凡人と罪と徳
真っ暗。というほどではなく、チラホラとあいた空気穴からは外の光が入り込んでいる。
だが外の景色は見えず、音や揺れも感じない。それは一種の封印が施されているからなのだが、中に入る者はそんなことなど知らされない。
「対話って、何すりゃいいんだ……?」
その中で一人、胡坐をかきながら考え込んでいるのがダンだ。
陽の光が僅かに入り、呼吸も苦しくはないが、これといって何かが起こっているというわけでもない。
「血、|臭〈くっさ〉いな!」
自身にかけられたガロウスの血と、それぞれの素材になっている血の臭いなのだが、ダンは緊張感もなくなそんなことを考えている。すると、ダンの目の前が突然明るくなる。
「な、なんだ?!」
その光は、目の前にある素材から出ているようだった。赤、青、紫、黄、茶、金や銀など、たくさんの色が溢れだしており、それらそれぞれが違う形になっていく。
赤色はミノタウロスと青年に、青色はイカのような巨人に、紫色は大きな狼と逞しい男に、桃色はスタイルの良い女性と修道女に、茶色は少年と腰の曲がった老人に、黄色はやせ細った男に。
それぞれが形を成してはいくが、顔も形もなく、色のついた影のような存在だった。
「は、初めまして……?」
『ブモオ?』『ここはどこだろう?』『どこ、ここ』『なんだぁここはぁ?!』『なんだここは』『なぁにこれ?』『……どこでしょう』『……』『お、おぉ?』『ん……?』
完全な影になった面々は、驚くように一斉に喋り出しきょろきょろとし始める。ちょっとした酒場のような賑やかさになってしまっているが、ダンは大きな声でもう一度言った。
「初めまして!!!」
立ち上がり、少し前のめりに言ったのがうまくいったのか、全員の視線がダンに固定される。
一番最初に喋り始めたのは、紫色の逞しい男だ。
『……君がダンで、これが龍王騎士の試練か。不思議なものだな』
『えぇ?!すごい!これが噂に聞く龍王騎士の試練なんですね!』
「え、なんで俺の名前……なんでこれが龍王騎士の試練だと?」
ダンは素直に気になったことを聞いた。誰もがダンの知らない人物の形をしているのだが、それらはダンの名前を知っており、さらには今行われていることが龍王騎士の試練だということだとわかっているようだ。
『俺達も信じられないのだが、記憶がある。俺達の記憶ではなく……』
『|今の〈・・〉人たちの記憶だね』
「今の人たち?」
『なんと言えばいいのでしょうか、命は違いますが、同じスキルを神から授かった者同士、魂で繋がっている……なんて?』
桃色の修道女も話に加わってくる。
『まぁ早い話、俺は堅固の美徳の前任者だ』
『僕は正義』
『私は信仰です』
『儂はミチタカ。どうやら儂は生前の姿のようじゃな……腰が伸ばせん……して、その他は……』
『俺は嫉妬だ』
『僕は暴食の大罪』
『私は色欲よんっ』
『……強欲』
ダンの目の前にいるのは、美徳の前任者と大罪の前任者のようだ。皆が自分の紹介をする中、赤と青だけはまだ状況が呑み込めていないのか、あたふたとしているようだ。
「ってことは、こっちの赤いのはモブくんで、こっちはダバンくん?」
『ぼ、ぼくのこと、知ってるの?』
『なんでおでのこと』
二人は唐突に名前を言い当てられたのでびっくりしているようだ。
「ムルトから話をよく聞いてるよ。二人とも優しい俺の友人だ。ってね」
ムルトの名前が出たとたん、二人はどこかを見るように呟いた。
『ムルト、僕にも優しい、骨の人』
『ぢ、父上に認められだ骨だ』
『え?』
『お?』
『じゃ、じゃあ君が、僕と一緒にムルトを助けてる青い人?』
『赤い牛がお前が?』
どうやら、二人ともムルトの力になっているようだが、互いのことはあまり知らなかったらしい。
ダンをよそに二人して話し始めてしまった。
『それにしても、僕以外に美徳を持ってる人がいるなんて知らなかったなぁ~』
『俺はお前を知っているぞ。正義の美徳の勇者、ユウト・カンザキ』
『私も知っています。邪神を封印した。と』
