骸骨の初めての友


「次は誰だ」


少々語気を強めてしまう。振り返ると、男と女がいた。男は真剣な表情で俺に食ってかかった。


「あんたが腰にさしてるその剣、誰から奪った」


俺はその男と女をまじまじと見た。


「これはムルト様がずっと愛用しているものです。奪っただなんて人聞きの悪いこと言わないでください」


ハルカが男と女に怒るようにそう言うと、その男は怒りを露わにして言った。


「それは青いスケルトンから奪ったものなんじゃねぇのか?!どこで手に入れたか言え!」


俺はこの2人に見覚えがあったのだ。

初めて会話をした人間、未熟な冒険者だった2人、俺を逃してくれた男の名は……


「ダン?……シシリーも」


「あん?なんであんたが俺の名……その声はまさか、あの時の?」


俺は思わず2人に抱きついてしまう。


「2人とも久しぶりだ。そうとも、俺はあの時の」


ダンは口元に人差し指を持ってきて、静かにするようジェスチャーをした。


「誰が聞いてるかわからない。とりあえず、俺たちの宿に移動しよう。そういえば、宿は取ったか?」


「あぁ、そうだな。まだとっていないが」


「なら俺たちのところが空いてるかもしれない。案内する」


「あぁ。感謝する」


ダンとシシリーは俺たちを宿へと案内してくれた。





「いやぁ!久しぶりだな!スケルトン!」


「あぁ!久しいな!ダン!そしてシシリー!」


俺は仮面を外し、その頭蓋骨を晒す。

ハルカがびっくりしていたが、そんなことお構いなしに俺はダンに抱擁を求め、ダンはそれに応えてくれた。


「なぁに?そんなに盛り上がって、モンスターのくせに寂しかったの?」


「ふふふ、久しぶりに会えたのだ。喜びたくもなるさ」


俺たちは今、ダンとシシリーが宿としてとった部屋へと来ている。丁度部屋も空いており、俺たちも喧嘩祭りの間、同じ階の隣の部屋をとれた。


「あの、ムルト様、こちらの方々は?」


「あぁハルカ、この人たちは、俺が初めて会話をした人間たちだ」


「なんか紹介が雑な気がするが……初めまして、俺はダン、こっちはシシリー。2人で冒険者をやってる。お嬢ちゃんの名前は?」


「丁寧にありがとうございます。ハルカと言います。ムルト様と旅をさせていただいています」


「ムルト?」


ダンは疑問符を頭に浮かべ、首を捻り俺を見る


「ふふふ、俺の名だ。ムルト、月の女神に名付けてもらったのだ」


「はっ?月の女神?教会でつけてもらったってことか?」


「あぁ。良い名だろう?」


「まぁ、そうだな。ムルト、ムルトか。うん、改めてよろしくな!ムルト」


「あぁ!こちらこそ!よろしく頼む!ダン!シシリー!」


俺はダンとシシリーと握手を交わす。

シシリーはそんな俺を見て、不思議そうに言った


「なんかあんた……表情豊かに……そんなテンションだったっけ?」


「しばらく会ってないのだ。そういうこともあるさ。まぁ、感情は豊かになった方だと思うがな」


俺は笑い、ダンも笑う。


「っと、ムルトがここにいるってことは、喧嘩祭りに出るのか?」


「あぁ。ダンとシシリーも?」


「そうだぜ?いやぁ、でも本当に懐かしいな。これ覚えてるか?」


ダンはそう言って、懐から1本の骨を取り出す。その骨は真っ白ではなく、少しクリーム色、そして所々色の違う骨だった。そしてその色は俺と似ている。俺はその骨がなんなのかわかっている。


「俺が渡した骨か」


「あぁ」


「換金しろと渡したもののはずだが?」


「あぁ、一時は換金しようとも思ったんだがな、お前を逃したあの日、急いで買い戻したんだ。俺とお前の繋がりだろ?またどこかで会えると思ってな」


「ふふふ、なんだかむず痒い」


「皮膚もねぇのにか?!あっはっは!!……いやぁ、びっくりしたぜ、剣よりも堅くて、度々色が変わるんだ。色が変わるごとにお前は元気でやってんのかなってよ」


「おかげさまで、この通りだ」


「あぁ。本当によかった。あの時ダン達と出会わなければ、今の俺はいないだろう」


ダンはあの時のことを思い出しているのだろう。窓の外を見ている。少ししてからダンは俺に向き直り、笑顔で言う。


「ムルトの旅の話教えてくれよ!あのあとどんな冒険があったんだ?」


「あぁ。そうだな、まずはエルフの話から……」


俺はダンとシシリーと別れた後の出来事を話した。


ダンは、笑ったり泣いたり怒ったりと、話の内容でコロコロと表情が変わるのが面白かった。シシリーも俺が人間を少しだけ怖く、嫌いそうになってしまった時の話をすると、悲しみや怒りを感じていたようだ。

本当に、俺の初めて喋った人間がこの2人でよかったと、心から、本当に、本当にそう思う。





「そして天魔族に鍛えられ、やっとラビリスに着いたのだ」


「うおおぉぉぉお!!ムルトぉぉぉぉお!!!お前はなんて!なんて旅をしてきたんだ!辛かっただろうな!!」


「辛いこともたくさんあったさ、だがみんなが俺を支えてくれた。それはダンやシシリーも同じだ。2人のおかげで今の俺がいると言っても過言ではない」


「そこまで言ってくれるなんて嬉しいぜ……っと、もうこんな時間か」


窓の外を見ると、陽が完全に沈み、真っ暗になっていた。俺は月のことも完全に忘れ、話すことに夢中になっていたようだ。


「下に降りて飯にしよう。今日は俺が2人に奢ろう。好きに飲み食いしてくれ」


「ムルト、そんなこと言うとこのバカ本当に遠慮なく食べるわよ」


シシリーがダンをつつきながらそう言う


「いいさ!俺が奢りたいのだ。シシリーも好きなだけ食べてくれ!」


「それは嬉しいけど……わかったわ。ありがとう」


俺とハルカは仮面を被り、4人で酒場になっている宿の1階へ行く。

適当なテーブルに座り、適当に注文をした。


「ところで、ダンとシシリーは武器を持っていないようだが?」


「ん?おあぁ。最近奪われちまってな」


「奪われた?」


「あぁ。ムルト達は、傲慢の厄災って知ってるか?」


「……いや、初めて聞いたぞ」


傲慢という言葉には覚えがある。最近見たばかりの白い羽が頭をよぎった。


「そういうキメラがいるんだけどよ。最初の一撃は自由に入れさせてくれるんだが、その攻撃で奴を倒しきれなければ終わりだ」


「終わり?死ぬのか?」


そんなことを考えたが、ダンが奪われたのは命ではなく武器、ダンは目の前にいるし、死ぬということではないのだろうか


「冒険者としては死んだかもな〜。はっはっは。これが、選ばされるんだ。命を奪われるか、武器を奪われるか」


「武器を渡せば命は助かるということか?」


「そういうこと、俺たちは一撃で奴を倒すことができず、俺の愛剣と、シシリーの短刀をとられちまったってわけさ」


ダンは笑いながらそう話す。

丁度山のような料理が運ばれ、ジョッキは酒が注がれる。


「命があるだけ感謝ってもんだ!カンパーイ!」


ジョッキを掲げ、皆でそれを打ち鳴らす。小気味の良い音が響き、それを皆で飲む。ダンは今注がれた酒を一気飲みし、勢いよくテーブルへと叩きつけた。


「こうしてお前らとも会えた!俺はそれだけで幸せだー!!」


ダンは顔を真っ赤にしている。一杯で酔っ払ってしまったようだ。


「弱いのに無茶して……」


シシリーが冷ややかな目でダンを見つめる。


「ダンとシシリーは喧嘩祭りに出るのではないのか?まさか素手で戦うのか?」


俺は素直な疑問を抱き質問した。


「喧嘩祭りに出るのは」


「喧嘩祭りに出るのは俺だけだ!」


大きな骨つき肉を頬張りながらダンは力強くそう言い、懐から俺の骨を取り出した。


「俺にはこいつがある!ムルト!世話になるぜ!」


骨がカラカラと鳴る。


「大丈夫なのか?」


正直言って俺の骨が堅いといっても、砕けないわけではない。もしも砕けてしまえば武器はなくなってしまうし、リーチも短い。

俺はそう考え、あるものを思い出した。


「ダン、お前がよければ、これを使ってはくれないか?」


「お?ムルト、手品が出来るのか?」


ダンは、俺の手元に現れた黒い鞘に入った剣を見る。俺はハルカのアイテムボックスから、使っていない剣、月光剣の代わりに作ってもらった剣を取り出していた。宵闇だ。


「これは、俺の友が作り、ハルカが銘をつけた。もらってやってくれ」


「ムルトにも友達が出来たのか、いいことだ……だが」


顔を真っ赤にしフラフラになっていたはずのダンが、力強い眼差しを俺に向け、しっかりと言った。


「それはお前の友がお前のために作り、お前のためにハルカが銘をつけたものだ。俺がもらうわけにはいかない」


「……」


「お前には既にその剣があるから、この剣を俺に渡しても良いと思ったのだろうが、それは全くの見当違いだ」


そしてダンは続ける


「俺にはすでにこれがあるしな、行けるところまで頑張るよ。ま、ありがとな」


「あぁ。突然すまなかった」


「いや、大丈夫だ」


ダンは宵闇を俺には押し付け返し、ジョッキに酒を注いだ。


「さぁ!パーっと楽しもうぜ!!出会いに!友情に!優しさに感謝だー!!」


ダンは元気にジョッキを振り上げ、それを一気に飲み干した。


そしてダンはジョッキを持った腕で、俺の腕と組み


「さぁ兄弟!飲もうぜ!」


優しさ溢れるその顔を見ながら、俺も酒を飲み干した。


その日飲んだ酒は、少し苦かったが、優しい味がした。

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