骸骨達と吸血鬼達
暖かい昼下がり。優しい風と共に屋根に乗る小鳥たちも元気に囀っている。そんな、平和そのものと言ってもおかしくない街が嫌に異様なのは、誰も出歩いておらず、談笑すらも聞こえてこないからだろう。
そんな静かでおかしな街に、異様な人物が4人。全員が不思議な仮面やマスクをしており、そのうちの2人は頭から足まですっぽりと覆うローブを身に纏っている。他の女性たちも、驚くほどに胸が強調された服装をしていたり、逆に驚くほど胸が小さい者もいる。
「どうした?レヴィア」
「いや、なんかすごい、イライラした」
「え?なんでですか?」
キアラが不思議そうに聞くと、レヴィアは少しだけ視線を上げ、その大きく実った果実を見た。
「なんでかは知ってるけど、いつもそんな出してる必要ある?」
キアラはレヴィアのそんな質問に、いたずらな笑みを浮かべ、自分の胸を腕で挟みながら持ち上げ、身体をくねくねと揺らしながら言った。
「いつも言ってるじゃないですか~これが私の武器ですし、殿方様が見て少しでも何かを抱いたり大きくなれば、それが私の力になるんですよ~」
レヴィアは、他の大罪を探している時にキアラと出会い、ムルトたちと合流するまで共に旅をしていた。キアラが布の少ない衣服を身に纏う理由も、昼間でもいやらしく振舞っている姿も知っているが、やはり女性として羨ましいと思う部分も少なからずある。
ムルトたちが、いつも通りかはわからないがそんな笑い話をしていると、不意に声をかけられた。
「あ!昨日の人!」
そう言って反対方向から駆け寄ってきたのは、小さな子供だった。
昨日、ムルトたちがロンドの王城で顔見知りになった少年、リクだ。無邪気な笑顔を浮かべながら、リクはムルトたちへ駆け寄ってくる。その後ろには、孫を見て微笑んでいる祖父のような顔をしているセバスと、仇を見るような眼でムルトたちを睨みつけるロンドがいた。
「げっ」
「コラコラ、げっ、ではないだろう、げっじゃ」
「は~、私、子供ってあんまり好きじゃないのよね」
レヴィアは、リクにも聞こえるようにそう言いながら、肩を落としていたが、言われている当の本人は気にもしないようで、笑っている。
「えへへ。僕、いつの間に悪いことしちゃったかな?」
「帰れと言ったはずだが」
「いやなに、せっかく吸血鬼の国に来たのだ。イカロスへ帰る前に観光を。とな」
「急ぎの用でここまで来たんだろう?急ぎで帰ることが義務だと思うが?」
「はぁ?そんなことあんたに言われる筋合いないし、私たちはイカロス直轄でもなければバリオの手下でもないんだから勝手でしょ?」
ロンドがムルトたちを一刻も早くイカロスへ帰国させたい理由が、今まさに目の前にいるわけなのだが、そんなこと言えるはずもなく、昨日渡した手紙を読んだうえで言及もせずにこんな言い合いをしているのだから、ムルトたちにも何か考えがあるのかもしれないと、ロンドは思うしかなかった。
「まぁまぁ!いいじゃん!ムルト、さんですよね?この街なら僕が案内しますよ!」
「む?お願いできるのか?」
「はい!任せてくださいよ!」
「ダメだ!!」
昨日敵だと伝えたにも関わらず、能天気にもその敵に街案内を頼もうとしているムルトを見て、ロンドが声を荒げた。凄まじい緊張感が漂うが、ロンドは怯みもせずに続けた。
「お前らのこの国への滞在は今日限りとする。これはこの国の王としての命令だ。陽が沈む前にさっさと出ていけ!」
「ロンドさん……」
「うるさい黙れ。お前が何と言おうとこいつ等には出て行ってもらう。いいな?」
ロンドは、何かを言おうとしたリクを遮り、ムルトたちを見て言った。
「さぁ、行け」
「……国王の言うことならば、仕方がないか」
「そう、だな。帰ろう」
「ふーんだ!あんたに言われなくても帰るわよ!」
「ふふ。行きましょうか」
ムルトたちは悲しそうにそう言い、踵を返していった。リクは恨めしそうにロンドを睨んだが、すぐ笑顔に戻り、手を振りながらムルトたちの背に向って叫んだ。
「昨晩だけじゃ観光も出来なかったと思いますが!また機会があれば是非!」
「ああ!また立ち寄る機会があれば!」
ムルトはそれに答え、自分たちの荷物の置いてある宿屋へと帰っていった。その後ろ姿が完全に見えなくなると、セバスがロンドの横に並び低い声で脅すように言った。
「リク様に背くなど、どうなるかわかっていますね?」
「……させると思うか?」
まさに一触即発。すぐにでも手が届きそうな距離で、2人は濃厚な殺気を漂わせていた。リクはそんな2人を見守っていたが、ひとつ手を叩き。
「ま!僕の計画に支障は出ないし、ロンドがそれでいいならそれでいいよ!確かにあの4人も面白そうだったけど……手に余りそうだ」
リクは、下品にも舌なめずりをしながらそう言った。
「さ!僕の城に帰ろうか!」
「……」
リクに言われるがまま、2人はそれに付き従った。
