骸骨の最初で最後の命令

ムルトの放った一言に、先ほどまで騒がしかった店内が一瞬で凍りついた。


「へ?ムルト様……なんて」


「あぁ、いや、だからこの人は奴隷商を営んでいる人だ」


「よろしくお願いします」


ハルカの気持ちなど知らないという風に、奴隷商人だと紹介された男が恭しくお辞儀をした。


「い、嫌……」


ハルカは震えながら一歩、また一歩と後ずさりをした。


「待てハルカ」


ムルトはそんなハルカの腕を掴み、自分の方へと引き寄せた。


「大丈夫だハルカ、悪いようにはしない」


ハルカは初めてムルトが怖く見えた。初めてムルトと出会ったことを思い出し、ムルトに言ったはずの言葉も思い出す。

ハルカは嫌がるように体を引き、店から逃げ出してしまおうかとも思ってしまうほどだ。そこへ、二人の関係を割る様な大声が響き渡った。


「見損なったぞ!!ムルト!!」


大声を出しているのはダンだ。人波をかき分けてムルトに近づくと、その横っ面に拳を叩き込み、殴り飛ばした。


「お前!ここまで一緒に旅した仲間を、ハルカちゃんを、今更奴隷商人に売るっていうのかよ!」


ダンの怒りは限界に達してしまったらしく、肩で息をしながらムルトに叫ぶ。


「俺は……お前のために、ハルカちゃんのために、シシリーのために龍王騎士になったんだ!お前らを守りたくて龍王騎士にまでなったのに……なんでお前は……」


「ダン……」


ムルトは、ダンに殴られた左頬をさすりながらそう呟いた。


「……もうお前とはやっていけねぇ、シシリー、行こう」


「ちょ、ダンッ」


「待ちなさい」


早足にこの場を去ろうとしていたダンを、レヴィアが腕を龍化させて止めていた。


「ホント、あんたバカね」


「え?」


「ムルト、あんたも言葉足らなすぎるわよ」


レヴィアにそう言われ、ムルトが立ち上がる。


「ダン、お前は誤解をしている。なぜ俺がハルカを売り飛ばさなければいけないのだ」


「へ?」


「ラマに奴隷商を紹介してもらったのは、ハルカを奴隷から解放するためだ。朝にも話したと思うが……」


「あんた、まさか聞いてなかったの?」


元々、ハルカはムルトの奴隷である。見えなくしてはいるが、背中には奴隷印が刻まれており、命令への拒否権もない。ムルトはただの一度もハルカに命令をしたことはないが、いい機会だということで、この場で奴隷から解放し、一般人に戻そうと計画していたのだ。ムルトがハルカを奴隷商に売り飛ばす気がないということは、本人のハルカを含めダン以外知っている。


「あ、あの……私はどうすれば……」


しっかりとしたスーツをまとっている奴隷商が、自分はどうすればいいのかとあたふたしてしまっている。

ダンの誤解も解けたようで、ムルトはさっそくハルカを奴隷から解放しようと、お願いをしたのだが、それをハルカが断った。


「嫌です!私はこのままがいいです!」


「な、ハルカなぜ断るのだ」


「だって、私が奴隷じゃなくなったら、ムルト様の所有物ではなくなってしまうということじゃないですか!」


「初めにも言ったと思うが、俺はお前を所有物だと思ったことは一度もない。お前はお前自身のものだと。それに、奴隷ではなくなったとしても共に旅はできるだろう」


「嫌です!私はムルト様のとして……」


「ハルカ」


涙を流しながら絶叫するハルカの肩を掴み、ムルトは言葉を紡いだ。


「聞いてくれハルカ。俺は一度もお前を物として扱ったことも、見たこともない。だが、このままでは奴隷という身分には変わりない。お前にはたくさん支えてもらった。たくさん役にたってもらった。俺はたくさんの感謝をしているんだ。だから奴隷という身分からお前を助け出したい。 ……確かに、このまま共に旅をするのなら、このままでもいいと思うが」


「だったらなんで」


「ハルカ、俺は」


ムルトはそこで一旦言葉を区切り、決意をして力強く宣言した。


「俺は、お前を一人の人として、女としてみたいのだ」


「っ」


「奴隷ではなく人として、友ではなく、女として俺はお前と一緒にいたい」


ムルトはハルカから手を放し、自分の肋骨に触る。


「お前と一緒にいると、ここが震えるんだ。お前を見ていると、とても嬉しいんだ。お前と手をつなぐと、とても幸せなんだ。これがなんなのか俺はわからなかった。だがやっとわかった。これが恋なんだと、これが愛なんだと。俺はお前が好きだ。友でも人としてでもなく、一人の女としてお前が好きなんだ」


「ムルト様……」


「随分待たせてしまった。スケルトンの俺だが、これからも一緒にいてくれるか?」


「……」


皆が静かに二人を見守る中、ハルカは泣きはらした顔で無理矢理に笑い、ムルトに抱き着いて、震えた声で言った。


「も、もちろん、私とムルト様は、ずっと、一緒です……!」


「あぁ!」


ムルトもそれにこたえて強く抱きしめた。

奴隷商がすぐに奴隷解放の儀式にとりかかる。主人が刻まれている奴隷印に触れ、魔力を流す。それを触媒とし、奴隷商が奴隷解放の魔法を発動した。

ハルカの体を光が包み、背中に浮かんでいた奴隷印が跡形もなく消え去る。


「はい。これでお嬢さんは奴隷ではなくなりました。何か命令をしてみてください」


「あ、あぁ」


ちゃんと奴隷から解き放たれているかの確認だ。ムルトは初めての命令をハルカに下した。


「む……『ハルカ、俺に抱き着け』」


ムルトはハルカにそう命令した。


「おや?失敗……」


ハルカがムルトに抱き着いたのを見て、奴隷商は魔法が失敗したかと思ったが、ハルカ達を見てすぐに微笑んだ。


「成功したようですね」


ハルカはムルトに抱き着き押し倒し、熱い口づけをしていたのだ。


「ムルト様、大好きです!」


「あぁ。ハルカ、俺も愛している・ ・ ・ ・ ・


ムルトは起き上がろうとせず、しばらくハルカを強く抱きしめていた。

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