二章 スケルトン冒険者、アンデッドらしく地下ダンジョンに挑む(4/6)


「──よし。そろそろ行きますか」


 しばしの休憩の後、アルが腰を上げた。


「ああその、アル……」


 ミクトラが防具を付けながら、やや照れくさそうに声をかける。その顔にはすでに曇りはない。


「さっきはありがとう。話を聞いてくれて。何だかすっきりした」


「ええと……まあ気にするな。たぶんもう二フロアくらいで最深部だし、もう一踏ん張り」


「そんなことも分かるのか?」


「これまで道はへいたんで、回廊のカーブは一定で、上から見れば円を描くように作られている。角度と距離的にもう少しで一周する」


 アルが描き続けていた地図を指し示す。ミクトラはこれまでを思い返しつつ納得する。


 二人は無人の次のフロアを抜け、立派な扉の前に立つ。この扉は上部のすきがない。二人、軽くうなずき合う。緊張感と共に、扉を注意しながらわずかに開き、中をのぞき込む。


 扉の先の空間に巨大なキメラがいた。


 そっと扉を閉めた。


「思ったより近かったっぽいね、最深部」「そうだな」


 二人してどっと汗をかく(アルは気分だが)。


「キメラかー……」


「初めて見た、私」思わずが出るミクトラだ。


「しかも実に見事な個体だったな……。作ったやつ結構なやり手だぞあれ」




◆キメラ(人類敵対度……E。基本的に創造主次第のため。Eはの場合。野生の獣と同じ)


 ほう生命体の一種。自然の生物ではなく魔法技術により作られた生命。


 二種以上の動物を合体させ、かつ生命活動を維持せねばならず、作成者には魔法の腕だけではなく高等な生物学の知識も要求される。およそ魔法生物においては最高峰の代物である。


 戦闘力は使用された動物と作成過程による強化次第だが、あいがん用からりゆうに近いレベルの力を持つ個体まで過去には記録されている。また、掛け合わされた生物の生命力が加算される性質を持つためすさまじく耐久力が高い。頭を全てつぶされるまで死なないとも言われる。


 なお、く作りすぎると完全に一個の生物として自活してしまい、野生化するのが社会問題となっている。


 勇者アルヴィスいわく『昔見た猫と鳥のやつすご可愛かわいかった。まれたけど』




「チラッと見ただけだけど、だいじやと……何かも一つ頭っぽいの見えたな。しかも体全体肥大化してる。体長で五メルはあるぞ」


「尾の大蛇を含めたら軽く十メル……」


 アルがあごに手を当ててうなる。あのサイズで生きていられるとすれば、


「体自体が魔力強化されてる可能性もあるか……」


 そうなれば、危険度はさらに一段階上がる。非常に面倒な相手だ。


「ミクトラ。危険で悪いがフォローを頼む。キメラは相手にしなくていいから、周囲にいるだろう小物を俺に寄せないようにしてくれ」


「……帰れと言われなくて安心したよ」


 ミクトラは恐怖を感じていたが、それを客観視する。


(大丈夫、ゴブリン相手なら……赤帽子であろうとぼうぎよに徹すれば、やれる)


 息を一つついて、


「アル、貴方あなたこそ、あのキメラを倒せる算段があるのか」


「ま、勇者と狩ったことは何度もある。何とかするさ。行こう」


 ミクトラには疑う余地はなかった。うなずく彼女に、アルは扉をり開く。


 素早く踏み込めばそこは、先ほど目に入れた空間だ。これまでのフロアでは、回廊の左右にいくつもの部屋が配置されていたが、ここはぶち抜きの幅広の通路となっていた。


 その中央に座り込んだキメラが、アルたちめつけている。周囲には一匹のゴブリンと、犬型とおぼしきゴーレム、小型の空飛ぶ目玉コウモリがそれぞれ数体。


「赤帽子が一匹か……」


 ミクトラに緊張が走る。ゴブリンは、体格に不釣り合いな長剣を持った赤帽子だ。


 赤帽子たちもアルたちを認識し、叫び声を上げて戦闘態勢に入る。ゴブリンの叫びに反応してか、キメラも立ち上がる。


 アルとミクトラはキメラのほうこうを予感した。しかし。


「おのレ! 我々の計画を察知したか人間どもメ!」


「はっ!?」「え?」


 まさかの


「キメラの肩に……ゴブリンの上半身?」


 ミクトラがあっけにとられたようにつぶやいた。アルが、表情筋があればじゆうめんを作ったであろう声音でぼやく。


「じ、自分を合成したってのか……キメラに。……いやまあ人の事言えねえけど何考えてんの」


おうほうぎよによる戦線の後退から取り残さレ、この遺跡に潜んだ我々をよくぞ見つけだしたと言っておこウ!」


 そんな二人のきようがくに全くとんちやくせず、キメラ改めゴブキメラがわめく。


「しかし! 我が研究はここに完成を見タ! この私を組み込んだ知性あるキメラ! この力と我が軍勢デ、貴様ら人間をここから魔王領にいたるまで皆殺しにしてくれようゾ!」


「………………」「………………」


 そのような計画が、とせんりつする気持ちはあったものの、アルとミクトラは思わず黙り込む。


「ムハハ! この恐るべき未来に言葉もないようだな人間! とその手下のスケルトンめガ!」


「いやその」「なんというかだな」言いづらそうなふたり。


「……こいつらがここまで来てるってこたあ、他はぜんめつだろうよ」


 ゴブキメラの背後からも、りゆうちような人語が届いた。後方にいた赤帽子だ。ゴブリンにしては長身の体にしてなお不釣り合いな長剣を持っている。


「エ」


 たっぷり数秒、気まずい沈黙が満ちた。


「…………ヌハハハハ! 我々二人だけであればかえって人間領から出るのも楽というものダ!」


「あ、めげねえこいつ」「心が強いな」


「やかましいわ死ねィ!」


 げつこうしたゴブキメラがいきなり雷の中位ほう──『ストライクボルト』を放ち、アルとミクトラは左右に別れた。


(っ、本人の性格はさておきすさまじい……! 私がまともに受ければいちげきだな)


 巨人級ゴーレムすら通れそうな扉が軽々吹き飛んだ。ミクトラはせんりつする。


 周囲に放電が舞い散る中、即座にアルはキメラに突っかける。小型りゆうに迫るサイズの猛獣が持つ爪が、空間をいた。


 赤帽子と魔法生物たちが巻き添えを恐れ離れる。その内もっともキメラから離れた個体へミクトラは攻めかかっていた。飛び回られる前に目玉コウモリを両断。


(犬型であれば強度はさほどでもない。赤帽子とあいたいする前に、少しでも数を減らす……!)


 一方、アルはキメラのそうを避け、受け流し、反撃での末端を切り裂く。しかし、


「かゆいワ骨ガ!」


 深手に至らない。キメラの体を保持する魔力が、キメラ自身の筋力と相乗効果を起こしきようじんさを増している。


 かつて勇者アルヴィスだった時は魔物を合成したキメラの上位種をも単独で倒したが、


「生きてる頃に比べりゃ何もかも半分程度だしな……っと!」


 爪との時間差で尾のだいじやがアルを向き、目に向けて毒液を吹きかける。


けてっ!?」それを横目で確認したミクトラの声が響く。しかし、


「スケルトンになっていいことその一! そーいうのかない!」


 単純な腐食性のものを別にすれば、アルに毒は効かない。腕で直接払い、蛇頭を切りつける。しかしこれも、じやりんはばまれあごを傷つけるにとどまった。


 そこへ、至近からゴブリン頭の『ストライクボルト』が飛んでくる。


「かぁっ!」


 気合いの声とともに、いつせん。アルの剣が非物体であるはずの電撃をはじばした。それは脇でミクトラをねらおうとしていた犬型ゴーレムを吹き飛ばす。


「馬鹿ナッ!」


「うひょお、ツイてる」


 一方。ミクトラはそれを遠目に確認して、


「毒液はかないわ雷を跳ね返すわ、どうなってるんだ彼は……」


 あきれつつ、ひるんだ犬型ゴーレムをさらに一体り捨てるミクトラの前に、赤帽子が立つ。


 長剣をだらりと垂らした力を抜いた構えで、赤帽子はミクトラを見た。


うれしくなってくるね。やるじゃねえかお前


「──貴様らは人語をあやつれるのだな」


「ま、長いこといくさばたらきなんぞしてるとな……が、話せば分かるとか思うなよ」


 そして、ミクトラへと切りかかる。剣に振り回されるような動き。


「ぐっ!?」


 しかしそれには鋭さ、重さ。質実が備わっている。どうにかミクトラは受けて、り返す。それも赤帽子は舞うような動きで回避した。


「おう、やっぱい腕だぜお前。俺はヘリャル。──まあ俺としちゃ、大将とは違って戦えれば何でもよくてね。楽しく戦ろうや」


 ミクトラはいましびれる手を振った。


「この剣腕……ゴブリンの分際で、とは言うまい。ミクトラ・クートだ」


 ゴーレムと目玉コウモリの視線がミクトラへ向く。目玉コウモリの一体がアルの元に向かうが、流石さすがに追いきれない。


「デオ流のしんずいを見せてやる。来るがいい」

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