凡人の誓い
「ムルトよ。貴様は左右の肋骨を一本ずつ。レヴィル嬢は鱗を」
昨夜の一件の後、明日も早く、準備もあるということですぐ眠ることになった。
そして翌朝、出発のために焚火などの後片付けをしていると、ガロウスが全員を呼び出して一人一人に指示を出している。
「さて貴様は……」
「愛液をご用意していますよ」
「うむ……悪くはない」
ガロウスは、キアラから液体の入った小瓶を受け取り、他に空瓶を三つ取り出し、ハルカ、ミナミ、ティアにナイフを手渡す。
「この瓶の半分ほど血液を分けてくれ」
ガロウスを疑うものはおらず、ハルカ達は言われた通り小瓶の半分ほど血液を注ぎ、回復魔法で傷を塞いでいた。ちなみに昨日ガロウスがダンから受けた傷は回復魔法を使わずに完治している。
「あんた、本当にやるの?」
龍化させた腕から鱗を剥ぎとりながら、レヴィアがダンに聞いた。
「やるっていうか、何も聞かされてないっていうか……」
「……聞かせられないのよ」
レヴィアは何か知っているようだったが、それをダンに教えはしなかった。ガロウスが口止めしているわけではない。
「そうね、今からあんたが受けようとしているのは、いわば試験よ。試練じゃなくて試験。それでも、とても危険な試験」
「それでも強くなるなら俺は構わないけどな」
「……期待してるわ」
「よっし!こんなものでいいだろうか」
ガロウスはそう言って、皆からもらったものを中央へ集め布の上へ広げている。
ムルトの肋骨二本、レヴィアの鱗、キアラの愛液、ハルカ、ミナミ、ティアの血液。
「うむ。ないよりかはあったほうがいいか……?ティング」
「ガロウス、あんたわかってる?」
「わかっておる。我もバカではない。だが、それがダンの望みなのだ」
「……」
モノが集まっていくにつれ、レヴィアの機嫌が段々と悪くなっているようだ。ガロウスはそんなものを気にも留めずティングからも肋骨を二本受け取っている。
「儂の血液なんかもどうじゃ?」
「ふむ、ミチタカはハイエルフだったか?……ないよりかはあったほうがいいかもな」
「任せよ」
そしてミチタカからも血液をもらう。
「ふむ。そろそろ説明をしてもらえないだろうか?」
そう言ったのはムルト。ガロウスとダンが何かをしようとしていて、レヴィアは少なからずこれから何をしようとしているかを知っている風。
皆、ガロウスがダンのために何かをしようといているからこそ口を挟んではいないが、気にはなっている。
「そうだな。レヴィル嬢、説明を頼む」
「……まぁ、そうなるわよね。簡単に言うと、ダンはガロウスの龍騎士になるの」
「竜騎士?ガロウスに乗って戦うということか?」
「ムルトの考えてることはわかるわ。ムルトの考えてる竜騎士はワイバーンに乗って戦う騎士のことでしょ?でもそれは竜騎兵。竜騎士は竜騎士でも、竜と騎士。ダンがなるのは龍|の〈・〉騎士」
「つまりダンは、ガロウスを守る騎士になると?」
「ガロウスが騎士を必要とするかは置いといて、今からその試験をするの。それに龍騎士じゃなくて龍王騎士だしね……」
「我の騎士になれる者など、世界を探してもおらぬのだぞ?なぜなら我に騎士など必要ないからだ!」
「じゃ、じゃあなんでダンを騎士にする必要があるのよ」
シシリーは食って掛かるようにガロウスにそう聞いた。ガロウスはニカッと笑いながらそれに答える。
「ダンが強くなりたいと言ったからだ!」
無邪気に笑う顔は、知り合いのおじさんを彷彿とさせるほどに清々しいものだ。
「材料はこれでいいか。立会人はレヴィル嬢、頼むぞ」
「えぇ。わかったわよ。ダン、剣を構えてガロウスの前に立って」
「こうか?」
「違うわよ……これから誓いをたてるってのに主人に刃を向けてどうするの」
「あぁ。すまんすまん」
「……バカ」
「ぬわっはっはっはっは!!やはりお前は面白いなぁ!ダン!!」
いつものようにダンはどこか抜けていた。それがこれから挑む|試練〈・・〉を忘れさせてしまうほどに楽しく、ガロウスもレヴィアも小さく笑っている。
ダンはガロウスの前に跪き、宵闇を掲げる。ガロウスは腕を組みながら仁王立ちをし、レヴィアは二人の間に、それ以外の面々は三人を囲んでいた。
「……汝、如何なる時も主の手となり足となり、矛にも盾にもなることをここに誓うか?」
「誓います」
「汝、如何なる時も主の血となり肉となり、その生命を脅かすものを何があっても打ち倒すことをここに誓うか?」
「誓います」
「……最後よ」
レヴィアが短く呟くと、先ほどまでニコニコとしていたガロウスは無表情になり、レヴィアも少しばかり冷めた顔をしている。
それが伝わったからかはわからないが、三人を囲んでいる面々にもピリピリとした空気が漂う。
「汝、主の敵を我が敵にし……それが友であっても女子供であっても、例え乳飲み子だったとしても、主のために剣を突き立てることをここに誓うか?」
「っ……」
最後の誓いの言葉に、ダンは詰まってしまった。
「ダンよ、誓うか?」
ガロウスの口から、確認の言葉が聞こえる。ダンは少しだけ考え、はっきりとガロウスの目を見て言った。
「誓いません」
「ほう?力が欲しいのではないのか?」
