骸骨に胃袋

ミカイルに連れられ、俺の胃袋を作ってくれたという職人の元へと案内される。


「お邪魔します。フロバさん」


木の中に出来た工房に邪魔すると、顎髭の生えたバルギークをかなり小さくしたような男が革鎧を作っていた。


「ん?あぁ!ミカイルさんじゃねぇか!依頼されたやつはもう出来上がってるぜ!ちょっと待っててくれよな!」


ミカイルが話しかけると、笑顔を向け、一旦その手を止め、手を拭きながら近づいてきた


「そっちの人らは……あぁ、噂になってる来賓ってやつかい」


顎に手を当て、俺とハルカを吟味するように見ている


「はい。ムルトさん、こちらはこのエルフの国一の革職人のフロバさんです」


「ははは、よせやい。俺なんてまだまだだぜ。ま、この国で一番だとは思ってはいるけどよ」


「フロバさん、こちらがムルトさんで、こちらはハルカさんです」


「おぉそうか、よろしくな」


フロバはそう言って右手を差し出し、ハルカと握手をする。俺も右手を出して握手をしようとしたが


「……おい、あんたのとこでは手袋をしたまま握手をするのか?」


怪訝な表情で俺を睨んだ


「すまない……手が爛れていてな、見るに堪えないものなのだ」


「それにその仮面もだ。人と話す時は外すのが筋ってもんじゃねぇのか?そこの嬢ちゃんもだ」


「も、申し訳ありません」


ハルカはすぐに狐口面を取り外した


「皮膚が爛れていようと腐っていようと俺はなんの問題もない……それでも、あんたは外さないのか」


「……すまない」


しばらく無言が続く、ミカイルは何も言わず、それを見守った。


「……ま、別にあんたらと俺はこれから関わるってこともないだろうし、客でもない。すまんかったな」


「いや、悪いのはこちらだ。すまない」


「もういい。っと、ミカイルさん。例のものはこっちだ。ついてきてくれ」


「はい。ムルトさん、ハルカさん、気を落とさないでください。仕方のないことです」


「あ、あぁ」


ミカイルにそう言われたが、フロバの言ってくることは正しいのだ。


俺たちはフロバに着いて行き、ある個室へとたどり着く。

色々な革鎧や、靴、ローブなどもある。

その部屋の真ん中にある机に、それはあった


「これが依頼されてた品だ。骨人族の胃袋だっけか?外に売るものでもねぇし、一品だけだなんて、陛下はなぜこんな依頼を?」


「複雑なわけがありまして……ありがとうございました。フロバさん」


「良いってことよ。それより、陛下も太っ腹だよな、この素材、少し前に出たジャイアントバジリスクドラゴンのだろ?陛下直々に出向いて倒したっていう」


「えぇ。そうです」


「魔眼耐性、状態異常耐性、精神魔法耐性、俺が特に付与しなくても色々な効果がある。これをつける骨人族ってのは、さぞ強いんだろうな」


「はい。それでは、こちらは受け取って行きますね。代金は後ほどその方から受け取りますので」


「それで大丈夫だ。だがしかし、せっかく作ったものだ。そいつがつけているところを見たかったなぁ」


「申し訳ありません」


「いやいや、ミカイルさんが悪いわけじゃねぇ。何か理由があるんだろうよ」


「……見たいか?」


俺はつい口を開いてしまう


「あ?あぁ。爛れてる手足ってことか?今更見たこところで俺のあんたへの評価は変わらない」


「違う」


その一言に、ミカイルもハルカも気づいたようだ。

ミカイルは止めようかどうかという顔をしている。そうなるのもわからないでもない。

俺がスケルトンだということを知っているのは謁見の間にいたあのエルフたちだけ、衛兵に関してはジルが魔法を使って情報漏洩をしないようにしている。だがフロバは一個人であり、俺がスケルトンということを口外しないとも言えない


