骸骨は地底湖へ2/2
4人の後ろの巨大な扉が、大きな音を立てながら閉まる。
ライトブルーの巨大なリザードマンが4人の前に姿を現した時、同じように視界の端から配下と思われるリザードマン達も姿を現した。
「あの巨大なリザードマンはライトマリンリザードマン、S2ランクモンスター、周りのリザードマンはライトブルーリザードマン、それぞれがSランクのモンスターだ」
ムルトは月読を使ってモンスター達のランクを見ている。
「今までのモンスターとはまるで格が違う。油断するな」
神妙な面持ちで4人はそれぞれ武器を握る。
「あのライトマリンリザードマンは俺が相手しよう。皆は他のを頼む」
「わかった」
「おう」
「やるぞ……」
ムルトは半月を憤怒の斧へと変え、ローブには怠惰の魔力を付与する。
「ー
ティングは召喚魔法を発動し、数十体の赤黒い色をした骸骨を召喚する。
「相手にとって、不足はねぇな」
ゴンは数十本もの串を取り出し操っている。
ダンは、少し引けた腰でロングソードを構えている。無理もない。
今日このダンジョンに潜り、ダンは見たことも戦ったこともない自分よりも強いモンスターと出会っているのだ。
一対一で勝てたというのも、ムルトやティングの手助けがあったからこそである。
目の前のモンスター全てがSランク。
ダンをフォローする余裕などあるのだろうか。
緊張を隠せないダンに、ムルト達が優しく声をかける。
「ダン、多対一は避けろ。なるべく手は回すが、どうしてもダメな時は帰還石を使え」
「曲芸団員を2体つけておく、安心して戦え」
「俺からあんま離れすぎるなよ」
ダンにかけられた3人の優しい言葉が、ダンを苦しめる。
(皆が命がけで戦ってるのに、俺は荷物かよ……)
ダンはつい俯いてしまう。だが、すぐに顔を上げる。敵を目の前にして視線を外すなど、あってはならないことだ。
(確かに俺は弱い。荷物かもしれない。だが荷物は荷物なりにやれることはある。俺は強くなるんだ……!)
ダンは姿勢を正し、ムルト達へと言葉を返した。
「あぁ。精一杯戦うぜ。ダメな時はすぐ逃げるが、許してくれよな」
「あぁ。構わないさ」
ゴンの、ダンを見る目が変わる。
(ここに来るまではなんだかんだ食らいついてるって感じだったが……覚悟を決めたか)
ゴンは人知れずダンへの評価を変えたが、それを知るものは誰もいない。
「よし!行くぞ!」
「「「おう!!」」」
「グオォアアアァァアア!!!」
ライトマリンリザードマンの雄叫びが開戦の合図となる。
数十体もの骸骨が、数十体ものリザードマンとぶつかり合う。
ティングはそれらを指揮しながら、多数のリザードマンを相手取る。
ムルトはライトマリンリザードマンただ一体。憤怒の斧と、リザードマンの斧がぶつかり合う。膂力では負けていない。たが力は拮抗している。月読で相手の動きを予測しながら少しずつ隙を突いていく。
ゴンは数十本もの串を駆使しながら数体のリザードマンと戦っている。
肉弾戦、串を使っての牽制、ヒット&アウェイを心がけている。
その理由は、後ろで戦うダンのために。
ダンはリザードマンと1対1。
ゴンが目を光らせ他のリザードマンを牽制し、それを抜かれそうになれば2体の曲芸団員が1体のリザードマンに殺到する。
ダンは満足にリザードマンと戦える状況作り出してもらっていた。
だが、勝てるとは限らない。
「はっ!」
「キシャアァ!」
「ふっ!」
ダンはリザードマンへと斬り込んでいくが、それは片手に持っているバックラーで塞がれてしまう。そしてもう片手に持っているロングソードで攻撃をされそうになる。
ダンはそれを後ろに飛んで避ける。
(あの突きを一度でも喰らえば終わっちまうかな……)
このフロアのリザードマンは、今まで出会ったリザードマンよりも格段に強い。
純粋な力、素早さ、そして相手に対応する知恵。どれもが厄介だ。
「だが、弱点は同じはずっ!」
リザードマンの弱点、それは腹だ。
柔らかい肉質の腹は、剣を簡単に通してしまう。だがリザードマンはその弱点を知っている。だからこそ革鎧を身につけているのだ。
そしてもう1つの弱点、それは首。
腹よりかは多少堅いが、周りを伺うために首を動かす。そこには鎧など装着できず、円滑に首を動かせるよう柔らかい。
ダンが狙うのは、首だ。
「ふっ!はっ!」
ダンは首を狙って剣を振るう。
四方から繰り出される剣に、リザードマンはバックラーでガードをすることに専念している。
ダンはその隙を見逃さず、すかさず蹴りを放った。
「おら!」
リザードマンはその蹴りを受け、後ろへ仰け反ってしまう。ダンは少し距離をとり、リザードマンの動きを観察する。
(手応えはあった。ダメージは通っているはず)
「シャアァ……」
リザードマンは威嚇をするように舌をシュルシュルと出している。
頭にきているようだ。
だがダンは冷静。静かにリザードマンを観察している。この手は通じる。と
「シャアァ!!」
リザードマンは怒り狂ったようにダンへと突進してくる。ダンはそれを利用する。
全速力で突っ込んでくるリザードマンの喉元へと、ロングソードを突きだした。
「シャア⁈」
リザードマンは咄嗟にバックラーでガードをした。ダンはそれを見て、バックラーの下から蹴りを繰り出す。そしてそれは見事に狙い通りヒットしたのだ。
ダンはリザードマンの
(もらった……!)
