骸骨と初めての食事

「それにしても、本当にいい街ですね~」


ハルカは、まるで初めて都会に出てきた娘のようにはしゃいでいる。手を広げその場でくるくる回ったり、建物を見ては楽しそうに笑っている。


「あぁ。本当に美しい街並みだ」


ムルトもハルカの反応には納得で、辺りを見渡す。

レンガの敷き詰められた歩道と、馬車が通る綺麗な道、色とりどりの屋根が並ぶ景色。何よりいいのは、人々の楽しそうな声だ。野菜を売る店、魚を売る店、宿屋や露店など、そこかしこに人がおり、皆笑顔だ。道の隅では子供たちが遊び、店員が元気に客の呼び込みをしている。まさに平和そのものだ。


「ムルト様!あっちにも行ってみましょう!」


「あぁ」


ハルカはムルトの手を取り、そのまま駆けていく。ムルトは手を引かれながら走るのに慣れていないのか、少しぎこちないが実に楽しそうだ。


「あ、ムルト様これ!」


「む?なんだこの看板は」


ムルトの初めてみる看板だ。色々な国や街を見てきたが、このようなものを見るのは始めただった。


「街の案内図のようですね。私の元いた世界では割とポピュラーなんですよ」


「ぽ、ぽぷ、なんだ?」


「ふふ、ここが今私達のいるところです」


ハルカが指をさした場所には、現在地、と書かれている。そこから真っ直ぐ進めば魔道具屋、道を曲がれば服屋など、街の簡易地図になっている。ムルトはその地図を興味深く凝視しながら、懐から羊皮紙を取り出した。


「ムルト様、それは?」


「あ、あぁ、これは、その……そうだ!これはコットンから予め持たされたこの街の地図だ」


「え、そうなんですか?私にも見せてください!」


「い、いや!だがこの案内図というものがあるのなら必要ないな!ははは!」


ハルカが地図を覗き込もうとすると、ムルトがそれを慌ててしまってしまった。ムルトの行動にハルカは一瞬だけ疑問を持ったが、それもすぐになくなる。


「よし、それでは服屋にでも行ってみるか?」


「はい!そうしましょう!」


ハルカは笑顔でそう答え、ムルトはハルカと手をつないで歩き出した。

綺麗に整えられた歩道を歩く。せわしなく人が行き来しているが、ムルト達はその風景を見ながらのんびりと歩いている。

辿り着いた服屋は、初めて見るような店だった。店先にはガラスで遮られてマネキンに服を着せているショーケースがあったり、内装も今まで見てきたものよりわかりやすく回りやすい。


「王都は歴代の勇者もよく訪れていたと聞きますし、その勇者たちが残していった文化が根強いんですかね」


ハルカは、王都は自分の世界でよく見たものが多いと言っている。ムルトは異世界など行ったこともなければ見たこともないのだが、ハルカの元の世界にあったものをハルカと共に見れていることに、どこか嬉しくなった。


「おぉハルカ、この服なんて似合うんじゃないか?」


「かわいいですね、ムルト様!」


服を見て回っているとき、ムルトが一つの服を手に取ってハルカに見せた。襟や袖にフリルのついた黒色のワンピースだ。ハルカもそれを気にったようで、これまたムルトは初めて見る試着室ですぐに着替えた。


「どうですか?ムルト様」


少しして試着室から出てきてハルカに、ムルトはぽっかりと口を開けた。


「美しい……いや、かわいい、か?」


「うふふ、どっちでも嬉しいです。私これ買いますね」


「あぁ。そうするといい。これを」


ムルトが服の代金を渡そうとしたのだが、ハルカはそれを止めた。


「いえいえ、私が欲しいので大丈夫ですよ」


ハルカは金を持っていないわけではない。ハルカはそのまま服を着たまま店を出た。


「ふむ……お、ハルカ、花屋なんてものもあるぞ」


「あっ、本当ですね。綺麗……」


店先には色とりどりの花が並んでいる。花屋を初めて見るというわけではないが、いつも忙しく、立ち止まっている暇はほとんどなかった。こうしてのんびりと花を眺めるのは、初めてだ。