「ムルトさん」


ミカイルは少し語気を強め、俺に言った。だが、俺は譲れなかった。俺のために作ってくれた装備だ。礼節を欠くわけにはいかない


「すまない。ミカイル、俺が、そうしたいんだ」


俺がそう言うと、ミカイルは何も言わなかった。


「話が見えてこねぇな」


フロバは腕を組み、首を捻っている。

フロバもこの話が重要なことだろうとは察したらしい


「これを見てほしい」


俺はそう言い、右手をだす。手袋で覆われた右手をフロバは真剣な眼差しで見つめている。俺は指先を引っ張り、手袋を取り去った。

その真っ白な手を見て、フロバは片眉をあげた


「……あんたが骨人族か」


「そうであって、そうではない」


俺はフードを脱ぎ、仮面を取り去る。白い頭蓋骨が姿を現し、フロバは俺の顔をマジマジと見た。

俺はそのままローブを脱ぎ、全身を見せた。

短剣2本胸に提げ、腰には長剣を帯びている。試作品でもらった胃袋の中では、宝玉が怪しく光っていた。


「それは俺の作った……それがあんたか」


「あぁ……我が名はムルト、ランクB月の骸ムーン・スケルトンだ。先ほどの無礼、失礼した」


俺は改めて名乗り、謝罪をし、右手を差し出した。

フロバは俺を上から下まで眺め、俺の静かに燃える青い目を真っ直ぐに見た。


「……ここで国一の革職人をさせてもらっている。フロバだ。……改めてよろしく頼む」


フロバは俺の差し出した手を握り返す。


「ありがとう」


俺は感謝を述べた。


「よせやい……さっ、取り替えてみるか」


フロバは俺が装着している胃袋をテキパキと外し、新しい胃袋を装着してくれた。


「留め具とかの説明はもういらねぇよな。ムルト、この胃袋について説明するぜ。まずはその耐久性と効果だ。さっきも言ったように、たくさんの耐性がついている。それはジャイアントバジリスクドラゴンが元々持っていた耐性に、俺が少しだけ足した。 主なものは状態異常耐性だ。精神的なものからも守ってくれるし、魔法耐性もついている。そして俺が付与したのは、自己消毒、耐性力アップ、その他諸々だ。伸び縮みもするし、洗う必要もない」


「素晴らしいものをありがとう」


「いいってことさ、次に弱点だが……魔法だ」


「魔法耐性がついているのではないのか?」


「あぁ。だが、それは魔法の攻撃を軽減するというだけで、絶対壊れないというわけではない。第一、このモンスターを倒したのはジル陛下だ」


「確かに、な」


「まぁ、胃袋なんだ、そうそうやられることもねぇだろ」


「戦う時は脱いでいるからな。ところで、代金は?」


「大金貨5枚だ」


「あぁ。わかった」


俺はハルカのアイテムボックスから、大金貨を10枚取り出し、フロバに渡す。


「多すぎやしないか?」


「迷惑料のようなものだ。他の仕事もあっただろう。それなのに俺の胃袋を優先して作ってくれていたようだ」


そう、この部屋には作りかけの装備があったのだ。それに時期も時期ということもあり、俺が来る前に依頼されていたものだろう。

ジルが俺のために無理に頼んだのだと思う。だがフロバはそれを受けてくれた


「そうか……」


フロバは俺の手から大金貨を1枚だけ取った


「迷惑だなんて思ってやいねぇし、いい仕事が出来た。俺も感謝する。それは謝礼金だ。取っといてくれ」


「だがっ」


「いいんだ。そして俺はあんたのことについて口外することもしない。ムルト、お前さんの中で色々考えて、その顔を見せてくれたんだろう。だったら俺はその決意に筋を通す」


フロバはそう言って、作りかけの装備を手に取り、工房へと戻ろうとする


「さぁ、帰った帰った!俺は仕事が溜まってんだ!次のを作らねぇと!」


フロバは後ろを振り向かず、工房へと引っ込んでいってしまった


「……フロバさんは不器用な方なんです。そして良い方、陛下も一目置いています。口外は必ずしないと思いますよ」


「……それはいいのだが……そうか」


「フロバさんにはまた私たちからお礼を申し上げますので。それでは、服を見に行きましょうか」


「あぁ。頼む」


フロバの工房を後にし、俺たちは服屋へと向かった。


(……良い、国だ)


改めてエルフたちの暖かさを感じた。

別れの日は、近い

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