三章 元勇者、子育てをする(8/8)



   ◯



 ――一週間後。呼び出されたセクメルの冒険者組合にて、受付嬢が何とも言いにくい顔でアルへ感状を渡していた。


「えー……篝火ベルフアイア級冒険者、アル殿。人身売買に関与した犯罪組織『猟犬ハウンデラ』とアンドルス家をらえた貴方あなたの行動は町の治安向上への貢献大として……」


 アルはそれを大半聞き流しつつ周囲をうかがっている。


(すげえ微妙な空気なんですけど! 俺められてんだよな!?)


 ガルムは言ってみればセクメルの英雄だ。彼が突如重犯罪人として王都へ連行、そしてそれをやったのが町からまれているもののスケルトン、とくれば彼らの反応は無理もない。


(説明はされてるはずだけど。……少し派手にやりすぎたな)


 とアルは思う。事件の解決のみならず、この数日間フブルを通じて町の権力者への『説得』も多数行っている。


「それでは、こちらを授与します。ですが、『猟犬ハウンデラぼくめつについては、冒険者組合としては依頼の発効前でしたので……」


 感状と少々のほうしようを受け取り、アルはしゆこんこつを振る。


「いーよいーよ。成り行きだし」


 り付く視線から逃げるように組合を後にして、アルはスラムへと足を向ける。



   ◯



 ガルムの打倒後。セクメルを預かるアンドルス家以外の貴族には国から直接の要請があり、スラム環境の改善事業が始まった。


《やれやれ、話をでかくしおって》


「まあいいじゃん。言われた通り身をにして働いた結果だぜ」


《ぐぬぬ。身なんぞ無い癖に》


 フブルはってはいたものの、問題が見えたからには解決に動かぬ人間ではない。


 ミクトラへは、


「例の水晶を換金して、孤児院の資金源にしてくれるかな。ランテクート家の名前があれば、早目に換金できるアテも見つかるっしょ」


「う、売るのかこれを……うう、勇者様の遺物……もつたいい……」


 彼女の実家がどう言うかがアルの心配事ではあったが、後に聞くところによると孤児院の引継ぎ含め貴族に相応ふさわしい仕事だとかいだくしてくれたらしい。



   ◯



「や。元気してる?」


 自分の荷物をまとめたアルが、サランの元へと現れたのは旅立ちの当日だ。


「……無事だったようだな、ま、うわさには聞いてたがよ。大したもんだ」


「あんたもね、サランさん。……いや『猟犬ハウンデラ』先代頭領サラミス・マッケインと呼んだ方がいいかな?」


 光無いがんこうがサランを見た。一瞬の沈黙があり、サランは観念したように息をついた。


「──ばれてたかよ」


「後から考えてみりゃ、『猟犬ハウンデラ』がやってたスラムの人さらい下見について話してたのは、あんたしかいないんだよね。『猟犬ハウンデラ』はきっちり偽装してて、他のスラム住人は気付いてなかった。それで、ちょっとあれこれ調べさせてもらった」


 サランの目が変わる。こうこうから、裏の世界を生きる者の目に。


「お前なら、もしかすればやつらをつぶしてくれるかと思ってな。──まあ、期待以上だ」


 にい、とサランが酷薄に笑うが、アルは緊張の素振りもなく切り出した。


「んーなこと言ってサランさんよ。あんた、スラム自体を助けようとしたでしょ」


「…………何のことだよ」


「いやいいからそういうの。ガルムを俺に倒させるなら、直接俺へ『猟犬ハウンデラ』の情報を流すだけでいい。大体プーチ世話したりかばって刺されてる時点で言い訳聞かねえし」


 ずけずけ言いつのるアルに、サランは決まり悪そうに黙り込んだ。


 サラミス・マッケインは、ガルムによる『猟犬ハウンデラ』乗っ取り後、死をよそおってスラムへと潜んだ。その後、かつての彼から見てもどうの所業に走る『猟犬ハウンデラ』をどうにかするために策を練っていたところに、スラムへ現れたのがアルだったというわけだ。