「これ、いいですね」


ハルカが指さしたのはピンク色のチューリップのような花だ。


「おぉ、カップルさんかい?安くしとくよ~」


すると、店の中から店主のような男が出てきた。


「カ、カップルだなんて……うまいですね……ムルト様、何か買っていきますか?」


「……む?あ、あぁ!そうだな。それではこの花を一輪もらおうか」


ムルトは先ほどのコットンから持たされたという地図を広げていた。いきなりハルカに話しかけられてまた慌てて地図をしまった。


「ふっふっふ、愛い愛いしいお二人さんを応援するってことで、これは俺からのプレゼントってことで」


店主は一輪のチューリップを素早く包むと、それをムルトに渡した。


「おぉ、ありがたい。よくわからないが……ハルカ」


「は、はい。ありがとうござい、ます……」


ハルカはほんのりと頬を染め、ムルトから花を受け取った。


「……ふむ。そろそろ昼食にするか」


「はいっ」


「お、飯ならこの先に俺のオススメの店があるから、そこに行くといいぜ」


店主はそう言って、ムルト達に道を教え、感謝を伝えそのまま歩き出した。ムルトは心残りがあるのか、花屋を少しだけ気にかけていた。


「ムルト様、どうしましたか?」


「あ、い、いや、なんでもない」


ムルトは頭を横にふりながら、そう言い、真っ直ぐ前を向いて歩いた。


「ここだな」


花屋に紹介された店をすぐに見つけ、適当な席に座った。


「ご注文はお決まりですか?」


「私は……これでお願いします」


「む?それでいいのか?なら、俺もこれで頼む」


「はい。かしこまりました。冒険者セットGランクをお二つですね。少々お待ちください」


そう言ってウェイトレスの格好をした店員はさがっていった。


「本当にこれでよかったのか?他にも美味そうなものがたくさんあるが」


「えへへ、私は大丈夫です。なんだか食べたくなっちゃって」


ハルカがメニューを開いて選んだのは、この店では一番安いものだった。その料理はすぐに出来上がり、二人の目の前に置かれる。


「お待たせいたしました~」


テーブルに並べられたのは、お粥と湯気の出ている暖かいスープ。サラダと少しの肉が盛られた、素朴なものだ。

ハルカは嬉しそうにそれを見て、ムルトも懐かしさを覚えている。


「ムルト様、覚えてますか?」


「あぁ当然だ」


「うふふ、初めてムルト様と一緒に食べたご飯です」


「あぁ。そうだ」


そう、今運ばれてきた料理は、ムルトが魔都レヴィアでハルカと出会い、初めてハルカが食事をした時い出たものだ。


「あの時俺は、まだ味というものを知らなかったが、こうして二人であの時のものを食べれるのは嬉しいものだな」


「はい……」


二人は思い出に浸りながらも、食事を始める。


「これが初めて食べたものか……あまり味がしないのだな」


「はい。お粥ですからね。でもその分体に優しいですよね?」


「あぁ。味が薄いからこそ、食べやすいのだな。それにこのスープもとてもおいしい」


「はい。でも、あの時食べたもののほうが本当に美味しかったです」


「む?そう変わらないものではないか?」


「うふふ。いえ、あの時はムルト様の優しさもいっぱい詰まっていたので……」


「ふっ、今でも優しさは詰めているぞ?」


「……優しさ、だけですか?」


ハルカのその言葉に、ムルトは思わずドキッとしてしまう。ハルカは真っ直ぐにムルトの目を見つめ、ムルトは呆然としながらも、その目を見つめ返している。ハルカがどんな答えをムルトに求めているのか、今胸を揺らしたものが何なのか、ムルトは何もわからず、言葉が出なかった。


「……」


「あ、いえ、すみません、ムルト様」


「……いや、いいんだ」


ムルトは、この気持ちを言葉にしなければならないという使命感を感じているのだが、どうしてもそれを言葉にできなかった。その気持ちを知らないから。

だが、ムルトは必ずそれを知っている。知っているはずなのだ。


「行くか」


「は、はい」


昼食も摂り、二人は再び街に繰り出した。次に向かう場所は、景色のいい場所だ。

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