らして血を飛ばし、ガルム。


「少々大人おとなはないが、さっさと済ますか。……聖火セイクリツド級の意味を知るがいい」


 短剣をさかに持ったガルムが、その腕を広げる。その体にみなぎるものがある。


 ばあん、と空気が鳴る。


 なかばガルムの姿を見失ったアルが、それでも気配をとらえてとつさやたてにする。


「遅いぞ骨野郎!」


 高い音が響き、ガルムの二の剣がアルの肩をかすめた。避けきれない。


魔力駆動マナドライブ!)


 アルが力任せに振り抜いた一撃は当然当たらない。天井をり、ガルムが着地した。


「良く防いだ。……だが、もうお前に勝ち目はない」


 魔力駆動マナドライブ。これを行える者は、そうでない者に対し圧倒的なアドバンテージがある。攻防速度全てにおいて。


 アルがかろうじて攻撃をしのげたのは、自身も駆動者ドライバであることと、技量の面でガルムの上を行っているからだ。


(先日のアセンションに神聖剣の封印解除──こっちがやるにはふところ具合が足りないな!)


 無いものは仕方がない。気を取り直してアルは構えを解いた。


「はーびっくらこいた。無い心臓が口から飛び出るかと思ったわ。──それでは」


 えて息ををする。小さく跳ねる。そして……新たに構える。


「ほお、拳闘か」


「あたり。しゅっしゅ」


 素振りをしつつ、さやを持った左腕を曲げて前へ、右腕を構えて半身になる。


「出来ればくだける前に言えよ。代わりの骨を探してやるのも面倒だ」


 ぼ、と人体が風を抜く音を発してガルムが打ち込む。その速度はやはり圧倒的だ。


 二合、あわせて四げき。アルは全てかろうじてさばいた。こつこつへ薄く刀傷がきざまれる。反撃の余裕はない。


 数度の交錯の後、ガルムの回しりがアルを捉えた。さやで受けたものの、派手に吹き飛ぶ。


「アルッ!」


 プーチが悲鳴を上げた。だがアルは壁を蹴りつけることで激突を防ぐ。


「なんのまだまだ。俺はほうれん草と小松菜食ってんだ」


 ガルムが短剣を握ったまま、アルを指さす。


「これが駆動者ドライバ……人を越えた者の力だ。面白いぞ。どんな達人ヅラしているやつでも基本性能差だけでほえづらをかく。お前は頑張ってる方だ」


「達人ね」


 好機とばかりに、アルは返事をしつつ各所の可動を確かめる。


「だがしよせんは勇者の仲間も同じ穴のむじなのようだな。この力の前には……」


 ガルムの陶酔。アルは軽く、ひとさし指骨をくいくい動かして返事とした。かかって来いや。


「はっ!」


 挑発に乗ってくるガルム。それは当然のことで、今の彼とアルの戦力差で、注意することなどない。それは、戦力だけ見れば確かなことと言える。しかし。


「ッ!!」


 交戦から二度目。再びガルムの顔が跳ね上がる。


「何……とらえられた……?」


 ダメージはほぼないが、ガルムが意外そうな顔をする。アルは拳を開きぷらぷらと揺らした。


「もうじやだなこれ」


 これまでたて代わりに幾度も攻撃を防いできたさやを外し床に放る。ガルムがげつこうした。


「図に乗──」


「そりゃお前だ。──本当の達人に会ったこと無いんだな」


 断ち切るようにアルが言葉をかぶせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る