「──悪党なりの責任ってやつだ。そんなナリでもかたのお前には理解できんだろうがな」


 ちよう気味につぶやいて、サラン。それを無視して、アルは指骨を立てた。


「いや分かる分かる。だから再就職先用意した」


「──ああ?」


 つかまるつもりで両手をそろえて出しかけていたサランが、そのまゆをひん曲げた。


「大きな声じゃ言えないんだけど、結局はぐれ者を集めて管理する受け皿が無いと、色々不都合あるみたいなんだよね。だから、フブルさんがそんじゃあ専門家に丸々投げろって」


「どういうこったよ」疑問丸出しの声音で、サランが問い返す。


「『猟犬ハウンデラ』を再編して、町の裏を管理してよ。表の仕事も用意する」


「……まさか」


「アンドルス家が商売に使ってた孤児院だ。後援はランテクート家。当然、人身売買は無し」


 投げられた言葉に、サランはしばらくあつにとられ──やや後、頭をがしがしといた。


「お上とつながってガキどもの世話する悪党かよ。世も末だな、ったく」


「悪いね院長」


「院長だあ!? おいおいかんべんしろや」サランが泡を食って叫ぶ。


「命助けたろ? 恩返しと思ってよ」


「ぬっく……そいつを言われると参るな……。あの薬の代金なんざとてもじゃねえが払えねえ」


 互いに肩をすくめた。アルの骨のこぶしがサランの胸をたたく。


「俺は悪目立ちしたんでね。そろそろ町を出るよ。また近くまで来たら寄るから、プーチをよろしく」


「言ったな、覚えとくぞ。元気でや……いや死んでるか。達者でやれ……同じかこれも」


「いやまあ、分かる分かる」



   ◯



「アルっ! アルー!」


「げ」


 セクメルのそともんが見えたところで、背後からの声につかまった。振り向けば、よてよてと危なっかしい勢いで走るプーチの姿がある。その更に背後には、ミクトラの姿だ。


「黙って消えようと思ってたのに、ミクトラのやつ……ちょ、おい、危な、落ち着け! 待ってるから!」


「ううううううー!」


 プーチを落ち着かせようとするも、半泣きな彼女の勢いは止まらない。そしてアルの予想通り、足を引っかけて体勢を崩す。


「ああもう……とりゃ!」


 アルも走り込み、ダイビングしてプーチの下に腕骨を差し込んだ。


「ないすきゃっち。みゅへへ」


「みゅへへじゃないよお嬢さん」


 苦りきった口調でたしなめて、アルはプーチを抱き上げて視線を合わせる。


「アル、いっちゃうの?」


「……ごめんなー」


 いやだ、とはプーチは思っていたが言わなかった。顔を寄せて、ぎゅうとけいついへと抱きつく。


「またくる?」


 涙声である。アルは優しく頭をでた。


「約束するよ。プーチは俺の心のしようだからな」


「うにゅ?」


 疑問の声。アルは笑う。


「いるんだからしょうがない、ってな。なんか楽になったぜ」


「あ、それー?」


 プーチが顔を離し、再び二人が顔を合わせる。


 死者がまだここにいたいと思い、誰かが死者を好きだから。


 プーチの母親に足りなかったのは、手段だけだ。その事実を、彼女は受け入れた。


(それをまあ、このとしでなあ…………大したもんだな。俺よかよっぽど骨がある)


「アルをほねさんにしたひとも、わたしも、アルがすきー。みゅへへ、アルもてもて」


 プーチが笑う。アルもあごぼねをカタカタと鳴らし、笑いを伝えた。


「参りました。プーチ、また来るよ。絶対」


「……うん!」


 プーチがもう一度強く抱き着いてくる。町に出入りする人々が、ぎょっとしたように二人を見るが、彼らはしばらくそのままでいた。

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