骸骨は無礼者

「ムルトくん、でいいのかな?」


「いや、ムルトで大丈夫だ」


威厳のあるその老エルフ、ジルはそう言った。


「ふむ、それでは改めて」


「陛下!発言をさせていただきたい!」


机を叩いた大きな音が謁見の間に広がり、1人のエルフが手を挙げ立ち上がっていた。


「ふむ、ギマル、発言を許そう」


「はっ、ありがとうございます。まず、そのムルトという男についてですが、私たちはここに来てから初めて会いました。それについてはまぁ良いでしょう。ですが!その男は陛下に無礼な態度をとり、ローブや仮面すらも外していないではないですか!陛下はなぜこんな無礼者を城にお招きになられたのですか!」


「ギマルてめぇ!!陛下がお連れになった客人を悪くいうつもりか!」


向かいの机に座っていた、はち切れんばかりの筋肉をしている大きなエルフが、暴れるように立ち上がってそう言った。


「バルギーク!貴様は見るからに怪しいものを目の前で野放しにするのか!お前のその筋肉は敵を倒すものにあるのだろう!まさか脳みそまで筋肉になってしまってそんなこともわからなくなったか!」


「ギマル!てめぇ!」


バルギークと呼ばれたエルフが机に足を乗せ、身を乗り出そうした瞬間、コン、と耳触りの良い音が聞こえる。

ジルが杖で床を一度叩いた音だ。

それだけで、その場にいた誰もが静まり、音を出したジル本人を見た。


「静まれ、客人の前である。バルギーク、席につけ、ギマル、お主の疑問に答えよう」


そう言われ、バルギークは嫌な顔1つせず静かに席に着いた。ギマルも席に戻る。

いつの間にかミカイルが袖から現れ、1枚の木の板をジルへと渡した。恐らくハルナからもらった紹介状だろう。


「これは、儂のひ孫のハルナが、世界樹の枝で作った紹介状じゃ。これには、この男の事情や、目的が書いてある。これを読んだのは我とミカイル、そして2人をこの国へと連れてきてくれたアリバも読んだかもしれぬ」


「この男の事情ですか?それはこの国に来た目的に関係することなのですか?ですが、やはりローブや仮面をし、姿を隠して謁見の間にいるのは、やはりおかしいのではないでしょうか!ローブや仮面に武器を隠しているかもしれません!」


「ギマルの言うことも一理あるだろう。が、ローブや仮面をしているのは、ムルトくんの事情によるもので、儂もそれを了承して謁見を行なっておる。そして武器を隠して持っているとのことだが、ムルトくんは武器を持ち込んではいるが、害意はない。だな?」


「はい」


ジルの隣に立つそう答え、机に座っているエルフ達はざわつき、衛兵も少しだけ揺らいでいる。


「ムルトくん、持ち込んだ武器を見せてはくれないか?」


「む?あ、あぁ」


唐突にそう言われ、俺はローブを少し開け、腰に挿している半月の柄に手をかけ、その剣を抜きはなった。

瞬間、ガチャガチャという音、矢をつがえる音、席から何人かが立ち上がる音が聞こえた。


「陛下!この男は危険です!!」

「正体を表したな!」

「武器を捨てろ!」


ギマル含むエルフ達が、口々にそう言った。

それでもジルは席から立たず、俺たちを静観している。


右側から風切り音が聞こえた。俺はそれを目で確認した後、抜きはなっていた半月で切り落とした。衛兵の誰かが矢を放ったようだ。


コンコン、先ほどと同じように耳触りのいい音が聞こえる。瞬間、謁見の間を飲み込むほどの大きな魔法陣が床に現れる


「陛下!」

「やはりこの男は危険です!」

「陛下が魔法を使った……!」

「無礼者を処罰するのであれば、我々だけで!」


エルフ達は口々にそう言った。そんな喧騒の中、ジルはまた深く、響く声で小さいが、はっきりと通る声で言った


「静まれ」


その一言だけで、騒がしさはなくなる。

そして、巨大な魔法陣は散り、俺とハルカ、ジル以外の者の足元に移動したようだ。


「今から使う魔法は、尋問魔法のひとつじゃ。了承を得たものの行動を、簡単なものだが、従わせることができる。この場にいる皆は、当然了承してくれるな?」


優しく言っているのだろうが、その目つきは鋭く、王としての風格、そして有無を言わさぬ凄みがある。

この場にいるエルフは、皆静かな首を縦に振る。


「良し、それでは魔法を発動させる」


魔法陣から青白い光が溢れ、魔法陣の上に立っている者を包み込んだ。


「正直に心の中で応えよ。今、この場でその男、ムルトくんが剣を抜いた時、ムルトくんが発言した時、害意や敵意を抱いた者は、この場から去れ」


青白い光が魔法陣の上に立っている者に収束し、各々が体を動かし始めた。

何人かが静かに席に戻ったが、この謁見の間にいたエルフのほとんどが、後ろの赤い門へと向かい、ここを出ていった。


謁見の間に残ったエルフは、ジルを除いて9人だ。ジルの隣に立つミカイル、そして机に座っていたエルフが数人、そして衛兵が2人残っている。


「ふむ……思ったより残った者は少ないな」


「いえ、妥当なほうかと」


「ふむ、そうか……うむ。ムルトくん、改めて名乗らせてもらおう。このエルフの国を治めている。ジル・ボット・ゴルニーニ、ハイエルフじゃ」


先ほどの凄みが嘘のように、穏やかな顔で、そう言った


「先ほどの騒ぎはすまなかった。姿を隠し、武器を所持していると知れば、少なからずああなることはわかっていた。だが、ムルトくんの事情もある、秘密を共有する者は少ない方が良いと判断した。試すような真似をしてしまい、すまない」


「いや、大丈夫だ。ああ言われるのは慣れている。それより、一国の王が簡単に謝るものではない」


「ほっほっほ。そう言ってもらえると助かるのぉ。儂のことはジルと呼んでもらって構わない」


「私もムルトと呼んでくれて構わない」


「じゃが、やはりムルトくん、じゃな。ここにいる者は、君に害意や敵意を示さなかった者だ。ローブや仮面を脱いでも、大丈夫だと儂は思う。必要ならば先ほどのように尋問魔法を使ってもいい」


ジルは少しだけ申し訳なさそうにそう言って、俺にローブを脱ぐようお願いをした。


「いや、その必要はない。私の姿を見て感じることは人それぞれだ。私はそれを受け入れよう」


躊躇することはない。ハルナの里でもそうだった。姿を隠せば怪しまれ、得体の知れないものは怖がられる。ハルナも、その事を紹介状に書いたと言っていた気がする。 俺は半月を鞘に納め、顔を隠している仮面に手をかけ、ゆっくりとそれを脱いだ。

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