骸骨は手放す

お洒落な照明に、お洒落な内装、全てテーブルクロスが敷かれており、どうやらドレスコードもあるようで、食事をとっている人々も落ち着いてはいるが高価な衣服を身にまとっている。

ハルカもムルトも店に顔を出し、店の中にある更衣室で着替えている。


ムルトは、いつかの仮面舞踏会などで身に着けた青色のスーツを、ハルカもムルトが一番気に入っている絹でできた黒色のワンピースを身に着けている。

十傑にコットンがいることや、種族の差別がないため、ムルトも骸骨顔を晒せるのだが、進化したことによって赤と青の斑模様が頭蓋骨にまで現れている。仮面をしたままでは食事がとれないので、斜めにかけている。


「すごいですねムルト様……とても高そうです」


「コットン一推しだ。値は張るが、それ以上にサービスがいいと言っていた。俺もハルカに喜んでもらいたいからな」


「えへへ、ありがとうございます」


ムルトは、密かにこの店を予約していた。この高級レストランは貴族からの評判も高く、イカロスに訪れる外交官や他国の貴族を招待する時にも使われるほどの場所だ。ムルトの言う通り一番安いメニューだとしても、大金貨一枚という値段なのだが、それ以上に接客も客層も味も良い。


「お待たせいたしました。涼菜とコカトリスの生ハム包みでございます」


まず出てきたのは前菜、豪華な皿に綺麗に盛られた一口サイズだ。ハルカは眼を輝かせている。


「いただこう」


「はい。いただきます」


コカトリスの生ハムで包まれた涼菜を口に運ぶと、柔らかくも芳醇な生ハムがシャキシャキとした涼菜を際立たせている。


「美味しいですね」


「あぁ」


オードブルから始まり、オークキングとアースライガーのスープ、アイアンシェルとイリュージョオクトのポワソン、白牛頭のソルベ、ドラゴンステーキのアントレ、マンドラドラゴンのサラダ、白牛頭のチーズ、ホワイトバジリスクの卵と白牛頭のミルクから作ったアントルメ、スターフルーツ、最後にはコーヒーと一口サイズのマカロン、二人はフルコースを堪能していた。


「すごく美味しいです」


「あぁ。本当に素晴らしい」


目で楽しみ、口で楽しみ、談笑と共に耳で食事を楽しんでいる。

ハルカはなぜだか震えており、目元をおさえている。


「ど、どうしたハルカ」


「いえ、その、ムルト様が私のために、予約してくれて、こう、してくれたって思うと……」


「いや、ハルカ、俺がしたくてしたことだ。喜んでくれて俺も嬉しい」


「はい、ムルト様、ごめんなさい、その、幸せで……」


声を上げるほど泣いているわけではないが、それでも止め処めなく涙が溢れている。ムルトも慌ててしまう。


「……あぁ、ハルカ、すまない、少しトイレに行ってくる」


「は、はい」


ムルトはそう言って席を立った。

ムルトは尿や便を出さないはずなのだが、度々トイレに行くことがある。それは、腹の中にある食べたものを出すためだ。いくら食事をとるからといって、消化する器官がない。それをトイレなどに細かくして捨てているのだ。これがムルトやコットンが使う胃袋のちゃんとした使い方なのだ。


ハルカは一人で自分の涙を拭っている。ムルトがこんなにもしてくれ、幸せのあまり泣き出してしまった。我慢して二人で楽しむべきだとハルカも後悔しているが、やはりムルトが自分にしてくれたことが本当に嬉しくてたまらなかった。

ハルカは改めて水を飲み、自分の心を落ち着かせていた。すると、それは起こった。


「っ!」


店の照明が落ちたのだ。各テーブルに蝋燭が立てられており、その明かりのおかげか、誰もパニックにはなっていない。が、ハルカは先ほどから自分たちをつけていた影があったことを知っている。気のせいかと思うほどに何もしてこなかったので、完全に油断していた。

ハルカはアイテムボックスの中から蓮華を取り出し、静かに握りしめる。すると、手拍子が巻き起こった。


「え?」


ハルカ以外の客が嬉しそうに手を叩き、ハルカを見つめている。よく見ればミナミやティア、ガロウスやダンもスーツやドレスい身を包んで手拍子をしている。


「え、な、何が……」


ハルカ一人だけが何が起こっているかわからず混乱してしまうが、それを安心させるかのように店の照明が点いた。

目の前には赤と青の斑模様が派手な骸骨が立っている。


「ハルカ」


「え?ムルト、様?」


「いつもありがとう」


ムルトはそう言うと片膝をつき、後ろに隠し持っていた花束をハルカに差し出した。真っ赤なバラの花束だ。

それを見てハルカはさらに混乱してしまったが、すぐに冷静さを取り戻し、花束を受け取ると、先ほど拭き取ったはずの涙がまた溢れだす。


「わ、私こそ、ありがとうございます……」


大きな拍手や指笛などが二人を茶化すように鳴り響くが、二人はそれに嬉しさを感じる。


「みんなもありがとう!」


ムルトがダンやレヴィア、協力してくれた店員や客にお礼を述べている。


「こ、これは……なんですか」


ハルカは涙を拭いながら、コットン達を見て言った。


「実は、な。日頃の感謝をハルカに伝えたくて、皆に協力してもらったのだ。その、俺はデート、というものをよく知らない。だからコットンやジャック、ミナミ達に教えてもらったんだ」


「いやぁ、早朝に叩き起こされてなんなんだって思ったけど、なぁ?」


「ハルカちゃんのためと聞いたら協力しないはずありません」


「ムルトと二人きり、うらやましかった。けどいい」


「もう、ハルカいつまで泣いてるのよ。明日は一緒に観光してあげるからっ」


実は、今日の二人きりの王都観光は、早朝に決まったことである。ムルトは何かを思いつき、まだ寝静まるハルカ以外を叩き起こし、デートの相談をした。ハルカとムルトを二人きりにするために観光を断り、裏では店の予約や観光地のアドバイスをしていたのだ。


「皆、私達のために……?」


「違うぞ、これは全てハルカのためだ。俺も含めてな……ハルカはこの世界に転生してきて、辛いことも悲しいこともたくさんあっただろう。そして俺と出会い、旅と冒険をしてくれたこと、本当に感謝している」


「そんな!感謝するのは私のほうです!」


「いや、俺のほうだ。ハルカと出会わなければ、俺はこんなにも友にも恵まれなかっただろう。ハルカには色々なことも教えてもらった。感謝してもしきれない」


「ムルト様……」


「だから」


ムルトがそう言って後ろを振り向いた。ハルカもムルトも初めて見る人物、これもコットンがラマに声をかけて紹介してもらった人物だ。


「この方は?」


「奴隷商人だ」


「……え?」


幸せを噛み締めていたハルカの瞳に、絶望の光が灯った。

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