二章 スケルトン冒険者、アンデッドらしく地下ダンジョンに挑む(2/6)



   ◯



「じゃーん」


「これは……!」


 遺跡をアルに導かれた先で、ミクトラは遺跡内部への扉を見た。


「弓ゴブ始末してたら見つけたんだ。カムフラージュしてあったけど」


 戦闘の後。流石さすがにあの後では、ミクトラもアルに現状敵意が無いことを認めた。冒険者証も提示され、一応の納得の後にアルが見てほしいものがあると案内した先がこの場所である。


 見れば、扉下の地面にはつい先ほど開閉された跡が見える。


やつらは、ここから来たのか」


「たぶんこれ、地下につながってるな」


 アルの予測に、ミクトラが扉から目を離さぬまま口を開いた。


「……私は、この辺りに出没する野盗の調査依頼を受けている」


 彼女は思考する。野党の正体がゴブリンの一団ということと、出所の推測は立った。


「あ、そーなの? なら任務達成だな。ぱちぱち」


 おどけた様子で手骨を打ち合わせるアル。鳴る音は「ぱちぱち」とは程遠かったが。


「しかし、私たちはやつらの仲間と戦闘を行った。今は下の者が気付かずとも、戻ってこないとなれば──」


 とうばつ隊が来るまで、野盗化したものが残っているかどうかはあやしい。予測を継ぐように、アルが答えた。


「荷物まとめてトンズラするよね。それか、開き直って大々的にやりながらトンズラ」


 魔王軍領へ、と北へ両手の指骨をやる。悪い方へ予想を修正され、ミクトラは爪をむ。


 彼女が一歩を踏み出した。扉へ。


「おいおい、行く気なの? 分かるが、絶対ゴブリンがダース単位でいるぞ」


 ミクトラの頬をかくの汗が伝う。ダンジョンたんさくみずからに欠けている経験の一つだ。冷静に考えれば、近隣の町の組合へ届け出るのが賢明である。しかし──


「近隣の村にこれ以上被害を出すわけには……」


 ミクトラは視線を向けぬままアルを意識する。そこへ、向こうから声が来た。


「──偶然俺も、この遺跡の地図を作ろうと思ってたとこさ」


「いや、私一人では地図までは……ん?」


 疑問を覚えて、ミクトラが振り返った。


 その表情に『全くの意外』という色を見て、アルは苦笑する思いを得る。


「一緒に行こーか。ダンジョン探索は生きてた頃良くやったもんだ」


 ミクトラは思わず反論しようとして、結局口をつぐむ。先のアルの剣技を思い出したためだ。


「……私の名はミクトラ・クート。篝火ベルフアイア級冒険者だ。その、──えーと……」


「ナイスガイスケルトン・アルと呼んでおくれ」


「ああ、アル。その……いいのか」


 ためらいがちな質問に、アルはぽりぽりととうこつをかく。


「こっちの仕事のついでだ。気にすんない」


「…………っ」


 どう考えてもついでで済むような話ではない。おそった相手におのが身をづかわれたことをさとって、ミクトラの顔があかく染まった。


「…………民のためだ。恥を忍んで頼もう。同行してくれるか」


(民とはまたおおぎような)


 アルはその態度に冒険者らしからぬものを見る。


「相当な連戦になる可能性高いけど……やれる?」


「む、無論だ。先のしゆうたいは取り返す」


「まあ、命あってのものだねだ。……って、俺に言われたかあ無いだろうが。安全第一で行こう」


 アルはさっさとミクトラに背をさらし、扉を開ける。


(先ほどおそわれた相手に……。信用されているのか、あなどられているのか……おそらく、両方か)


 ミクトラは苦く認めてその後に付いた。


 アルの予測通り、扉の先は地下に続いていた。先のゴブリンがともしていったのか道々のしよくだいに火がいている。二人、注意深く扉をくぐり、階段を降りはじめる。


「先ほどの剣技」


 歩きながらの呼びかけに振り向くどくの横顔に、ミクトラはまだ多少ぞくりとする。


すさまじいわざまえだった。……師はどなただ? 流派は」


(ええ……どうしましょ。マガツじいさんにゃとめりゆうだからあんま広めんな言われたしな……)


 黙っているアルを見て、剣士にはしつけな質問だったかとミクトラが思った時、


「……りゅ、流派は色んなものの混合だと思う。さっき使ったのも東国の技だし。師匠は……アルヴィス・アルバースかな?」


 アルにとっては虚実半々、ミクトラにとってはしようげき的な答えが返される。


「あ、アルヴィス? 勇者様!?」


「しー! しー! 静かに!」


「はっ! ……す、すまない」口を押さえて黙るミクトラに、


 アルは自分の「設定」を話してやる。その功績で冒険者登録が出来たということも。


「そ、そんなことが……。だが流石さすがは勇者アルヴィス様! アンデッドすら受け入れる度量があったとは」


「さっきも言ってたけど、様って……」


「な、なんだ。悪いか」


「い、いや別に」


 気まずげにアルは前に向き直る。内心汗をかく思いだ。


(なんだろうねこの罪悪感! ……っと)


 そこで、アルが左腕骨を横に広げた。後ろに続くミクトラがつんのめる。


「わっ……ど、どうしたのだ?」


 答えるアルの動きは立てた人差し指骨。目をらせば、アルの目前に細い糸が張っていた。


「こ、これは」


「ゴブは知能あるからねあれで。人間の背丈だと引っかかるわなだ。隠し矢だな……ほいっと」


 れた手つきでわなを解除するアル。それを見るミクトラは冷や汗をぬぐうのみだ。


 数分後、大きな扉がある広間に到着した。アルは広間の壁や地面を注意深く確認している。


「……何を?」


 ミクトラが思い出せば、彼は階段を降りる間も壁に触れていた。


「こーいう風な一本道の時、後ろが取れるように隠し部屋に敵がいることがある。ま、ここは遺跡利用してるから無いっぽいけど」


 そうこう言いながら、アルは、


「あ、ここ隠し物入れだ……薬草かあ」「ほいそこの箱、わなある。こわせ壊せ」「かぎ見っけ……ってもうゴブ共に壊されてんじゃねえか」


 次々と仕掛けをかんしてみせる。


「おお……。流石さすがは勇者様の仲間だ。ダンジョンに慣れているな……」


 感嘆するミクトラ。引き続き調査するアルを守るように階段と扉に注意を向ける。


「問題なーし。行こう」地図を取り終えたアルが言い、二人は扉へと向き直った。


 と、アルが自分のがいを再び取り外した。ぎょっとするミクトラ。


「な、何を……?」


「ちょっとインチキを。……俺、肩に乗せてくれる?」


 ミクトラは疑問を覚えるが、しかし骨のアルは軽い。少しぞっとしながらも言われる通りに肩に彼の足を乗せると、アルはそこからさらに頭を持ち上げ、扉の上部すきから先をのぞいた。


「よし、パッと見敵はいないな……。扉開ける時はこの要領で行こう」


「なんというか、ちょっと反則のような……」


 注意深く扉を押し開けると、左右に部屋を持った回廊がカーブを描きつつ奥へ続いている。


 火はとうかんかくともっているが、照らし切れぬやみも少なくはない。


 敵の姿はまだない。うなずき合い、二人は中へ入る。


「ここからは部屋も道もしらみつぶしにしまーす。ミクトラはフォローと退路の確保を」


「可能ならぜんめつさせる、ということだな……分かった」


 最初のフロアを手分けして見て回る。敵の姿はない。フロア中央で合流する。


「結構広いなあ。部屋含めたら相当の面積だ。……とりあえずここは終わり、っと」


「ふう、一息つけるか……。ところで、勇者様の仲間と聞いてから気になってうずうずしていたことがあってな」


 ミクトラが神妙そうに問いかけてくる。アルがけいついかしげると、


「……勇者様クイズだ」くわっ、とミクトラが目を見開く。


「勇者様クイズ」


 とうとつな開催に、アルがややたじろぐ。


「アル、貴方あなたが本当に勇者アルヴィス様の仲間であったならば、これから出す問題に答えられるはずだ」


「な、なんだと」


「では第一問だ……ふうむ、これでいくか」


(どきどき)


 一体何を言われるものか、アルはやや身構える。


「アルヴィス様が幼少の折、生家で可愛かわいがっておられたという猫の名前は?」


(待てや!)


 アルは心中突っ込みを入れる。こんなもの、共に旅していた仲間たちにすら話したかどうかさだかではない。


「えーと……ムンムル」


 しかしアル自身としては悩むまでもない。とりあえず、と言ったていで答える。


「ほう……」


 あごへと指をやるミクトラ。この問題を即座に答えてのけたのは、彼女の記憶の中にもそう多くはない。にやりと笑う。


「……出来るな!」


「何がだよう」


「第二問だ! アルヴィス様の初恋の相手は!」


「うぐっ……い、従姉いとこのカルミラさん……ってちょっと待ってねえこれどこで聞いたの?」


「うむ見事。ちなみにカルミラ殿はアルヴィスさま十二歳の頃ご結婚なされた」


「聞け。話を」


「アルヴィス様が好きな食べ物は!」


「ぐぬう……まるで聞く耳が無い。ちやーはんっていう東国ヤマの焼いた米料理」


「ふっ間違えたな……らーめんなる汁物だ!」「それ二位。旅のしゆうばんに順位変わったんだ」「えっそうなの……。くっ、これが共に旅した者の力だというのか!」


「うんぬん」「かんぬん」………………


「──第五十問!」


 ツッコミ疲れたアルがげんなりしつつも答え続けていると、とつじよミクトラが目を見開いた。


「はっ!?」


「今度は何……」もう地図を描きながら聞くアルである。目を合わせるな危険だ。


「よく見ればアル! 貴方あなたの剣帯はメルヴィック工房の三番、アルヴィス様愛用のものと同じ型ではないか! 色まで合わせるとは中々のマニアだな!」


(この娘怖いよう)


 割と正直なところ、アルはやや引いている。ミクトラはそれには気付かずに続けてくる。この辺り、趣味の話を他人としれていない人間特有の行動である。


 実態は愛用というか、適当に丈夫なのをつくろったら最後までったというだけの話だ。


「まさかこれほどまでにアルヴィス様の話に付いてこれる者がいるとは……」


 どこかすがすがしい顔をして、ミクトラ。アルは目をらすしかない。


「仲間というしんはともかく、貴方あなたがアルヴィス様を敬愛していることは間違いないようだな」


「まあ、うん、ええ、はい。ほら、次行こう、ね? 敵いるかもだからクイズはおしまい」

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