ダンはロングソードを戻し、その首を切り落とそうと剣を横薙ぎに振るう。
「キシッ」
リザードマンは不敵に笑った。
「っ!」
リザードマンが首を
リザードマンはこの時を狙っていた。
怒り狂って突っ込んできたように見せ、相手の攻撃を誘発する。自分の弱点ということは、リザードマン自身が知っていることだ。
革鎧をしている腹など狙わず、首を切りにくると。そして何より、ライトブルーリザードマンの鱗は堅い。それこそ、手に持っているバックラーなどよりも。
リザードマンの捻った首には、その堅い鱗がある。ダンの繰り出したロングソードは、嫌な音を立ててへし折れる。
「キシシシ」
リザードマンは最初から遊んでいたのだ。
バックラーなど使用せず、自分の鱗で最初から受けていれば、勝負はとっくに終わっていた。
「ぐっ!」
リザードマンはダンに蹴りを入れた。
剣は折れ、盾はない。
リザードマンが一歩、また一歩と近づいてくる。
「ダン!」
「ダンッ!」
「っく、ダン!」
ムルトは一瞬の隙を突かれライトマリンリザードマンに吹き飛ばされてしまう。
ティングは手助けできる距離におらず、ゴンは囲まれ、2体の曲芸団員はリザードマンに鷲掴みにされている。
助けには入れない。
ダンはポケットから帰還石を取り出す。
「ちくしょお……」
ダンは悔やむ
(俺は、本当に何もできねぇのか、ここまで来れたのも、俺の力じゃねぇ。俺は荷物のままでいいのか……ティング、ゴン、ムルト、すまねぇ……)
帰還石を握る手に力が入る。
「いや」
ダンは帰還石を投げ捨てる。
その間もリザードマンは迫っており、すでに剣を振り上げていた。遊びはもう終わりだ。とでも言いたげな顔で笑っている。
そして、リザードマンが剣を振り下ろした時、ダンは自分の懐から1本の骨を取り出した。
「こんなところで死んでたまるかよっ!!」
それは、ムルトの骨だった。
「くっ!」
「キシッ⁈」
大きな音を立て、剣と骨がぶつかり合い、2本の武器は砕けてしまった。
「おらぁ!!」
自分の武器が折れ、驚いてるリザードマンを思い切り蹴り、立ち上がり、リザードマンを指差して啖呵を切る。
「負けてたまるかよぉ!!」
リザードマンは剣を失い、バックラーと己の爪と牙だけが武器となる。
ダンにそのようなものはない。
剣は折れ、ムルトの骨も折れてしまった。
だがダンには、折れない心があった。
「ダン!これを使え!」
ダンの目の前に、漆黒の鞘に納められた漆黒の剣が投げ込まれる。
「これは……」
「宵闇だ!一度は拒んだ剣だろうが、今はそんなこと言ってられなっ!くぅ!」
実はムルトは、今日タイミングを見てダンにこの剣を再び渡そうとしていたのだ。
それがこんな状況になるとは思ってはいなかったが。
ダンは目の前の宵闇を手に取り、鞘から剣を引き抜く。
「綺麗だ……それに、手に馴染む」
それもそのはず、宵闇を打ったのは神匠と呼ばれるほどの名工なのだから。
「いくぞ、リザードマン!!」
「キ、キシ、キシャアァ!!」
リザードマンは大口を開け、精一杯の威嚇をする。その武器がどんなに危険かを本能で感じているからだ。
そしてダンの迷いは消えた。
自分が弱いことは自分が1番よくわかっている。
弱いならば、強くなればいい。
すぐに強くなれるわけではない。だが強くなろうとすれば、いつかその強さに近づけるのだから。
数ヶ月前、ダンは一体のスケルトンと出会った。
仲間と共に猪のモンスターから逃げ、逃げ込んだ洞窟にそのスケルトンはいた。
話をすると、悪いやつではないことがわかり、その日はそのスケルトンに頼み、寝ずの番をしてもらった。
朝目が覚めると、そのスケルトンは自分達が必死に逃げていた猪のモンスターの上に座っていたのだ。
Gランクのはずのスケルトンが、自分より格上のモンスターを倒していたのだ。
弱いからと、逃げてばかりではいけない。
それを身を以てダンは体験した。
そして、その日から強くなることを努力してきた。自分も一体のスケルトンである。友人のスケルトンからもらった骨を見て、いつも思い出す。