『いやぁ~お二人に知ってもらってるだなんて嬉しいな~』
『歴史の教科書に載ってるからな』
『私も修道院で学びました……』
『……だよね~』
こちらでも話が勝手に盛り上がっては、何やら暗い雰囲気になり始めてしまった。
正直言って、時間がないわけではないのだが、対話を早くこなせば、それだけここから出られる時間が早まる。早く力をつけムルト達に協力したいダンは、せかすように龍王騎士の試練、対話について話した。
『勿論、僕の力を貸すよ』
『俺もだ』
『私もです』
『無論儂もな』
『ぼ、ぼくの力も』
『おでも手、いっぱい貸すぞ』
皆が次々と協力も申し出る中、無言を貫いている者が四名。最初に喋り始めたのは黄色い男。
『僕も手を貸します。君も、でしょ?』
『……うん』
黄色い男が茶色い少年にそう問いかけると、少年も小さく首を縦に振る。
『感謝する』
『こちらこそ』
どうやら黄色い男と逞しい男は互いのことを知っているようだったが、それ以上の会話はしなかった。
次に話しかけてきたのは桃色の女。
『協力するのは別にいいんだけどね、あんたは私に何をしてくれるの?』
「な、何って?」
『あんたがなんでこんなことしてるのかは、共有してる記憶で大体わかってるわ。でも、一方的にあなたに力を貸すだけで、私達にはなんの得もないじゃない』
「……確かにそうかもしれない。それでも、力を貸してくれませんか」
女自身、意地悪な質問をしていることはわかっているが、ダンの正直な気持ちが知りたかった。貪欲なまでの力への執着。だが、ここにいる面々の気持ちを蔑ろにしているわけではないことは伝わってくる。
『冗談よ。私も力を貸してあ・げ・る。その代わり、あなた、淫夢しか見られないようにするから』
「……わかった」
『ふふ、冗談よ。かわいい坊やね』
桃色の女は指で優しくダンの額を小突くと、修道女の隣へと戻っていく。
『最後は紫の狼じゃな』
これで、紫色の大狼以外がダンへの協力を快諾した。
「なぁ、頼むよ」
ダンはそう言って狼へ頭を下げるが、狼は何かを考えているようだ。
『あの女の言う通り、俺に何の得もねぇ。お前は、力が欲しいんだろ?』
「あ、あぁ」
『だったら、別にお前の力じゃなくてもいいんだろ?』
「……それはどういう」
『だからよぉ、俺がお前の身体を借りて協力すりゃいいだけじゃねぇか。力は手に入る』
「そ、そうかもしれないけど」
『自我をなくすのは嫌だってか?そんなの、ここにいる全員そうだろ。記憶は共有されてても、身体の自由はきかねぇ。俺達が存在できるのはこの結界の中だけ。外に出れば、また無に帰る』
「……」
『交渉、決裂だな』
「なっ」
狼はそう言うと、大きな身体を起こし、大きな口を開けた。それと同時にダンへ協力を申し出た面々は交じり合い、ひとつの光となってしまった。
『俺の名は、一匹大噛み!!フェンリルのジェラス!お前の身体をいただいて、また暴れてやる!!』
「がはっ!!」
ジェラスは、口上をあげながらダンにタックルをし、ダンはそれをまともに食らってしまう。
ただの影とは思えないほどの速さと質量。壁に激突し激痛が走るが、その一撃で即死することはなかった。
「な、なんだこれ……」
ダンの身体も、ジェラス達と同じように何かの影がくっついているように見える。
ジェラスや美徳達が何から影になったのかを考えると、すぐにその影が何者のものかはわかった。
「ガロウス、さん……」
ジェラス達のように喋りはしないものの、その力だけははっきりと感じられる。ダンは手を固く握りしめ、痛みの残る身体を奮い立たせた。
『今のでくたばり損なったのは運が悪い、な!!』
ジェラスは、またダンへと突進をしている。武器も何も持っていないダンは、それを避けるか耐えるしないのだが、あの突進をもう一度食らってしまえば、満足に身体を動かすことが出来なくなってしまうだろう。
そこへ、ダンの頭上から真っ黒な何かが落ちてきた。
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