一章 新人冒険者(骨)、はじまりの村にてオークと戦う(2/6)



   ◯



 ティグ村はアロンダから東へ三十キル(一キル=一km弱)といった距離にある小さな農村である。村の名物も、アロンダには十近くありそうな水車ひとつ、という世の中にはいくらでもあるような村だ。


 そこへ続く街道を行く、荷を運ぶ二人──アルとレヴァの姿があった。とはいえ、レヴァは自前の一頭立て馬車に乗り、アルはと言えば──


「おっレヴァ、今日はごついの雇ってんな! 馬は大丈夫かよ?」


 行き会う商人が冷やかす。それもそのはず、馬車の荷台に乗るアルは全身よろいちである。ちなみに、レヴァの商品だ。サイズは問題なかった。何せ彼はスリムである。


(ばれませんよーに……)


「ま、まあアロンダから東に離れたら、おう軍のせつこううかも知れないからね。念には念よ」


「そんな心配することもねえと思うがな。バルキア国境辺りで粘ってた幹部『じゆうしん』の軍もかいめつしたって聞くしよ」


 ぴく、と荷台のアルが反応する。


「ま、頼むぜえいさん。何かありゃそのよろいで頑張ってくれや。……てか、動けんのかそれ?」


 商人の軽口に、やや心配げにレヴァがアルへと視線を向ける。が、アルは軽々とよろいに包まれた手を上げ、ゆうゆうと身振りも加えて見せる。


「まあ魔王軍の斥候つーと……オーク程度なら何とか、こう、いことするよー」


「ほっ、正規なみにやれるってか! 中々力持ちみてえだし、こりゃ頼もしいな、レヴァ」


「馬に苦労させてる分くらいは働きまーす」


 冗談と思ったか、愉快そうに笑いながら商人が後方へ遠ざかっていく。


「ふう……やり過ごしたね。結構力あんじゃん」


「ハナからこれじゃ、先が思いやられるけどな。もういっそに隠さず開き直ろうかなあ。アロンダじゃ何とかなったし、イケないかな?」


 さーね、とレヴァは軽く嘆息する。


「しっかし馬に苦労させてる分って……あんた骨じゃん。あんまり働かないってこと?」


「俺が働くことない方がいいっしょー。自慢じゃないがホラーになるぜ」


「そりゃそーだけど。久しぶりの里帰りだし」


「へえ? そうなの?」


「普段は他のがやってんのよ。あたしは代役。丁度こっち来たら商業ギルドのえらいさんにね。地元だろって」


「なんだい、帰りたくないの?」


 口調に迷いをいだして、アルが問い返す。


「どーかな。きつい農作業にいやが差して、ガキの時分に家を飛び出した身だとね。思い切りケンカ別れだったからねえ……元気にしてるといいけど、またケンカになりそーだし」


「顔を合わせづらいと。でもまあ、商人も楽じゃなかったろ?」


「まーね。店持てるような一人前になれればね。楽させられるし、会いやすいんだけどね」


 身の上話に、アルは空を見る。良い天気である。自分が死んだ日はどうだったか。


「ま、会える内に会っとくのがいいぜ。骨だと会いづらいぞー。俺まだ実家帰ってない」


「ブラックすぎて笑えないってそれ。……でも、そーね。ありがと」


「ン……お、ミータ鉄装備一式ある。昔欲しかったんだよな、これ」


 しんみりした空気を変えるためか、アルがことさらに明るい声で荷台をあさる。とがめる気にもならず、レヴァが答えた。


「勇者様の仲間なら、もっといの持ってんじゃないの? なんかこー、伝説の装備的な」


「勇者ったって最初から期待されてた訳じゃないもの。アルヴィスだって最初にエイン国王からもらったのは、使い古しの銅剣一振りと銅貨五十枚だよ」


「ええ、マジでぇ……王様ケチいなあ……ってか、くわしいね」


「ま、まあなんせ一緒に旅してたからな。色々聞いたんだ、色々」


 アルは商品をめつすがめつ、なつかしげに実感がこもった使い心地を語る。


(確かにベテランね。色んな道具の性能把握してる。戦いの方はどうか分かんないけど……)


