骸骨は濃くなる

チンッと、ミナミが刀を鞘に収める音が響く。

ゴーパは、亀のように蹲った状態から動かないが、体が切れているようにも見えない。


「やり、ました……」


ミナミは前のめりに倒れ、荒く息をする。


「……ははは、虚仮威しかよ!なぁにが一刀だよ。切れてないじゃないか。ゴーパ、さっさと始末しろ」


ゴーグの言葉に、ゴーパは反応を見せない。


「おい、陛下からの命令中にふざけているのか?」


殺気のこもった言葉を投げかけられても、ゴーパが反応することはない。


「お前もわかっテイるだろう。あノ者がもう生きテいないことは」


「俺もお前も、ゴーパだって死んでるだろうが」


「まだわカラないのか。あの者は、もウ魂がない」


「な、に?」


ミナミの無敵の剣撃。空間をも切り裂く刃をもってしても、ゴーパの体を切ることはできなかった。だが、聖天魔法も纏わせている愛刀は、見事にゴーパの魂を一刀両断したのだ。

魂を失ったゴーパは、ただの入れ物になっている。


「ムルト、さん、後は、任せました」


「あぁ。任せテおけ」


「クソが……」


ゴーグは、体を怒りに震わせていた。


「どいつもこいつも役に立たねぇなぁ!おい!!」


ゴーグが直線的に突進し、ムルトへ剣を振り下ろす。


「お前をさっさと片付けて、後の美徳は俺が掃除してやるよ」


「ふっ、俺オ片付けるこトガできれば、な」


「ぬかせ!」


ムルトを押し出し、激しく剣を打ち付ける。

ムルトはその動きを読み、それよりも少し強く打ち込んでいる。


「くそっ!」


「さっサト片付けてミロ」


ゴーグと剣戟を繰り広げながら、先程切り離した足を回収し、装着し直す余裕まである。これで万全。ゴーグにはまだ隠し玉があるだろうが、ムルトはそれを使われる前に倒そうと考えている。


(それヨりも、この胸の高鳴リはなんなノだ……)


ないはずの心臓が、激しく鼓動しているように感じた。本当は心臓ではなく、ムルトの肋骨の中にある宝玉が何かに反応しているからなのだ。


ムルトはゴーグと交戦しながらも、ステージを見渡す。観客席では、複数の冒険者がゴーマによって召喚されたモンスターと戦いながら、観客たちを逃している。

ジュウベエとティアは、冒険者と協力しながら実況者や観客を逃し、ハルカは疲れ果てつつも、ミナミに向かっている。そのミナミは地面に突っ伏しながらも呼吸を整えている。


そして、最後に目に入ったのは、サキとゴン。ティングが木の中に閉じ込められ、苦しげに手を伸ばしている。


(ティング……!だが、仕方のないことなのか……)


お互いの出自から、想いを共有しあえる良き友だ。だが、これは戦い。慈悲を持っていては、今いる仲間を危険に晒してしまう。


(っ!あれは)


そして、苦しげに手を伸ばすティングの体が

光に包まれる。それは自分もよく知る光。進化の光。Sランクであるティングは、さらに進化をするようだった。


「ひゅー。すげぇな。もっと強くなるぜ。あのワイトキング」


「ふふふ、余裕そウだな?」


「それはこっちのセリフだっぜ!」


ゴーグは両手で抑えつけるように、ムルトに攻撃をしかける。ムルトは半月を両手で持ち、それを受け止める。


「俺の本気はこんなもんじゃねぇぞ」


「ならば、早く出さナけれバ死ぬぞ」


「はっ!いきなり調子付きやがってよぉ!!」


ゴーグの体から黒い煙が吹き出る。それはゴーグの腕を包み込み、さらに姿を変えた。

剣のような歪んだ腕だったものは、鈍器のように大きく丸くなっていた。


「殺さなければいいんだ。砕かせてもらうぜ?」


「できるモノなら……ん?」


ドクンッと、ムルトの宝玉が大きく跳ね上がる。ティングを見ると、進化を完了させていた。黄土色のワイトキングが、サキの頭を握り潰そうとしていた。


(まずいっ!)


サキを心配するムルトだったが、どうやら様子がおかしい。サキはすぐには握り潰されず、手放され、ティングは苦しそうに頭を抱えている。


(この宝玉の反応、暴食と強欲……まさか、惹かれている?)


