三章 元勇者、子育てをする(7/8)
◯
上階の争いの気配が一瞬止まり、ミクトラは顔を上げる。
「アル…………」
ミクトラはエントランスに向き直る。アンドルス家経営の孤児院を押さえた後、急いで人身売買の取引現場へとやってきたのだ。
エントランスには床を埋める勢いで
抵抗する者はいなかった。
「あの……スケルトン」
誰とも無い
先ほど行われた『
心を折られただけだ。一方的に。あの二人だけではない。ここにいる『
二十分ほども前。
「お前ら」
ランズとスタイブ──秒殺した幹部二人の頭を
その『圧』は隔絶した能力差を、動作を介さず『押し付けて』威圧するある種の技術であるが、それを彼らが知る
「続けてで悪いがな。上の代替えだ。大人しくそこにいろ。──いいな。わかれ」
威圧されきった者
結果。先ほどミクトラが館へ入り込んできた時も、それを止めたり
「勝てない。誰も」
反論はなかった。
「──
反論はなかった。
◯
これを打ち破るには同じく
しかし、圧倒的な能力を与えられる
体重だ。
「…………ッ!」
二発。三発。『置かれた』アルの
ダメージはほぼない。しかし、
(
理解できず、ガルムが心中で毒づく。
「そりゃもー見切ったもんね。こーなりゃいくら速かろうが特に関係ない」
「!?」
心を読んだかのようにアルが言う。
ガルムは激しく左右へフェイントをかける。だが、一歩でも前に出た瞬間に、ご、と左拳が打ち込まれる。半身にして前に出た左半身から繰り出される左の拳が、点の小ささに反して壁の
「ちっ!」
「後はまあ、単なる技だ。体重移動と打法に加えて、カウンターな。こう、ビシッと」
黙って聞いていたガルムだが。深く息を
「だから何だ? 言っておくがほとんど
アルは返事をしない。ガルムは舌打ちする。
「……引き込もうとしている俺が言うのも何だがな。……
「…………」
死人。その言葉はアルの心を揺るがすほどではない。だが、死人が
「そいつは──」
答えの定まらぬまま、アルが何かを言おうとした、その時。
「なかったらだめなの?」
迷いが混じる言葉は、
「んと、いきてるりゆうっていうの、なくてもねー。いるんだからしょうがないよ」
「何──」
思わず問い返したガルムに、さらにプーチが重ねた。
「だっているんだもん。あとね、わたしアルすき。アルは、いなくなりたい?」
「い、いや……まあそりゃ、進んで消えたくはないけども」
「じゃあいいよね、それで」
部屋の時間が止まったように、静まりかえる。
「ぷっ……くっ、ははっ」
知らず、アルから笑いの音が漏れた。プーチとガルムの間に入りながら、背後を指し示す。
「だとさ」
ガルムは苦い顔だ。納得はしていない。
「分かんないか」
アルが構えを変えた。半身はそのままだが、腰を落とす。
「じゃまあ、やっぱ勇者の仲間の仲間にはしてやれないな。これからのご活躍をお祈りいたします」
「抜かせ!」
ガルムがさらに背後へ飛んだ。
たわむ体に
アルの構えが待ちだったのがガルムに有利に働いた。さらに、彼の目の前に魔法
「お、
ガルムの
「
発射される。音速を
ず、とアルがさらに深く構え、左腕の
「──静拳奥伝『
ガルムの剣の切っ先がアルの
接触と同時、アルの腕──尺骨が
これらの行程が、接触の一瞬で継ぎ目無く繰り返し行われた。結果。
「おー、中々。当たってたらバラバラだったな」
「なんだと──」
空中にあって
やはりダメージはほぼない。しかし、彼の体は
「さーて。大して
「何……ぐ!?」
ご、ご、ご、ご、ご、ごん! と。
アルの
「今の俺で一セット何発入れられっかなー。──動拳『
六、七、八、九。高度が下がり始めた所で
「ぐ、あ、お、お、お、お、お、お、う、ぐ!」
左拳九、右掌底一のセットが再び
「ひとでおてだましてるー……」
さらに打ち上げ。さらに連打。空中で逃げ場のない
(く、くそっ! 一撃はなんてことはない! な……のに……!)
内に
(止まら……ない……!)
打撃への反応に思考が支配される。また中断。そして連打。
「ぐ、お、っ……!」
アルは
「お・し・お・き・終了! せ──────の!」
最後の一撃は右ストレート。ガルムが頬を
「が、はっ、ごふっ……」
その
プーチが割れた床をよちよちと、アルの元へ歩いてくる。彼女を骨の腕で抱き上げて、
「
ガルムへ告げる。彼は苦しげに体をよじった。
「ぐ、信じ、られん……、
「アル……うわ、なんだこの
そこへ現れたのはミクトラだ。先ほどの
「下の会場は押さえたぞ。
「な──! ぐ、ぐぬ……! いや……! たとえ
町での信用、そして取引先がガルムを守るということだ。やろうと思えば、裁判の人員全てを息のかかった者でまとめることすら可能である。
だがアルは、動じることなくある物に視線を移す。それは、最初に切り
「だとさ。最初から大体全部、聞こえてたね?」
そこには、一枚の符が張り付けられている。
《やれやれ、終わりよったか》
符から、半透明の人型が浮かび上がった。二百を越える年齢に反し十歳ほどの少女の姿。長く
「わー! だれ?」
「通信符、だと……! しかも
プーチが目を輝かせ、ガルムは
《ガルムとやら。『
ガルムの表情が固まる。ややあって、その体を再び大の字に倒した。
「──ちっ、ここまでか……おい」
呼びかけに、アルは
「お前よりも強いのか、勇者の仲間は──あの剣士の
《おうなんじゃ若造。
「もっちろん。今のお前程度一発だな」
アルはぐっと親指骨を立てる。ガルムは
「くそっ……ああもう、好きにしやがれ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます