一章 新人冒険者(骨)、はじまりの村にてオークと戦う(6/6)



   ◯



 数日後。


「あ~……う~……」


「え~……お~……」


 人骨と受付嬢が、向かい合ってぎこちない笑いと汗を浮かべている。最も、人骨──アルはそんな雰囲気だというだけではあるが。


 場所は戻ってアロンダ、冒険者組合である。


『簡単な護衛を請け負ったはずの初級の冒険者(なお骨)が、かオークの群に占拠された村を一人で解放してきた』


 という事態に対する反応である。




 ──あれから。


 早馬で事態を知らされたアロンダの駐留軍が隊を差し向け、残ったオークを連行するのに同行する形でアルもアロンダへ戻ってきていた。


 状況はレヴァや村長ほか、村の人間からしようさいに語られ、『蝋燭キヤンドル』級冒険者アルにより村が一つ救われたという事実も認定された。




「この功績と組合本部の協議により、冒険者アルは『篝火ベルフアイア』級冒険者へ飛び級で昇格となります。そして、これを」


 カウンターにはちょこんと置かれた荷運び護衛のほうしよう金のほかに、ずしりと重みを主張するへい袋がちんしている。国からのほうしよう金である。


「おおーう、思ったよりすんごい量!」


 アルがかいさいをあげる。おおよそ、一ヶ月はお高い店で三食飲み食いして暮らせそうだ。周囲の冒険者たちからは口笛も聞こえてくる。


「まあ、オークに占拠された村の解放なんて、本来軍隊がある程度のせいかくして行うレベルのことですから……」


 ひきつった笑いを浮かべながら、受付嬢が手紙を差し出す。


どうフクロウが報奨金と一緒に持ってきた書状、というかこれが本題みたいなものなんですけど、このサイン……」


 渡された手紙をアルが受け取る。サインを見れば、


「フブルさんからか。ああ、えらい話が早いと思ったら」


「そ、それやっぱりフブル=タワワト魔導さいしようの印章ですよね!?」


 おののく受付嬢にうなずきながら、アルは手紙の封を開ける。大体内容は予想できていたが。


『いきなり派手にやりすぎじゃ馬鹿者』書き出しからこれである。


『だがまあ、これで分かったろうが。初仕事にしてこのてんまつじゃ。こつずいにまで入っておろうよ。せいぜいイザナ探しのついでに世をめぐって働くがいわ』


(す、好き勝手言いやがって~……手の回らん地方の治安維持押し付けてるだけじゃん!)


『何かあればこれで連絡をせ。だがつまらん用事で呼ぶでないぞ。わしは忙しいんじゃ』


 手紙に同封されていたものは、ほうで作られた通信符が数枚だ。使い捨てではあるが、登録された相手と直通で話が出来る。


「どっちかっつったらこちらの方がごほう本体だな」


 とアルは思う。この通信符で、をすればレヴァの馬車がほろを付けて買える。


 手紙と一緒にふところの貴重品入れ──きようついくくけた、文字通りのふところ──へしまうアルを見ながら、受付嬢が感心したように息をつく。


「やっぱり勇者アルヴィスの仲間というのは実力も含めて本当なんですね……。オークの集団を一人で倒しただけじゃなく、まさかフブル様から直接書状が来るなんて」


「おやお嬢さん、この豪腕を疑っていたと?」


「骨じゃないですか……っていえ、疑ってなんてそんな」


「度合いってことでしょ?」


 あわてて手を振る受付嬢の横から口を挟んだのはレヴァだ。


「お、もう里帰りいいの?」


「仕事あるもの。もう帰りづらくもないし、また行くわ。いつかあそこに店持つのが目標ね」


「そりゃ大きな夢だこと。ま、骨のえいで良けりゃまたしてやるから頑張んな」


 からかい半分の激励に、レヴァが鼻を鳴らす。


「ふふん。見てなさいよ。ま、話戻すと、世の中にはちょっと話したくらいのことを友人って言うやつも多いからね」


「ああ、なるほど目の前に今」


「ひどくない!? ねえちょっとひどくない!? 一緒に頑張ったじゃない!」


 みついてくるレヴァをなだめつつ。ふむ、とアルは思案する。村長の言葉を思い出す。自分の信用は、地道に仕事で証明するというのが正道ではあるが──


 周囲の冒険者からは奇異の視線。受付嬢に冒険者のアンデッド、女行商の組み合わせだ。無理もないことではある。アルは辺りを見回す。多種多様な人種が、そろってアルたちを見ている。


「そうだな、レヴァ」


 アルはつぶやいて、ずしりと重いへい袋を持ち上げる。


「お、何? くれんの?」


「あーげーなーいー。そうじゃなくて、この辺で一番でかい酒場ってどれだ?」



   ◯



「うおーい! 骨野郎ありがとよ!」「今度会ったらアタシがおごるわよー!」「今日の酒はうめえ! タダだってのが何よりうめえ!」「俺は最初から分かってたぞ! あいつは骨のあるやつだってな!」「骨だけに!」「うるせえ馬鹿!」「オラ罰ゲームだ飲め飲め!」


 らん騒ぎの店内を、アルが酔っ払いたちの歓喜の声を受けながら歩き、外へ出ていく。


「いいの、ほうしよう金をあんな風に使っちゃって」


 夕暮れ時の路上で迎えるのはレヴァだ。店内の歓声が路上まで聞こえてくる。


 アロンダ一の酒場『ヴァルハラ』、そののきさきである。常日頃からにぎわう店ではあるが、今日は全ておごりとあってひときわけんそうが店を満たしている。一般の客だけではない。人間の他、エルフ、コボルト、ドワーフ……要するに、冒険者組合にいた者たちが総出でカップを傾けていた。


 聞いてくるレヴァも、エールの入った木のカップを抱えており、その頬はまたしても赤い。


 アルはすでに旅支度を終えていた。


「こんな体だからね。あんまり金は必要ない。それに、冒険者や組合の人とは仲良くしときたい。受付嬢さんにもよろしく言っといたし」


 指骨が指すヴァルハラ店内では、彼女もカップを勢いよく空けているはずである。


「ふうん、へー、ほー。勇者サマはああいうのが好み?」


 ずい、とレヴァが顔を迫らせる。大分近い。やや目がわっている。


「色もいちもつも無い骨にからむんじゃありません。重ねて言うが、秘密にしといてくれよ」


「分かってる分かってる~。恩人の秘密なんて言やしないわよ……もう、次の町へ?」


「村でも言ったが、探し人がいてね。また会う時もあると思うから、その時はよろしく頼むわ」


「うん。ありがとうね、アル。その……色々。元気で! また会いましょ! ……絶対ね!」


「それがあの世じゃないことを祈ろうな、お互い」


 馬鹿、と苦笑するレヴァが手を差し出す。手骨でそれを軽く握って、アルは歩き出した。


(……この前はアンデッドのみんなで、今回は行商の女の子か。ま、進歩進歩)


 スケルトンが夜のやみに消えていく。まるで本来のすみに戻っていくよう。


「ほんと……またね、勇者サマ。お礼なんて、まだまだし足りないんだから」


 酔いに浮く身体の中で、いちまつの寂しさがレヴァの胸に残った。

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