一章 新人冒険者(骨)、はじまりの村にてオークと戦う(3/6)



   ◯



「…………?」


 日も暮れかけて、木の柵で作られた村の入り口を見張るオークは、門(というにはささやかなものだが)脇の松明たいまつに火をけていた。門番の相方へ話しかける。


「しかし……ひまだな。セッケル様からの指令はまだ来ないのか」


「暇つぶしするにも、労働力にするから殺しちゃ駄目ときた。面倒な話だ」


「従わせるにゃ一人二人見せしめにするのが早いんだがな。ま、せいぜいメスでお楽しみを」


「つっても若いのも少ねえしな、回りが悪ぃよ……ん?」


 気配に、オークが視線を前方へ向けた。


「なんだありゃ……人間? 何かに追われてんぞ?」


 視線の先、丘から下り坂になっている草原を、駆けてくるふたつの姿があった。


「わあああああぁぁぁああああ!」


 その人間、レヴァが走りながら叫ぶ。その後方から、重なるような叫び。


「ヌオオオオオオオオオオ! 死ネエエエエエエエェェェェェ!」


 火種を持ったオークも目をらす。ややあって、そのけんゆがんだ。


「後ろのありゃ、骨だぞ。スケルトンだ。メスを追ってんのか」


「やれやれ、運の悪ィ人間だ──ほーれ、ちょっと待て」


 村門をけ抜けようとするレヴァを、火種を持ったオークが止めた。


「う、うわーつかまったー! 離してー!」


「うるせーな! じっとしてろ!」


 彼女の腕をつかみ上げたオークが、相方へと目をやる。


「で、あっちはどうす……」


 言葉はそこで中断された。村まで五十メル(一メル=一m位)ほどまで近付いたスケルトン──アルが、走りながら黒色の幅広い剣を抜いたからだ。


「けっ、死んでトチ狂ったクチかよ。やる気かぁ?」


「俺にやらせろや。骨ごとき、ひまつぶしにブッこわすにゃ丁度いいぜ」


 先にアルを見つけたオークが、やりたずさえて前に出る。相方はレヴァをとらえたまま、それを見物するように下がる。


「お前はこっちだ。へへ、若いメスが増えたぜ」


 うおおー、とたけびを上げながらどたどた迫るアルに、やりを持つオークはあいたいする。


「へっ、やっぱアンデッドは気味悪ぃな……。せいぜいいたぶってやるか」


 顔をにやつかせたやりオークが、アルのひざねらってやりを突き出した。レヴァが叫ぶ。


「アルッ!」


「無駄ァァァァァ!」


 しかし。うなりながらも器用に、アルは黒剣の腹でやりを受け流してみせた。続く第二げきも、彼は意味のない叫びを上げながらひょいと片足を上げてかわしてみせる。


「おお? この野郎生意気な!」


「おいおい、しっかりしろや。助けてやろうか?」


「いらねーよ! 見てろ……?」


 やりオークがいらちをあらわにしてやりを持ち直した瞬間だ。


「ハイすきアリャァァァアアア!」


 引かれたやりに合わせて、アルが踏み込んだ。


「早ッ!?」


 うめいたのは相方のオークだ。やりオークにとっては、スケルトンが視界から消えている。


「ツマラヌモノヲキッタアァァァァアア!」


 やりオークを通り過ぎて妙なポーズを決めるアルの後ろで、やりオークがよろめき、倒れ伏した。


「す、すご……は? き、ったの今? ぜんっぜん見えなかった……」


「はあああ!? 冗談だろこの!」


 残ったオークはレヴァを放ってこんぼうを構え、一瞬後に気づく。もう片方の手で門の鐘を鳴らそうとする……が、それは致命的なすきだった。オークの脳天に強烈なしようげきが走る。


「ぐえ……」


 訳がわからないといった表情で、彼はどう、と倒れ伏す。その背後には、息を荒げてミータ鉄製のメイスを振り下ろしたレヴァの姿がある。


「はっ……、はっ……」


 レヴァが顔を上げるが、すでにアルの姿は無い。


「う、うぐぐ……い、いいんだよね、行って……」


 一瞬のしゆんじゆん。しかし彼女ののうに、家を出た五年前の家族の姿がひらめいた。


 「……ええい! 女商人は度胸が命! 父さん母さん……絶対助けるからね!」


 レヴァは気合一番、村の広場に向かってけ込んでいく。


「あん?」「おい、メスが外出てんぞ」「おお、新顔じゃねえか! つかまえろ!」「よっしゃ!」


「う、うわ……」


 当然、外を歩いていたオークたちはその姿をそくする。しかし、ここからは入口の倒れた二体は見えない。エロオークたちは単に侵入されたのだと思い込み、レヴァを囲む。


「「「「「ぐへへへへへ…………」」」」」


「あ、あはは……どーも、こんちは……」


 あっさりと家の壁へ追い詰められ、あいわらいを浮かべるレヴァ。しかし、包囲を狭めるエロオークたちの向こうから、先ほど見た黒剣がのぞいた。


 一瞬の内にいくつものけんせんが走り、オークたちがばたばたと倒れ込む。外を歩くオークが、一時的にしろいなくなった。即座にレヴァが村の外周部へと走り出す。


「ここからは、第二段階……!」


 外のけんそうに、いくつかの民家にあかりがともった。人間の声ではない騒ぎも聞こえてくる。


 アルの方はそれを確認し、叫びながら手に持った入口の鐘を鳴らしつつ村を走り回った。鐘と黒剣をお手玉しつつ、道化のように舞っている。


「おいあいつだ! 何人もやられてんぞ!」


「スケルトンごときがふざけやがって!」


 ほどなく。村を一周し広場に戻ってきたアルを、家屋から出てきた数十のオークが包囲した。彼はひるむことなく集団へと突っ込んでいく。



   ◯



 十数分後。けんそうけんげきの音に恐る恐る家畜小屋から顔を出した村人の男たちが見たものは、恐ろしいうなり声を上げながら十数のオークと一人で戦い続けるスケルトンだ。


「ひいっ……!」


 あまりの光景に、青年の一人が腰を抜かす。


「な、なんなんだあれ……!」「オークを……倒してる?」「魔物の同士ちか!?」


 戸口から顔を出そうとする若者たちを、年輩の男が引き戻す。


「馬鹿野郎巻き添え食うぞ! ありゃ死の恐怖やら痛みで狂ったアンデッドだ、ああいうのは見境なんてねえ! あんな強えのは初めて見るが……」


「ほ、本当だ。自分の頭ブン投げてオーク倒してやがるぞ。なんてイカれてんだ……! ああ! んだ! 頭がんだ! うわ、剣持ってんのに自分のろつこつでボコってる!」


 男たちが恐れおののく。


「イカれてやがる……ど、どうするんだ……?」


「こ、このすきに逃げた方が良くないか……」


「おい女子供はどうするってんだ。こっからだと広場の反対だぞ!」


「んなこと言ったってよ……!」


 そこで口論が止まる。しようそうにパニック状態になりかける村人たち


「待ちなさい」


 そこへ機を見て話しかけたのは、長いひげの老人だ。かなりの老齢ではあるようだが、背筋はぐに伸びている。


「村長……しかし」


 不安げに返すのは年輩の男性だ。村長と呼ばれた老人は広場の戦闘を見ながら告げる。


「あのがいこつの剣士は強いがオークがぜいくすれば共倒れになるやもしれん。それに……」


 しばらく広場を見続ける村長。


「それに?」


 聞き返す男へ答えようとした瞬間、扉が開いた。


「……みんな!」

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