よくよく思い出してみれば、ゴーグはティングへ二つの大罪を送り込んだ。と言っていた。元々強欲と暴食はエルトが持っているものをゴーグに分け、それをさらにティングに与えている。


(器、か。憤怒と怠惰を持っているのだ。少量の大罪ならばっ!)


ムルトはゴーグに蹴りを入れ、怯んだところで駆け出した。ティングへ向かって。


「ティィイイィィング!!!」


サキに何かをしようとしていたティングへ、横からタックルをかました。




「ム、ムルトォ……!」


突然の出来事に一瞬何が起きたかわからなかったが、親友の顔を見て、安心する。


「ムルト、俺をぉ……私を、早く、殺せぇ!!」


ムルトの肩を掴み、大きく揺さぶりながら叫んだ。だがムルトはその手を振り払い、自分の体の中へ手を突っ込んだ。


「諦めるなティング!!助かる可能性が、ここにある!!」


取り出したのは、肋骨の中にある宝玉。

脊椎から剥がれることのないそれは、今ムルトの手の中に握られている。

紫の宝玉がの中に、違う紫色と、微かに黄色が存在している。


「これは俺の欲の器だ。この中に、憤怒と怠惰。そして聖国で手に入れた微小の暴食が入っている」


「そ、それを、どうするのだぁっ」


「お前の罪を、俺の中に取り込む」


それは、ムルトが邪神に近づくということに他ならなかった。それでもムルトは、目の前で苦しむ友を救いたかったのだ。


持っている宝玉をティングに近づけると、宝玉が微かに光り、ティングから何かが吸い取られそうになった。


「やめろおおぉぉぉぉぉ!!!」


そこへゴーグが突っ込んでくる。

ムルトは吹き飛ばされ、ティングはゴーグに捕まってしまう。


「ティング!」


「陛下から分け与えられた万能の力。お前に回収されるくらいなら、元々持っていた俺が、有意義に使ってやるさ」


黒い煙がティングを包み込み、黄色の魔力と茶色の魔力を吸い上げる。


「ひ、ひひ、こ、これで、俺は、もう負け、ねぇ。ひひひ、お前ぇはぁ。用済みだへへへ」


ゴーグの体の煙が、黒から黄土色へと変わり、歪な腕もさらに巨大になり、ティングの頭蓋骨を砕こうとしていた。


「っし!!」


ムルトは駆け出し、半月を憤怒の大斧に変え、力任せにゴーグの腕を叩き切った。


「へへ、へへ、へへへ」


ゴーグは残った腕でティング諸共殴り飛ばした。


「大丈夫かっ!」


「ティングさん!ムルトさん!」


ゴンとサキが駆けつける。

ティングの頭蓋骨にまとわりついた怨嗟の肉片を引きちぎり、ティングを起こしたが、ぐったりしている。


「遅かったか……」


「ティング、さんっ」


ゴンとサキは震えながらティングを抱いていたが、ムルトにはティングがどういう状態なのか、不思議とわかった。


「大丈夫ダ。気を失っているだケだと思ウ。じきに目を覚まスだロウ」


「……へへっ、てめぇらは見ただけじゃ死んだかどうかわかんねぇぜ」


ゴンは笑いながらそう言っていたが、心底安心しているように見える。


「ふふ、ひひ、は、は、話はぁ。もう、いいかぁ??俺たちはぁぁ早く。たた、かいたい」


「ゴン、サキ、ティングを連れて場外へ」


「ムルトさんはっ!」


「俺はこいつオどうにカする」


ムルトは立ち上がり、体を徐々に黒く染めながら、ゴーグと相対する。


「早く行ケ!」


「……わかった。サキ、行くぞ」


「……はい」


ゴンはティングを肩に引き寄せ、引き摺りながら走った。


「ムルト、負けるなよ」


「あァ」


ゴンとサキが去っていった。


(……ティングの体の色があのまマなのガ気になるが、まずはこいつだロウな)


「も、も、もういい〜かぁぁい?な、なんてな。ふふふ、ほ、ほらぁ。いぐぞぉ?」


ゴーグは覚束ない足取だ。喧嘩祭りに乱入してきたときのように、自分ではない何かに頭の中を侵されているらしい。


ムルトは改めて半月を握り直し、残り僅かな魔力を絞り出しながら、覚悟を決めた。

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