二章 スケルトン冒険者、アンデッドらしく地下ダンジョンに挑む(3/6)



   ◯



「くらえろつこつしゆけんー」


 どうにかミクトラをなだめ、たんさくは続く。気が抜けるような軽いかけ声で、アルが自分の脇からろつこつ(一番下のろつこつ)を取り外し、きつりつする土型オーガ級ゴーレムヘ投げつける。


「……!」


 それは正確にゴーレムのせいぎよほうもんを射抜き、その体を折らせた。即座にアルが突っ込む。


どうのけんソウテン』」


 ゴーレムのひざって喉部をつらぬいたアルが、地にいるゴブリンたちへゴーレムをり倒す。倒れる巨体にあわてる彼らをねらいミクトラも切り込む。こちらは技を使うまでもなくそうとうする。




◆ゴーレム(人類敵対度……無し。製作者に準ずるため)


 魔法で作られる兵隊。形態は動物型から人型まで様々あり、最小はネズミ程度、最大はじようさいがそのままゴーレムになったものの存在が確認されている。


 しかし、やはりポピュラーなものは土や石などから作られる巨体の人型タイプである。これらは単純な物理攻撃で打倒するのは困難であるため、優秀な門番、衛兵として機能する。


 変わり種として、死体で作られるフレッシュゴーレム、各種鉱物を使い作られるマテリアゴーレムなどがあり、素材は問わないとされる。


 勇者アルヴィスいわく『体に書かれた魔法紋をくずせば強度が落ちるんで、狙うならそこ』




 ものたちにとってみれば赤帽子と同じく主戦力の一つであっただろう。ミクトラとて、受けて返すを主とするデオ流ではが悪いかと思える相手だ。


 しかしそれですら、アルは大部屋から現れた一団を確認した直後に踏み込み、瞬時に始末してのけた。敵は奥へ伝令に行くいとますら与えられなかった。


(強い……! これが勇者一行に加わる実力か)


 ミクトラは息を飲む。地下遺跡に入ってからおよそ二時間。ここまでに倒した魔物は先ほどのゴーレムとゴブリンを含めば三十を越える。仮に国主導のミッションであればくんしようものだ。


(私一人であれば、明らかに手に余っていたな……だが、得る物も多い)


 ミクトラはごたえを覚える。戦闘経験もだが、アルの剣技そのものが最高の教材だ。


 地下遺跡は最初の回廊と同じ構造が続く単純なものだが、かなりの広大さを持っているようでいまさいおうには至っていない。


「魔物のリーダーが奥にいるのだろうか……」


 考えるミクトラをしりに、アルは魔物たちの出てきた大部屋を調べている。


「やったぜついてる」


「え? なに?」


「まとまった食事の跡がある。終わったばかりだ。こいつらはこの辺のフロアを担当してるやつらだったんだろう。これなら奥との連絡はしばらく無いかも知れない」


「奥の敵に戦闘音を聞かれていないかな」


「これまでで確認してみたけど、防音のほうが張られてる。野盗の中に魔法使いがいるんだろう。多分隠れ潜むためなんだろうけど、裏目だな」


 よどみなく行われる説明に、ミクトラはまたしても息を飲む。


(強さだけではない。彼の冒険者としての経験は、自分をはるかにりようしている)


 ことここに至って、ミクトラはアルの実力を完全に受け入れた。勇者の手助けをしたという話も、完全なとは──なのだが──とても思えなくなっていた。


 さらに次のフロアを確認すれば、そこは無人である。アルの言が証明された形になった。


「ところで──いちいちつぼやら箱の中まで見るんだ? 流石さすがにそこに魔物はいないだろう」


 ややあきれたようにミクトラが言う。アルは恥ずかしげに背骨を伸ばしてした。


「いや、つい生前の癖で……。置いてあるつぼとか箱とかのぞみたくなって。あ、なべみっけ」


 言い訳しつつも勇者のさがである。家探し(?)を止めないアルであった。ミクトラはじゆうめんだ。


「悪癖だな……。街ではやらない方がいいぞ」


「努力はしてる。しようどうおさえてるんだいつも。さて、この辺は確認終わったな」


「それなら、少しきゆうけいしないか? 流石さすがに私も少し疲れた」


「あ、そっか。そりゃ生きてる人が二時間戦い詰めは疲れるわな。そうしよう」


 アルは失念していたとばかりにかしゃりととうこつたたく。


「アンデッドは疲れないのか?」


 ゴブリンたちの利用していた野営跡を利用して、ミクトラはやや苦労しながら火を起こす。


「まァ、疲れるというか……別の意味できゆうけいは要るね」


 アルは荷袋を持って来ている。座り込みながら中身を取り出す。


「アンデッドはりよくを用いて動いてる。激しく動く……戦闘行動を取るなら、それは夜でも大気中から吸収できる魔力を越える。普通のスケルトンは戦闘が終われば結合を解いて『眠る』けどね。まあ……俺も魔力切れはあるし休憩して悪いことはないわな」


 ミクトラはふむふむとうなずく。アンデッドの生態については、誰も積極的に調べようとしない上に、りよう術士が基本秘密主義なのであまり知られることがない。


「そういえば……勇者様には一般に知られる老剣士マガツ殿、大魔導師フブル様の他にもう一人の仲間がいたと聞く。ここからはうわさでしかないが、元はりよう術士で、勇者様のじんあいに触れ光の道──神官の資格を得たと聞くが。貴方あなたの術者はそのお方か?」


