骸骨と天魔族の過去

「おはようございます。ラロッソ、ムルトさん。本日は族長からの伝言を授かってきました」


6枚の翼をはためかせラロッソの家を訪ねてきたのは、昨日俺が殺されるかもしれないと思わされた天魔族、フローラだ。


「わかった。それで、伝言というのは?」


「はい。『件の旅人のムルトとハルカ、そしてラロッソとその娘ミアを連れてこい』とのことです。話し合いはそれからと」


「ふむ。わかった」


「はい。それと『よく確かめもせず危害を加えてしまったこと、我が一族の仲間を身を呈して守ったこと感謝する。滞在に関しては保留としておく』とのことです……私事ではありますが、私はこの件で下層に降格しました……」


「フローラ様……私のせいで申し訳ありません」


ラロッソは慌てて頭を下げた。


「いや、私も悪いところがある。お前の娘を危険に晒してしまったこと、申し訳なく思う」


それを見て、フローラもすぐに頭を下げる。

正直、粗暴な種族だと思っていたが、礼節はしっかりしているように思える。


「そんな……」


朝から玄関先でそんなやりとりをしつつ、細かい日時などを聞くと


「ところで、今から族長のところへ連れていこうと思うのだが、ハルカさんは?」


「未だ寝ている。そもそも、この時間は人間がまだ寝ている時間だ」


そう、今は早朝の5時。太陽が昇り始めてはいると思うが、まだこの渓谷の中にまで陽の光はあまり届いていない。


「それもそうだな。それでは何時頃がよろしい?」


「8時ほどだろうか、それくらいであれば、俺がハルカを起こしておこう」


「わかった。それでは8時にまた来させてもらう。ムルトさんがこの時間に起きているのは、やはりアンデッドだからですか?」


「あぁ。元より睡眠は必要としていないのだ。天魔族はいつもこの時間には起きているのか?」


「はい。天魔族も睡眠は必要としますが、それでも短時間で足りるのです」


「そうなのか」


玄関から渓谷を見渡せば、すでに飛び始めている天魔族が多い。

皆、狩りや商売を始めているのだとか。

その様子を観察していると、あることに気づいた。


「よく見ると、皆若いな。フローラやラロッソ、ルアや今飛んでいる者たちも20かそこらか?」


「そうか、天魔族を知らぬものにはそう見えるな……時間もある、その辺りの話を教えておこう」


フローラは今日は特に予定もなく、時間があるということで、ラロッソの家で話をしてもらえることとなった。

ミアもルアも既に起きており、ちょっとした朝ごはんを用意してくれた。


「さて、人間は産まれてから年を重ねるごとに1歳2歳と数えるのだろう?そのあたり、ムルトさんは何歳なのだ?」


「……正直、正確な年数はわからない。だが、自我を持ち始めたのは2年くらい前だ。生まれたのはもっと前かも憶えてはいない」


「ふむ。そうか……ムルトさん、私はいくつに見える?」


「そうだな……」


整った顔立ち、張りのある胸や尻、そして威厳溢れる存在感に、昨日放った強大な魔法。

魔族より強く、ハイエルフと同等な力を持つ種族。寿命や外見が変化しにくいことなどもハイエルフと同じだと考えると……


「200歳程度か?」


「!」


鳩が豆鉄砲を食らったかのように目を見開き驚愕した。その瞬間、顔をくしゃくしゃにし、大きな声を上げて笑った


「あっはっはっはっは!!そうか!そう考えるか!!ムルトさんはハイエルフのいるエルフの国から来たのだものな!そう考えるか!あっはっはっは!!」


フローラは威厳やその美しい顔立ちなどを捨て去るかのように大笑いをする。俺が歳を言った瞬間、ラロッソも腹を抱えて大笑いをしていた。


「はっはっ、フー、ふ、す、すまない。いやぁ、こんなに大笑いしたのは久しぶりだ」


「ムルトさっん。わ、私もす、すいません。でも、200……200歳!あっはっはっ!!」


ラロッソは今もなお大笑いをしていた。


「そんなに見当違いの答えだったか?実際のところいくつなのだ?ハイエルフを基準に考えるのならば、寿命は500年程度か、それとももっと長いのか?」


「はっはっはぁ!その逆ですよ。ムルトさん」


「逆?」


「はい。私の歳は人間でいうところの18歳です」


「な、なにっ?!」


想像以上の年齢だ。あの強さで僅か18年しか生きていない。


「ち、ち、ちなみに私の歳は14歳ですっはっはっは!!」


「な!!」


フローラが18歳でラロッソが14歳。思った以上に若すぎる。というかハルカと同じくらいの年齢なのか


「混乱してしまったムルトさんにさらに問題を出しましょう。ラロッソの娘、ミアはいくつだと思いますか?」


フローラにそんな問いを出される。フローラが18歳、ラロッソが14歳。ミアは外見だけ見れば5.6歳なのだろう。だが目の前の2人を前にしてそんな予想は信じられない。もっと、もっと低く……


「2歳……」


フローラとラロッソはニヤリと顔を見合わせた。


(正解かっ?)


「ムルトさん。考え方は間違っていませんがハズレです」


ラロッソがニヤニヤとしながらそう言った。


「ミアは人間でいう0歳。生後6ヶ月です」


「な、なんだと?!」


驚きすぎて机を叩き、前のめりになってしまう。その様子を見て、またもや2人は大笑いをする。俺の反応が大層笑えるようだ。


「ふふふ、それでは我々天魔族が見た目に反してなぜそうなのか、真面目なお話をいたしましょう」


「よ、よろしく頼む」


「まず、私たち天魔族の寿命は、50年前後です。人間は100歳ほどまで生きると言われているので、その半分ですね」


「短いな」


「はい。なぜそこまで短いか、その理由は私たちの成長速度にあります。私たちは生後3日ほどで言語を覚え、飛び方を覚え、考え始めます。そして1年をかけて魔法を学び、常識を学びます」


「ふむ」


「学校のようなものがこの渓谷にはあり、生後3年以内のものがそこに通い、戦闘、思考、常識などを覚え、働き始めます。生後3年で、魔法の扱いなどはエルフの戦士と同等程度にはなっていると思います」


「成長速度が速いのと寿命が短いのには、どのような関係が?」


「私たちは力の代償に、命が短いと考えています。私たち天魔族は10歳から成人と考え、結婚や巣立ちを可能としています。それでもこの渓谷に残る者は多いのですが」


「人間とあまり交流はしていないのか?」


「それについては、全く、というわけではありません。穀物の種や、調度品や嗜好品など、種族を隠してやりとりなどをしています」


「公の場で交流は?」


「それは難しいですね」


「なぜだ?」


「それは……人間が我々天魔族を道具としてしか見ることがないからです……」


「なぜ……そう見られているのだ」


フローラは悲しそうな顔をし、昔の天魔族の話をしてくれた。


「遠い昔、人間族と交流し、繁栄していた時がありました。人間族と協力しモンスターの脅威から街を守ってやったり、その見返りに物資などを都合してもらったり、ですが人族は天魔族の強さに目をつけました」


「なるほど……人族の敵はモンスターだけではない。と」


「はい。人族は人族同士で争います。私たちは戦争の道具として使われました。『天魔族を手中に収めたものが世界を手に入れる』とまで言われていました」


ラロッソとフローラの顔は俯き、その話を振り返っているようだ


「この話は私たちが学校で学んだことです。当時の天魔族は、種族同士で争うことを良しとしませんでした。天魔族は戦争を放棄しました。ところが、その人族は天魔族の子供を人質にとり、我らを脅したのです」


「……」


「子供といっても、戦闘力は下手な人族より格段に上です。ですが、人族が仲間を人質にとり脅した事実は変わらず、怒りは収まりませんでした。全ての天魔族が強襲し、一晩にして、その国を滅ぼしました」


「それほどの恨みを持ちながらも、今も人族と少しばかり交流を持っているのは?」


「『この憎しみは今の者たちのものだけ。後世に継いではならない』人族とはこの惨劇もありましたが、今世の天魔族は人族を良き隣人として接するよう言われています。昨日のように人攫いも起きるのですが、逃したことはありません」


「なるほど」


「恩人にこんな暗い話をしてしまって申し訳ありません」


フローラは改めて頭を下げた


「いや、なぜラロッソやフローラが怒っていたかも頷ける。何より俺は旅人の身、見聞を広げられるのは大変喜ばしいことだ」


「そう言っていただけると助かります。と、そろそろお時間ですかね」


とは言ってもまだ7時だったが、とりあえずハルカを起こしにいき、4人で軽く話した。

フローラは俺にしてくれた話を掻い摘んでハルカに説明してくれた。その話を聞いたハルカも怒りを露わにしたが、それは昔の話で、今怒ってはならない。とフローラになだめられていた。


そして朝食を食べ、俺たちは族長と呼ばれる者の元へ行くこととなる

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