憤骸と嫉龍
「久しぶりに会うからって、元気すぎ、よ!」
突っ込んできたムルトの攻撃を軽々と避け、カウンターを叩き込んだ。
「ウグゥ!!」
体をくの字に曲げるムルトだが、怯むことなくレヴィアに攻撃を繰り出す。
「ふん!パンチ程度っ」
レヴィアは両腕に嫉妬の魔力を纏わせ、ムルトのパンチを両腕で防いだ。
「っ!」
なんの変哲も無い、ただのパンチのはずなのに、ありえないほどの破壊力があった。
龍の鱗の上を、嫉妬の魔力で覆っているのに、バキバキと音を立て、両腕が折れている。
レヴィアは体と腕を反り、パンチの軌道を変える。そのせいで体勢を崩してしまったが、尻尾で地面を蹴ることで、後ろへ飛んだ。
「ふふ、やるじゃない」
両腕がパンパンに膨らんでいるレヴィアだが、戦えなくなったわけではない。
「ハルカは?!まだ?!」
ミナミは突然話しかけられ、ビクリと体を震わせる。
「ま、まだとは」
「まだ生き返らないの?!ってことよ!」
「っ!ハルカはもう……」
死んでしまったハルカに向かって、この人はなんと無茶なことを言うのだろう。と、ミナミは思ってしまう。
「なんでムルトがこんなことになったかなんて予想がつくわ!でもハルカも美徳の持ち主よ!その炎がハルカから漏れてるのが生き返る予兆だと思うけど!」
レヴィアの言う通り、先程からハルカの体から青白い炎が漏れ出し、それは今金色に光り輝いている。
だからといって、ハルカが今すぐ目を覚ますかはわからない。
「そ、そうかもしれませんが、いつになるかなんて……」
「それでも待つのよ!一晩でも三日三晩でも!それまで私が、ムルトの相手をするわ」
「そ、そんな」
「さぁ。ムルト、私に追いつけるかしら?」
レヴィアの全身を嫉妬の魔力が包み込む。
先程ゴードを仕留めた時のように、全身の鱗や翼などが紫色へと変わる。
轟音と共にレヴィアは駆け出す。
この場にいる誰もが、その姿を目では追えていない。
音がしたと思えば、違う場所にいるのだ。
レヴィアはその速さでムルトの攻撃を軽々と避けている。先程のように攻撃をするのではなく、逃げに徹している。時間を稼ぐために。
「……ハルカちゃん……!」
ミナミは何もすることが出来ず、ただハルカの手を握っていた。
★
(なんでっ!なんでっ!)
ハルカの意識ははっきりしていた。
ムルトが暴走し、ゴーグ達を倒したところ、レヴィアが合流し、身を呈してムルトの目をこちらに向けないようにしているところ、ミナミが自分の手を握っているところ。
そして、金色の炎が自分を包んでいるところ。
それら全てをハルカは見ている。
生き返る気はする。が、それがいつになるかはわからない。
(ここからどうすれば……)
自分に何かできないかと考えたが、魔力もなく、発動のさせ方もわからない。
そこへ、ある者の声がする。
『長くは保たない。早くするのだ』
『はい』
『わかった』
威厳のある老人の声がした後、凛とした美しい声と、重く恐ろしい声が続く。
『ハルカちゃん』
「……まさか、あなた様達は」
ハルカが振り返ると、夜のように黒いドレスに、雲のように白い羽衣、そして胸元には月のネックレスをしている女性。
隣には、シルクハットに、真っ黒なボロボロな服を着ているペストマスクを被った男。
「タナトス様と、アルテミス様?」
『あら、私とは初めましてなのにわかるのね』
「は、はい。ムルト様からお話は聞いています」
『あら、ムルトが。嬉しいわね……』
ムルトがよく夢中になって話してくれる月の女神。話に聞いていた麗しの女性が、今目の前にいる。
すると、隣のタナトスがアルテミスを小突いた。
『時間がないのだ。さっさとしろ』
『あはは。そうね。ごめんなさい。ハルカ』
「は、はい」
アルテミスは、横たわるハルカに近づき、胸にある月のネックレスを優しく撫でた。
『これからも、ムルトをお願いね。お父様に無理をさせたくないから、私はこれで』
