勇者は灯す
(ここは……どこだろう……)
ハルカが目を覚ますと、そこは辺り一面真っ暗な場所だった。
何も見えない。何も聞こえない。
はっきりと見えるのは、自分の体だけ。
歩いてみても、本当に進めているのかわからない。
(……ん?)
歩き続けていると、やっと何かに当たった。
当たったというよりかは、これ以上先へは進めない。という風だった。
自分は死んでしまったのだろうか。
意識ははっきりしているのに、ここがどこだかわからない。
魔法も発動せず、ユキも出てこない。
『どこに行くのだ』
唐突に投げかけられる言葉。
ハルカは、ふと後ろを振り返った。
★
「ハルカちゃん!ハルカちゃん!!」
呼吸も心臓も止まっているハルカ。
すでに空けられた穴から血だけが滴り落ちる。
「こうなったらもう!」
ミナミは、ハルカからもらった小瓶の栓に手をかけるが、ゴンがそれを止めた。
「ハルカがお前にそれを渡すときなんて言った。ハルカを大切に思うなら簡単に言葉を突き返すんじゃねぇ」
冷たい視線でミナミを睨みつけながら、ゴンはティングを見る。
「まだ手はあるかもしれない……とりあえず、ハルカの魂をここに縛っておく」
「ティア、縛るってどういうことですか」
「死の世界にいかないように、ここに縛る。でも、それには限界がある」
「限界?」
「……死者の魂を勝手に縛るのはいけないこと。時間が経つと、形が変わってしまう。形が変わってしまうと、死の世界で苦しんでしまう」
「時間というのは……」
「10分……もない。経ちそうになったらすぐにあちらに逝かせる」
「そんな……」
「ハルカの美徳に賭けるしかないのか……」
「そう。覚悟して」
ティアがそう言って指を組む。
ハルカの体を、青白い光が包んだ。
★
「死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ!!!!」
「ゔごあ!!」
ムルトは今もなおゴーグを殴り続けている。暴食と強欲を取り込み、強くなっているはずのゴーグだが、そのダメージは確かに蓄積し、苦しんでいるようだ。
「ぐふぅ。はぁ、ムルトぉ。悲しいなぁ。悔しいなぁ。自分の大切なものを守れなったんだからなぁ」
「黙レエエエェェェ!!!」
ムルトが勢いよく腕を振り上げた。
ゴーグはそれを受け止め、ムルトを殴り飛ばす。ムルトは勢いよく吹っ飛ばされたが、すぐに起き上がり、ゴーグに飛びつき、顔面を強打する。
「うぅぅ!!鬱陶しい!!お前ぇ。器だからってあまり調子に乗るなよぉ???」
ムルトはゴーグを殺そうと、アンデッドの弱点である頭を執拗に狙っている。だが、ゴーグはムルトを殺すなと命令を受けていた。
腕や足を折る気はあったが、頭蓋骨を粉砕し殺す気はなかった。今この時までは。
「自分が死なないと思ったらぁ!大間違いだぜぇ!!」
ゴーグのヤスリのような歪な腕が、ムルトの頭蓋骨向け、放たれる。
(これくらい避けられるだろう)
ムルトはそれを避けようとはしなかった。
(っ!)
ゴーグは、自分の腕に真っ直ぐに突っ込んできたムルトに怯み、軌道を逸らす。
腕はムルトの頭蓋骨を避けきれず、ムルトの側頭部を擦っていった。
嫌な音を出しながら、頭蓋骨を削り取ってしまう。
「俺ガ死ノウト、貴様オ殺ス!!」
側頭部が砕けても、ムルトは生きていた。
ゴーグの攻撃に一切怯むことなく、ムルトは勢いそのままにゴーグの顔面へ拳を叩き込む。
「ぶはぁっ!」
段々と威力の上がっていくムルトの攻撃に、ゴーグはとうとう仰け反る。
次からは、これ以上の攻撃が必ずくる。
同じ大罪の魔力を持っていても、ゴーグは器でもなく、本物の大罪というわけでもない。
ゴーグがボロ切れのような物体になるまで、そう時間はかからなかった。
★
『そこで何をしている』
ハルカが振り返ると、筋骨隆々の男が焚き火をしていた。
「……何を、しているんでしょう」
『自分が何をしようとしているかもわからないのか?』
「……はい」
『……こちらへ来い』
男は、ハルカのほうを見ることもなく、火の番をしている。
よくよく目を凝らしてみると、男の目の前にはもう1人いるようだ。
ハルカは焚き火に近づき、2人の男を見た。
1人は今話した筋骨隆々の男。腰布だけをしており、それ以外には何も着ていない。
もう1人は、モンスターだった。
顔だけを見るならば、それはオーク。だが普通のオークとは違い、体型は細身。鎧ではなく礼服のようなものを着ている。
『聖火って知ってるか』
「は、はい」
『聖なる火。神に捧げるものだ。絶やしてはいけない』
男は、どこからか取り出した薪を火に焚べている。
今にでも消えそうな小さな火は、放り込まれた薪を飲み込み、わずかに燃え上がる。
「その焚き火が、聖火ですか?」
『ん?いや、これは違う』
「えっ」
ハルカは少し戸惑った。この男はいいことを言おうとしているだけなのだろうか。
今のところおかしなことしか言っていない。この真っ暗な場所といい、男たちといい、ハルカにはわけがわからない。
『……徳は積むもの。罪は背負うもの』
オークの男がボソリと呟いた。
『しかしどちらも、繋ぐもの』
オークの男はハルカを見てさらに言った。
『我は、背負った重荷を繋いでいた。それが良いことなのか、悪いことなのか。それはわからない。ただ、我は飢えには抗えなかった』
『俺は、積んだものを配ってきた。それは良い行いだったと俺は思う。だが、寿命には抗えなかった』
「訳が、わかりません……」
『……お前は今、どうしたい。このまま、死にたいか?』
薪をくべる手を止め、ハルカへそう聞いた。
「っ!死にたく、ありません」
ハルカは思い出す。この空間に来るまでに起こっていたことを。
自分の最愛の人よりも先に、逝ってしまったことを。
『なら、命の火を、灯し直せ』
「……ど、どうすれば」
そこでハルカは気づく。
これこそが、自分が賭けていたものだ。
『火は既に、繋いでいる』
『罪は既に、下ろされた』
「……」
2人の男と同じように、ハルカは焚き火の前にいき、しゃがんだ。
焚き火に向かって手を出すと、その暖かさが手に伝わり、体に染み渡る。
『堅固の美徳は、お前へ繋いだ』
『暴食の大罪は、もう必要ない』
焚き火は大きく燃え上がり、ハルカの体を包み込む。熱くはなく、暖かい。
2人の男の姿が消え、火が燃え広がる。
その火は真っ暗な世界に広がり、色を取り戻していく。
そこは、先程まで自分がいた場所。
向こうの方には炎のような真っ赤なスケルトンがおり、足元には冷たくなった自分がいる。
繋いだ火を、ハルカは自分に灯す。
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