勇者の一太刀

ムルトがティングに飛びかかる少し前、ムルトは変わらずゴーグに遊ばれていた。


「そろそろ潮時だろう」


「くっ!」


ゴーグの腕から生えている禍々しい凶器が、ムルトを弾いた。


「お前は殺すなと陛下からのご命令だからな。生かしといてやる。お前は、な」


ゴーグが見ているのは、ミナミ。

七つの美徳を持つ1人であり、今は目を瞑り、精神を統一しているようだ。ミナミの警戒の先はゴーパ。ゴーグほどの強さを持っていれば、今のミナミなど隙だらけと同じようなものだ。


「ぐぅぅ!!」


ムルトは尚も諦めず、ゴーグに向かっていく。今回攻めてきたアンデッドの中でも、ゴーグがダントツで強いことをわかっているからだ。自分がゴーグを止めていれば、他の者は一対一、または多対一をすることができる。そこへゴーグが入ることで力の均衡が崩れてしまうのだ。


「貴様ワ……俺が、止めル……」


紫の体に黒い筋が走っているような見た目だったムルトは、徐々に黒い面積が増えていっている。ジュウベエとの戦いで見せた姿に似ていたが、まるで違う。

憤怒の魔力と怠惰の魔力を全身に巡らせた紫。そこへ増幅の暗黒の魔力を流し続けている。ジュウベエの時よりも遥かに無茶をしている。


「ふはは、そこまでしないと俺を止められないか」


「そノようだな」


ムルトの動きは格段によくなっている。

自己強化をし始めたゴーグについていけてるのだ。激しい剣戟についていけている。


自我は失っておらず、しっかりと、月読とハンゾウに仕込まれた技で相手の動きを予測し、剣で受け流し、攻撃に転じる。

ゴーグはそれを易々と受け止めているように見えるが、先ほどよりかは余裕がないように見える。


「これでも、ついてこれるか?」


「ぬっ」


ゴーグの体から黒い煙が吹き出し、全身を包み込み、形を成していく。腕に生えた歪な刃のように、漆黒の鎧の上に、さらに漆黒の煙で作られた鎧。それは腕の刃のように複数の歪んだ表情を浮かべている。


「怯みは、シないゾ」


「そんなの狙っちゃいないさ。ただ単に、さらに強くなっただけさ」


ムルトの渾身の一振りがゴーグに炸裂する。


『い、いぎいぃぃぃ』


「っ!」


ゴーグの鎧に浮かんでいる顔が、さらに苦痛に歪んだ。


「ノーダメージだ」


攻撃されたゴーグは微動だにもせず、右腕の凶器を振り下ろした。


(ならばっ!)


ムルトは剣を斜めにし、ゴーグの攻撃を沿わせて滑らし、そのまま地面に突き刺して体を持ち上げ、上段蹴りを煙の鎧が覆っていない頭へと炸裂させる。


「ふふふ。無駄無駄ぁ!!」


ゴーグはムルトの足を掴み、地面へと叩きつけた。


「ぐがっ!」


ムルトは両足の関節を外し、距離を取る。

頭身は低くなるが、これでまた自由に動ける。


「人間にはできない芸統だよなぁ。モンスターらしくて、いいじゃねぇか」


そんなムルトを見て、ゴーグは煽るようにそう言った。


「俺は、モンスターだ」


「……あぁ。その通りだ」


不敵に笑いあう2人。


ムルトはふと、大声を上げた。


「ミナミ!これでいいか!」


ゴーグはハッとしてミナミを見た。

目を瞑り集中していたことから、何か大技を使うことはわかっていた。そんなもの、使わせる前にゴーパがどうにかするものと、自分が介入すると思っていたが、当のゴーパは攻撃を仕掛けていない。


最大のチャンスを、ミナミに与えたしまっているのだ。


「ゴーパ!何をしている!!」


「わかってる。大丈夫。いける」


ミナミとゴーパの決着がつこうとしている。





(肌は切れず、攻撃も効き目がない)


ロンドが飛び立ったことに興奮を隠せず大声を上げてしまったミナミだったが、交戦中、隙を見せすぎた。

辛うじてついていけているが、決定打がなかった。

ただひとつ。ひとつだけ、絶対の自信を持っている技がある。


(無敵の剣撃オール・カット)


空間をも切り裂く、無敵の刃。

精神を集中させることで繰り出すことができる技でデメリットもある。だが、相手がその時間を与えてくれるはずもない。しかし、言葉が通じるのであれば、自分の力に自信を持っているのであれば、微かな期待に、ミナミは賭けた。


「次が、最期の攻撃になるでしょう」


「どうした。いきなり」


「私の刀はあなたを傷つけることができませんでした」


「それ、当たり前。俺、強い」


「この攻撃に失敗すれば、私は成すすべもなく死ぬでしょう……」


無敵の剣撃は諸刃の剣だ。

使えば一定時間満足に戦えなくなってしまう。


「失敗すれば、ですが」


ミナミのその言葉に、ゴーパはピクリと眉を動かす。


(……!かかった)


「それ、意味、どういう」


ミナミは微かに微笑みながら、挑発するように言った。


「この最期の攻撃が成功すれば、私は必ずあなたに勝てます。失敗すれば負けてしまいます。私の刃を軽く受け止めることができるのであれば、恐れることもないと思いますが」


「恐れる?俺が?お前を?」


「えぇ。得体の知れない技、耐えられるかわからないから、受けたくないのでしょう?」


「俺、言ってない。俺、強い、絶対、大丈夫」


自らの能力への自信。尊敬する陛下からいただいた名前で顕現したものだ。その能力が負けるはずないと、忠誠心の強いゴーパは思わずミナミの挑発を受けてしまったのだ。


これでミナミは準備が整った。が、問題はもう1人。ゴーグだ。

今はムルトを軽くいなしているようだが、いつこちらへ向かってくるかはわからない。


ミナミは、体の色が徐々に変わっていく戦友を見る。ムルトはその視線に気づいたのか、ミナミを見た。居合の構えに入っているミナミを見て、ムルトは察する。急激に体の色が変わっていく。


「すぅー……ふぅ」


ミナミは深呼吸をし、改めて神経を集中させる。


この刀は何のために振るうのか。

仲間たちのためか?そうだ。

敵を退けるためか?そうだ。

何かを守るためか?そうだ。

それら全てを合わせて考える。なぜ、刀を抜くのか。

それは、自らの正義を執行するためだ。


「ミナミ!これでいいか!」


ムルトの声が響く。

準備は万端。

自分自身と刀、そして正義を執行する相手を感じ取っている。

ムルトの声は、深く集中しているミナミには届いていなかったが、ミナミは返事をするかのように口を開いた。


「居合の型、無幻一刀……」


「ゴーパ!何をしている!!」


「わかってる。大丈夫。いける」


ゴーパは、陛下から賜った絶対の力を信じ、ゴーグへ返事をした。


ミナミは眼を開き、滑らかに刀を抜く。


「ー無敵の……剣撃オール・カットー!!!」


「『堅く、硬く、もっとも、固く』」

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