凡人の地獄巡り1/3

ダンにとって、二度目の地獄。一度目はティアが信仰している死の神、タナトスが簡単に説明してくれたが、扉の先についての説明はなく、ダンはされるがままだ。


扉を抜けるとすぐに、大勢の人が列を作っている。数えてみると、全部で8列が出来ており、生前犯した罪によって向かう場所が違うらしく、ダンが並んでいるのは一番近くにある列で、それが一つ目の地獄のようだ。


『おいお前』


「は、はい」


自分の順番がくると、地獄で着ることになる霊服を受け取るのだが、ダンは2回目。不審に感じたのか、地獄の住人がダンに声をかけるが、まじまじと見た後、何も言わずに霊服を投げ渡した。


「……ふぅー」


ダンは歩かされながら霊服に着替え、奥へと進んでいく。列に並んでいた時とは比較にならないくらいの悲鳴が聞こえてくるが、ダンは前回ここまで来ていた。八つある地獄の内の一つ目、引き裂き地獄。ダンは前回この地獄に耐えられず、現世に戻ってきていた。


震えながら歩いていると、徐々に前の人影が少なくなっていく。左右から獣のような腕が見え、それが列をなして歩く亡者をどこかに引っ張りこんでいってしまっている。それを初めて見る亡者たちは徐々に増える悲鳴と共にそれに恐怖を感じているが、ダンはその先の地獄を知っているため、それに恐怖している。


「ひっ」


自分の右腕に感じる違和感。冷たくも熱くもないが、確かに存在しているそれに右腕を掴まれ、ダンはどこかへ連れ去られてしまう。列から自分を眺める他の亡者を見つめながら、ダンは歯を食いしばった。


そこからは、文字通りの地獄。


亡者へは、ここは何々地獄だ。などという説明は一切なく、一度経験したダンだからこそ、ここが引き裂き地獄だということがわかっている。


「ひ、ひ、あああぅぅがああああああ!!」


謎の手に連れ去られた後は、ひたすらに身体を千切られる。それは手足だけではなく、首や陰茎、耳や鼻といった各パーツにまで及ぶ。


ねじり切る、引き千切る、叩き切る、食い千切られる、部位という部位を、あの手この手で切られている間も、痛覚はもちろんのこと、絶対に意識を失うことはなく、身体から千切られた部位にすら意識と痛覚が残っているままだ。この、無限に続くかと思われる痛みに耐えなければいけないのが、最初の地獄。


それでも、ダンは頑張った。全身が千切られても、食べられても、千切るところがなくなり、身体を再生されまた一から千切られ始めても、ダンはそれに耐えた。無様に泣き叫びながらも、それに耐えたのだ。


(うぅ……時間、時間は……)


亡者たちの連れ去られた場所には、地獄の住人と、亡者を拘束する板のようなもの、拷問道具のようなものの他に、壁掛け時計のようなものがある。ダンは痛みに悶絶し嗚咽を漏らしながらも、その時計を見た。


最初見た時から、一分しか進んでいない。十数回も身体を再生されては、ひたすらに千切られても、一分。一回目のダンは、ここで諦めた。


(よし、一分、一分進んでる。あと1439分)


「あ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


失うことの出来ない意識と痛みの中、ダンは喉を潰しても尚、叫び続けた。



何回肉体を再生させられ、何回千切られたのかわからない。


ダンは、最初の一回のみ時計を見て、その後はずっと痛みに叫んでいる。地獄の住人もそれが鬱陶しかったのか、早めに頭を潰すか喉を潰すかをしてくれていた。頭を潰してくれれば、一瞬だけ意識が飛び、また千切りが始まる。


それを地獄時間で一日。ダンは耐えきった。


「ひ、ひぃ……はぁ……ふひ」


ダンの身体を千切っていた地獄の住人は、ダンに霊服を被せ、次の亡者を求めてどこかへ去っていった。


「終わった……のか?」


身体は再生されており、傷一つない状態だ。


「よっしゃー!!やった!やったぞ!」


地獄に相応しくない声を出しながら、ダンは霊服を着なおし、いつの間にか目の前にある扉を、躊躇もなく開いた。それが次の地獄に続く扉だということはわかるが、ここよりさらに辛いもののはずだ。それを何の躊躇いもなく開いた。


