骸骨達と下調べ

「……このお店にいらっしゃるはずです」


ムルトたちが宿屋の店主に連れられてやってきたのは、寂れた商店だった。家屋と一体になっているようで、二階建てのこじんまりとした商店だ。荒された様子はないが、しばらく営業はしていないようで、並んでいる品物は少なく、そのどれにも多少の埃が被っている。


「にしても、本当に襲われなかったわね」


この商店に至るまでの道中、店主以外の全員が視線に気づいてはいたが、何かを仕掛けてくるといったことはなかった。


「……泳がされているのだろう」


「そうかもしれないな」


セバスは当然、ムルトたちが視線に気づいていることに、気づいている。だが、セバスにも動けない理由があり、それはムルトたちが自由に行動するためのチャンスとして巡っている。


「さ、行きましょ」


セバスやリクがムルトたちを泳がしている理由はわからないが、今は自分たちがするべきこと、最善を尽くすため、深くは考えないようにしていた。


「階段を登った先が、居住スペースだったと思います」


「ふむ」


ムルトが手摺に手をかけ、階段を登ろうとした時、何かを踏んでしまった。


「む?」


「っ!ムルト!前!」


レヴィアの慌てる声が聞こえ、ムルトが前を向くと、鋭利に研がれた巨大な柱が目の前に迫っていた。


「おっ……!」


ムルトはそれを避けようとしたが、手摺に接着剤が塗られていたようで、手が離れない。それは足元の階段にも塗られていたようで、完全に動きを封じられてしまった。


「ていりゃああああああああ!!」


柱がムルトの顔面に当たったのを確認したのか、階段の上から老けた吸血鬼が雄叫びを上げながら飛び出してきた。手には返しのついた槍を握りしめており、暗くてよくは見えないが、刃先には毒のようなものが塗りこまれているようだ。


その老人は、柱の直撃によりよろけたムルトの胸めがけ、そのまま槍を突き刺した。


「同胞の仇……討ち取った!」


老人がそう言った次の瞬間、既にレヴィアは飛び出しており、空中でその老人の首を刈り取ろうと蹴りを繰り出していた。


「待て!レヴィ!」


それを止めたのは、今まさに散々な目に合っているムルトだった。


「な……」


老人は、自分が突き刺している人物を見て、驚きの声をあげた。頭を貫くために仕掛けた巨大な柱は、ムルトの体勢を崩したのみで、仮面すら割れず、トドメの槍は外套を突き破ってすらいない。


「どういうつもりかしら?」


蹴りをすんでのところで止めたレヴィアだったが、すぐに体勢を変え、鋭利な爪を老人の首元に構えている。笑顔を崩してはいないが、キアラも怪しく笑いながら、宿屋の店主の腕に自分の腕を絡めている。


「え、いや、ち、違います!わ、罠ではありません!私も何が何やらっ」


一瞬、何が起きたのか理解できなかった店主だったが、怖がりもしていないキアラが腕を絡めてきていることで、自分たちが仕掛けた罠だと思われていると察したようだ。


「お、落ち着けみんな」


「ムルト。私たちは今、敵の陣地のど真ん中にいるのよ?しかも泳がされている。一手一手を躊躇えば、誰かが死ぬ。それは自分かもしれないし仲間になるかもしれないの。厳しいようだけど、それが戦うってことよ」


ムルトの表情は見えないが、レヴィアの厳しい言葉を胸に刻んでいるようだった。


「ま、待ってくれ……」


すると、老人が槍を手放し、手を上げた。


「すまない。お主らをあの小僧と間違えてしまった……」


「あなたが敵じゃないって証明は出来るかしら?」


「……両手両足を切り落としてくれて構わない。再生はさせない」


老人がそう言った瞬間、階段へ二つの手が落ちる。老人が激痛に顔を歪ませると、ムルトが剣についた血を払い、静かに言った。


「一先ず、話し合おう」


それを聞き、3人は臨戦態勢を解いた。すぐにムルトの拘束や罠も外され、6人はテーブルを囲んで一息ついていた。


ムルトたちが旅人であること、リクやセバスとは関係がなく、むしろこの国を救おうと尽力しようとしていること。宿屋の店主からここを訪れるまでの話などをされ、老人は床に手首をつき、改めてムルトたちへ謝罪をした。


「確かに、儂は王城の設計に携わっておった。資材の手配と……確か見取り図は地下室に……」


老人とムルトたちは和解し、さすが純粋な吸血鬼と言うべきか、レヴィアが許可を出すと、すぐに切り飛ばされた両手を再生させた。ちなみに、老人の名前はセルクス、宿屋の店主はマーリッツという。


