勇者と角骸骨2/4
「うおおぉぉぉおぉぉ!!!」
ジャックは悲鳴に似た雄叫びあげた。
体が、心が、本能から逃げろと警報を打ち鳴らしていた。それは、圧倒的なまでの死の恐怖。その警報をジャックは聞き、叫びをあげながら全ての力を足に、雄々しく走ってきたはずの足に、逃げるために力を入れた。
変わらぬ速さで、ジャックはスケルトンの群れから抜け出した。
「がっ、ぐぁうぁぁぁぁあ」
全身を駆け抜けるほどの痛み。足は平気だ。体にも傷は見当たらない。
(う、腕はどうだ?)
右手には、白く輝いている短剣が握られたまま、左手は……肘の先ほどまで骨が剥き出しになっていた。その白い手の中には黒い短剣が変わらず握られていた。
「ぐぅ……ふっ、ふっ、は、はぁ……」
痛みは継続的に体の中を駆け巡っている。ジャックは息を整える。
(冷静だ。冷静、冷静になれ、冷静さを欠けば死ぬ。死ぬ……?)
日本でも健康を心がけ、食べ物にも気を使っていた。危ないことはあまりせず、歩行者信号なども守っている。それはこの世界にきてからも同じだ。強敵は仲間と協力し、余裕を持ちつつ勝ってきた。
死ぬということ、もちろん、覚悟がないわけではない。ミナミもサキもジャックも、戦って命を奪ってきた。いつしか自分らの命も奪われることもあるだろう。覚悟はしている。
だが現実味をあまり感じてはいなかった。
勇者として召喚され、強い武器、強い装備を手に入れ、チートや身体能力もある。少しだけ、ほんの少しだけ油断をしていたのかもしれない。
(俺が……死ぬ……?)
ジャックは恐怖を感じていた。死の恐怖。
今、それは目前へと迫ってきていた。
一歩間違えれば何も考えることすら消えていたのだろう。
そして、ジャックの命を脅かした死の恐怖は、今ゆっくりとジャックへと近づいていた。
「ひっ、ああぁっ……」
ジャックは、目の前でよろよろとこちらに向けて歩いているそいつを見て、情けない声を出してしまう。そいつは、角の生えたスケルトンだった。
そのスケルトンは身を屈め、前傾姿勢になる。
「ろ、ロケットスタートッ?!」
瞬間、そのスケルトンが突っ込んでくる。
自分よりは遅いか、または同程度の速さか、ジャックは自分と似たようなスピードだからこそ、そのスケルトンがゆっくりに見えた。周りから見れば確かに速い動きだが、ジャックにはゆっくりに見える。
膝をつきうなだれているジャックは、すぐにそれを避けることはできるはずがなかった。
ジャックは悟った。自分は、今ここで死んでしまうのだと
(ごめん……ミナミ、サキ)
目を瞑りその運命を待つ。
すると、衝突音のようなものが聞こえ、怒号が鳴り響く
「馬鹿者!!諦めるな!!手足があるなら、命が燃え尽きてもらぬなら、死ぬまでもがけ!」
「へっ?」
ジャックは目を開け、前を見る。
目の前から迫っていたはずのスケルトンはおらず、いつの間にかハンゾウが横に立っていた。恐らく分身だろう。
「は、ハンゾウさん、レイスは?」
「分身に任せている。それよりお前だ」
横に立っているハンゾウはどうやら本物のようだ。分身が消えたことを不安に思い、ジャックの叫びを聞き、助けに駆けつけてくれていた。
駆けつけてきたのはハンゾウだけではない。
「ジャック!」
「ジャックさん!」
ミナミとサキもだ。未だ全てのアンデッドは倒しきれていない。それでも仲間の、友達の叫び声が聞き、飛んできたのだ。
「みんな……」
「ジャックさん!その手はっ」
サキはジャックの真っ白な腕の骨を見てそんな声をあげた。
「あぁ……これは」
ジャックは説明をする。角の生えたスケルトンのことを、それに腕をとられたことを、ハンゾウもそのスケルトンに分身を消されたことを話す。
「一体どうやって?」
そう話している間にも、角の生えたスケルトンはロケットダッシュをし、ミナミ達に突っ込んできている。だがその都度ハンゾウの分身がその身を呈して横から飛びついていた。
スケルトンもその都度よろよろと立ち上がり、数歩歩いては、また突っ込んでくる。
「俺の分身で感じたことは、ある一定の距離があいつの有効範囲内。術も魔法も効かず、剣も消えた。溶けるというよりは、削り取られる。と言ったところか」
「聖天魔法は?」
「まだ試していない。俺の分身は聖天魔法が使えなくてな、霊刀も効くかわかる前に削り取られた」
「なるほど、それでは、私が聖天魔法を打ち込みましょう」
「サキ、お願い」
サキは両腕を広げ、魔力を練る。
