骸骨に戻る
「うん。それは可能。きっとムルトを止められる。けど、魔力が足りない」
ハルカの話を聞いたティアが、悲しそうに言った。ハルカがティアに提案したのは、信仰の美徳の魔法である|現神招来〈げんしんしょうらい〉。喧嘩祭りでティアがタナトスを召喚した魔法だ。それでアルテミスを召喚しようと提案した。
実は、ティアが呼べる神はタナトスだけではない。タナトス以外の神も呼べるが、魔力の消耗が段違いなのだ。タナトスはティアの信仰している神で、タナトス自身もティアに加護や寵愛を授けていることから関わりが深く、他の神と違って呼びやすいのだ。
だが、神を呼ぶこと自体普通はできない。
さらには魔力が枯渇しかけていると言った。
それを聞いたミナミやゴンは、顔を合わせ、ティアに言った。
「私たちの魔力を使ってください」
「あぁ。俺も協力する」
「私もです」
ミナミ、ゴン、サキがティアに手を差し出す。ティアは3人の手を取り、魔力を分けてもらった。
「3人とも、ありがとう。でも……まだ足りない。召喚できたとしても、一瞬。3秒できたらいいくらい」
「全く、足りてねぇな」
「神を呼び出すなんて、凄いこと。仕方がない」
ティアに魔力を分けた3人は荒い呼吸をしていた。気を失うギリギリの量の魔力をティアに分けたからだ。先程の戦闘で魔力を失いすぎているのに、ムルトを助けたい一心で、魔力を差し出した。
「3秒でも、可能性があるなら、俺はやっていいと思う」
「でも、これが失敗したら…。」
ティアは、顔を伏せた。
皆の魔力を借りて、失敗してしまったらどうしようかと。
もしもそうなったとしても、ここにいる皆はティアを絶対に責めないだろうが、ティアも早く元のかっこいいムルトに戻って欲しかった。失敗は許されない。そんな気持ちが、ティアを不安にさせているのだ。
「ティアちゃん」
ハルカに呼ばれ、顔を上げる。
ハルカの顔は、ティアの不安を吹っ飛ばしてしまうほど、凛々しかった。
諦めそうになっていた自分と違って、色んな方法を見つけ出そうとしている顔。
ハルカはしゃがみ、ティアに聞いてみた。
「神様を、アルテミス様を、私に乗り写すことは可能ですか?」
ハルカが提案したのは、自分を依り代にして神をおろすということ。
「か、可能。でも、不可能。人間の体が、耐えられない。体が崩壊して、死んでしまう」
それは無理なことだった。
ティアの|現神招来〈げんしんしょうらい〉を使わずとも、神を呼び出す方法はいくつかある。それは神託を授けてもらう時だったり、供物を捧げて降りてきてもらったり。
そして今回のように、人に神を降ろす。
だが、それは本来禁忌。人間という生贄を用意し、それに神を降ろして話をする。
不可能ではないが、生贄は生贄でしかない。
ティアはそれを見たことがある。
ティアはそんな光景を思い出し震えつつも、ハルカに声をかけた。
「ハルカ、こんな気持ちは初めて。死神の信徒である私が言うのもおかしいと思う。けど、あなたには死んでほしくない、だから」
ティアの言葉を遮りながら、ハルカは立ち上がった。
「ふふ、きっと大丈夫です。私はティアちゃんを信じてます。それに」
ハルカは決意をした顔をした後、すぐに笑いながら言った。
「私は堅固の美徳ですよ。体の丈夫さには自信があります」
ティアは、ゴンは、ミナミは、サキは。
ハルカの指が微かに震えているのがわかった。少しでも死ぬ可能性があるのだ。いや、本当は死ぬのが普通なのだ。それでもムルトを助けるために自分を奮い立たせている。
皆もムルトを助けたい気持ちがある。
ハルカの勇気を止める者はいなかった。
「わかった」
ティアも決断をし、ハルカの横に並び立つ。
「人に降ろすのは初めて。どれくらい保つかわからない。アルテミス様という方がどんな方か知らないけど、あなたを殺すことは絶対にないと思う。でも、ダメだと思ったら、自分の中から追い出そうと思って。じゃないと神様も」
「うん。わかった」
「それと」
「大丈夫」
決断をしたティアだが、それでも心配をしてしまう。ハルカは、そんなティアの言葉を遮った。時間がなかったのだ。
段々とムルトの動きがよくなっている。
それは憤怒が体に馴染み始めたからなのか、月読で追いかけているのかわからないが、レヴィアが間一髪で避けるほどになってきている。1発でも食らってしまえば、嫉妬の大罪を持っているレヴィアでも危うい。
「……始める」
「お願い」
短く双方の確認をし、ティアは跪き、祈りを捧げるように手を合わせた。
ティアの全身から金色の魔力が漏れ出し、それがハルカの体を包んだ。
「|現神招来〈げんしんしょうらい〉
月の女神、アルテミス」
ハルカの首に下がっている月のネックレスが、青く輝く。
★
「UOOOOOOO!!!」
「ムルト!!段々言葉喋れなくなってるわよ!」
「GAUUUUUUUU!!」
レヴィアは嫉妬のスピードでムルトの攻撃を避ける。もっと距離をとれば楽に避けられるのだが、それをしてしまえば、ターゲットがティングに移ってしまうかもしれない。
レヴィアはムルトの攻撃を近距離で避けるしかなくなっていた。
「っ!」
「GAU!!!」
痛恨のミス。
段々とよくなっていくムルトの動きに。段々と上がっていくパンチの破壊力のプレッシャーに。
今繰り出されたムルトの拳を避けるのが遅れてしまう。ムルトの狙っている箇所は頭。
当たれば確実に死は免れない。
(どうする……嫉妬を解放してムルトを殺せば……)
レヴィアにも奥の手がある。この距離なら外すことはない。だが、それを使えば確実にムルトを殺してしまう。そんな葛藤の中、レヴィアが出した答えは。
(……ムルトを殺すくらいなら)
レヴィアの出した答えは、自分が死ぬこと。
自分の命を差し出してまでムルトに生きてもらいたかった。その感情を認めたくはなかったが、レヴィアはこの感情の名前を既に知っている。
(ムルト、大好きよ)
心の中で覚悟を決めたレヴィアだったが、レヴィアの命が散ることはなかった。
『ムルト』
ムルトの拳がビタリと止まる。
レヴィアはそのおかげもあってムルトの拳を綺麗に避けた。
『ムルト、こっちよ』
凛とした、安心感のある声が聞こえる。
戦いの最中、思わずレヴィアはその声の方向を向いてしまったが、ムルトも同じようにそちらを向いている。
『ムルト、久しぶり。こんな時に会うなんて。あなたも、私も辛いけど』
飾り気のない黒いドレスに、ふわふわとした白い羽衣。首元には銀のチェーンに青い月のペンダントをしている美しい女性。
アルテミスは、困ったような嬉しいような顔をしながら微笑んだ。
「ア、アルテミス、サマ」
『えぇ。そうよ、ムルト』
ムルトは完全に動きを止め、アルテミスを凝視する。アルテミスはゆったりと歩いてムルトに近づき、その手をとった。
『こんなになっちゃって……辛かったでしょう。悲しかったでしょう』
「アルテミスサマ、オレワ、俺ワ守れナカッタ」
『大丈夫。大丈夫よ』
「俺ワ、ハルカを助けられナカッタ。ハルカを、死なセテしまったのだ」
アルテミスはムルトを優しく抱きしめる。ムルトはそれを受け入れる。全身の力が抜け、膝を曲げて座り込んでしまうが、アルテミスはそれでもムルトを抱きしめ、優しく背中を撫でた。
「大切なモノオ守れなかった。仇はとった。が、だカラなんダ」
『そうね。よく頑張ったわ』
「こんなニ悲しいと、悔しいと思ったことワない。なのに、なのにこの体では、涙を流すこともできナイ。こんな、こんな空っぽの体では、悲しむこともできない」
『空っぽなんかじゃないわ。あなたは誰かを思いやる気持ちを持っているじゃない』
わなわなと震えながら拳を握るムルトの頭を、アルテミスは優しく撫でる。
「仇をとったとしても、ハルカが戻ってくるわけがない。だから俺は、これ以上仲間を殺されたくなかった。だから、殺される前に殺すのだ」
『えぇ。皆を守ろうとしたあなたは、立派よ。でも、一つだけ間違いがあるわ』
「まち、がい?それは、なんだ……?」
ムルトの体から、段々と赤色がひいていく。
元の白い骨ではないが、体の半分以上が青い色になっている。
『ハルカは、死んでいないわ』
「死んで、いない?アルテミス様でも、そんな嘘は言ってほしくはない」
その声は、恐ろしいほど低く、ムルトがアルテミスへ向かって放った言葉とは思えないほどだった。
アルテミスはそんなもの関係ないという風に、いつもと同じように優しく囁いた。
『嘘じゃないわ。……もう、大丈夫そうね私はもう行くわ』
アルテミスがそう言い、手を離そうとした瞬間、ムルトが素早くアルテミスに手を回し、強く抱きしめた。
「嫌だ!もう、誰も手放したくない。誰も、離れてほしくはない」
『うふふ。嬉しいわ』
自分を強く抱きしめるムルトを愛おしく思いつつも、アルテミスは手を離す。
『でも、時間よ。また、会いましょう。今度は、3人で』
アルテミスは砂のような光る粒になって消え去っていく。
「アルテミス様!」
絶望するムルトだが、アルテミスが消え去った後でも、手に残る感触。
強く抱きしめていたはずのアルテミスが消えたのに、この腕の中に残っているのは誰なのか。
「ムルト、様」
「ハル、カ?」
腕の中にいる、よく知っている少女を見てムルトは言葉を漏らした。
「はい。そうですよ」
「本物、か?」
「はい。本物です」
「なんで」
「それは……話すと長いです。アルテミス様にも助けてもらったんですよ。……えへへ、アルテミス様の方がよかったですか?」
「そんなわけあるか!」
ムルトはハルカをもう一度きつく抱きしめた。
「ハルカ……!よかった!本当に……よかった……!」
「えへへ。ムルト様」
ハルカも応えるようにムルトを抱きしめる。
ハルカを、抱きしめながら震えているムルトの気持ちに応える。
ハルカは、先程のアルテミスのようにムルトの背中を撫でた。ムルトは、何度も確かめるようにハルカの名を呼び、背中を撫でていた。
しばらくそうする2人を、皆は静かに眺めていると、ムルトの体が白く輝き始める。
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