骸骨は優勝者

「ムルト様、もしかして」


「あぁ。進化した、ようだ」


抱き合うのをやめ、ムルトは自分の体を見た。左半身には赤い斑模様。右半身には青い斑模様。迷彩のように広がっている。


欲の器である脊椎の周りの骨は、黒の面積が広がっており、肋骨のはほとんど真っ黒。肋骨の先の方だけが微かに白い。


「これは、いい進化なのか?」


「危機を乗り越えたんですから、いい進化ですよっ」


少し不安になったムルトに、ハルカは明るい言葉をかけた。ムルトははにかんだような顔をして、立ち上がる。


「んん……」


丁度よくティングが目を覚ましたようだった。


「ティング!」


ムルトはすぐにティングに駆け寄り、声をかけた。


「ティング。よかった。気分はどうだ?」


「あぁ、ムルト。気分、気分か。ふふふ、あぁ!俺は今最高に気分がいいぜええぇぇぇ!!」


ティングは高らかに笑い声を上げ、両手を天高く掲げた。その様子を見ていた皆が、一様に構えをとった。が、もう戦える魔力など残っていない。


一瞬の沈黙が流れた後、ティングは手を降ろして言った。


「というのは、冗談だ。少しばかり頭が重い」


それは、元のティングだった。


「へへ、びっくりさせるなよ」


「ティングさん、悪い冗談はやめてください」


「ふふ、私としたことが。悪い悪い。許してくれ……ムルト、ずいぶん見た目が変わったな」


「ふっ、ティングこそ」


ティングはムルトの見た目が変わったことに気づいた。そしてティングは自分の手足を見て、驚いた。


「大罪は抜かれたはずだが、体が元に戻っていないな」


「そのようだな」


「あぁ。だが自我はしっかり保てている。頭の中に誰かがいる感覚もしない。それどころか、私の力が強まっている」


「大罪を取り込んだまま進化したからではないか?今より強くなれたのだ。喜ばしいことじゃないのか?」


「あぁ。その通りかもしれないな」


互いの無事を確認して、喜び合う骸骨。

周りもそれを温かく見守っていたが、そこへ第三者の声が飛び込む。


「ちょっと〜私もいるんだけど」


「っ!おぉ!レヴィア!久しいな。いつの間に来たんだ」


「さっきあんたと戦ってたでしょうに……」


レヴィアはムルトには聞こえない小さな声でそう言った。


どうやら、ムルトには暴走していた時の記憶が残っていないようだった。

自分がティングを殺そうとしたことも、ゴーパを殺したことも。ただ、ゴーグを倒したのは自分だということは覚えている。


「とりあえず、観客席にいた残党は全部片しておいたわ。街の外も、そろそろ大丈夫でしょ」


「何?!街の外にもいるのか!」


「そうだったけど、隊長みたいのは私が倒したし、後は雑魚だけだし、そっちは私の仲間が支援してるからなんとかなってるはずよ」


「仲間?」


「えぇ。色欲の大罪。キアラ」


「何?!大罪が仲間になったのか!」


「ムルト、久々に会うけどなんか、明るく、元気?になったわね。大罪が仲間って、あんたも私も大罪でしょう」


「ふふ、そういえばそうだな。っ!」


瞬間、濃厚な2つの殺気が辺りを包んだ。

それは選手の入場口からゆっくりと姿を現わす。


「敵は、どこだあああぁぁぁ!!!」


半人半龍の姿をした大男がステージへ飛び出してくる。そしてその後ろからスルリと現れたのは、剣呑な雰囲気を持ったミチタカだった。


「もしかして、ブラドか?」


「む?お前は姿が変わっているが、メルトか?」


「あぁ」


「メルト!お前が我らを助けてくれたらしいな!礼を言う!我らが来たからにはもう安心だ!我らに任せて後は任せろ!」


ブラドとミチタカは、試合後で魔力を極端に消耗していたが、この場にいるレヴィアの次には戦えるだろう。


ブラドとミチタカはムルト達と合流し、辺りを見渡す。


「……敵が見当たらんな」