扉は、やはり次の地獄に続いているようで、眼の間には赤色の世界が広がっていた。


「次の地獄は……あ゛ぁ゛!」


一歩踏み出したダンの足に、激痛が走った。視線を落としてみると、地面も赤い何かが敷き詰められており、よくよく見れば、それが細かい針だということがわかる。


「針地獄……か?」


辺りを見てみると、木の形をした針や、針山、地面には草のように針が敷き詰められている。歩けば足元や側に生っている木が肌を切り裂くということだ。


当然ここでも痛覚を忘れることはなく、意識もなくせない。


痛みに耐えながらも、ダンは行く当てもなく歩き続ける。地獄の住人の姿はなく、これといった説明もされていない。とりあえず、ダンはひたすらに歩き続けると、同じ霊服を着た亡者がちらほらと増えてくる。


「あれは……」


細かい針の上を歩き続けてどれほどたったのか、足元からは水を含んだ布を踏んでいるかのような、音と感触が伝わってきているが、ダンはあるものを見つけた。高くそびえる針山の頂上に、見落とせない扉が立っている。


「あれが、次の……」


針山といっても、そこまで距離はないようだ。ダンはすぐにその扉へ向かおうとしたが、そこへ声がかかった。


「待ちな兄ちゃん」


「……はい?」


声をかけてきたのは、適当な針の上に座っている、というよりかは突き刺さっている亡者だった。


「まさか、あの扉に行こうってのかい?」


「……はい、あれは次の地獄に続く扉ですよね」


そう答えたダンに、亡者は驚きながら言った。


「それがわかっているのに、なぜ行こうと思うんだ?」


「なぜって……早く生き返るためですよ」


「転生なら、この地獄でその時が来るまで待ってればいいだろ?あの扉の先にはここよりも恐ろしい地獄が広がっているんだぞ?あれを見てみろ」


亡者の男が指をさしたのは、針山の麓。そこには他の亡者がいた。何かにすりおろされたように身体はぐじゅぐじゅになっており、鼻から下がなくなってもなお、眼球だけがギョロギョロと動いている。


「あれは、あんたみたいに針山を登ろうとした奴だ。ここに来るまでに身体は擦りおろされて、山を登る頃には腕だけになって、転んじまってな。転がり落ちてああなっちまった。あんたも自分の足を見たらどうだ」


そう言われてダンは足元を見た。痛みや目線で気づいてはいたものの、本来あったはずの足はぐちゃぐちゃになっており、足首よりも少し上まで削り取られている。針山は、今までよりも小さな針が斜面に生え、登れば登るほど身が削れるようだ。


「それでも、俺は行きます」


「……命知らずか……いや、もう死んでんだもんな」


亡者はそれ以上ダンには何も言わず、一言「頑張れ」と応援の声をかけると、また考え込むように静かになった。


引き裂き地獄では死ぬごとに身体を再生されていたが、これから先はわからない。再生しないかもしれない身体をこれ以上削らないよう、ダンは細心の注意を払ってその針山を登り切った。


膝の少し下まで擦りおろされた身体で、ドアノブへ手を伸ばし、開いた。


ダンはそのまま倒れこむようにその先へ入っていく。


「あつっ!」


その熱さに驚きすぐに立ち上がろうとしたが、バランスがとれない。削り取られた足はどうやら再生しておらず、そのまま尻餅をついた。手にはサラサラとした砂の感触、上には爛々と光り輝く太陽のようなもの。ここは砂漠のようだ。


例のように周りには誰もおらず、説明も何もない。


「……喉が渇く。腹も減ってきたな……」


地獄にきてから、一度も感じなかった空腹感がダンを襲ってきた。足は、幸か不幸か熱砂のおかげで傷口が塞がっている。熱さと渇きに耐えながら歩き続けていると、今度は段々と意識が薄れ始めた。今まで意識を失うことも遠のくこともなかったが、なぜここにきてそれが起きたのか?


ダンは、意識を失うことはないだろうとは思ったが、薄れゆく意識で扉を見落としたり歩く速度を落とさぬよう、せめて喉の渇きを潤すため、自らの腕に噛みつき、血と肉を摂取しながら砂漠を歩いていった。すると、悲鳴や嗚咽が聞こえ始め、砂ばかりの景色に新たなものが加わった。


黒々と怪しく光り、うぞうぞと蠢くそれは、蟲。


蟲の沼とも言える場所に、ダン以外の亡者が苦しみながらも浸かっている。どうやら、一心不乱に蟲を食べているようだ。恐ろしいほどの空腹と喉の渇き。口に入れられるものがあるのなら、それを食べたいと思うのも当然のことだろうが、それと同時に、蟲に身体を食べられている。


「食べ物……水分……!」


ダンは、あまりの空腹に耐えきれず、地べたを這いずるように蟲の沼へ入り込み、適当な蟲を捕まえると、それを口の中へ運ぼうとした。


「食うな!」


涎を垂らしながら蟲を頬張ろうとしたダンを、誰かが止めた。

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