「……確かに力はほしいです。でも、その力を友に、罪のない人に向ける可能性があるのなら、俺は弱いままでいいです」
「何が何でも力が欲しいのだろう?」
「ここまでしてもらって申し訳ないけど、違う方法を探します」
ダンはそう言いい、立ち上がろうとする。
『跪け』
それを遮ったのはガロウスの重く苦しい一言。その場の全員が、心臓を握りつぶされるような感覚を抱いてしまうほどに、ガロウスの低い低い声。ダンはたまらずすぐに跪く。
「儀はまだ終わっておらん。もう一度だけ聞く。誓うか?」
「ち、誓いません」
ダンは昨日の殺気を思い出しているのか、歯をガチガチとならしている。
「誓えないのならば、お前を今すぐここで殺すが、それでも誓わぬか?」
「っ!ガロウス!!」
「やめなさい!」
腰の剣に手を伸ばしたムルトを、レヴィアが一喝した。
「まだ終わりじゃないわ」
「……どうだ?誓うか?」
「……それでも、俺は、誓わない」
震えた声で絞り出したダンの答えを聞いて、レヴィアとガロウスは目配せをし、二人してニッコリと笑った。
「ぬわっはっはっは!!ダンよ!貴様は合格だ!!」
「ダン、おめでとう。あなたには龍王騎士になる資格がちゃんとあるわ。あ、まだ終わってないから立ち上がっちゃダメよ」
「へ?」
「龍王の儀はこれで本当に最後よ。最後に、主になるガロウスから言葉を送ってもらうわ」
ガロウスがダンに近づき、しゃがんだ。ダンにだけ聞こえるように耳元に顔を近づけ、小さな声で言った。
「個として生きることに拘れ」
「は……」
「よし!これで龍王騎士、誓いの儀を終わる!次に移るぞ。サキよ、貴様の魔法を見込んで頼みがある」
「はい、なんでしょう?」
「ダンを中心に、縦10メートル、横30メートルの密閉された箱を作ってくれ。空気穴は少なくていい」
「わかりました」
「ダンはここに」
「は、はい」
ガロウスはダンをムルト達から集めた素材の前に来させ、ムルトの肋骨にミナミの血を、レヴィアの鱗にハルカの血を、キアラの愛液にティアの血を、ティングの骨にミチタカの血を垂らし、ダンにはガロウスの血を浴びせ、それらが一塊になるように布を固く結んだ。
その後、皆に距離をとるよう言った。
「おっと、武器は持ち込めない」
ガロウスはダンの宵闇を指さして言った。
「なんでですか?」
「対話に武器は必要ないからだ」
「た、対話?じゃあ……ムルト」
ダンはムルトを呼び、宵闇を差し出した。
「元々はお前の剣だし、その、俺が戻ってこれなかったら、お前に返す」
「……わかった」
ダンは命を失う覚悟をしている。レヴィアもガロウスもはっきりとは言わないが、この試練は危険なものだと皆がわかっているのだ。
ムルトは差し出された宵闇を受け取ろうとしたが、それを横から奪い去るものがいた。
「バカ!!死ぬ前提で話してんじゃないわよ!!」
「……シシリー」
「あんたは今までだって生き残ってきたでしょ!!昨日だって!死ぬところだったのに、ちゃんと生きてる!今回もそうよ!絶対生き残るに決まってるじゃない!」
目に涙を溜めながら、シシリーはダンにきつい瞳を向けている。宵闇を大事そうに抱える姿はまるで駄々をこねる子供のようだったが、ダンは微かに笑った。
「……シシリー、預かってもらっていいか?」
「当然じゃない。その代わり、ちゃんと帰ってきてよね」
「あぁ。約束する」
「さぁ、始めるぞ」
ガロウスはサキに指示を出し、ダンを閉じ込めてもらう。大きな音を立て、地中から巨大な木の根が生え、それが生き物のように動き絡み合うと、巨大な木の箱が出来上がる。無骨だが、大きく広い箱の中には、ダンと素材だけの状態となる。
「さて、出発するぞ」
「あぁ」
「はい」
ムルトとミナミが短く返事をし、レヴィアとガロウスが龍の姿になる。ガロウスは木の箱を両腕で持ち上げ、翼を大きく羽ばたかせる。
どこか暗い雰囲気の中、宵闇を大事に抱えているシシリーが皆に言うようにガロウスに問いかけた。
「べ、別に今生の別れじゃないんだし、なんでみんなそんな暗いのよ」
「……」
「そうだな」
ガロウスとレヴィアは何も言わず、皆はシシリーを励ますように肩を叩くが、無言。シシリーは確認をするようにガロウスにまた問いかけた。ガロウスはいくらか明るく「普通ならば短くて2週間、長くても1、2か月すれば出てくる」と言ったが、すぐに真面目な口調で。
「覚悟はしておけ」
と言った。
ガロウスの言った、短くて2週間、長くて1ヵ月というのは、かつて試練を突破して箱の中から出てきた者達が費やした時間なのだが、それは試練を|突破〈・・〉したから出てこれたのであり、試練を突破できなかったものが箱の中から出てきた前例はなかった。
無言のまま、ガロウスとレヴィアは飛んでいる。
皆、明るい雰囲気で一日目のように話をしているが、ガロウスの持っているダンの入った箱はその正反対。物音一つ立てず沈黙を貫いている。
ミナミやティアと喋っているシシリーの笑顔は、どこか嘘っぽく見えた。
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