凡人は友が為
ダンの心臓が、逃げろと鼓動を打ち付けながらうるさく主張をしているが、当のダンは逃げることなどできず、ガロウスの拳がゆっくりと自分にめがけて迫ってきているのを見ることしかできない。
人は死に瀕したとき、今までの思い出や行いが走馬燈として頭の中を駆け巡ると言われている。ダンもまさに今死に瀕しており、例に漏れず走馬燈を見ているのだが、ガロウスによる殺気や、避けることの出来ない拳、覆ることことのない死によってダンの走馬燈は誰が見るものよりもはっきりと鮮明に見えるだろう。
(はぁ。涙も鼻水も小便だって出しちまってる。情けねぇなぁ。俺の強くなりたいって気持ちは、それっぽっちのことだってことなのかねぇ)
ガロウスの拳が止まって見えるほどに、ダンの中での時間は止まっていた。
(冒険者に憧れて、師匠を見つけて……)
走馬燈が始まった。
幼少期、元気で手のかからない子として皆に可愛がられていたダン。いつからか冒険者に憧れ、剣の道に進むことを決めた。
(結局、剣の才能はなかったのかなぁ)
10歳の頃に弟子入りをし剣を学んでいたが、思うようにいかず挫けたこともあった。兄弟子と弟弟子達は師匠に認められ次々に巣立ったが、ダンは8年間ずっと基礎を積んでいただけだった。
いつからか自信は不安になり、信頼は疑心になり、ダンは逃げるように生まれ育った街を飛び出した。
冒険者として登録したのは18歳の時だった。Gランクから脱することはできたが、Eランクのモンスターには歯が立たず、万年Fランクなのではないかと思うほどに、自分には技がなかった。
魔法も思うように使うことができず、生活魔法すらも危うく、Fランクの手伝いの依頼もこなせなかったが、それでも生きるために必死に食らいついていた。
(実家に帰ろうか悩んでる時だったよな。あいつと出会ったのは)
冒険者になってから、ずっとFランクの依頼をこなしていたダンは、ふと自分のようにFランクの依頼を見つめている少女と出会った。シシリーだ。
最初は気にもしていなかったが、彼女も自分のように限界を感じ始めてるのではないかと思っていた。冒険者を諦め、普通の町娘のように働いた方が、幸せなのではないかと思う。
ある時、ダンはシシリーに声をかけた。「一緒に依頼をしないか」と。
シシリーは了承し、それからダンと二人で依頼をこなすようになり、今に至る。
(あんときゃ、死にそうになったっけなぁ)
シシリーとパーティを組むようになってから、堅実に依頼に挑戦していた。二人でならばEランクモンスターも狩れるようになっていた。
だが、災難は降りかかる。
いつものように依頼をこなし、街に帰る道の途中、強いモンスターに出会ってしまった。二人でも到底かなわないと思い、ダンはシシリーを逃がして自分を囮として戦ったのだ。
結果は完敗。
かろうじて一蹴りを入れたが、それも効いてはいなかっただろう。その時も今回のように走馬燈を見ていたが、駆けつけてくれた誰かがダンを助けてくれたとシシリーは言っていた。
(あれは誰だったんだろうな……)
煌びやかな緑色の鎧に、細い剣を携えた若者だった。
(意識を失う前に確か、なんか言ってたんだけどなぁ。思い出せねぇ)
その日を境に、ダンは強くなりたいと思い、辞めていた剣の基礎をもう一度始めたのだ。
体がしっかりと覚えていたので、勘を取り戻すまでに時間はかからなかったが、それでも限界を感じた。
(そう。強くなろうと思ったって、限界の先へはいけないんだ。そう思ってた。あいつに会うまでは)
剣の基礎を積みながら、シシリーとのパーティも続けていた。
強くなるために、強い武器や装備を手に入れるためにシシリーと出会った街を出た。
依頼を受けながら旅をして、強くなる方法を探した。そしてその移動中、出会うはずのなかったモンスターに出会ってしまい、逃げることとなった。
運よく逃げ延び、雨風をしのぐために入ったのが、バルバルの洞窟だった。
そこで出会ったのは青色の骸骨。
言葉を喋り、月が綺麗だ、好きだと言うおかしな骸骨。
言葉を交わし、話を聞くうちに、意気投合をしていた。
(ムルト。変わったスケルトンだ)
その骸骨と意気投合した次の日、骸骨は進化していた。
自分たちが命からがら逃げた相手を尻に敷いて。
(おかしいよな。Gランクのモンスターが、自分よりもランクも高くて、体も大きい奴を倒しちまうなんて)
それを見て、ダンは気づかされたのだ。
(弱くたって、勝てないかもしれないからって、諦めちゃいけねぇんだ)
自分も強くなれる。
