凡人、死ぬ

ムルトたちが王都を経った次の日、十傑であるバリオたちはクルス帝国の調査や、大罪を入れるための器を探し忙しなく動き回っているが、客人として迎え入れられているダンや、美徳を持っているミナミたちはそれには駆り出されておらず、国から出ないことを言い渡され待機している。


だが、ただ黙って待機している者は1人もおらず、己の鍛錬や、誰かに師事を仰ぐ者ばかりだった。シシリーはハンゾウに、ゴンとミチタカはガロウスに、ミナミはマサノリに、それ以外の面々も、強くなれるよう、朝一番に頼み込みに行っている。


「ぬわっはっは!我を選ぶとは、貴様等も余程の死にたがりだと思うが、その前にまずダンだ」


「そうだぞ2人とも!ガロウス師匠は俺のもんだからな!」


ガロウスたちは王城にある訓練場を一つ借り、ダンを含めた3人を鍛えようと思っているのだが、なぜかこの場にはハルカとティアもいる。


「いやダン、貴様にはもう教えることはない」


「へ?」


「我の戦い方と貴様の戦い方は、全く違う。それに、凡人である貴様の実力はその創龍に詰まっている」


ガロウスは、ダンの周りを漂っている虹色の龍を指さしながらそう言った。


「貴様の創龍は、その内に秘めた大罪や美徳の力をモノに流し、扱うもの。だが、その強大すぎる力故に、そのモノが耐えることができなければ、力も使えない。我が見るに、その力を流すことができるのは剣と籠手、仮面だろう。やってみろ」


「お、おう」


ダンは言われた通り、宵闇、仮面、籠手、それぞれ順番に憤怒の魔力を流した。創龍は溶けるようにそれらに流れ込み、赤く染め上げていく。


「次はブーツにそれを流してみろ」


ダンはそのまま今履いているブーツにも魔力したが、ブーツはその力に耐えきれず、少し魔力を流しただけでズタズタに破けてしまった。


「あっ!」


「これでわかるだろうが、憤怒だけではなく、嫉妬、怠惰、堅固、正義、どの大罪でも美徳でも、並みの装備では耐えられん。しかし、破壊力の増す憤怒、防御力を増す堅固、怠惰。これら大罪や美徳の特性を引き出すことができなければ、それは龍の秘宝となる」


「龍の秘宝?」


「知らぬか?持っているだけでいつまで経っても使わぬ、ということだ」


それって宝の持ち腐れじゃ……と思うダンだったが、元よりガロウスは龍であり人間とあまり交流を持っていないことから、それが当たり前だと思っているのだとわかった。


「じゃあ俺は宵闇、仮面、籠手、3つの能力まで使えるって事か」


「そういうわけではないのだが……試してみた方が早いな、やってみろ」


ダンは、宵闇に憤怒の魔力を流し、続けて籠手に堅固の魔力を流した。すると、先に流していた宵闇の憤怒の魔力が霧散してしまった。


「あれ?」


「次は仮面に流してみろ」


言われるがまま、仮面へ怠惰の魔力を流すと、次は籠手に流していた堅固の魔力が消えていく。


「え?なんでだ!?」


「創龍の能力が一つしか使えないというわけではないぞ?装備と同じく、貴様は並みの力しかもっていない、ということだ」


「じゃあ、身体に堅固の魔力を流せば……」


「馬鹿者が。言っただろう?貴様は並み・・だ。耐えられん」


「それじゃ、これ以上強くなれないってことか!?」


「そうは言っとらん。つまり、貴様が並み以上になればいいだけの話だ」


「身体を鍛えればいいのか?」


「それも違う。正確に言えば、並みなのは貴様の身体ではく魂だ」


「魂?」


「そうだ。魂の格が創龍の格、力の格に劣っている。つまり、貴様が強くなるために必要なのは、魂の格、力に耐えることのできる装備、それぞれの力を使った戦い方、この三つになる」


ガロウスは、指を三本立てそう説明すると、指を一本戻して続けた。


「力に耐える装備、これは仮面を見る限り、レヴィル嬢の鱗なら問題ないだろう。もしかしたら我の鱗でも良いかもしれん。我の鱗を加工できる鍛冶屋をバリオか誰かに聞けば大丈夫だろう」


続けて二本目、三本目と指を戻した。


「創龍を使った戦い方だが、これは魂の格を上げてからでなければ鍛えることはできん。魂の格も、暗い小娘のように信心深く神を敬えば来世では上がっているかもしれん」


「来世!?」


「その通り。魂の格、強さというものは前世から決まっていると言っても過言ではない。今からではまず間に合わない」


「は?じゃあ俺はどうすればいいんだ?」


「がっはっはっは!ここからが本題よ!」


ガロウスは高笑いすると、ゴンと組手を始めていたミチタカ、ムルトについて語っているハルカとティアを呼びつけた。


「ダン、貴様にはいつかの死の体験ではなく、文字通り死んでもらう」


「……は?」


「あなたの魂を縛る。時間は8分32秒。戻って来れなければ、死ぬ」


「心臓を止めるのは儂が務める。ガロウス殿では破裂させてしまうからの」


「私はティアちゃんのお手伝いです!」


ダンが、ガロウスに龍王騎士として認めてもらうために放ってもらった、死の拳。結局あれは寸止めという形で生き永らえることができたが、今回はそのまま死ぬらしい。立て続けに自分の役割を言っていくティアたちの言葉はあまり入ってこなくなってしまっている。


「えぇ!?俺、全然心の準備がっ」


「死ぬ準備など我でもできん。やれ」


「あ、やめっ」


「ほいっとな」


手を振ってやめさせようとするダンだったが、ミチタカはそれを掻い潜り懐へ入っていき、ダンの胸に掌低、すぐ意識が飛ぶよう首元にも手刀を入れる。


「がっ」


ダンの心臓は鼓動するのを止め、意識の失った身体をガロウスが受け止めた。ピクリとも動かない身体を端に寄せ、ガロウスはゴンとミチタカの稽古へ、ハルカは冷やすための氷を、ティアは成仏してしまわないように魂を縛った。


ダンは、死んだ。

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