「そうじゃなぁ」


静かなステージに響くのは、観客席で最後のアンデッドを倒したという歓声。

今ここにいる敵は、完全にいなくなった。


「ガロウス、あんた変わらないわね」


「ぬっ!その姿、垢抜けない幼さ……お主レヴィルか!おぉ!久しいなぁ」


「えぇ。久しぶり。戦いは終わりよ。後片付けしましょ」


「後片付け?」


「負傷者を運ぶのよ。とりあえず、目の前のこの子達」


「ん?おぉ!では、乗るといい」


ブラド改め、ガロウスはそう言い、右手を龍の腕に戻し、ミナミ達を乗せ、移動した。





レヴィアの予想通り、街の外で行われていた、冒険者達と死の軍勢との戦いは、決着がついていた。

キアラの支援のおかげで、死者は出ておらず、重症者が数名出た程度。


それでも十分の戦果といえる。


そして、ゴーグ達が攻め込んできた日から2日。負傷者は神殿に運び込まれ、動ける冒険者達は荒れた森の整地、喧嘩祭り会場の修理などをしていた。


ムルト達、喧嘩祭りの選手と、死力を尽くして戦ったゴン達は宿で十分に休みをとった。


ゴンとサキ以外はほぼ万全の状態に回復していた。

そんな一件がありつつも、喧嘩祭りは決行となる。

引き分けたブラドとミチタカ、進出をしているムルトとティング、ハルカは大勢の観客が見守る中、ステージ中央に集まっていた。


『喧嘩祭りの最中に起きた大事件。観客を守るため、この街の民を守るため尽力したこと、大いに感謝する。正直に言って、この場にいる者らを優勝者にしたい。だが、まだ喧嘩祭りは終わっていない。この中の英雄達が凌ぎを削り合い、本物の豪傑を見てみたい。

今日は、引き分けに終わってしまったブラドとミチタカの戦いから始めたいと思う!!』


拡声魔法でそう言い放ったのは、喧嘩祭りの開催主だった。

会場を嬉しい悲鳴が埋め尽くす中、ブラドがおもむろに立ち上がり、手を挙げた。


「あぁ、そのことなんだが、喧嘩祭り、我は辞退しようと思う」


ブラドが唐突にそんなことを言い出した。


『ほう?それはなぜだ?』


「アンデッドが攻め込んできた時、ミチタカと相打ちしたからといって、戦いが終わるまで、我は完全にノビてしまっていた。最後まで戦っていたのはそこのアンデ……骨人族だ。我はその英雄と同じ土俵に上がる資格はないと思っている」


『ふむ。だがそれは仕方のない』


「ほっほっほ。儂も辞退しよう」


ブラドに続き、ミチタカが手を挙げた。


「儂もそこの龍……ブラド殿と同意見じゃ。相対する資格はない」


「それならば私もだ」


「それなら私もです」


ティングとハルカも次々に手を挙げ、そう言った。ムルトはそれを慌ててみながら、手を挙げた。


「そ、それならば俺もだ。俺も暴走して我を、むぐっ」


「ムルト様っ。それじゃ大罪のことも骨人族じゃないこともバレてしまいますよ」


ハルカがムルトの口を抑え、小声で呟いた。


『これでは、不戦勝で優勝者が決まったも当然だが……』


瞬間、会場で拍手喝采が巻き起こる。

この会場にいるのは、ほとんどがあの時会場にいた観客だ。

ムルトがゴーグと決死の戦いを繰り広げていたところを見ている。

その強さ、勇ましさに異を唱えるものはいなかった。


『ふむ。これで完全に決まったな。喧嘩祭り、優勝者は骨人族、メルト!多々不測の事態が起こってしまったが、これにて喧嘩祭りの終了を宣言する!』


「おめでとうございます!ムルト様!」


「おめでとう、ムルト」


「よくやった」


「おめでとう」


観客が、皆が、ムルトを讃える。

ムルトはそれに応えるように月光剣を引き抜き、掲げた。

透き通った青色に、緑がかった刀身。


それを見た観客たちは、より一層拍手を強めた。

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