骸骨は殺さない
「ごめんなさい、ティングさん……」
サキは一筋の涙を流しながら、友であったティングにそう言った。
「俺はこんなものではやられんぞおおぉぉぉぉぉ!!」
ティングは抱擁樹に取り込まれながらも、一矢報いようと、サキに手を伸ばし、魔法を放とうとするが、聖天魔法がそれを邪魔する。
「クソがああぁぁぁぁ!!!」
伸ばしていた手を握り、ティングが吠える。
すると、白い光がティングの体を包み込んだ。
「ゴンさん……」
「まさか……」
サキがゴンに確認するように声をかけた。
側から見れば、ティングが抱擁樹に取り込まれ、白い光を発しながら浄化されているように見えるだろう。だが、術者のサキは抱擁樹にそんな効果はないことは知っている。そしてこの光も、何度か見たことがある。
それはゴンも同じで、ティングを包む光に覚えがあった。
「進……化?」
「うおおぉぉぉぉぉ!!」
抱擁樹を引きちぎりながら、ティングのもう一本の腕が伸びてくる。
「ー強飲強食ー!!」
ティングの体を黄色と茶色の魔力が覆い、その魔力に触れている抱擁樹が、少しずつ侵食されていった。
「サキ!」
「は、はい!」
ゴンは慌ててサキに声をかけたが、遅かった。抱擁樹の拘束を解いたティングが、サキに近づいていた。
進化したティングの体は、元の白い骨ではなかった。大罪スキルを使っている時のムルトに似て、体の所々が黄土色になっている。まるで土の中から這い上がってきた死者かのように。お世辞にも綺麗だとは思えない。
「ふははは!我を倒せるなどと、調子に乗りやがって」
ティングはサキの頭を掴み、自分の頭と同じ高さに持ち上げる。サキは苦しそうに悶えるが、反撃ができない。
「ちっ!」
「貴様はそこで見ておれぃ。強束隊」
串を構え、攻撃を仕掛けようとしていたゴンの周りに、黄土色をした骸骨たちが召喚されていた。
ゴンは逃れようとしたが、いつのまにか足元から生えていた骨に足首を掴まれ、動けなかった。周りの骸骨たちはゴンに近づき、その体へ骨を組み、動けないようにした。
「聖天魔法など忌々しい……相殺するのがやっととはな。ふふふ」
サキは魔法を繰り出そうと杖を構えるが、魔法が使えなかった。
「ふはは。不思議だろう?俺は今暴食の魔力を使い、お前の魔力を食らっておるのだ……」
サキの顔面を掴むティングの手には、未だに黄色い魔力が揺らめいている。
「お前のような小娘、魔法を使わずとも、その頭握りつぶせるわ」
ティングの手に力が入る。サキは杖を手放してしまい、ティングの腕を掴んで暴れるが、ティングの力が弱まることはない。
「やめろおおぉぉぉぉ!!!」
ゴンが叫ぶ。ティングの魔法により動きを封じられ、助けることは叶わず、その光景を見てしまう。
「死ねぇ!!」
ティングの手にさらに力が加わる。
「くっ……!」
仲間を殺される憎しみ、友に人を殺させてしまう悲しみ。その二つの感情がゴンの中で混じり合う。
「っ!くそ!死ね!死ね!死ね!!」
ティングの様子がおかしい。
何度も何度も手に力を入れているが、サキの頭を潰すことはできていなかった。
力を入れるものの、一定以上の力が入らないのだ。
「なぜだぁ!なぜ!!」
ティングは両手でサキの頭を掴み、力を入れるが、やはり頭を潰すことはできなかった。
「なぜだ、なぜなのだぁ……!」
ティングはサキから手を離し、自分の手を見つめ、握りしめる。しっかりと力が入っている。
地面に落ちたサキは、咳き込みながら自分の喉を抑え、苦しんでいる。
「なぜぇ……クソおぉぉぉ!!」
動けないサキに、ティングの拳が襲いかかった。サキは目前に迫る拳を見上げながら、ティングを見た。
「ティング……さん?」
「なぜだ。なぜなのだぁ!!」
サキに迫っていた拳は、当たる寸前でピタリと止まっていた。拳圧でサキの髪がゆらりと揺れるが、傷はついていない。
ティングはゴンに振り返り、自分の召喚した強束隊を指差して叫んだ。
「その男を圧死させろ!!」
「ぐぅっ!」
ゴンを拘束しているワイト達が、ゴンを押し潰そうとするが、それも途中で止まってしまう。ゴンは圧迫されて苦しんでいるが、それも窒息するほどでも、死ぬほどのものではない。
「ティン、グ……」
「なぜだぁ……!」
ティングはわなわなと震え出した。
「俺、我……わ、私の中から出ていけぇ……」
ティングは蹲り、頭を抱えた。
「私は、人を、決して殺さぬ何があっても……例え、私が死ぬことになってもぉ……」
ティングは、かつて友と交わした約束を守っている。
その約束はティングが戦っているサキとゴンだけではなく、ティングが召喚したワイト達も守っている。黄土色をしたワイト達が、未だ観客席で死者を出していないのはその約束があるからだ。
「サキッ!」
ティングは足元に転がるサキの杖を、サキへと投げた。
「私をぉ……殺せ!」
「ティングさん!」
ティングは両手を地面につき、勢いよく顔を上げた。
「我は死なぬ!ここで死んでなるものか!」
だがそれはすぐにまた引っ込んだ。
「サキぃ!早くしろぉ!私を、殺すのだ!」
「で、でもティングさん!」
サキの中で、決断はできていたはずだった。
先ほどのように別人のような振る舞いであれば、魔法を放てただろう。
だが、目の前ではティングの自我が見え隠れしている。それがサキの決断を揺るがしてしまった。
「私っ、できませんっ」
杖を抱きながら、サキは涙を流していた。
「……!サキッぃ……!」
ティングは、サキがそこまで自分を慕ってくれていることが嬉しかった。その者を自分で手にかけてしまうことが恐ろしかった。
薄れゆく意識の中で、そんなことを考えてしまった。諦めるのはまだ早い。まだ何か手があるかもしれない。ティングは飲み込まれそうな自分の自我を、歯を食いしばって引き止める。
「ティィイイィィング!!!」
そこへ、横から何者かが突進してきて、ティング諸共吹っ飛んでいった。
ティングは顔を動かし、突進してきた人物を見る。体の上に乗り、押さえつけているのは、自分とよく似た顔立ちをしている友、ムルトだった。
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