 そんな道行きである。三十キルは荷をかついで徒歩ならば半日強というところだが、馬車ならば休み休みでも夕刻近くにはティグ村を望める丘までたどり着いた。


「さてこれなら、日没までには着けますか、ね……っとい」


 アルは荷台の縁へひょいと器用に立ち上がり、ぎりぎり視界に入った村と畑をながめ──


「……、レヴァちゃん、すとっぷ!」即降りた。


「ととと、何よもう」


「静かに。馬もなだめて。……なんか、おかしい」


 これまでとは打って変わり、アルの口調は静かだ。レヴァがされ、指示通りに馬を止めた。彼は丘に身を伏せて進み、目をらす。正確にはりよくを視覚能力に集中する。


 薄暗くなりつつある風景の中、彼の視界に農作業を行う村人の男が見える。畑の脇には犬と、村人を見張るように立つ──


「──うわさをすればなんとやら。オークか」


 アルは勇者時代の経験上、たいていの魔物の知識がある。われてモンスター図鑑の監修・補足をしたこともある。その記憶を探ってみる。




◆オーク(人間敵対度……C。部族によって変わる。現状は六割ほどが敵対的)


 鼻がり上がり、禿とくとう。全体のバランスとしてはずんぐりとしたたいでありながら、成人の平均身長は二百セル(一セル=一cm弱)ほどもある大型の亜人。


 複数の家族をまとめた部族単位で行動することが多く、国を作ることは西の果てにあると言われるオークの国以外、例は無い。文化レベルは基本的に人間より低く、こんぼうや皮の衣服などの原始的な装備を持つ。


 人側にくみするか魔王側にくみするかは部族により異なるが、大半はおう軍に協力している。


 勇者アルヴィスいわく『力強いけど基本的にあまり技術ないので、小手切りとか良く効きます』




「……はぐれが住み着いた、って感じじゃないな」


 アルが視線を転じれば、村には一定間隔で村内を見張るように複数のオークの姿が見えた。あちらにも、こちらにも。


 観察を続ければ、村人の多くが戻っていくのは家畜小屋や使われていなかったであろうボロ屋だ。反面、オークと若い女性や子供が出入りするのは民家である。


「うーわ、モロ占領されてるー。


 ここらはアロンダよりも前線に近い。連絡の間を突かれたのだった。村の規模的には小規模な拠点にしか使えないが、アロンダ周辺へのきようとうにする算段とアルには見えた。


「やだもーめんどくさーい……さて、どうしよっか」


 丘へあおけになるアル。その横へ、あわてたレヴァが滑り込んで来る。


「どどどどどどど、どうしよっかじゃないでしょ! マジ!? マジなの? マジオーク!?」


 彼女は商品の中からとおづつを取り出し、村を見る。その顔色がみるみるあおめていった。


うそ、でしょ……そんな……」遠見筒を持つ手が震えだす。


「いやあ、マジでしょ」対してアルは平静そのものだ。


 レヴァが受けている依頼は荷物の運搬であるが、


(運搬どころの話じゃない……さっさとアロンダに取って返して報告、がいちばん無難……でも、私の、村……)


「レヴァ?」


(アロンダに引き返せば夜、駐留軍に報告しても動き出すのは早くて翌日。……それに、占領ってことは村のみんなは人質にされる。それか、れいとしてさらわれるかも。どうにかするにしたって、オークの集団なんて、そこらの冒険者一人二人でどうにかなるレベルじゃない)


 レヴァは口の中がからからに乾いている感覚を得る。


「オークの小部族ごと来てる感じかな。それだと、数は多くて五十……聞いてる? おーい」


(何をのんな声で……!)だが、その内容にレヴァはさらに絶望的な心地になった。


(いつかは、いつかは商人として成功して、朝から晩まできつい農作業ばかりの父さんたちに楽させてやれると思ってた……思ってたのに)


 そのいつかはもう来ないかもしれない。アルの横顔──死の象徴──を見て、身震いする。


。どうしよう……どうする。ふたりだけでも逃がせないか)


 アルは、レヴァの決断を待っている。だが、


(彼の仕事は道中のえい。村のだつかんなんて依頼に入ってない)


「おいってば。レヴァー」


(やっぱり、口調は軽い……、そりゃそーだ、戦う気なんて無いよね)


 少し失望してしまうのを身勝手とは知りながら、レヴァはかくを決めてつぶやいた。


「アル。今すぐアロンダに戻って駐留軍に知らせて。馬使っていいから」


 言い置いて、レヴァが丘を滑り降りかけたその時。


「いやだから待てっちゅーに」


 ぐい、とレヴァのえりをアルが持つ剣のさやが引っかけた。ひょいと宙に浮かせ、かたわらに戻す。


「きゅうっ!? な、何すんのよ? 人がせっかく覚悟決めたってのに!」


 涙目で言うレヴァに、アルが嘆息するかのようにけんこうこつをすくめた。


「我に策あり、だ。……協力してくれるなら、君が命けるよりは目があるぜ」

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