三章 元勇者、子育てをする(7/8)



   ◯



 上階の争いの気配が一瞬止まり、ミクトラは顔を上げる。


「アル…………」


 ミクトラはエントランスに向き直る。アンドルス家経営の孤児院を押さえた後、急いで人身売買の取引現場へとやってきたのだ。


 エントランスには床を埋める勢いでふくめんの男たち──『猟犬ハウンデラ』構成員だ──が彼女の手によりしばられていた。ミクトラが到着した時に倒されていた者たちだ。


 抵抗する者はいなかった。


「あの……スケルトン」


 誰とも無いつぶやきに、起きている全ての者たちが息をんだ。ミクトラも顔を向ける。


 先ほど行われた『猟犬ハウンデラ』幹部とあのスケルトンの戦い──いや、あれは戦いではない。


 心を折られただけだ。一方的に。あの二人だけではない。ここにいる『猟犬ハウンデラ』の全てが。




 二十分ほども前。


「お前ら」


 ランズとスタイブ──秒殺した幹部二人の頭をわしづかみにしたスケルトンが、そのれつな所業に反して軽い声で階下の倒れたふくめんたちに語りかけた。


 どく頭が階下を見る。そのがんあおい炎がともる。すさまじい圧を全員が感じる。


 その『圧』は隔絶した能力差を、動作を介さず『押し付けて』威圧するある種の技術であるが、それを彼らが知るよしもない。


「続けてで悪いがな。。──いいな。わかれ」


 威圧されきった者たちにとっては、その声はほぼ誓約じみたしばりをもたらした。




 結果。先ほどミクトラが館へ入り込んできた時も、それを止めたりおそったり出来る者はいなかった。完全に彼らの中で、支配者が入れ替わっていた。すでに一度、ガルムにより屈服させられた経験を持つ者たちだ。もう、ろくに自分の頭で考えることも避けているのが常態となっていたのだった。


「勝てない。誰も」


 反論はなかった。


「──とうりようでも」


 反論はなかった。



   ◯



 魔力駆動マナドライブは術者に圧倒的な身体能力と頑健性、りよく抵抗を与える。それは人型のりゆうと例えられるほどで、可能な者は軍単位ですらしような戦力と考えられる。


 これを打ち破るには同じく魔力駆動マナドライブを行う生命体か、大火力魔法のちよくげき、もしくは人海戦術による魔力切れねらい、矢雨などの避け切れぬ物量による波状攻撃などが必要とされる。


 しかし、圧倒的な能力を与えられる魔力駆動マナドライブであるが、変化をもたらさない要素も存在する。


 だ。




「…………ッ!」


 二発。三発。『置かれた』アルのひだりこぶしが、ことごとくガルムの突進を止める。


 ダメージはほぼない。しかし、


当たる……! ここまでしようげきがある! 骨だぞあいつは! 三十キラムもない!)


 理解できず、ガルムが心中で毒づく。


「そりゃもー見切ったもんね。こーなりゃいくら速かろうが特に関係ない」


「!?」


 心を読んだかのようにアルが言う。


 ガルムは激しく左右へフェイントをかける。だが、一歩でも前に出た瞬間に、ご、と左拳が打ち込まれる。半身にして前に出た左半身から繰り出される左の拳が、点の小ささに反して壁のごとくガルムをはばむ。


