一章 新人冒険者(骨)、はじまりの村にてオークと戦う

一章 新人冒険者(骨)、はじまりの村にてオークと戦う(1/6)


「え……えーと……」


 アルの目の前で、受付の娘の顔が何とも言えず引きつっている。


 旅立った墓場から北西へ歩いて三日ほどにある町・アロンダ。


 おうが健在であった時は最前線に近く、数多くの兵士や冒険者であふれていた。


 現在も当時ほどではないものの、今度は人間側が取り返した土地への物資輸送などで多くの人が行き交う、それなりの規模の町である。


 そんな、人間だけではなくエルフやドワーフなどの亜人種も珍しくない町。さらにはぐれ者が多く集う冒険者組合の支部館であっても、たびの来訪者は珍しいと見えた。


 何せ今、彼女の前で申請書を出しているのは亜人どころか、生物ですらない。がいとうと剣を備えた動くがいこつ、スケルトンである。それが、す、と冒険者証の申請書を出してきたところだ。


 冒険者証とは、冒険者組合に登録している人間ですよ、という証明書である。


 冒険者の等級は上から《神火デイヴアイン聖火セイクリツド篝火ベルフアイア松明トーチ蝋燭キヤンドル》の五種があり、け負える依頼が違ってくる。実績や働きに対する評価などで等級を上げることが可能だ。


 冒険者証には登録者を読み取る魔法がかかっており、種族名などの簡易な情報が浮かび上がる仕組みで、身分証明書にもなる。


流石さすがにそのまんまで来たのはかった気がする!)


「そ、その、死霊術士ネクロマンシーの方の代理申請、ということなのでしょうか……? ええと、いくら出不精でも、流石さすがに登録にはご本人が来ていただかないと……」


 恐る恐るという具合に推論を口にする受付嬢へ、アルは手骨をひらひらと揺らした。


「そんなご主人様は面倒そうでいやです……じゃなくて。俺は骨ですお嬢さん」


「そ、そう言われても……って、スケルトンがしやべった!?」


 館内にはレストスペースもあり、今も複数の冒険者がけいかい半分、興味半分にそのありさまながめていた。そんなかれひときわざわつく。すわ魔物の侵入かと、あせって武器を構える者も出た。


 つえを構えるエルフの魔法使いまでいる。危機感。


「おわあ! ちょっと待ってちょっと待って! 俺は小心者なんだよ! 心臓無いけど!」


 慌てて両手を上げるスケルトン。


「俺の名前はアル! 頭もおかしくなってないし、生前の事も覚えてる! そんで、そんで……そうだった、これ!」


 言いながら、アルは困惑している受付嬢へ一枚の封書を渡す。


「これは──推薦状ですか?」


「そそそ。ダメならダメでいいから」


 いぶかしんだままの受付嬢はそれを受け取り、裏返して名前を確認し──目を見開いた。


「推薦者…………!?」


 完全な自作自演である。しかし、それを知らぬ人々の間にはどよめきが広がった。


「え……」「アルヴィスって……勇者の?」「俺伝記読んだわ」「アホくさ」「うそだろオイ」


「推薦状というか、保証書というか。前に彼の手助けしたことがあって」


「ええ……いやその……こういうのはですね……」


 あからさまに信じられていない。


(あらら。ま、言われた手前推薦状はテキトーに作ったけども。冒険者になれないならなれないでも良いよな。今さら仕事とかめんどいしー)


 だがそこへ、後方の事務室から受付嬢へと声がかかった。


「え? 首都本部から連絡? 一応鑑定をしろ? ……はい、はい。しょ、少々お待ちを」



   ◯



 時を同じくして、エイン王宮のどうさいしようしつしつ。遠見の水晶の前に、一つの影がある。


「逃がさん……お主だけは……」じゃあくなえみがうかんでいる。



   ◯



 受付嬢が事務室から出てきた。やや緊張したように、弾んだ息を整える。


「鑑定の結果、推薦書は本物と判断いたしました。筆跡も一致、サインに込められた魂の魔力波形も登録と一致。間違いなく、勇者アルヴィス・アルバースにより書かれたものです」


 おお、と再びのどよめきが館内に走る。


 一方アルの心中は(通っちゃったかー)とちょっぴり苦い。


「一部、読み上げさせていただきます……


『……アルというスケルトンの人格及び安全性は、勇者アルヴィス・アルバースの名において保証する。超やつ。我々の旅において、彼による貢献は多大かつナイスだった。彼の資質は、冒険者としてもばっちり十全に働き、人々の助けとなるものと確信する。やったぜ』」


(こ、こんなの読み上げるとか何の罰ゲームなの……に書けば良かった)


 明らかに途中から面倒になった作成時間三分の文章を、ちょっぴり後悔するアルであった。


「──加えて。先ほど通信符により、勇者アルヴィスの仲間である魔導宰相のフブル氏からも『絶対に逃がすな』と保証? をいただきました。よって、我々冒険者組合は彼、スケルトンのアルに蝋燭キヤンドル級冒険者証を与えるものとします」


(あ、あの女~……! 先読みしやがったか! てか、アンデッド区分とかあったんだ……)