「地下室……あるようには見えないが」


「大切なものを保管しとるから、見つからないようにしてるんじゃ。儂と娘しか場所は知らん」


セルクスは悲しそうな顔をしながら、そう言った。なぜこの家に娘がいないのか、なぜ家の中に執拗な罠が仕掛けられていたのかを考えれば、自ずと答えが見えてくる。


「さ、こっちじゃ」


セルクスが本棚を少しだけ押し出すと、壁の中に小皿が置かれていた。セルクスがそれに自分の血を流すと、そこから壁や床の溝を伝っていき、四角く広がり焦げて消えていった。


「この下じゃ」


地下室へと続く戸が現れ、セルクスは松明を用意しそれを開いた。念のため、見張りを立てていこうということで、ティングとキアラ、マーリッツが表の商店で待機することになり、家主のセルクス、ムルトとレヴィアが情報を集めてくる。


秘密の地下室は、表の商店の半分ほどの広さだったが、部屋中に詰められた本棚の中には吸血鬼についての文献だけではなく、他種族の資料や有効な武器、色々な殺し方といった物騒なものまであった。


「なかなか用意周到なのね」


「儂等は吸血鬼じゃからな。多かれ少なかれ、敵がいるのじゃ」


「俺は知らないが、昔は大変だったと聞いている」


「そうじゃな……人間との戦争、エルフとの戦争、人狼との戦争、同胞と争うこともあったよ」


セルクスは、王城建設の資料を探しながら、ムルトたちに話をしてくれた。


吸血鬼は昔から不老不死と思われ、人間に狙われてきた。実際のところ、ほとんどの者が不老不死などではなく、陽の下を歩けない代わりに寿命が途轍もなく長い。それを人間の国にも公表したらしいが、襲われなくするための嘘だと思われ、戦いは終わらず、さらには同じく長命種であるエルフも同類と思われたくないと、戦争を仕掛けてきたという。


「それは、本当に……」


「大変だったよ。儂も娘も、ロンド様やレミリア様も」


「レミリア様?」


「儂等の王じゃ。前女王。ロンド様のお母様じゃ」


そのレミリアという女王は、今は分かり合えなくとも、永い時間をかければ人間やエルフとも友好を築けると信じ、応戦はしても命を奪ってはならないと国民全員に徹底していた。それでも、理不尽な暴力に怒りを覚える吸血鬼はたくさんいた。


「家族友人を殺されてない者を探す方が、難しい時代じゃった」


レミリアの見えないところでは、当然のように人が殺されていた。レミリアの目の前でも行われることがあったが、それを咎めはしても処刑はせず、牢獄などで隔離をしていた。だが、殺しや怒りは収まらず、とうとう内紛が起こってしまった。


正直言って、レミリアの率いる兵士の方が、怒れる住民たちよりよっぽど少なかったが、内紛はレミリアたちの完勝だった。


「その女王は数をものともしないほど強かったのか」


「いいや。どちらかというと、弱い」


「何?それでは、他の兵たちが」


「いやいや。人間やエルフと争っていたからな。内紛はレミリア様が1人で治めたんじゃ」


「それっておかしくないかしら?吸血鬼としては弱い。でも暴動を1人で鎮圧した。何か仕掛けがあるんじゃないの?」


セルクスは当時のことを思い出しているのか、少しニヤニヤしながら誇らし気に言った。


「レミリア様は、最後の不老不死じゃ」


「む、不老不死はいないんじゃなかったのか」


セルクスによると、厳密には不老不死ではなく、ある方法でしか死に至らず、頭や身体を粉々にしても、復活できるという。その方法というのは不老不死の吸血鬼しか知らず、それが記された書物は王城のどこかにあるらしい。


「今、この国を滅ぼそうとしている子供も、不老不死になるために同胞を食い散らかしておる」


「では、女王を食べられてしまったら」


「ほっほっほ。それなら大丈夫じゃ。レミリア様はもう亡くなっておるからの」


「死なないのではなかったのか?」


「それが一つの方法じゃよ」


よくよく考えれば、不老不死の吸血鬼から産まれた子供も不老不死のはずなのだが、セルクスは純血でありながら、歳をとっていれば死もある。代々、不老不死である始祖の吸血鬼の子供も例外に漏れず死が訪れるという。だが、親である始祖の血を飲み干せば、その不老不死の力を譲り受けることができるのだという。


「悠久の時を生きておるのじゃ。死にたくなった時、子に死んでほしくない時にそうすると聞いておる」


「それでは今は」


「ロンド様がそうじゃろうな……と、あったあった」


セルクスから吸血鬼の昔話などを聞きながら探していると、やっと王城の見取り図が見つかった。いつの時代に描かれたのか、皮紙は劣化しきっており、字もほとんど見えない。


「これでわかるの?」


「大丈夫じゃろう……ここが正門でここが訓練場……」


セルクスが遠い昔の記憶を辿りながら、新しい紙に見取り図を書き記していく。すると、ほとんど読めず見えずだった城の全貌が、鮮明にわかるようになっていった。

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