暴龍王と人

暗闇、というよりかは、全てが見えているはずなのに、何も見えない空間。


ミチタカの手によって殺された、ダンが今いる場所だ。


「死んだのか……?」


そう思うのも当然で、五体満足だというだけではなく、思考することも動くことも出来ている。ガロウスには魂の格を上げろと言われているが、ここからどうすればいいとは言われていない。とりあえず周りを見渡してみると、二つの扉があった。


金の細工の入った白と黒の扉。


白い扉は比較的ダンの近くにあり、黒い扉はその逆側、遠い場所に薄っすらと浮かんでいる。


「とりあえず……こっちだろうな」


色も近さも安心感のある白い扉を開けようとダンが歩き出すと、後ろから声がかかった。


「待て」


聞いたことのあるような、ないような声。ダンはそれに反応し振り向いた。そこには、黒いシルクハットに革鎧とボロボロのローブ。顔には、ティアと同じようなペストマスクを被っているが、完全に顔が隠れて見えなくなっており、手には蒼い炎がゆらゆらと揺れるランタンを持っている。


「……あ!ティアの……タナトス、様?」


ダンは、ティアとハルカがラビリスで戦った時のことを思い出し、すぐにわかった。ティア曰く、死の神と言っていたので、ここにいることも納得なのだが、なぜ今自分の目の前にいるのかと疑問を持った。


「ティアの頼みだ。連いてこい」


タナトスは、綺麗な姿勢でスタスタと歩いていく。ダンはその後ろを追いかけるが、どんどん白い扉から遠ざかっていく。


「えぇっと……どこへ?」


「ティアから話は聞いている。お前は魂の格を上げたいんだな?」


「は、はい」


「お前は転生を信じるか?」


「え、まぁ。ミチタカさんとかハルカとかいるし、普通にあると思うけど」


「そう、転生はある。そして、その転生にもいくつかの手順がある。堅固の少女のように、罪なき魂が不条理に死んだ際、転生神の温情を受けて転生することもあれば、武の老人のように、真っ当に生き徳を積み、寿命を完遂した結果、転生する世界で有利に働く能力を授かれることもある。魂の格で言えば、堅固の少女は0に近く、武の老人はその上だ」


「ミチタカさんは前世で徳を積んでるから、その分魂の格もあるってことか」


「徳を積み、魂の格が高ければ高いほど授かる能力も多くなり、その差し引きで魂の格が決定する」


タナトスは、ミチタカの元々の魂の格はかなり上だが、ハイエルフに産まれたこと、記憶を引き継いでいることなどで普通の人間と変わらないが、それでもまだある方だ、と言う。


「逆に」


淡々とダンに説明していたタナトスが、一段声色を落として静かに言い聞かせた。


「徳を積まず、罪を起こしていた者は次の転生で不利になる。魂の格もなく、マイナス。次の転生で平民に生まれ変われればまだ良いが、ほとんどはそれ以下の暮らしを強いられることになる魂ばかりだ」


「罪を犯したら転生しても幸せにはなれないってことか」


「それは違う」


いつの間にか、黒い扉の前まで来ていた2人。タナトスはそこで立ち止まり、ダンへ振り向いた。


「罪を犯した者には、地獄・・にてそれを禊ぐ機会を与える。魂の格をマイナス5だとすると、それを0に戻す機会だ」


タナトスは、そう言いながら黒い扉を開いた。今まで聞こえていなかったはずの悲鳴や血肉の裂ける音が、ダンの耳を劈くように響き渡っている。目の前に広がる阿鼻叫喚に、ダンは震えて固まった。


「お前は、これから行く必要のない地獄に行き、受ける必要のない責め苦を受けるが、それを耐えることができれば、0から魂の格を上げることができる」


「……」


「こちらにいられる時間は8日ほど……嫌ならここで8日待ってもいい」


「いや……行く」


最後の通告なのか、タナトスは最後に慈悲を見せた。だが、ダンは震える拳を握りこみ、そう答えた。


「……私は死の神。死した魂を平等に扱う義務がある。が、お前の魂は未だここに非ず、何よりティアの頼みだ。ここまで善処してやったが、ここから先は1人になる。行けばわかるが、このランタンは、決して手放すな」


「はい……!」


タナトスは、持っていたランタンを手渡し、ダンは扉の先へ一歩出た。


ダンはそのまま振り返ることなく歩き続けた。タナトスは、閉まりゆく扉からその背中へ向かって本当に最後の言葉を投げかけた。


「せめて、彼の死に苦痛無きことを願う……」


地獄へ歩みゆく彼を、憐れんだ。





ダンが死んだすぐ後、ガロウスたちも組手を始めようとしていた。


「組手といっても、2対1だろ?」


「さすがのガロウス殿でも、儂等は手に余るのではないかの?」


「ぬわっはっはっは!囀るな!よもや貴様等、我に勝てるとでも思っているのか?」


ガロウスはそう言いながら、全身の枷を外し、巨大な龍の姿へと変わっていく。


『前に言った通り、我は人化が苦手でな。枷を使って人の形を保っている。が、自力で人化できないわけではない』


ゴンとミチタカは、ガロウスが龍化するために一番広く、天井の高い訓練場を借りたのだと理解した。ガロウスは説明しながら、徐々に徐々に人間の形へと変態していった。


『我らが人化するのは、大きなままでは的になるどころか、動きが制限されるからだ。それに、力を凝縮した方が強いからな。だが、我は本当に人化が苦手でな。人の形にするまで時間が掛かるくせに、すぐに解けてしまう。時間にして数十秒ほどだ。これでも鍛錬をこなし時間を伸ばしているが……おっと』


ガロウスは、無理矢理人の形に押し込んでいるのだろう、何度か歪な曲がり方や酷い形にはなったが、枷をつけている時のような風貌に落ち着いてる。それでも身体は少し大きくなっており、背中からは翼と尻尾が生えている。


「強くなりたいのならば、より強い者を倒してみせよ」


「……言われなくてもっ」


啖呵をきろうとしたゴンだったが、爆音が耳に届いたころには遅かった。なぜか身体が横からくの字に曲がり、血を吐きながら訓練場の壁の中に埋まっている。


「がはっ?」


ゴンは、意識を強く保ちながら何が起きたかを理解しようとしたが、それを理解する前に反対方向に埋まっているミチタカの姿を確認した。


「困ったな。貴様等には、防御の練習が必要か?」


2人が立っていた場所で、1人落胆するガロウス。そして、ゴンは理解した。ガロウスは一歩で自分たちの間を詰め、地面を蹴った音が響く前に自分へ一蹴り入れ、ミチタカへも一蹴り。大罪を使ったレヴィアと同じか、それ以上の速さで動いたのだ。


「せめて、我の人化が途切れるくらいは粘ってほしかったが……」


ガロウスの人化の時間が終わり、龍の姿へ戻っていく。外した枷を嵌め直し、ガロウスはいつもの姿へと変わった。


「……普通の組手をするか」


退屈そうに言ったガロウスへ、2人は何も言い返せなかった。

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