骸骨とのお別れ
「殺ス!殺ス殺ス殺ス殺ス!!!!」
ムルトはただ真っ直ぐにゴーグへ突っ込んでいく。だがそれは剣技とも呼べず、ただ乱暴に剣を振るっているだけだった。
「ふっはっはっは!!そんな攻撃で俺を殺せるとで、もっ!!」
稚拙な攻撃を繰り返すムルトを、ゴーグは片手で弾いていたが、それが段々と重くなっていく。
(な、なんだこれは)
一撃弾くたびに、その次の一撃はさらに重くなる。それは際限がないように感じる。
「死ネ!死ネ!死ネ!!」
怨嗟の声が力強くムルトの口から漏れ出ている。真紅色だったムルトの骨の色が、半月が、より原色の赤へ、段々と濃くなっていく。
「死ンデシマエェェェ!!!」
「んんっ!!」
ゴーグは半月を両腕で受け止め、黄土色の煙の形を変え、半月を絡めとり遠くへ投げた。
「いやっはっはぁ!!ご自慢の武器はあっちだぜぇ?っい!!」
ムルトは投げられた半月を一瞥もせず、ゴーグの脇腹へと腕を振るったのだ。
ゴーグの体は軋み、嫌な音を立てていた。
「死ネ!貴様ダケワ、絶対ニ殺シテヤル!!」
「てめぇにぃ!!やられるわけぇ!ぐふぅ!!」
喋っているゴーグにもムルトは御構いなしに殴り続ける。防御など微塵も考えていない。ただただゴーグに向けて拳を、腕を、蹴りを、暴力を振るっていく。
「調子にぃ……乗るなあぁぁぁ!!」
ゴーグの体から黄土色の煙が吹き出し、ムルトを包んだ。
ゴーグの体は、様々な魂の集合体。そのどれもが憎しみや怒りや悲しみを抱き、ゴーグの中で永遠の苦しみの中、それらを増幅させられている。
ゴーグはそれらの魂を使い、相手の頭に入り込み、体の中からぐちゃぐちゃにしていく。
ティングにもそれをした後、強欲と暴食を入れさらに暴走させたが、ムルトに対して数千という魂で心の中を引っ掻き回そうとしている。
(んなっ!)
ムルトにそんなことは関係ない。
確かに頭の中で言いようのない、ものが暴れ回っているが、それ以上にムルトの頭の中は、怒りでいっぱいだった。
「貴様ワァ……」
怨嗟の煙など物ともせず、ムルトはゴーグへ飛びついた。
足を背中の後ろでがっちりと組み、両手を重ね、高らかにあげる。
「殺スゥ!!!」
ゴーグの頭へ向かって、それは振り落とされた。
★
「ハルカ、ちゃん……」
ムルトがゴーグに怒りをぶつける中、ミナミは涙を流しながらハルカの頬に触れている。
「ハルカ!大丈夫か!」
そこへ、ゴーグの目を盗みながらこちらに向かっていたゴンとサキが合流する。
ゴンの背中には、ぐったりとしている黄土色のワイトキング、ティングがいた。
「こいつは酷い……」
ハルカのお腹からは脂肪と腸が漏れ、胸からはズタズタになっている肺が見えている。
「サキ、魔力はある?!」
「は、はい!」
ミナミはハッとしてすぐにサキに声をかける。サキも聖天魔法が使えるのだ。
微かにだが、ハルカの心臓は動いており、息もしている。もしかしたら、もしかしたらまだ救えるかもしれない。
サキの魔法がハルカを包み込み、表情が和らぐ。
「魔力が……足りませんっ……!」
サキも魔力を絞り出しているのだろうが、圧倒的に足りない。部位欠損くらいならば聖天魔法で確かに直せる。
だが、今のハルカは部位だけでなく血も内臓も魔力も自然治癒力でさえない。サキの魔法で延命はできても、死には抗うことができないのだ。
「そ、そうだ!ティアは死霊術師だろう!命を操ることが」
「できない」
ティアの言葉が、冷たく聞こえてしまった。
「確かに、私は命を操る。でも、それは失われた命を弄んでいるようなもの。生きている者の命まではどうこうできない……ハルカが死んでからでしか、私は動くことができない」
「そ、そんな……そんなのって……」
ミナミは涙を流し、拳を握りしめる。
ティアの魔法で、ハルカを元気にはできる。
ただそれは、ハルカをゾンビとして復活させ、魂を縛り付けるというもの。ハルカの生きているうちにそんなことはできない。
「ミナミ、ちゃん……」
「っ、ハルカちゃん!」
ハルカが目を開き、ミナミの涙を拭った。
呼吸は浅く、口から血を零している。自分がこれからどうなるか、今みんながどう思っているか、ハルカはそれを見に染みるほどわかっている。だから、せめて、せめて残った皆に何かを残せないか。ハルカはアイテムボックスの中から小瓶を取り出した。
「ジャック、くんの、腕、治すために、聖龍……これ、同じような力が、あると思うの……使って、あげて」
ハルカの取り出した小瓶は、ここへ向かう途中で立ち寄った霊龍の渓谷で、霊龍本人からもらったものだ。
「そ、それなら今すぐハルカちゃんに!」
「ダ、メ……」
ハルカは、すぐに小瓶の栓を開けようとするミナミの手に自分の手を重ね、それを止めた。
「私には、もう……それに、自分が、どうなるか……分かるの」
「ハルカ、ちゃん……」
「心配、しないで……」
顔を動かし、遠くを見つめる。
そこでは、全身の骨が真っ赤に染め上がったスケルトンが、黄土色の歪な鎧と戦っている。
愛用している剣を手放し、子供のように暴れる姿に、ハルカは少しだけ嬉しくなったが、同時に悲しくもあった。
(ムルト様……)
ムルトのあの体色は、憤怒によるものだろう。ムルトは何度も自分のためにあの姿になって戦ってくれたが、あそこまで真っ赤になったのは初めて見る。剣を捨て、素手で相手を振り回している。
「もう、ダメなのか……」
「ふふ。心配しないでって……もしかしたら……」
ハルカは、段々と薄れゆく痛みに、意識に恐怖した。が、自分の中に眠るもう一つの可能性を信じていた。
「私も、美徳を、持ってる。ティアちゃんみたいに、もしかしたら、特別な、魔法が」
「ハルカ、でも、もう命が保たない。私だから分かる。ハルカの魂が、徐々に剥がれてる」
「……」
ティアは、真剣な眼差しでハルカを見つめる。ハルカも自分が死ぬかもしれないと、薄々気づいている。この傷では助からないと。
だが、自分の持っているのは堅固の美徳。
それは健やかに、丈夫な体を持っているということ。神をも召喚してしまう、ティアの信仰の美徳のように、ハルカも何か使えるのではないかと考えている。
(でも……魔力が足りない、な……)
可能性は低い。堅固の美徳を持っていたとしても、その魔法が今都合よく発動する確証はないのだ。
ハルカは目を瞑り、涙を流しながらも祈った。
「ハルカちゃん!」
「ハルカっ!」
「ハルカ!」
みんなの呼ぶ声が、最期にハルカの耳に響く。それはやがて遠くへいき、聞こえなくなった。
(ムルト様と、もっと……)
願い虚しく、ハルカの鼓動が止まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます