二章 スケルトン冒険者、アンデッドらしく地下ダンジョンに挑む(5/6)


 その状況を横目で見ながら、アルは飛ぶ。


 ねらうはキメラの首筋だ。のたてがみをつかみ、ほうはじかれ動揺したゴブリン頭をり飛ばす。そのまま殺意を送った瞬間、


「させるカアッ!」


 ゴブキメラがその巨体をローリングさせた。だが、アルはその時中空に飛んでいる。


なぐり合いは素人しろうとだな──動剣『蜻蛉トンボ』っと!」


 落下の勢いを加えた強烈ないちげき。キメラの尾だいじやを根本からたたき斬った。


「んギャ────────!!」


「んでさらに、こ・う・だッ!」


 のたうつ大蛇をつかむアル。骨とは思えぬ腕力で投げつける──ミクトラとヘリャルの方へ!


「「っ!」」


 あわてたのはふたりだ。ヘリャルは危うく退いたものの、ミクトラに飛びかかろうとしていた犬型ゴーレムが五メルを超える図太い鋼線のような蛇体に激しく打ちつけられる。ミクトラにはギリギリで当たる位置ではない。


 ふたりの間を大蛇が横断し、そして犬型ゴーレムを巻き込んで行き過ぎる。瞬間、


「「────!」」


 二人が交差する。互いの振り切った剣が、ミクトラの肩を、ヘリャルの頬を浅くいた。


(鋭い! わずひるんだ分浅くなったか……!)


「ハッハ! お前恐怖ってもんがねえのか! それとも俺の剣が甘いか!?」


 反転し向き直る途中で、ヘリャルはだいじやとそれに巻き込まれた犬型ゴーレムたちを確認する。完全にくだけていた。大蛇も、その目に光はすでに無い。


(こりゃいよいよこの隊も終わりだなァ──なら、好きにやるかね!)


 ヘリャルの刃が再び走った。しかしそれは、ミクトラへ飛びかかる目玉コウモリへだ。その羽が切り裂かれて地にちる。まゆをひそめたミクトラへ、ヘリャルが笑った。


 両者が再び構えを取った。けんげきが始まる。


 アルからも、打ち合うふたりは見えた。しかし、大蛇を投げたすきを怒り狂ったゴブキメラに突かれ、かべぎわに追い詰められた。ゴブキメラの爪を流す。きばから逃れる。そこへ『ストライクボルト』が飛来する。打ち払う余裕は無くさやと剣で受けた瞬間、視界が赤に染まった。


