骸骨は楽しんでいる
「わぁ~すごいですね~!」
ハルカは手すりに手をついて、身を乗り出して目を輝かせている。
今、ムルト達がいるのは、王都イカロスにある時計塔、その天辺にいる。この時計塔には『始まりの一歩』という名前が付けられており、イカロスの観光名所ともなっている。王城と同じほどの高さをしており、一般公開もされているのだが、魔導昇降機などがなく、天辺に登るには階段を使わなければならない。
王都を一望できるという絶景はあるのだが、ここまで登ってくる人は少ない。
「風が気持ちよいな」
「そうですねぇ~」
柔らかい風が二人の頬を撫でつけて去っていく。
「物凄く大きいな……」
ムルトが横を向いて見たのは、巨大な文字盤だ。長針と短針、秒針がガチャガチャと音をたてて時を刻んでいる。
「あそこの鐘と連動しているんですよね」
「あぁ。そうらしいな」
展望台ではなく、階段のすぐ横、触れないように柵に囲われた鐘が置いてある。この鐘は朝8時、昼12時、夜8時の三回鳴るのだが、ムルト達は昼の鐘を聞いてここに来ることを決めた。
「魔法と連動していると思ったんですけど、違うようですね……」
ハルカは柵に掴まりながら、鐘の上を覗き込んでいる。複雑に絡み合った歯車が、秒針の音と共にゆっくりと動いている。
「すごいな」
「これも昔の勇者が作ったものなんですかね?」
「いや、昔のドワーフが作ったとここに書いてあるぞ」
ムルトが顎をさすりながら見ているのは、街中にあった案内板のようなものだ。そこには時計塔、始まりの一歩という名前に込められた想いや、当時の様子、作ったドワーフなどの説明が記されている。ハルカはこの説明板を見て驚いてるようだが、この文化は余程前からあるものだと納得した。
「イカロス王国建国の歴史……ほう、城よりも先に作ったのがこの時計塔らしい」
「人々の暮らしを規則正しく、平和に歩むための第一歩……」
イカロス王国の国民は、そのほとんどが遠い昔、|漆黒の悪夢〈ブラックナイトメア〉によって滅ぼされたマルタ王国の元国民だ。冒険者や勇者の手によって倒された漆黒の悪夢だが、マルタ王国は既に人が住めるような環境ではなくなっていた。
場所を変え、かつてのマルタ王国の子孫である王が新しく国を興した。マルタ王国もイカロス王国も、常に国民に寄り添う善き王だった。私財を隣国に買い取ってもらい、復興資金を作るほどだった。そしてその資金を使って当時の王様が一番初めに作ったのが、この時計塔となっている。
「賢王、勇王、この国の王は民を愛し民に愛されているようだな」
「ミナミちゃん達も言ってましたね。邪神の討伐のために召喚はされたけど、強制はされてないと言ってましたし……」
「やはり、この国に来て正解だったな。ほら、あそこを見ろ」
ムルトが指さした場所には、エルフや獣人族が歩いている。他には魔族やドワーフ、|龍人族〈ドラゴニュート〉といった種族までいる。
「レヴィアほどではないが、この国も種族での差別はない。奴隷もいるようだが、普通に働いて普通に飯を食べて普通に寝ているのだろう。それほどに隣人同士が尊敬し合い、平和が保たれている。十傑らがいるという安心もあるのだろう」
「本当に、幸せそうですね」
「……もしも家を持って住むのなら、この国に住んでみたいな」
ムルトは、静かに、寂しそうにそう言った。目の前に写る街並みの中に、自分が歩いている姿を重ねているのだろうか、少しだけ遠くを見つめている。
「……私もこの国に住みたいですね」
「……だが俺はモンスター。叶わぬ夢だ」
「そんなことありません!」
ハルカが突然そう叫んだ。ムルトは驚き、ハルカを見つめた。ハルカは微かに震えながら、言葉の続きを喋りだす。
「モンスターだからとか、人とは違うからだとか、そんなので夢は諦めていいものじゃありません!ムルト様は、ムルト様ならきっと大丈夫です!ミナミちゃんも私も、コットンさんだっています。ムルト様がこの国に住みたいというのならば、ちょっと反則かもしれませんが、きっとなんとかしてくれます!」
「ふふ、そうかもしれないな。だが、俺達の旅はここで終わってしまうぞ?」
「私は……私は、ムルト様と一緒にならどこでもいいんです。旅ができなくても、ずっと、ずっとムルト様の隣にいられるのであれば……」
「……あぁ。ハルカ、俺も同じ気持ちだ」
ムルトはハルカを優しく抱きしめ、背中を撫でた。
「次は、どこへ行こうか」
「ムルト様となら、どこまでも」
ハルカはムルトの温もりを肌で感じながら、頭をこすりつけている。ムルトもしばらくそれを堪能し、ハルカの頭をひと撫でし、時計塔を後にした。
その後も露店や市場を見て回り、新しいものや珍しいものに心を躍らせていた。
「アルテミス様、本当にありがとうございました」
「アルテミス様、俺からも感謝を……」
イカロス王国には月の教会がなかったのだが、カグヤが新しく作ったらしく、二人で感謝を捧げている。
いつもはカグヤがいるはずなのだが、今日はいないらしい。
ムルトは月の教会にあるアルテミスの弓のレプリカや、月の石の話をハルカにしてあげた。前にボロガンで覚えたことを説明しているだけなのだが、ムルトもその説明をしていることがなぜか誇らしく、ハルカはそれを笑顔で聞いている。
時間も経ち、太陽が沈み始めている。歩道に立っている街灯に明かりがついている。
「そろそろ夕食の時間ですね。お城に戻りますか?」
朝と夜は皆で食事をとることにしているのだが、ムルトは少し黙り、口を開いた。
「実は……もう一ヵ所行きたいところがあるのだ」
「はい、行きましょう!」
ハルカもそれに笑顔で応えた。また二人は手を繋ぎ、ムルトは一つの決心をして歩き出す。
そして、二人の後をつけている影も、それに合わせて歩き出していた。
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