三章 元勇者、子育てをする(2/8)



   ◯



 奇妙な共同生活が始まった。スケルトンと幼女の住む家はすぐに人々の耳目に触れた。口さがないうわさも出たようだが、それを直接アルに言えるような人間はいなかった。


 アルはと言えば、翌日からすぐに冒険者組合に向かった。アンデッドである彼は飲まず食わずでもなんとでもなるが、プーチはそうもいかない。サランをはじめとした周囲の人々が食べ物を分けてくれるとも言って来たが、そればかりを頼りにするわけにも、とアルは考える。


(預金は凍結中だし、荷物を売るにしても……)


 アルの所持品はしよう品が多すぎる。レヴァを頼っても、換金には時間がかかる。


「それよりは健全にかせぐべきかな。……この前ミクトラにほうしゆうゆずったと思ったらまたこれだ」


 幸いに、仕事自体はとどこおりなくけることが出来た。プーチと離れずに済むよう、西スラム近場の仕事をけ、さくっと解決する。




case.1……町やスラムに侵入する野犬・おおかみげき退たい。(まんま死神のようだ、と恐れられた)。


case.2……犯罪組織の取引現場になってしまっているスラム近隣のはい工場・廃屋の取りこわし作業数件(ほぼ怪談の現場と言われた)。


case.3……スラム住人も使う町の井戸を占拠している水売りの集団を退去させる(荒事をかくしたら着いた時点で悲鳴を上げて逃げられた)。


 etc.etc……




 もはや何でも屋といった様相ではある。そして、それらの報酬で食料その他を、


「お、おい! あんた俺の店に入るな! 帰ってくれよ」


「ふははは! ならばさっさと品を包むことだな! さもないとずっとここに立ってるぞ」


「なっ……」


「ちゃんと金は払うから安心しなさい。早くしないと客にあいさつもしちゃう。こんちはー」


 立ち寄りかけたご婦人が、すごい勢いで逃げていく。イケないたぐいそうかい感だ。


「ちくしょー! 分かった、分かったよ! 何が欲しいんだ。早く言えこの骨!」


 開き直りも堂に入ってきたアルだ。そうして、プーチの元へ帰る生活サイクルとなった。


 幸い、貧乏には慣れている。勇者時代も、旅の最初は宿代にも事欠くありさまだった。


(はがねのよろい買うために野宿したのを思い出すぜ。フブルさんには文句言われたけど)



   ◯



「悪いね、プーチ見てもらってて」


「何、仕事の合間にやってるだけだ。構わんさ」


「そうそう。それにアルさんにゃ世話になってるしな! ……最初はめっちゃ怖かったけど」


 サランが広げている雑多な露店。客のスラム住人がアルへ声をかけてくる。西スラムに限れば、今ではアルへのはかなり薄れた。近辺の仕事を優先してこなす内、何やらアルは西スラムの守護者的な視線を向けられ始めていた。プーチがてててと走ってアルにひっつく。


「アル、おかえりー」


「たっだいまー。いい子にしてたかー?」


「ん。んーん」


「どっちですか」


 手をつないでうなるプーチ。それを見て、サランはからからと笑う。


大人おとなしいもんだったよ。前より口数は減ったが、まあしばらくは仕方ねえな」


(そうなのか。まあ、確かに出会った時は騒がしかったが)


 事実、彼女は彼女なりに、母親の死について考えている。難しいことは、彼女のでは表せない。しかし考えるのは、死というものについてだ。


(おかあさんはしんじゃった。もうあえないってみんないってる。でも、アルもしんでるっていってる。……ふたりはいっしょじゃないのかな?)


 そんなプーチをまた、アルも見ている。あれこれ幼いなりに考えているのは分かっているが、こればかりは時間の領分だとアルは思う。そして何より、


(母親と俺の違い、さてなあ、俺は答えられるかな?)


 アフチが昇天したのは単にそれが当たり前だからだ。りゆうみやく上の土地でもない限り、アンデッドの発生確率は一%をはるか下回る。死者がよみがえるという事象は、そうそう起きることではない。


 ただ、それでプーチへの慰めになるかと言えば、そうでもあるまい。


「ま、とりあえず飯にすっか!」


「すっか!」


「今日はパプリカの肉詰めな」


「野菜やだー……」


 そうして二人、考えながらも穏やかな生活を過ごしている。アルにとっても、これは初めてに近い経験であった。



   ◯



 そうして、セクメルに来てから一週間ほどした頃。


「やっと見つけた!」


 冒険者組合にて今日の依頼を選んでいたアルへ、あきれ気味に声をかけてきた者がいた。


「おっすミクトラさん、お久しぶりー」


「何がお久しぶり、だ。連絡もさずに」


 肩を怒らせ歩み寄る、ややご立腹気味のミクトラであった。


「あれ篝火ベルフアイアのミクトラじゃねえか」「おう軍残党つぶしたって」「あの骨と知り合いなのかよ」


 赤髪のれいじんとスケルトンの組み合わせに周囲がざわつくが、彼女は意に介する様子もない。


「いや、アロンダに戻ったのかと」


「あのね。それにしたってあいさつくらいするだろう。その、な……な、仲間なんだから」


 顔をやや赤くしながらミクトラは言う。アルは心が柔らかくなるのを感じる。


 アルが素直にあやまると、あっさりミクトラは許した。加えて、アルの現状も聞くにつれ彼女は感動を表情に現し始めた。


「なるほど……流石さすがはアルだな! 私も誇りに思うぞ! ……ゆ、友人として!」


「そっちは?」彼女の真っ赤になった顔にはえて触れないアルだ。


「ああ……また仕事でこっちに来ててね。少し滞在するんだ。ふむ……孤児の件はこちらでもを探してみるとして、アル、少し聞きたい」


 そう言う彼女の指差す依頼を「どしたの?」とばかりアルも見る。そこには、


はい墓地アンデッドとうばつ 一体に付き銅百 ぜんめつの場合追加ほうしゆうあり


「これなんだが……本当に有害なのかも知れないが──貴方あなたのような存在を知ってしまうとどうしてもな。報酬も悪くないし足しにはなるだろう。付き合ってくれないか?」


 ふむ、とアルも思案する。二人ならば日のある内に終えられる率は高い。それに、他の冒険者たちが引き受けた場合、まずアンデッドたちせんめつされてしまうだろう。


「おっけ。一丁やるか。ちょびっと遅くなるって、宿に伝えてくるな」


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