「ちっ!」


 いやがり、ガルムが大きく後ろへ飛んだ。アルは構えを崩さない。


「後はまあ、単なる技だ。体重移動と打法に加えて、カウンターな。こう、ビシッと」


 黙って聞いていたガルムだが。深く息をいて口元を拭う。


「だから何だ? 言っておくがほとんどいてねえぞ。状況なんぞ何も変わっていない」


 アルは返事をしない。ガルムは舌打ちする。


「……引き込もうとしている俺が言うのも何だがな。……大人おとなしく死んでいない。得があるわけでもないだろう。お前がこの世に残っててなんの意味がある?」


「…………」


 死人。その言葉はアルの心を揺るがすほどではない。だが、死人がいまだここにいる理由。それはアルが未だいだしていないものだ。


「そいつは──」


 答えの定まらぬまま、アルが何かを言おうとした、その時。


「なかったらだめなの?」


 迷いが混じる言葉は、つぶやきに止められた。プーチだ。ふたりが彼女を見る。


「んと、いきてるりゆうっていうの、なくてもねー。いるんだからしょうがないよ」


「何──」


 思わず問い返したガルムに、さらにプーチが重ねた。


「だっているんだもん。あとね、わたしアルすき。アルは、いなくなりたい?」


「い、いや……まあそりゃ、進んで消えたくはないけども」


「じゃあいいよね、それで」


 部屋の時間が止まったように、静まりかえる。


「ぷっ……くっ、ははっ」


 知らず、アルから笑いの音が漏れた。プーチとガルムの間に入りながら、背後を指し示す。


「だとさ」


 ガルムは苦い顔だ。納得はしていない。


「分かんないか」


 アルが構えを変えた。半身はそのままだが、腰を落とす。


「じゃまあ、やっぱ勇者の仲間の仲間にはしてやれないな。これからのご活躍をお祈りいたします」


「抜かせ!」


 ガルムがさらに背後へ飛んだ。おおなクラウチングスタートのように、四ついとなる。


 たわむ体にすさまじいりよくが張りめぐらされる。


 アルの構えが待ちだったのがガルムに有利に働いた。さらに、彼の目の前に魔法じんが三重に展開される。


「お、しようかん魔法式」


 ガルムのきりふだだが、アルはあっさりと術理をかんする。その予想の通り、呼ぶのは。陣を一つ突破するごとに、本来別座標の存在を呼び寄せるだけの魔力が追加で付加される。


くだけた骨は都合してやるよ。安心して吹っ飛べ『連鎖召颶風コールアツプ・ブラスト』……!」


 発射される。音速をはるかに越えて、鋼鉄を越える強度となったガルムが刃を構えて突っ込んでいく。完全に速度に乗った。先ほどまでアルが使っていた、止めるための拳はすでに意味をすまい。


 ず、とアルがさらに深く構え、左腕のひじから先を上げた。このに及んで受け技、と勝利を確信したガルムのこうしようが、音速超過のしようげきくだけ拡散する。


「──静拳奥伝『如月キサラギセン』」


 ガルムの剣の切っ先がアルのひだりしやつこつに触れる。


 接触と同時、アルの腕──尺骨がわずかに回る。その極小の回転は衝撃を僅か体に逃がす。体が僅かに回る。その極小の回転は衝撃を僅かだいたい骨へ逃がす。だいたい骨からそくこん骨が僅かに回る。その極小の回転は衝撃を僅か地面へ逃がす。再び尺骨が僅かに──


