凡人を信じる仲間達

「ムルトの小娘、2人に回復魔法をかけてやれ」


「は、はいっ」


ダンをみていたハルカは、ガロウスにそう言われ2人に駆けつけようとするが、すでに立ち上がっていたゴンにそれを阻まれた。


「待っ、てくれよ、ガロウス、俺はまだ戦意喪失はしてないぞ」


「ぬわっはっは!!ゴン!確かに戦意はあるようだが、貴様の五体を見てみろ、戦闘不能ではないか」


ゴンの身体は、手足がおかしな方向へ折れており、口からは血を吐き、節々からは骨が飛び出している。戦闘を続行するどころか、今すぐ手当をしなければ出血多量で死んでしまうかもしれない状態だ。


「ガロウスさん、あんた、本番の殺し合いでもそんなこと言えるのか?確実に息を止めないと……」


「ゴン殿!」


そう声を荒げたのは、ミチタカだった。命の危機であるにも関わらず、ゴンの闘志は消えていない。こんなにも強大な稽古相手がいるのだ。ガロウスに勝てさえすれば、自分の強さを伸ばせるどころか、もう敵などいなくなるかもしれない。ミチタカは、そうやって闘志を燃やすゴンへ怒鳴り声をあげた。


「あの時この時、たらればの話は強者にのみ許される慰めじゃ!儂等は初手で敗北した。これ以上惨めになるな!」


「……」


ゴンはミチタカへ何も言い返せない。ゴンにも、それはわかっていることだったからだ。ただ悔しかった。手も足も出ないことが、競った戦いではなく、虫を払うように負けたことが。わかっているからこそ、今の自分が惨めで悔しかった。


2人は何も言わず、身体を引きずりながらハルカの下へ行き、回復魔法をかけてもらっている。血が止まり、傷が塞がっていく。ガロウスはそれを確認しながら、完全に意気消沈してしまった2人に声をかけた。


「……ゴンの言う通り、我は実戦であれば確実に敵の息の根を止める。だが、これは稽古であり訓練だ。先も言ったが、我は人化するのに時間もかかれば持続もせん。実戦では到底使うことの出来ないものだ。よって、組手ではこの枷をした状態で相手をする。異論はあるまいな」


「なしじゃ」


「……なし」


ミチタカは納得したように、ゴンは不貞腐れながら。2人とも悔しさなどはあるものの、やはり強くなりたいという思いに変わりがなければ、これ程稽古相手に適する人物が目の前にいるのだ。少しも時間を無駄にしたくはない。


「あのぅ……」


すると、ハルカが気まずそうに手を上げた。


「ん?どうした小娘」


「私も稽古をつけていただきたいのですが、いいですか?」


ガロウスは、今の惨事を見ても、なおそう願い出たハルカに驚いたが、同時に嬉しさも感じた。


「おお!良い良い!人数も丁度良くなる、我は歓迎だ!」


「儂もよいぞ」


「俺もだ」


ミチタカとゴンも快くハルカを歓迎し、この4人で稽古をすることに決まった。ガロウスはハルカをまだ戦士としては認めてはいないが、内に秘めた強さや柔軟さは知っている。美徳という強大な力に頼るだけではなく、自分の長所や戦闘力を伸ばそうとしているのには、素直に好感を持っている。


「よし!それではまず、防御の基本から……」


「うわああああ!!……っはっはっは……」


ガロウスたちが稽古を始めようとした矢先、ティアたちの方から悲鳴が聞こえた。それは紛れもなくダンのもので、どうやら息を吹き返したようだ。ガロウスは一瞬笑みを浮かべたが、すぐに疑問を感じた。


「……小娘、起きるのが早すぎやしないか?」


「……2分も経ってない」


「失敗か」


予め、魂を縛れる時間を聞いていたガロウスはそれに気づくが、穏やかな表情を浮かべている。


「よく戻ったな、ダン」


「はぁ……ガロウス、さん」


ガロウスは、ダンを見て驚いた。手足は小刻みに震え、それが残っているか確認するように、全身をさすっている。その中でも一番変わって驚いているのは、髪色だ。元気でやんちゃなダンを表すような茶色い髪が、一本残らず白く染まってしまっている。


「すみません、ガロウスさん」


「なぜ謝る」


「俺には……無理でした。地獄があんなに恐ろしいところだなんて……魂の格をあげるなんて、俺には無理でした」


「……そうか、よく頑張った」


穏やかに語り続けるガロウスに、ダンは疑問を投げかけた。


「許して……くれるんですか?」


「何を言っておる。許す許さぬ以前に、我は貴様の判断を責めてはおらん。命を落とすなど、我の生涯でも一度きり、さらに死後の世界などどんなに辛いか、どんな所かなど我は知らぬ。そんな場所に貴様は行ったのだ」


「……」


「許す許さぬか決めるのは、貴様自信だ。貴様が己を許したのならば、我からこれ以上言うことはない。さぁ、稽古に混ざれ」


一番悔しいのは、ダンだろう。ガロウスはそれ以上言わず、ハルカたちの下へ戻ろうとした。


「もしも」


「ん?」


ガロウスは、短くそう口にしたダンに向き直る。


「もしも、もう一度死ねるなら、今度こそ、頑張ろうと思う」


「ダン……」


「ガロウスさんたちは優しいから俺を責めないけど、やっぱり俺は、俺を許せない……ムルトたち、仲間たちの力になりたいって言ったのに、こんな体たらく……今度こそ、次は絶対に、諦めない」


「……死ぬだけなら簡単だが……」


「それは無理」


ミチタカに目線を移したガロウスを止めるように、ティアが短く否定した。


「どういうことだ?」


「ダンは知っていると思う、蒼いランプ、あれはタナトス様が転生神様に借りた転生てんせいのしるべ、そう何度も借りれるモノではない」


ガロウスもダンも知らされていない、神同士の誓約に、2人は沈黙する。


「ダンがすぐに帰ってきたのは、その導に、生き返りたいと願ったから。転生する魂ではなく、蘇生する魂にそれを貸し出したのは、とても特別なこと。本当は、個人に一度も二度も贔屓するのはしてはいけないこと。タナトス様も転生神様も月の女神様も、力を貸すのではなく神託を下すのはそういうこと」


信仰の美徳であるティアが言うのだから、それは間違いなく、ダンが死ぬことに対して2柱の神が助力してくれていたのだ。


「……それでも、もう一回死ねないかな?」


2人とは違い、ダンはまだ諦めていない。


「……転生の導は、ダンが諦めたり、帰りたいと思ったり、時間がくれば蘇生してくれる。でも、導がなくなれば、それが出来なくなる」


「一応、俺の魂を縛って蘇生することはできるんだよな」


「それは可能。ただ、導がないから自力で戻ってくるしかない」


「戻れるなら、それだけで十分だ。やってくれ」


「戻り方は、私にはわからない。タナトス様なら知っているかもしれない、でも教えてはいけないと思う」


ティアは死霊術で魂を縛ることはできても、蘇生はできない。聖天魔法を使えるハルカなら可能かもしれないが、蘇生魔法のようなものはもっていない。


ダンは命綱のない綱渡りをしながら、そこから出口を探さなければならない。


「大丈夫。やってくれ」


ダンは、もう生き返ることは出来ないかもしれないと言われても、諦めなかった。変わらずティアの眼を真っ直ぐに見つめ、笑う。


「……ミチタカ、頼む」


ミチタカたちもダンの異変に気づき、少し離れた場所から話を聞いていた。心配そうに見つめる3人だが、仲間が大丈夫だと言っているのだ。信じることしかできない。


「ダンよ、気張るのじゃ」


「はい。みんな、いってきます」


ミチタカは、自分のように髪を白く染めた若人が、それでも死地に向かうと決めたことに同情しながらも、胸に手を当て、その鼓動を止め、意識を刈り取った。





「…………よし。生き返るか」


ダンは、また何もない暗闇に立っていた。少し遠くにあったはずの白い扉は目の前にあったが、それに背を向け歩き出す。誰もいない、何も持っていないダンは、2度目になる黒い扉を潜り抜けていった。

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