一章 新人冒険者(骨)、はじまりの村にてオークと戦う(4/6)



   ◯



「くそっ! なんだこいつ!」


「なんでスケルトンごときがこんな強……おわぁー!」


 一瞬下がったオークの顔面に、アルのこつけんがめり込んだ。


 こぶしを引き抜いたアルが、体だけゆらりと振り向く。


 首はそのままの方向へ残り、後ろからおそいかかろうとしたオークにけたけたと笑いかけた。


「ひえええええ……!」


 たじろぐオークを確認して、アルはなぐり倒したオークの顔面をわしづかみにする。


 ざわり、とオークの間にきようがくが走る。


 二百キラムはある成人のオークが、スケルトンの骨腕にり上げられている。


「オオォォォォバァァアアアスロオオオオォウ」


 そのオークが、軽々と放り投げられる。ざわめくオークたちの真ん中へ。


「なんなんだ……」


 ぜんとした声がオークたちから漏れた。かれにしてみれば降っていたようなさいやくである。命じられて小さな村を占領し、村人たちをしいたげて好き勝手に過ごしていたところへ狂った骨のしゆうげきだ。しかもそれが、異常に強い。


 そこへ、民家の向こうからぽとりと丸められた紙が広場に落ちた。アルがそれを拾って広げる。それにすら、緊張でオークたちはざわめいた。しかし。


「………………はい、しゅーりょー。お疲れー俺! すげえ働いた俺!」


 途端に、アルが理性ある口調でしやべりつつ、腕関節を鳴らした。まどいがオークたちに広がる。


「お、お前……トチ狂ってるんじゃ」


「いやフリだけど。そうでもしないとお前、村の人たち人質にするでしょ」


 こともなげに答える。それに、リーダー格のオークが、配下にわめいた。


「っ……! おい、女子供は!」


「もう仲間が全員逃がしてるよ。お前等が俺に夢中になってる間にな。いやあ、モテてモテて困っちゃった。骨になってから初めてモテたわ」


 ひらひらと、アルが先ほどの紙を見せつける。そこには『避難完了』となぐり書きされている。


「て、てめえ! ハメやがったな!」


「なんてきたねえ野郎だ!」「恥を知れ恥を!」「冷血漢!」


「ええー……いやまあ血は流れてないけど」


 自分たちを省みぬオークの野次にやや引きながらも、アルは声にすごみを込める。


「で、どうする。俺の同類になりたいなら手伝うぞ」


「うぐ……」


 今度はオークたちされる番だった。気付けば、広場には十数体のオークが倒れている。


 この村を占領したオークは三十九。あちこちで倒された者も含めれば、その半分以上がたった一体のスケルトンになぎ倒されたことになる。


 しかも、それで相手には有効打が一撃すらも決まっていない。


「ち、ちくしょ────! 死ねオラァ────!」


 動いたのは、副族長的な役割をしていた若く大柄なオークだ。こんぼうを振りかぶり、躍り掛かる。アルとの体格差はまるで大人おとなと子供である。だが、


「ホ───────ムラン!」


 幅広の黒剣の腹が、気合の入ったなぞの言葉と共にオークの腹へ超音速でスイングされた。二百二十セルに迫ろうかという巨体が、冗談のようにれいな放物線を描き、宙を舞った。


「ぐえ──────ぇぇぇぇぇ…………」


 叫び声が遠ざかり、村の境目辺りで落ちる音がした。アルがぐるぐると上腕骨を回した。


「うむ。異界の言葉らしいが、かっ飛ばす時には中々しっくり来るな、これ」


「……ひ、退くぞ!」


 決定的だった。リーダー格のオークがしげに退がる。


「で、でも命令が」


「言ってる場合か! スケルトンどころじゃねえ! グール以上だ!」


 状況を考えぬ部下のはんばくしつで返し、徐々に後ろに退がっていく。


 退き始めるオークたちの前で、スケルトンが周囲に目をやる。


「おい、こいつら」


「退け!」


 動ける者をまとめ、オークたちは一目散に走り出す。


「いや連れてけって!」


 当然誰も待たない。後に残るのは倒れたオークたちとアルだ。アルはさしてこうげきに気をつかったわけでもないが、生きている者もそれなりにいる。


「ええーめんどおい……これ全部しばんの?」


「助かり申した」


「お、おつかれー……」


 そんなアルへと声をかけたのは、村長とレヴァである。がいこつがそちらへと向き直った。


「どーも。レヴァもね。良くやってくれた」


「あ、はい……。疲れたわよ……怖いし。追いかけてくるあんたもマジで怖かったし」


「ふはは、『圧』っつってな、そういう技術スキルだ。敵が勝手に逃げるから便利だぞ」


 作戦は単純なものだった。アルが狂ったスケルトンのふりをしてオークたちおそい、注意を引きつけている内に、レヴァがらわれている女性や子供を助け出し男たちへ合流させる。レヴァが指示に良く従ってくれたおかげで、人的被害はゼロ。


「うむ、ぶっつけにしちゃ最高の結果だったな。レヴァちゃんナイスナイス。……でもさ、事情、話してくれた?」


 言って、アルは指骨を村長の後ろへ向ける。そこには、今にも泣きそうな表情で村長らを見守る村人たち──ろうにやくなんによ、全員の姿があった。


「うんまあ。みんなビビってるけど。ていうかあたしもまだちょいビビってるけど」


「あらー……。やりすぎたか」


 できるだけきようぼうに見せての大立ち回りである。アンデッドの見た目はやはり、それだけで恐怖の対象だ。


 村長とレヴァが村人らへと手を振る。それに、彼らも恐る恐る小屋の陰から出てきた。


「男性じん、生きてるオークたちしばり上げて。それと夜が明けたらアロンダへ早馬を。こいつらを連行する応援を呼ばにゃあ。俺が運ぶのは骨が折れる」


「あんたの骨、どうやっても折れそうにないけど……なんで素手でオークKOできんの」


 半眼で、レヴァ。アルの指示にまどいながらも村人たちが従って動き始める。そこへ、


「レヴァ!」


 みずからを呼ぶ声にレヴァが振り向けば、そこには壮年の男女がいた。レヴァのひとみが揺らぐ。


「お父さん、お母さぁん……」


 レヴァが走り寄っていくが、それ以上は言葉にならない。そんな彼女を、両親が優しく抱き寄せた。


「いいんだ、レヴァ。──無事で、良かった」「立派になって……!」


「父さん、母さん……あたし、あたし……ごめんなさぁぁい」


 三人で抱き合う。家族のわだかまりは、この騒動で吹き飛んだようだった。


「へっ、泣かせるじゃないの……」


「涙出んでしょうアル殿。汚れの方をおきくだされ」


 村長が布を渡してくる。アルは礼を言って受け取りながら、冗談を返すこの老人の落ち着きを感じた。周囲の村人たちからは、いまだ彼へと恐れの視線が投げかけられている。


「女衆にうたげの準備をさせましょう。皆、夕食もとっておりませんしな」


「あ、そーだほら! そもそもあたし物資搬送に来たんだった! この際だからあれこれ出しちゃう! 盛大にやろ!」


 レヴァの言葉に、村人たちもき立った。数週間オークたちに抑圧されていた反動だ。我先にと作業が始まった。

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