 これらの行程が、接触の一瞬で継ぎ目無く繰り返し行われた。結果。


 ごうおん。大理石の床が豪快に割れる。ほうらくまでは至らなかったが、巨人すら貫くそのりよくが、余さず地面へと逃がされたためだ。


「おー、中々。当たってたらバラバラだったな」


「なんだと──」


 空中にあってぼうぜんと言葉をつむぐガルムを、下からの衝撃がおそった。アルの打ち上げるしようていだ。


 やはりダメージはほぼない。しかし、彼の体はすでに技の威力を失っている。浮き上がる。


「さーて。大してかないんならごくだぞー。早めにを上げとけよ」


「何……ぐ!?」


 ご、ご、ご、ご、ご、ごん! と。魔力駆動マナドライブの強度のため、人をなぐったとは思えぬ硬質の音が連続して響く。


 アルのひだりこぶしだ。精妙な運足運体により連打でありながら重さを持つ拳が、宙にあるガルムに連続して撃ち込まれている。空中に縫いつけるために。


「今の俺で一セット何発入れられっかなー。──動拳『フルカリ』」


 六、七、八、九。高度が下がり始めた所でみぎしようていの打ち上げ。そしてまた左拳の連打。


「ぐ、あ、お、お、お、お、お、お、う、ぐ!」


 左拳九、右掌底一のセットが再びたたまれる。ガルムにとって、一撃のダメージはほとんど無い。無いが、


「ひとでおてだましてるー……」


 ぼうぜんと、割れた床にへたりこんだプーチがその光景を見ている。すでに短剣はガルムの手から離れ、地に落ちている。


 さらに打ち上げ。さらに連打。空中で逃げ場のないしようげきがガルムの体内に鈍く残り出す。骨格がきしむ。徐々に肉が打撲症状を訴える。


(く、くそっ! 一撃はなんてことはない! な……のに……!)


 内にもる思考が、再度の打ち上げにより中断される。連打が再開する。


(止まら……ない……!)


 打撃への反応に思考が支配される。また中断。そして連打。


「ぐ、お、っ……!」


 アルはごたえの変化を感じ取る。鉄のごとき感触がせ、肉を打つ感触がある。魔力駆動マナドライブが切れている。


「お・し・お・き・終了! せ──────の!」


 最後の一撃は右ストレート。ガルムが頬をゆがませて吹き飛んだ。床を転がり、大の字になる。


「が、はっ、ごふっ……」


 そのかたわらにアルは歩み寄り、彼の状態を確かめる。全身打撲の状態ではあるが、致命傷には至っていない。


 プーチが割れた床をよちよちと、アルの元へ歩いてくる。彼女を骨の腕で抱き上げて、


げんこつ、痛かったろ? さっさと降参すりゃあいいのに」


 ガルムへ告げる。彼は苦しげに体をよじった。


「ぐ、信じ、られん……、魔力駆動マナドライブも無しの、素手で……この俺を……。だが……どうするつもりだ。俺は……この町では捕まることはない」


「アル……うわ、なんだこのありさまは!」


 そこへ現れたのはミクトラだ。先ほどのごうおんに、流石さすがに様子を見に現れたのだった。部屋のさんじようにたじろいだものの、気を取り直してアルへ告げる。


「下の会場は押さえたぞ。か『猟犬ハウンデラ』のふくめんたちが貴族側を裏切って手伝ってくれたんだが……。何かしたのか?」


「な──! ぐ、ぐぬ……! いや……! たとえつかまろうが、すぐに釈放だ……」


 町での信用、そしてがガルムを守るということだ。やろうと思えば、裁判の人員全てを息のかかった者でまとめることすら可能である。


 だがアルは、動じることなくある物に視線を移す。それは、最初に切りきざんで吹き飛ばした扉の欠片かけらだ。


「だとさ。最初から大体全部、聞こえてたね?」


 そこには、一枚の符が張り付けられている。


《やれやれ、終わりよったか》


 符から、半透明の人型が浮かび上がった。二百を越える年齢に反し十歳ほどの少女の姿。長くあおい髪に朱の


「わー! だれ?」


「通信符、だと……! しかもどうさいしよう──『えいの神火フブル』!?」


 プーチが目を輝かせ、ガルムはきようがくに歯をきしらせた。


《ガルムとやら。『猟犬ハウンデラ』とアンドルス家を用いたお主のたくらみの数々、全て聞かせてもらった。……この件は王都にて審議する。からんでおったセクメルの者たちまとめて、な》


 ガルムの表情が固まる。ややあって、その体を再び大の字に倒した。


「──ちっ、ここまでか……おい」


 呼びかけに、アルはがいこつを傾けた。


「お前よりも強いのか、勇者の仲間は──あの剣士のじいさんと、そこのガキんちょ宰相も」


《おうなんじゃ若造。わしめとるのか。やんのか? やんのか?》


「もっちろん。今のお前程度一発だな」


 アルはぐっと親指骨を立てる。ガルムはいやそうに顔を背けた。


「くそっ……ああもう、好きにしやがれ」

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