「火葬してくれるワァァァァッ!」


 ファイアブレス。ゴブキメラの切り札とも言えるいちげきの口からき出された。


「ぬおお……!」


「これはッ!」


 部屋全体を照らす光と高熱に、剣を振るミクトラが声を上げる。


 アルはマントで炎を受けている。勇者時代の様々な耐性りよくを込められた伝説級のいつぴんだが、それでもげんすいしきれない熱が骨中をむしばんだ。


「ぜえぜエ……ムハハハハ……勝負あったナ……」


 ゴブキメラの息も絶え絶えなこうしようの中、火炎が吹き去った跡にはひざを付くアルの姿。


「あっつう……」


 そこへ、最後の一体となった目玉コウモリが飛来する。これまで介入できる戦力ではないと見ていたが、アルが弱ったと見るや口を開けて急降下する。


 しかし。アルの眼孔にあおほのおともる。目玉コウモリを見もせずに、アルの左手がわしつかんだ。


「魔力消費考えるとやりたくなかったが……」


 ──そのまま、あろうことか自分の口へ持って行く。


「俺が予想以上にびっくりするほどヘボい!」


 目玉コウモリの直径よりも大きく開けられたどくあごが、目玉をみ千切る。魔法生物を動作させる魔力が、僅かながらにアルへと吸収される。


「味分からなくて助かるわ……あと調子に乗んなよお前! いくら俺が骨でも熱いだろうが!」


「キ、貴様、何をしていル!」


 たじろぎながら、魔法とファイアブレスによる消耗から立ち直ったゴブキメラがさらなる攻撃を構える。


りゆうりよく、起動」


 対して、小さくつぶやいたアルより黒の炎が立ち上る。



 ゴブキメラのひとみこんわくの色を映した。材料に使われた獣の、野性のかんけいこくする。


「なんだありゃあ……魔力駆動マナドライブか。しかしあの色は」


 ミクトラと打ち合うヘリャルが、帽子の下で目を見開いた。


まわれ。ちた竜王のきば。その毒。そのよこしま。その魔。我が死の影が行く先に暗い光をともせ。


 ────死がもたらす死の道標となれ」


 炎はアルの胸よりでて全身に回る。体に収まり切らぬと言わんばかりの黒炎がけいよろいのようにアルをおおい、さらに上へと炎のごとく立ち上る。


 どくの黒


「「「……………………!」」」


 現れたのはそのような存在だ。その姿を視界に納めた瞬間、この場全ての存在が、自分の死を幻視した。


「くっ、くたばレェェエエッ!」


 しかし、恐れを振り切りゴブキメラが爪を振るう。同時に放たれる『ストライクボルト』


「よっこいしょ」


 対するアルが剣をぞうに斜め上へ振り抜いた。それはキメラの爪を正面から迎えどうであり、また『ストライクボルト』にも当たる軌道であった。


 結果は劇的だった。一瞬の黒い波が走り、キメラの腕が爪先から根本まで吹き飛ぶ。『ストライクボルト』がけつけんあわごとく吹き散らされる。剣の軌道前方にあったあたまとゴブリン頭が、まとめてなかばまで切り裂かれた。


「静剣──『バクタチ』」


 発声器官を失ったゴブキメラが声も無く巨体をねじれさせ、くずおれる。ごうおん


「おいおいマジか……」


 ヘリャルのぜんとした声。思いはミクトラも同様だ。


 アルが言っていた。魔力を体に流して自分自身を強化する。あのキメラもやっていたことだ。だがそれを彼が行うと、ああまで次元の違う力が出る。


 そこでアルの全身から黒の炎が消え、同時にゴブキメラの全身から力が抜け、息絶える。


「よ──し、勝ち……!」


 ガッツポーズを決めるアルがミクトラとヘリャルの方を見る。


「で、お前さんどうするよ。──そろそろ参ったしない?」


 ──状況は完全に決したように見えるものの、実の所アルも魔力がもう残り少ない。これ以上の戦闘は出来れば避けたいのが本音であった。


「冷めるこというなやどくの戦士。せっかくだからお前の剣も楽しませろ」


 ヘリャルはミクトラへ刃を向ける。


「こいつとのケリの後にな」


「ヘリャル……」


 まゆを寄せて、ミクトラ。


「もう全員おっんだろうが、ここのやつらとはかれこれ半年以上の付き合いだ。アーインとはもっと長いしな。──ああ、もう一人の赤帽子な。いたろ?」


 アルがむ、とうめく。


「俺がったやつか。中々のゴブリンだったよ」


「別にうらむ筋もないがな。人間殺したのはこっちが先だ。ま、後は俺の欲だな」


「良かろう」


 答えたのはミクトラだ。


「アル。ここは私に。捨てたとはいえ元は貴族の端くれだ」


 エイン王国にしろ他国にしろ、貴族とは元々を持って国を建てた者たちまつえいである。そのしゆつを忘れた家も多いとはいえ、


「戦士の声にはこたえたい」


「おうおう、途中だもんな。そう来なくちゃ!」


 両者が構えを取る。共に上段。数秒、息の詰まる沈黙が場を支配した。


 ヘリャルが回転、ちようやくする。重さではミクトラの上を行く剣が斜め上から飛来する。


(受けは体勢がくずついげきを許す。避けるはさらにやつの回転剣術の勢いを増す結果となる。これまでに数度繰り返した流れ──ならば)


「『センタフォール』」


 ──正中線。デオ流における基本にしておうの一つ。ぐに振り下ろされる剣は斜め上から迫りくるヘリャルの剣にしようとつする。


 最短を行く剣は円を描く剣に到達速度で勝り。重力に完全に正しく振り下ろされる剣は、わずかなりとも横のどうを持つ剣をおのが軌道に従わせる。──東国においてはきりおとし、もしくはがつし打ちと呼ばれる、みずからの恐怖をせいぎよした者のみが可能となる極意である。


 回転による重さ早さもまた力の道理ではある。だが今回においては、垂直落下という力の道理がそれを従わせた。


 ぎんっ、と澄んだ音が響く。ミクトラの剣はヘリャルの剣を打ち落とし、またヘリャルのこつから胸にかけ、よろいを断ちあかい線をきざんでいた。


 アルがあんするようにけんこうこつを下げた。


「──ぃよし。おみごと」


 血で濁った声でつぶやき、ヘリャルが地に伏す。ミクトラが居住まいを正し、残心した。

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