「うおおぉぉぉおぉ!!」
ダンは叫びながらリザードマンへと突っ込んでいく。冷静さは、忘れない。
(ダン。お前は弱くなんかない。何度も振ってきたであろう剣の型はしっかりと身についてる。あとはその自信だけだったのさ)
ゴンは成長するダンを真っ直ぐに見て、さらに評価を改めた。
ダンは自分の弱さに打ち勝ったのだ。
負けるはずがない。と
★
「まさか地底湖が温泉だったとはな」
「ふぅ〜疲れた体が癒されるぜ〜」
体を大の字にして浮かぶゴン。
「いやぁ。皆無事で何よりだ」
「あぁ。そうだな」
「ダンは危なかったけどな!」
「う、うるせぇ!勝ったんだからいいだろうが!」
4人は笑いながら地底湖の温泉に浸かっていた。
あの後ダンはリザードマンと熾烈な剣戟を交わし、左肩を犠牲にしてリザードマンの首を切り落とした。
それが終わる頃には他の面々も粗方片付いており、ムルトがライトマリンリザードマンにトドメを刺すところだった。
「それにしても、肩に空いた穴が塞がってるのはどういう原理なんだ?」
「それも不思議パワー、魔法ってことにしとけ」
この温泉は、体のあらゆる傷を癒していた。
ダンの肩も、ゴンの骨折も完治している。
ムルトとティングの骨は、心なしか艶が出ていた。
「本当に、もうモンスターは出てこないんだよなぁ?」
「ダン!まだビクビクしてんのか!ボスフロアは攻略した奴らが出ていかない限り、次のモンスターも湧かないし、扉も開かねぇ!セーフゾーンになるってことよ」
「その情報はアテになるのか?」
「ダンジョンはどこもそうだよ!なぁ、ムルト!」
「はっはっは。俺のダンジョンはボスなんていなかったからわからんな」
「私のところは広域型ダンジョンという扱いだったのだろう?本格的なダンジョンはここが初めてだ」
「ったく。モンスターに聞いた俺がバカだったよ」
「「はっはっは!!」」
「ほんっとお前ら、ムルトの宝玉と身長以外は見分けつきにくいよなぁ!」
「俺はスケルトンだ」
「私はワイトキング」
「「全く別物じゃないか」」
「だからわからねぇって!」
「「はっはっは!!」」
厳しい戦いの後の楽しい会話。4人はそれを楽しんでいた。
ライトブルーに光る美しい温泉の中で、見事な鍾乳洞の結晶を見上げ、暖かな湯に浸かる。
「ダン」
皆が騒ぐ中、先程から静かにしているダンにムルトが話しかける。
「どうした、ムルト」
「あの剣、もらってくれるか」
指をさしたのは、ダンの衣服の横に立てかけられた漆黒の剣、宵闇。
今回の戦いでダンは宵闇に、ムルトに助けられた。そして目指している強さの象徴も、ムルトだ。
ダンは少し考え、歯をむき出しにして笑う。
「は!そこまで言うならもらってやるよ!」
「おぉ!それはよかった!」
「仲間の頼みだからな」
「仲間……」
「あぁ、俺たちはとっくに、バルバル洞窟で話した時から仲間だ」
「そうか……それはよかった」
温泉のせいか、ムルトは少し気恥ずかしそうに、少し頬を赤らめたように、ダンには見えた。
「そら!あっちと合流するぞ!」
「あぁ!」
ティングとゴンを見れば、ティングはいつの間にか曲芸団員達も召喚し、温泉に浸かっていた。ゴンは曲芸団員達を組み替え、船のようなものを作ろうとしていた。
「はっはっは!俺たちも混ぜてくれよ!」
「あぁ!いいとも!」
「ほら、お前らの席はここだ!」
ゴンは骨船の空いてる場所を手で示す。
ムルトはそれに応え骨船へと上がっていった。
(……ムルト、ありがとう)
「ダン、何をしている。早くくるのだ」
「ダン!置いてくぞ!」
「船首は、なぜ私なのだ?」
「ったく!ムードもなんもねぇな!」
「ムード?何を言っているのだ?」
「はっ!なんでもねぇよ!」
ダンは湯を顔にかけ、手で拭った。その目は少し赤い。
ムルト達はもうしばらくの間、地底湖の温泉で喧嘩祭りでの疲れを、旅での疲れをとった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます