一章 新人冒険者(骨)、はじまりの村にてオークと戦う(5/6)



   ◯



「見張りならばそこの窓からで十分でしょう」


 うたげけんそうさえぎるように扉を閉じて、村長がアルへ椅子を勧めた。


「あ、ども。すいませんねわざわざこんな風に招いてもらって……怖くないので?」


 アルも一応空気は読める。いつまでもうたげの中央に骨が居座っていても難だと、こっそり抜け出し村入口でオークが戻ってこないか見張りをしていた。そこへ、村長が現れ村門横の小屋へと招いたのである。


「何せ助けられるのは二度目ですからな」


「さ、さーて。この馬の骨が仕事をするのは初めてですよ?」


 村長が涼しげに答える。決まり悪げにアルがとうこつに手骨をやった。


「狂ったアンデッドと見せて、貴方あなたの行動にはかく、誘導、一度の多数相手を避けるなどの戦術がありました。馬の骨には出来ぬ芸当ですな」


「う」


 かすかのような村長の視線に、アルは逃げるように左右へ顔をそむける。


「そうと思って見てみれば、色こそ違えどその剣。五年前、おう軍に村を占拠された折り、村を救っていただいた時のそれと同じ──」


「うへえ、参りましたー。流石さすがは元王国兵中隊長どの」


 手を挙げてさえぎり頭を下げるアルに、村長は笑う。の気安さが二人の間に現れた。


しよせんろうしゆうの身。オークの一団ごときに抗する手段もなきていたらく」


 そうして、次に口にすることを意識したように居住まいを正した。


「度重なる危機を救っていただいたこと、村を代表し、重ね重ね御礼申し上げる。


 ……勇者、アルヴィス・アルバース殿」




 暖炉で、木のぜる音が響いている。


「……魔王との戦いでくなったとお聞きした時。ざんこくなことだと思っておりました」


 一連の流れをアルから聞き、村長はけんんだ。


 それを横目に、話し終えたアルが立ち上がった。音もなく歩き、扉に手をかける。


「しかしよもやこのような形で再会することになろうとは……アル殿?」


 アルは静かに、とジェスチャーを送る。


 そろりそろりと歩いて、タイミングを計り、扉を内へと引き開けた。


「うわったったった……よいしょお!」


 つんのめるようにして中へと入り込むのはレヴァだ。


 料理を乗せた皿を持ち、どうにかひっくり返さずに止まった。


「アンデッドの気配感知を素人しろうとだませると思うなよ?」


「ふぎゃああああ!」


 顔をのぞむアルに、レヴァが悲鳴を上げる。目を丸くしていた村長がため息をついた。


「ふうむ。そういう所は子供のころから変わらんのう、レヴァや」


「あは、あははは~……飲んでたらアルいないから、どうしたのかなって探してたらさ……えらい話が聞こえちゃって、つい……」


 そんな彼女の顔は夜の中でも赤い。明らかに酔っている。


「んもー……ないしよね? この話は商品にすんなよ頼むから」


「え、えへへ……はぁい」


 互いに人差し指を立て合う。シリアス終了である。


「しつれいしまーす……よっと」


 彼女は小さなお尻で扉を閉め(不作法に村長が天をあおいだ)、料理を机に置いた。空いた椅子にちょこんと座り、てのひらを向ける。上気した表情は驚き半分、疑念半分といったところだ。


「つ、続き、どーぞ、勇者サマ……の骨サマ。しっかし、どうりでバカっ強いと思ってたんだ」


 やれやれ、とアルと村長が目線を交わす。


「そういえば、あの時レヴァはもういなかったんですっけ?」


「ふむ。五年前はもう雲隠れしておった時期ですな。ある意味運が良かった」


「あー、前に占領されたって話? あの頃、あちこち下働きで動いてたからね。後になって知ったんだ。……そっかー。そん時も助けてくれたんだ。勇者サマサイコー! いえー!」


「えーい抱き着くな酔っ払いめ。くさっ! 酒臭!」


 かつてアルヴィスとして旅に出たばかりの時だ。この村をおう軍より解放してから、しばらく拠点として利用した。その際に、家を一つ無償で貸してくれたのがこの村長である。


「えーと、どこまで話したんだっけ……あーそーだ。まあ、都合は良かったんです」


 村長とレヴァがそろって小首をかしげる。


「連合国軍の最前線に何年もいてあれこれやったもんで。魔王軍のじゆうしんも半分倒して。変な話もたくさん来てたんですよ。婚約とか」


「……ああー。はいはい。まあそうですなあ。来るでしょうな」


 村長に納得の色が浮かんだ。レヴァはほえーという顔だ。


「連合五カ国の姫だの、貴族の娘だの、結婚がいやなら養子だの、まあ要は戦後の主導権争いです。生きて帰れば面倒なことになるのは目に見えてましたねー」


「えー、もつたいーい。逆玉じゃんさー。ウハウハよウハウハ」


「まあ、政治とはそういうものですが。欲の無い事ですなアル殿は」


 二人おのおのの反応を見て、アルは自分のろつこつを示してみせる。


「こんな体ですが、これなら丸く収まるってわけで。実際、各国の首脳じんはほっとしている部分もあるでしょーね。圧倒的な主導権が握れなくなったのはどこもおんなじってね。そして勇者は英雄のまま過去になり、中身の俺は自由の身、と」


「いやはや……余人には及びもつかぬ考えをされる」


「いやいやいや村長、死んでるのにそれおかしいっしょ。この勇者サマそんえきぶんてん見えてねー!」


 体を揺らして椅子をがたがたしながら言うレヴァに手指を振って、アルは続ける。


「この体なら飲み食いにきゆうきゆうとすることもなし。そんじゃあ世のしがらみ忘れて、ほう墓地でのんびり遊び暮らそうってことで。したら、かのどうさいしようサマに怒られまして」


 ちなみに遊び道具は通販で買っていた。寒々しい墓場近辺へ商品を届けに来るとよろいが受け取りに現れるという流れは、商人の間では一種の怪談として広まっていたりする。


「あれあんただったの!? あたし自分が届けに行く羽目になったらどうしよって思ってた!」


「『いいげん働けこのニート骨』って。ひどくない? ねえこれひどくない? 俺文字通り死ぬまで頑張ったのにさあ。なんか異界で使う無職へのとう語らしいんだけど」


「いやでも無職は良くないわ」半眼でレヴァが告げる。勇者への幻想が死んだ目をしている。


「心おどる響きなんだけどなあ、ニート。でまあ、人探しも頼まれたんで。どうせなら勇者やってた頃には行けなかったところ色々行こうかなって。当時は最前線ばっかだったから」


 村長が目を細めた。


「おお。世をめぐられますか」


「まずは一冒険者の手の届くところからですね。あんまり目標を高く持つと良くない」


 アルは親指骨でぐっと自分を指さす。


「──骨身にみましたので!」


「黒い黒いネタが黒い」


「笑うべきか判断に迷うモノを投げますなあ、アル殿は」


 村長とレヴァは苦笑。やや自信をそうしつして、人差し指骨を突き合わせながら、アル。


「……働け言われた時は、この体をかして芸人とかもいいかなって……」


「やめときなさーい。商人として言わせてもらうけどさーあ、売れる筋が見えないわ! 客集まるどころか逃げるわ!」


「うぎぎ」


 さくっとり捨てるレヴァ。やや落ち込んでから、アルは顔を上げた。


「そ、そんなわけで! 俺のことはどーかご内密に」


「ふうむ。貴方あなたが満足されておられるならば、それに越したことは無いのでしょうなあ。ご苦労は、これからも多くありましょうが、他ならぬ貴方あなたさまならば」


「場所によっては亜人、いやさ人間同士でも差別ひどいからねー。女だからって足元見やがって」


 レヴァが行商中の経験を思い出したか、あかい顔に苦さを浮かべ焼鳥を口に放り込む。


「ま、勇者サマ──じゃない、アルならイジめられる心配はないか、実力的に」


「アル殿。老婆心ながら、一つご忠告を。


 ──人は善なるものでありましょう、ですが……善なるが故に。悪所を見る目はいくらでも鋭く、細くなるものです。御気を付けくだされい」


 アルははんばくもなくうなずいた。彼自身、かつて思い当たる節はあるものだ。


「とりあえずは、勇者が出来なかったことをやりますよ……また、ここからです」

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