発動させるのは、聖天魔法の極大魔法
狙いを定め、魔法を発動する。
「ー聖葬・神の羽衣ー」
大きな魔法陣が角の生えたスケルトンだけではなく、その周りのスケルトンをも包み込み、崩し尽くす。はずだった。
普通のスケルトンや、レッドスケルトン、トールスケルトンなどはその身を崩し消えていっていた。だが、角の生えたスケルトンは違かった。
なんの影響も受けてないように、よろよろと歩みを進め、また、突っ込んでくる。それを分身が止める。
「は、はぁ、はぁ、ダメでした。ごめんなさい」
「サキ、大丈夫?」
「魔力を使いすぎてしまって……正直、もうあまり戦えません」
それは、サキだけではなかった。
ミナミも、ハンゾウも、優勢ではあったが、全く厳しくなかったわけではない。力を使い、体を使い、疲労も傷もある。
アンデッド全てを倒しきるのも、正直なところ絶対できるとは言えない。
「逃げよう」
そう言ったのは、心の折れたジャックだった。
「あのスケルトンには勝てない……思考加速も並行思考も使ったけど、無理だ。全ての攻撃が効かない。勝てるわけがないんだ。逃げて仲間を集めてまた来ればいい」
「それまで何日かかると思ってるの!その間に村が襲われたら!」
「それは不運だったってことさ、今のままじゃ、勝てないんだから」
「ジャック……」
「今ならまだ逃げ切れる。俺が失ったのは腕だ。足は無事なんだ。みんなを抱えて逃げきるのだって俺にとっちゃ」
大きな音が聞こえた。それはジャックからした。ミナミは泣いている。泣きながら、ジャックの頰を叩いていた
「あなたが弱気になってどうするの!今までだって強大な敵とも戦ってきたじゃない!それを腕を失っただけで!」
「腕を失っただけ?!ミナミは知らないんだ!あれを!死の怖さを!死ぬのがどんなに怖いか、知らないからそんなことが言えるんだ!!」
「死ぬ覚悟なら3人でしたじゃない!」
「あぁしたさ!したけど!死ぬってのは、殺されるっていうのは、そう簡単に割り切れるものじゃなかった!!ミナミだって覚悟しきないと思う!」
それを聞いたミナミは、手に持っていた刀を自分の首に添えた。首筋からは、鮮血の血が滴っている。
「死ぬのは怖いわ……怖いわよ。それでも、私は覚悟してる。私が死ぬより怖いのは、救えるはずだった人たちを救えないことよ」
今もなお、ミナミはゆっくりと刀を引いている。
「ミナミッ」
「並行思考と思考加速をしたあなたなら、どうすればあのモンスターに勝つかわかっているはずよ」
「だからそんなものなかったって」
「1つだけ、あるでしょう?」
その言葉に、ジャックは口を噤んでしまう。
知恵の美徳を持つジャックが考えて考えて導き出した答えは、逃げの一手、そして、唯一勝つことができるだろうという手がある。
「……ある」
「やっぱり」
「でもダメだ!あれを使えば、もう逃げきれない!」
「それでも試すのよ」
「そんなの……ダメだ」
「私は、やるわ。サキ、ハンゾウさん、協力してください」
「御意、して、その手とは?」
「私の固有スキル、無敵の剣撃オールカットを使います」
「それを使えば勝てると?」
「恐らくは」
今も着々とハンゾウの分身は消えている。
「私の無敵の剣撃は強力な攻撃なんですが、デメリットが多いんです」
「デメリットとは?」
「まず、溜めの時間、私が気を乱さず、集中する時間が必要です。それが5秒なのか1分なのか、それ以上なのか」
「なるほど、時間を稼いでほしい。と」
「はい。そして最大のデメリットが、私はこの技を使った後、完全に動けなくなります」
「それはどういう?」
「MPを全て使い果たし、全身が痺れたように動かなくなるんです」
「ミナミちゃんがこの技を使えるようになったのも、限界突破をしてからで、それほど体に負担があるということなんです」
「なるほど、わかった。時間はどれくらいほしい?」
「長くても1分はほしいです」
ミナミはグールと戦っていた。当然息も切れている。紫桜・炎斬も集中して打たなければならない。1度息を整え、集中しなおす必要がある。
「それでは、お願いします」
ミナミは刀を納め、目を閉じ、精神集中を行う。
「ふぅ……」
息を吐き、空気を吸い、呼吸を整える。
ハンゾウもサキも、ミナミのために戦場へと戻る。
ジャックは未だ、悩んでいた
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