アルテミスは優しく微笑み、砂のように消えていった。
「アルテミス様……ありがとうございます」
アルテミスが自分に何をしてくれたかは自然とわかった。
『俺も時間がない。手荒だが我慢してくれよ』
タナトスはハルカの肩を鷲掴みすると、横たわるハルカに詰め込もうとする。
自分の体の中に胸のあたりまで入り込んでいるが、何が何やらわかっていない。
「え、な、なんですか」
『手荒になると言っただろう』
グイグイと、女の子を女の子の体に押し込む姿はシュールだが、タナトスは必死だった。
『こんなものだろう』
ハルカを首の辺りまで押し込み、立ち上がると、どこからか大鎌を取り出した。
完全に死神に見える。
『お前にも期待している』
タナトスは、鎌をハルカの体の中に入れ、金色の魔力を引き摺り出した。
ハルカの体に少し痛みが走ったが、タナトスが苦しめようとしてやっているとは思っていない。
徐々にハルカの意識が薄れ行き、横たわる自分と完全に体が一つになった。
★
「っ!タナトス様?」
魂を縛る魔法を使っているティアが、呟いた。
「っ!ティア、何か」
「うん。多分、もうちょっと」
そう話している間に、金色の炎が収束し、完全にハルカの体の中へ戻っていった。
「っ!」
瞬間、ハルカの目が開き、勢いよく体を起こした。
「ハルカちゃん!」
「ハルカ!」
ミナミやゴンもその勢いに驚きつつ、ハルカが生き返ったことに心から安心した。
「ハルカちゃん!よかった!!」
「ミナミちゃん、ティアちゃん、ゴンさん、サキちゃん、心配させてごめんなさい」
抱きついてくるミナミを優しく撫でながら、みんなにも顔を向ける。
そんなハルカの月のネックレスは、作り物の石ではなく、いつのまにかムルトのネックレスのような輝きを放っている。
「それより、ムルト様を止めなきゃ」
「そう、だね。ハルカちゃんも元通りだし、ムルトさんもすぐ正気を取り戻すでしょう」
「うん!ムルト様ー!レヴィア様ー!」
ハルカは元気よく立ち上がり、ムルトもレヴィアに向かっててを振った。
「へぇ。結構早かったのね。ハルカ!久しぶり!元気そうで何よりだわ!」
ムルトの攻撃を軽くいなしながら、調子良く言った。ムルトはハルカを無視しながら攻撃を繰り返している。
「はい。おかげさまで、元気です!ムルト様!私は元気ですよ!」
ハルカの声は、ムルトに聞こえていないようだ。
「ほぉら!ハルカが呼んでるわ、よ!」
ムルトの攻撃を華麗に避け、今度は蹴りを放った。ムルトの顔がハルカに向けられる。
ムルトはハルカをはっきりと確認し、一瞬だけ動きを止めた。
「……」
口を少し開け、震えている。
「ウガアアアァァアァァァ!!」
が、すぐにレヴィアに向き直り、攻撃を開始した。
「ムルト様!!」
「ハルカ!危ない!」
ハルカは走り出し、レヴィアとムルトの間に割って入る。
ムルトの攻撃は寸前で止まる。
今度こそ、ハルカはムルトの目の前にいる。無視することなどできないはずだった。
「ニン、ゲン。コロサナイ……」
ムルトはハルカを避けるように動き、変わらずレヴィアを狙っている。
「そんな、どうして」
「今のこいつは、人間族かそうかじゃないかで判別してるみたいね……やっぱりここで」
「待ってください!まだ手はあります」
「そう!なら早くお願いね!」
手は残っているはず。
ハルカは先程の夢の狭間のような場所で出会った神々を思い出し、また駆け出す。
「ティアちゃん!」
「なに」
「魔力はどれくらいありますか?」
「ほとんど空。もう、戦えない」
「使ってほしい魔法があるんです!」
「攻撃魔法じゃないなら」
「はい!それは……」
ハルカは、今のムルトを止められる人物を頭に思い浮かべる。人間族でも、モンスターでも、亜人でもないが、確実にムルトを止められるであろう人物を。
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