王城に戻ったリクはいつもの食事をし、スキルを確認した後、ロンドを連れて秘密の部屋へと訪れていた。吸血鬼が好むような薄暗い空間に、たくさんの灯りがある。その中央には、巨大なクリスタルが鎮座しており、その中には美しい女性が眠っている。たくさんの歯型がついたクリスタルに灯りが反射し、リクの邪悪な笑みを照らしている。
「じゃ、今日も……」
そのクリスタルは、途轍もなく硬いのだろう。リクは何度も噛みついた痕のある場所に合わせ、口を大きく開けてかじりついた。すると、今まで割れなかったはずのクリスタルが、目の前で大きな音と共に砕け散った。
「っ!」
「うげ~!!!不味いよぉ~!」
それを目の当たりにしたロンドは驚き、リクはいつものように文句を言いながら、口の中からクリスタルの破片を吐き出している。
リクは口の中の異物に顔を歪めながらも、形の変わったクリスタルを見て喜んでいる。
「やった~!割れた!割れたよ!」
リクは嬉しそうに飛び跳ねながら、それをロンドに報告する。ロンドはそれを怪訝そうに見ているが、喜ぶことも怒ることも許されない。
「あ、でもまだ身体は出てこないか……」
クリスタルを噛み砕くことに成功したリクだったが、中の女性の身体は少したりとも出してはいない。リクはそれを見ると、すぐに元気がなくなり、ここに来るまでと同じように邪悪な笑みを浮かべ、ロンドに質問をした。
「ねぇ、前に言ってたことは本当なんだよね?」
「何のことだ?」
「不老不死のこと」
「……ああ。俺が知る限り、不老不死なのはこの人だけだ。……不老不死の吸血鬼を吸血することが、不老不死になる唯一の方法だ。この国の吸血鬼をいくら殺しても不老不死にはなれない」
「君も不老不死じゃないんだよね?」
「……不老ではあるが、不死ではない。この人の血を飲む前にクリスタルの中へ閉じ込められたからな」
「へー……」
リクはクリスタルを軽く叩きながら、疑うようにもう一つ質問を重ねる。
「これを砕く方法は、本当に何もないんだね?」
「……ない。それより、約束は守ってくれるんだろうな?」
「うん。守るよ。君が協力してくれるなら、国民と君を殺さない」
「中の女性が死んでいて、お前が不老不死になれなくても。その間俺がお前の命を狙っても、だ」
「別にいいんだよ?君が国民やこの女の人のために僕を殺しても。それで僕が怒って国民を殺すことになんてならないから。出来るなら、ね」
ロンドは、リクに対して約束をしていた。ロンドは、不老不死になる方法をリクに教え協力する代わりに、これ以上の殺戮を辞めること。リクはそれに加え、自分が不老不死になるまでに命を狙ってもよいという約束をしている。寝首を掻けと言っているわけだが、それを一度でも失敗すれば、ロンドだけではなく、この国の住民を全員殺すと言った。
「それにね、僕にはわかるんだ。この女の人は生きてる。死人を食べてもスキルは手に入らないけど、この人は大丈夫だ。ってね」
「……そうか」
ロンドは、クリスタルの中の女性が生きているということに少しだけホっとするが、それでもリクがすぐに命を奪ってしまうのであれば、それを阻止しなければならない。
(……ッチ、こいつ等がいなければ、今すぐにでも聖龍の雫を使うというのに)
ロンドがポケットに入っている小瓶を握りしめながらそう思っていると、部屋の扉がゆっくりと開かれ、セバスが入ってきた。
「リク様、あの4人がこの国を離れました」
(……やっと出ていったか)
ロンドは、やっと話を聞き言ってくれた4人に安堵したのも束の間。リクの一言で怒りを露わにしてしまう。
「うん。じゃあ、2、3人殺してきていいよ」
「っ!貴様!何を言っている!約束が違うぞ!」
ロンドは怒りそのままにリクの胸倉を掴み、その小さな身体を宙に浮かせた。リクはそれに恐怖も何もなく、調子よく言った。
「約束したでしょ?君が協力する限りは国民を殺さない、って。今日の昼のことを思い出してごらん?君は僕に協力的だったかな?」
「……!」
「それに、セバスもそろそろ暴れたいだろうし、皆殺しにするわけじゃない。ま、君が今から僕を殺してもいいよ?出来るなら」
リクは、胸倉を掴まれ身動きをとれない状態とは思えないほど、強気にそう言った。ロンドはリクをそのまま床に叩きつけ、怒りそのままに部屋を後にした。
「も~!いったいなぁ……」
「いかがされますか?」
「いいよいいよ。彼は僕が見ておくから。セバスは暴れてきなよ」
「ありがとうございます。それでは」
セバスは綺麗なお辞儀をし、部屋をあとにした。
「あはは……あと少しで、僕は不老不死になれるんだ……」
リクは邪悪な笑みを浮かべながらクリスタルを撫で、ロンドを監視するためにその後ろを追いかけていった……。
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