 確かに、アルの冒険者証にはしっかりと『アンデッド(スケルトン型)』と記されている。


「マジかよ!」「モノホンか!」「人語話すスケルトンとか初めて見たぞ俺」


 周囲から感嘆の声。コボルトやエルフなどの亜人達も一様に驚きと興味の表情だ。


「本来、勇者アルヴィスの推薦ともなれば篝火ベルフアイア級からのスタートも検討するところですが、その、何分アンデッドの登録というものは異例でして……」


 謝罪半分恐怖半分に付け加える受付嬢。


「ローソクか! じゃ、じゃあ、こんな馬の骨に任せられる仕事なんか無いよね? ではまた」


 サボるもくが外れたアルは、言い置いてすぐにでも回れ右の体勢である。しかし。


「あっはい。ございます。少々お待ちを」


(ちっ、あるのか……)


 ファイルを開く受付嬢。それを待つ間に、アルも渋々壁にられた依頼を見ていると、


「なあ、あんた」


 周囲で見ていた者の内、一人の女性が恐る恐ると言った風に近づいてきていた。


 うずうず来た。勇者の頃から、そういう性分なのである。


「ばあ!」勢いよく振り向く。


「ぎゃあああああ!」


 叫んで半泣きになる女性は、組合内にいる他の冒険者たちとは少しよそおいが異なっていた。


 一言で表すなら、女性らしいあいきようがある。まだ顔やぐさに幼さが残る茶色の髪の女性だ。美女と言うよりは美少女のはんちゆうであろう。胸部は平坦だが。


「ついノリでやってしまったごめん……。アルです、よろしくね」


 アルが差し伸べた手骨を、恐る恐るというように女性が握り返す。


(……へえ)


 アルは少し感心する。可愛かわいらしい外見とは裏腹に、堅く締まった、ひとかどの商人の手だ。


「普通に怖いから止めてよお……。あ、あたし、行商のレヴァっての。納品に来た先でこんな珍しい光景に出くわすなんてね」


 成人(エイン王国規定では十八歳)はしているだろうが、この若さでいつぱしの商人。興味のいたアルは、首をかしげる仕草で用件を訪ねる。


「スケルトンなんてネクロ(りよう術士の略称)が使ってるのしか見たことなくてさ……ま、ここにいる人たちみんな気になってるんだけど。ちょ、ちょっといいかな?」


「……おっけ。やっぱあやしいって後でおそわれるのはごめんだ」


「そもそも、何で昼間に一人で動けてるの?」


「作られた時のしよくばいにいいの使ってもらっててね。体にりよくめられるんだ、俺」


 胸をがいとうの上からこつこつと指骨でたたくアル。周囲全体から「へえ~」と感嘆の声。カウンターからも聞こえたのでアルが振り返ると、受付嬢が笑ってして作業を再開した。


「んじゃさ、どうやってしやべってんのそれ」


りよくで空気ふるわせてる。練習したんだぜ」


「他のアンデッドって話とか出来んの?」


「話してくれるやつならね。死ぬとトチ狂うのも多いし」


「普段昼間とか何してんの?」


「ゲーム……せんばんとか、あとボウリングとか。ろつこつ立ててがいこつ転がしてパコーン、って」


「痛くないのそれ!?」


 立て板に水である。レヴァは感心したようにあごに手をやった。


「いや~、こんだけスムーズにしやべれるなら、本当に術者いないのね。すごいわあんた」


「だから気ままに墓場暮らししてたんだけどさ。いいげん働けって怒られたぜ」


 段々と談笑のよそおいになっていくレヴァたちに触発されたのか、周囲からも声が上がる。


Q「死因は?」A「まだおうも生きてて戦争中だったから。仕事中に魔物にザクっと」


Q「誰にアンデッドにされちまったんだ?」A「うできのりよう術士だよ。冒険者だった」


Q「うらんでないのか?」A「生きてるだけもうけもんかなって……いや死んでるんだけど」


 etc.etc.……


「え~と、ご歓談中すいませ~ん」


 受付嬢がそろりと手を挙げた。


「あまり新人さんを質問責めにするものではないですよー」


 それに、盛り上がっていた冒険者たちがしゅんとなる。「ゴメンね!」と手を立て、レヴァも席に戻っていく。


「お待たせしました。蝋燭キヤンドル級向けの仕事としてはこんなところですね。配達系が多いですが……その、アルさんのよそおいは……」


 リストを開きつつ、受付嬢が言いにくそうにする。


「だよね。じゃあ止めよ……と言いたいとこだけど。まあ白旗でも持ち歩くさ」


「ご苦労お察しします。じゃあ、この中からご自由に選んでください」


 アルがのぞき込むと、リストには薬草の調達、荷物の輸送などが並んでいる。その中の一つに彼は目を(無いのだが)めた。


「これかな」指骨でさす。


「あ、商人さんのえいですね……。ティグ村はちょっとへきなので、もろもろ月一で運ぶんですよ」


 今度は地図を指し示しながら、受付嬢。


「前は魔王軍に占領されてたこともあったんですが。勇者に解放された村の一つですね。アルさんでしたら、事情を話せばじやけんにはされないでしょうし、いかもしれません」


「……うん。俺も生きてた頃行ったことある」


「あ、そうなんですね。今日は丁度依頼が持ち込まれたところなんですよ」


 そう言って受付嬢が視線で示す先には、レヴァが手を振っている。


「これも縁ってやつかな?」


「という割には汗が出てるぜお嬢さん。いいの?」


「いーわよ! 女商人なんて度胸無しでやってられるかっての!」


 レヴァが薄い胸をたたく。その笑顔がやや引きつっていた事には、アルも言及しなかった。

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