勇者は灯す


(ここは……どこだろう……)


ハルカが目を覚ますと、そこは辺り一面真っ暗な場所だった。

何も見えない。何も聞こえない。

はっきりと見えるのは、自分の体だけ。

歩いてみても、本当に進めているのかわからない。


(……ん?)


歩き続けていると、やっと何かに当たった。

当たったというよりかは、これ以上先へは進めない。という風だった。


自分は死んでしまったのだろうか。

意識ははっきりしているのに、ここがどこだかわからない。

魔法も発動せず、ユキも出てこない。


『どこに行くのだ』


唐突に投げかけられる言葉。

ハルカは、ふと後ろを振り返った。





「ハルカちゃん!ハルカちゃん!!」


呼吸も心臓も止まっているハルカ。

すでに空けられた穴から血だけが滴り落ちる。


「こうなったらもう!」


ミナミは、ハルカからもらった小瓶の栓に手をかけるが、ゴンがそれを止めた。


「ハルカがお前にそれを渡すときなんて言った。ハルカを大切に思うなら簡単に言葉を突き返すんじゃねぇ」


冷たい視線でミナミを睨みつけながら、ゴンはティングを見る。


「まだ手はあるかもしれない……とりあえず、ハルカの魂をここに縛っておく」


「ティア、縛るってどういうことですか」


「死の世界にいかないように、ここに縛る。でも、それには限界がある」


「限界?」


「……死者の魂を勝手に縛るのはいけないこと。時間が経つと、形が変わってしまう。形が変わってしまうと、死の世界で苦しんでしまう」


「時間というのは……」


「10分……もない。経ちそうになったらすぐにあちらに逝かせる」


「そんな……」


「ハルカの美徳に賭けるしかないのか……」


「そう。覚悟して」


ティアがそう言って指を組む。

ハルカの体を、青白い光が包んだ。





「死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ!!!!」


「ゔごあ!!」


ムルトは今もなおゴーグを殴り続けている。暴食と強欲を取り込み、強くなっているはずのゴーグだが、そのダメージは確かに蓄積し、苦しんでいるようだ。


「ぐふぅ。はぁ、ムルトぉ。悲しいなぁ。悔しいなぁ。自分の大切なものを守れなったんだからなぁ」


「黙レエエエェェェ!!!」


ムルトが勢いよく腕を振り上げた。

ゴーグはそれを受け止め、ムルトを殴り飛ばす。ムルトは勢いよく吹っ飛ばされたが、すぐに起き上がり、ゴーグに飛びつき、顔面を強打する。


「うぅぅ!!鬱陶しい!!お前ぇ。器だからってあまり調子に乗るなよぉ???」


ムルトはゴーグを殺そうと、アンデッドの弱点である頭を執拗に狙っている。だが、ゴーグはムルトを殺すなと命令を受けていた。

腕や足を折る気はあったが、頭蓋骨を粉砕し殺す気はなかった。今この時までは。


「自分が死なないと思ったらぁ!大間違いだぜぇ!!」


ゴーグのヤスリのような歪な腕が、ムルトの頭蓋骨向け、放たれる。


(これくらい避けられるだろう)


ムルトはそれを避けようとはしなかった。


(っ!)


ゴーグは、自分の腕に真っ直ぐに突っ込んできたムルトに怯み、軌道を逸らす。

腕はムルトの頭蓋骨を避けきれず、ムルトの側頭部を擦っていった。

嫌な音を出しながら、頭蓋骨を削り取ってしまう。


「俺ガ死ノウト、貴様オ殺ス!!」


側頭部が砕けても、ムルトは生きていた。

ゴーグの攻撃に一切怯むことなく、ムルトは勢いそのままにゴーグの顔面へ拳を叩き込む。


「ぶはぁっ!」


段々と威力の上がっていくムルトの攻撃に、ゴーグはとうとう仰け反る。

次からは、これ以上の攻撃が必ずくる。

同じ大罪の魔力を持っていても、ゴーグは器でもなく、本物の大罪というわけでもない。

ゴーグがボロ切れのような物体になるまで、そう時間はかからなかった。





『そこで何をしている』


ハルカが振り返ると、筋骨隆々の男が焚き火をしていた。


「……何を、しているんでしょう」


『自分が何をしようとしているかもわからないのか?』


「……はい」


『……こちらへ来い』


男は、ハルカのほうを見ることもなく、火の番をしている。

よくよく目を凝らしてみると、男の目の前にはもう1人いるようだ。

ハルカは焚き火に近づき、2人の男を見た。

1人は今話した筋骨隆々の男。腰布だけをしており、それ以外には何も着ていない。

もう1人は、モンスターだった。

顔だけを見るならば、それはオーク。だが普通のオークとは違い、体型は細身。鎧ではなく礼服のようなものを着ている。


『聖火って知ってるか』


「は、はい」


『聖なる火。神に捧げるものだ。絶やしてはいけない』


男は、どこからか取り出した薪を火に焚べている。

今にでも消えそうな小さな火は、放り込まれた薪を飲み込み、わずかに燃え上がる。


「その焚き火が、聖火ですか?」


『ん?いや、これは違う』


「えっ」


ハルカは少し戸惑った。この男はいいことを言おうとしているだけなのだろうか。

今のところおかしなことしか言っていない。この真っ暗な場所といい、男たちといい、ハルカにはわけがわからない。


『……徳は積むもの。罪は背負うもの』


オークの男がボソリと呟いた。


『しかしどちらも、繋ぐもの』


オークの男はハルカを見てさらに言った。


『我は、背負った重荷を繋いでいた。それが良いことなのか、悪いことなのか。それはわからない。ただ、我は飢えには抗えなかった』


『俺は、積んだものを配ってきた。それは良い行いだったと俺は思う。だが、寿命には抗えなかった』


「訳が、わかりません……」


『……お前は今、どうしたい。このまま、死にたいか?』


薪をくべる手を止め、ハルカへそう聞いた。


「っ!死にたく、ありません」


ハルカは思い出す。この空間に来るまでに起こっていたことを。

自分の最愛の人よりも先に、逝ってしまったことを。


『なら、命の火を、灯し直せ』


「……ど、どうすれば」


そこでハルカは気づく。

これこそが、自分が賭けていたものだ。


『火は既に、繋いでいる』


『罪は既に、下ろされた』


「……」


2人の男と同じように、ハルカは焚き火の前にいき、しゃがんだ。

焚き火に向かって手を出すと、その暖かさが手に伝わり、体に染み渡る。


『堅固の美徳は、お前へ繋いだ』


『暴食の大罪は、もう必要ない』


焚き火は大きく燃え上がり、ハルカの体を包み込む。熱くはなく、暖かい。

2人の男の姿が消え、火が燃え広がる。

その火は真っ暗な世界に広がり、色を取り戻していく。


そこは、先程まで自分がいた場所。

向こうの方には炎のような真っ赤なスケルトンがおり、足元には冷たくなった自分がいる。


繋いだ火を、ハルカは自分に灯す。

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