「ええと……良く出来たお話ですねとだけ言っとく……」


「ふむ。やはりうわさうわさか。ところで……それは何をしているんだ……?」


 アルが引っ張り出しているのは、前のフロアで倒した大コウモリである。飼い慣らされていたのか利用されていたのかそのきばと爪でおそいかかってきた。


「具合良くなべも見つかったんでね。血抜きしといたこいつでちょっと料理を」


「た、食べるの、それ?」


 思わず叫んでから、ミクトラは大コウモリをてきぱきとさばくアルをまじまじと見て、気付く。彼は骨だ。


「私が!?」


「携帯食何持ってる? 俺常備はしてないんだ。胃袋無いし」


 皮をぎ、肉を切り離して火にかけた鍋に放り込む。


「ねえ私の話聞いて!」


「お、ピクルスあるじゃないの。でかした!」ようしやなく鍋にたたむ。


「あ、あ、あああああ……大丈夫だろうな!? 本当に食べられるんだろうなこれ!?」


「さらにここに、原材料名は法に触れるから言えないがこく産の特製調味料をだな……」


「なんか増えたぁ……」




 ──数十分後。大コウモリの肉と酢漬け野菜のいためはきれいに無くなっていた。


しかった……)


「魔物食は長期間のダンジョン攻略では避けては通れぬ道……どうかれてほしい」


 顔をおおうミクトラをよそに、アルはげんしゆくにそう言って片づけを始める。


「あの種はどうもうなクセに果実を食料にするタイプだからね。食用に向くんだよ。たぶんどっかに地上に通じる穴とかあるんだろーね」


貴方あなたが旅慣れてるのはよーくわかった」


 はあ、とミクトラはため息をついて、顔を上げる。


「こう言ってはなんだけれど……貴方あなたも食べていたけれど、意味あるのか? というか口から入れてどこへ消えたんだ?」


 共に食事を取っていたアルに持っていた疑問を、ミクトラは口にする。


「食い物をりよくに変換する魔法式を組んだ」


「魔法まで使えるのか……」


「練習したんだぜ? それ使う魔力と食い物を変換した魔力。ま、大した魔力補給にはならないけど、差し引きプラスにはなる」


「その……味は?」


「味覚を再現する魔法も一緒に使うと、赤字かいいとこトントンにしかならないんだよね……。だから、食事を楽しめる状況でしかやらない」


 会話をしている内に、アルは食事の片づけを済ませてしまっている。


貴方あなた、生きてる時はどういう人だったんだ?」


「あんまり面白味のない人間だったよ。遊びも大してやらずに一つのことしか考えてなくて。──結局、そのまま死んじまった」


 君は? とアルの視線が求めた……目玉は無いのだが。


 きょとんと彼を見返したミクトラだが、軽く笑って語り出す。ここまで来て、何を隠すわけでもないという気持ちになった。


「私は……その、元々、エインの貴族の出でね。知らないかもしれないけれど、ランテクート家。本名はミク=ト=ランテクート」


「割と大きな家じゃん! 昔大臣もやってた」


 アルが生前に何度か聞いた名だ。なにせ、当時は連合五カ国全ての王族と会ったことがある。


(どうりで妙に民だのなんだの、使命感が強いと思った。正しくってわけだ)


 だがミクトラはちよう気味に笑った。家を思い出すと、苦いことものうに浮かぶ。口調もやや、ただのお嬢様だった頃のそれに戻る。


「今は権力からは遠いものよ。昔の両親には男子もいなかったから、親は私に一つの縁談を持ってきた」


「ほほう。えんだん」身を乗り出すアル。


「勇者アルヴィス・アルバースと結婚しろって。最悪側室でもいいからと。勇者の子を家にもらえれば、と考えたのね」


 アルがけんこうこつからコケた。そのままぷるぷるとふるえる。


(ランテクートさぁぁん! そういうの早めに俺に言え! 生前に! 直接! 姿絵持って!)


「どうしたの?」


「い、いやなんでもない。それで、今冒険者なのはどうして?」


 ミクトラは照れ臭げにする。


「そのね、笑ってくれて構わないんだけど。当時の私はまんざらでもなかったの。勇者様の冒険たんを耳にするたび、一度だけ王都で遠目に見たあの人の姿にがれていた。ただ……」


 表情が曇る。アルが察して、言葉を継いだ。


「あー……勇者は死んでしまった。魔王とあいって」


 ミクトラがうなずく。


「丁度その頃。弟が産まれてね。そうなってくると私は適当な家に輿こしれということになりかねないでしょう? だから、いっそのことと思って、家を出た」


「跡継ぎがいるとはいえ……良く許してもらえたもんだ」


「いえ、いまだにもめてはいるんだけど。大きな功績でも立てないと認めてはくれないでしょうね……。そろそろ家から追手が来るかも」


 ミクトラの表情は晴れない。


「勇者様のように人の助けになれればと思うけど。それは貴族の理念にもかなうでしょう?


 でも現実は、というとね。女ということで妙なあつかいをされることもあるし。……何より、今回で実力不足を思い知らされた」


 アルとしては、そこまで深刻に考えることでもないとは思うが、そんなことを言ったところで慰めにもならないだろう、と判断する。


(でもまあ、俺の責任もちょびっとはあるよなあ、これ)


 そんなことを考えながらアルはミクトラを見ている。と、そこで彼女は笑った。


「何だかおかしいね。他の誰にもこんな話はしたこと無かったんだけど。貴方あなたふうていのおかげかも知れない」


 アルは不思議そうにどくを傾けた。


「男だの女だの人間関係だの、ましてや家の都合とか。私の悩みなど、貴方あなたを見ていると軽いもののように思えるよ」


「単なる骨だぜ? 俺。いやまあ物理的には軽いんだけど」


「単なる骨は死んでまで人を助けないでしょう。なるほど貴方あなたは確かに、勇者様と同じ志を持つ仲間なんだろうね。それはもう疑わないよ」


 アルはあせってそっぽを向く。それを照れていると判断したミクトラは楽しげに笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る