二章 スケルトン冒険者、アンデッドらしく地下ダンジョンに挑む(6/6)



   ◯



「お、あったあった。組織行動してるなら付けてると思ったんだ」


 最深部のフロアからは、円形を描いていた通路の中央部へ続く扉があった。そこは研究室のような作りになっており、雑多な資料や器具が散乱している。


 アルがぱんぱんとたたく紙束は、部隊の記録簿だ。机の上に広げる。


こく文字は久しぶりだな……さてさて」


「なんと。読めるのか?」


「ま、昔取ったきねづかってやつだな。勇者と一緒にいるとね」


 一通り目を通すアル。ややあって、腕骨を組み合わせた。


「だいたいあのゴブキメラが言った通りだな。取り残された部隊が戦力を蓄えていた……」


 この遺跡は、かつて神がまだ近かった時代、彼らとの交信やしようかんの用途に造られた神殿だった。それをあのゴブリン部隊が研究・再利用し、キメラの材料や戦力をしようかんしていたのだ。


かいめつさせといて大正解ってとこか。野盗どころじゃない。何百人死ぬところだ」


 結果論ではあるが、ゴブリンたちをここでつぶせたのは大きな幸運と言えた。彼らがしんげきを開始したなら、村の二つや三つ壊滅してもおかしくはなかった。歴戦の経験を感じさせるアルの言葉に、ミクトラもうなずく。


「──そうだな。やつらには災難だったろうが、民の安全が守られた。それをこそ喜ぶべきだ」


「ところでミクトラ」


 と、そこでアルががいこつを下げた。


「助かった。ありがとう」


 あわてたのはミクトラだ。


「何を言うんだ。助けられたのは私だ。貴方あなた一人でも何とでも出来ただろう?」


「いやあ、俺にゃ残魔力って弱点があるから。キメラに加えてあの集団になると、完全に一人だったらつらかったかも知れない。だから本当に助かったのさ」


 アルが手を差し出す。


「だから、感謝するよミクトラ・クート。出来れば、冒険者仲間としてこれからも仲良くしてくれるとうれしい。……骨がいやじゃなければだけど」


 はじかれたように、ミクトラはその手を取った。


「! ……も……もちろんだ!」


 アルの骨ばった……というか骨そのものな手を臆すことなく両手でつかむ。


「私もあまり冒険者に友達がいなくて……! 迫ってくるやつを思わずたたきのめしたりもしてしまって……」


「君お嬢様じゃなかったっけ!?」


 ミクトラにとっては、性差を気にせずつき合えるという点が何よりもうれしい。さらには確かな実力を有し、敬愛する勇者を手助けしたという経歴だ。あと、も存分に出来る。


 いやおうもないというものだった。手を握ったままきゃーきゃーと飛び跳ねながら、アルの上腕骨までがぶわんぶわんと揺れていた。


「骨が! 骨がはずれる!」


 揺れるアルが悲鳴をあげつつ、記録簿をミクトラへと渡す。


「悪いが、組合とかへの報告とかはそっちでやってくれないか。ほうしゆうとかあれこれは君が全部取っていい」


「な……攻略の大半は貴方あなただろう? そちらの名誉のためにもしようふくできんぞ!」


 アルには予想できていた反論であった。今日一日だけの付き合いではあるが、ミクトラの性格は大体把握していた。すなわち、で、人が良く、頑固。


い意味でいとこの娘だもんなー……)


 とはいえアルがそう言うには理由もある。


「俺この間、場の流れで少し手荒くかせいじゃってさ。その直後にこれだとちょいと人目を集めすぎる。もう少しは落ち着いて世の中回りたいんだ。俺は、地図のほうしよう金だけで十分」


「しかし……」渋るミクトラについげきする。


「じゃあほら、友達に一つ借りだとでも思ってくれ。いつか返してくれりゃあいいさ。友達ってのはそういうもんだ」


「むぐ。……そ、そうか。友人はそういうものなのか……えへへ、友達……」


 言いくるめられるミクトラ。このお嬢様、友人関係の経験値が無さすぎである。


「そうそう。友達だしな。友達だから道すがら魔力駆動マナドライブのコツも教えてあげよう」


「何!」


「骨だけにコツを」


「あのすさまじい技をか! 本当か!? うわー、うわー! 友よ! いやさ心友よ!」


 完全にスルーされた。



   ◯



 二人が去った後。遺跡はいくつもの死をはらんで静寂に包まれていた。


 一体のおおが遺跡上部の小さなくうれつから現れた。しばらく観察するように、宙空を飛ぶように動き回る。


 は扉に近づき──霧のようにそれをすり抜けた。次の部屋へ、また次の部屋へ。そうして、最後の部屋までやってきた。


 しゅるり、とが姿を変えた。人の姿へ。


「おやおや。……これは期待外れ。いやまあ、逆に言えばむしろ手間がはぶけたかな?」


 人影は三日月のような口を開けてその腕を左右へ広げた。そこから、霧のようにやみが流れていく──。

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