諦めかけていたダンはさらに死に物狂いで自分を鍛えた。基礎だけではなく、応用。自分より上のランクの者も、ランクが下の者も、戦いを見る機会があればそれを盗めないか凝視もした。
寝る間を惜しんで鍛錬しているところを、シシリーに止められたりもした。それでも、人間ではない友人に追いつくために必死だった。
その甲斐あってか、ダンとシシリーはBランク冒険者にまで上り詰めた。
(それでもお前は、いつも先をいってたよな)
ラビリスで久々にムルトと出会ったダンだった。
ムルトもBランク冒険者と言っており、やっと追いついたと思ったが、違った。ムルトは常にダンの先をいっていたのだ。
ダンの進めなかった喧嘩祭りの本選にいき、自分なんかよりも強い仲間たちに囲まれていた。
(でも嬉しかったなぁ。認めてもらえたから)
刻一刻と近づいてくるガロウスの拳よりも、自分に近い漆黒の剣。ムルトから譲り受けた宵闇だ。
ムルトに誘われ、自分よりも強い者達に囲まれてラビリスのダンジョンに挑んだ。守られながらも必死に食らいついて最深部まで行きつき、また死にそうになったところをこの宵闇に助けてもらった。
ムルトは自分に受け取ってほしいと言い、ダンはそれを了承した。認めてもらえたんだと、追いついたんだと思っていたが、それも違った。
ダンは弱いままだった。それでも、強くなれるのならばと、今まさにガロウスへ懇願していたが、ここまで圧倒的な死を前にしては、その心持までも揺らいでしまう。
(まず、死ぬだろうな。また泣かせちまうのかなぁ)
思い出すのは、長年連れ添っているシシリーの顔。
(あいつを泣かせたくねぇから強くなりてぇんだろうが)
自分を叱ってくれ、慕ってくれ、頼りにしてくれる最愛の仲間だ。
(あいつに追いつきてぇから強くなりてぇんだろうが)
自分を導いてくれ、認めてくれ、頼りにしてくれる最高の友だ。
(死ぬのがなんだ。諦めてんじゃねぇよ)
一瞬。体と心の震えが、止まった気がした。
「何もしないで、死んでやるかよ」
宵闇を力強く握り、下からガロウスの腕に差し込んだ。
(へへ。せめて、一太刀。ってな)
それが終わると、また全身が恐怖に震えだす。
ダンはしてやったりと微笑み、死を受け入れた。
「ダン!!!」
聞こえてきたのは友の声。どたどたと数人の足音が聞こえた。
「ムル、ト……?」
声がした方向を見ると、見慣れた骸骨に、新たな仲間達がいた。
ガロウスの拳は、ダンの鼻先のほんの少し先でビタリと止められていた。
「あれ、俺……」
男らしさなどどこへ捨てたのかと思うほど、ダンはへなへなと地面に座り込んだ。
「ダン!!ダン!」
「あれ、シシ」
シシリーはなりふり構わずダンに駆け寄り、きつく抱擁しながらダンの手足を確認している。
「大丈夫?!どこもケガしてない?!」
「あ、あぁ。大丈夫だよ。それより、俺、汚いから、ほら、早く」
死の恐怖のあまり、涙、鼻水、汗、尿といったすべてが噴出し、ダンの体はとてもではないが良い臭いではなかった。
「そんなの気にしないわよ!よかった……よかった……」
震えながら抱き着くシシリーを確認しながら、ダンは自分の手を見つめている。
「あれ、俺、俺生きてる……生きてる」
「当り前じゃない!!」
「ぬわっはっは!!見事だ!!」
「あれ、ガロウスさん、でも、俺、拳を止められなった。止めたのはガロウスさんだ」
「ぬ?我は言ったはずだぞ。どんな手段を使ってでも止め、生き残れと。お主は、我が拳を止めるという手段を使って生き残ったのだ!」
「ははは、なんだ、最初から」
「我は見たかったのだ。今際の際でお主がどうするのかを。圧倒的な死を前にしても生きるのを諦めないかをな」
「でも、あ、俺はこれで……」
「あぁ!お主は」
「ガロウス」
横から入っていたのはレヴィアだ。全身を紫色の鱗で包み、今にも誰かを殺しそうなほど怒っている。
「あんたどういうつもり?本気でダンを殺そうとしてたわね」
「ふむ。本気で応えねばと思ったまでのことよ」
「なんでこんな試すようなことをしたの?」
「それはもちろん」
ガロウスは先ほどまでの殺気など嘘かのように朗らかに笑い、宣言するように言った。
「|ダン〈・・〉を我の騎士にするからだ!」
ガロウスの発言に、ダンを含めた誰もが頭にハテナマークを浮かべる中、それがどういうことかを知っている者が一人。
「えっ、え……えええええぇぇぇぇぇえええ?!?!?!」
ガロウスと同じく、龍王に名を連ねていたレヴィアが、驚きの声を響き渡らせた。
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