凡人の目覚め

「……」


拳を固め、その時を静かに待つガロウス。緊張しているからか、額に大粒の汗をかいている。ハルカはそんなガロウスをさらに緊張させないよう、心の中で時間を数えている。ティアも最後の手段としてタナトスに祈りを捧げたものの、それは拒否されてしまい、打つ手は完全になくなってしまった。


「ダン!!」


訓練場の扉が勢いよく開かれ、シシリーが走り寄ってきた。どうやら、ゴンとミチタカは無事に伝えることができたようだ。だが、もう遅かった。


「……ガロウスさん、時間です」


「わかった」


ガロウスは、悲鳴を上げながら走り寄るシシリーには一瞥もくれず、拳をそのままダンの顔面に叩き込む。


「いやあああああああああ!!」


耳をつんざくようなシシリーの叫び声が聞こえ、ガロウスは小さく唇を噛んでいる。大切な誰かを失うこと、それを目の当たりにすることで何を思うかはガロウスもわからないわけではない。


「……ん?」


ガロウスは、ダンの顔面に拳を叩き込んだまま固まっているが、すぐに違和感に気づいた。


「ッ!距離をとれ!」


違和感に気づいた瞬間、ガロウスがそう叫んだ。ハルカとティアもその声を聞き、すぐに距離をとる。


ガロウスは、一瞬で命を断てるよう、残酷ではあるが頭を粉々に潰したはずだ。だが、辺りには肉片どころか血液すら飛び散らず、ダンに触れていたはずの拳には何も付着していない。


「時間は正確なはずだが……」


「ダンさん……!」


「ダン……」


今まで死に、横になっていたはずのダンが立ち上がっていた。普通に考えれば喜ばしいことなのだが、ティアが前もってした話を聞いていれば、それが異常な状態だということがわかるはずだ。


ガロウスが拳を叩き込んだ部分には、青い生物のようなものが広がっており、それがダンを守ったのだとわかった。


「な、なんだ」


「何が起きておる?」


「構えろ!ダンを殺す!」


遅れて、ゴンとミチタカが戻ってきた。立ち上がり、手を伸ばしているダンと臨戦態勢をとっているガロウスたちを見て、何が起きているのかを理解できていないようだったが、ガロウスが指示を出したことで、2人もすぐに構える。


「えぇ!?せっかく生き返ったのになんでまた死ななきゃなんねぇんだよ!?」


すると、目の前のダンが慌てふためきながらみんなを制止させようと手を伸ばした。


「「「「え?」」」」


「いや!こっちのセリフだよ!俺、めちゃくちゃ苦労したんだぞ!」


腰に手を当てて、どれだけ壮絶だったかを思い出し、半ばキレるように言うダン。


「本当に……ダンなのか?」


「ガロウスさんまで!?死ぬほど驚いたんですよ!目を覚ましたら目の前に拳って!!」


どうやら、ダンの顔を覆っていたのはダンのマスクであり、それに怠惰の大罪を付与し、迫っていた拳を防御したらしい。文句を言おうとしたら臨戦態勢をとられ、殺すまで言われ、とうとう堪忍袋の緒が切れた。というわけらしい。


「はぁ……全く」


ダンは、元の形に戻ったマスクを懐へ戻し、恥ずかしそうに言った。


「心配……かけました」


「ダン!!」


シシリーが、泣きながらダンの胸の中に飛び込んだのを合図に、ガロウスたちも謝りながらダンの周りへ集まった。


疲れているはずのダンからは、地獄がどんなに恐ろしかったか、どんなに酷いところかと愚痴をこぼすも、親切な人が助けてくれたと色々な話をしてくれた。ガロウスたちはそれを頷きながら聞き、ダンの頑張りを褒め称えている。


「もう、私に黙って……!」


「いやぁ。それは本当悪かったって」


「髪の色もびっくりするほど違うし」


「イメージチェンジってやつだよ」


「……バカ」


「……」


2人のそんなやりとりも落ち着いてきた頃、ティアとガロウスは一番聞きたいことをダンに聞いてみた。


「ダン、時間切れのはずなのに、よく戻って来れた」


「あぁそうだ。お前、生き返れないところだったのだろう?」


「あぁ~そのことなんですけどね。俺もよくわかってなくて。あ、でも生き返るときに転生神様がちょっとだけ話してくれましたよ。たしか……」


ダンはそう言って、転生神とのやりとりをみんなに話した。





時は遡り、無間地獄。


タナトスがダンを光の中に蹴り入れようとした時、転生神がそれに割り込んだ。


「邪魔をするな」


「違反です」


「それがどうした」


タナトスは転生神を無視し、もう一度ダンを蹴ろうとしたが、今度は転生神が光る玉を取り出し、それを突きつけてこう言った。


「あなたのです」


「何を言っている?神が転生出来ないことなど、お前がよく知っているだろう?」


「あなたは地獄を巡り魂の禊を行いましたこれは無間地獄に至るまでの禊を終えた証明であり転生する権利です」


いきなり喋り始めたかと思えば、あまりの早口と意味もないものを押し付けられ、タナトスは嫌な顔をしている。


「権利を得たところで、行使できなければ無用の長物に他ならない」


「その通りですがこれはあなたのものです権利を放棄するのは自由ですがあなたが処分してください」


「……神はその権利を使えないのだから、はじめから処分されるのだろう?そして、それはお前の仕事のはずだが?」


当たり前のことを今更、さらにこんな大事な時に言われ、タナトスは呆れるどころか怒りを覚え始めていたが、あることに気づいた。


「……この転生の権利は、俺が好きにしていいんだな?」


「捨てるも持つもあなたの自由ただしあなたが・・・・転生することはできない」


「ククク……」


タナトスは転生神から光を受け取り、息を殺しながら笑った。


なぜ、自分の持ち場を離れ、無限地獄という地獄の底へまで来て、神である自分へ当たり前のことを言っているのかと考えると、その答えに辿り着いた。


「ならば私は、この権利を今ここで捨てる!」


「そう」


タナトスの手から零れた光は、偶々足元に転がっているダンへ吸い込まれていった。


「おっと。捨てた場所に亡者がいたなど気づかなかったな」


「私も気が付かなかったこの亡者は無間地獄まで魂の禊を果たしている亡者。手違いではありますが転生の光に触れたのは紛れもないことですので私はこの方の処理も含めて私のところへ帰ります」


転生神が早口でそう言うと、光と融合したダンの魂を持ち、そのまま消えてしまった。


無間地獄にはタナトスと静かな笑い声、そして。


「一つ借りだな……」


という独り言だけが残った。






ダンが話したのは、死神と転生神の手違いではあるが、転生する資格有りということで転生することになったこと。魂が身体から抜けきっておらず、今すぐにでも活動ができる肉体があることから、蘇生が叶ったということだ。


その話を聞きティアはタナトスに、ダンはみんなに感謝し、その日が終わった。

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