人間とクリスマスパーティ


そして、ムルト達は今。

クリスマスパーティの会場であるリーン・フォルベス邸へと向かっている。

一様に、そこへ向かう人々は、ムルト達と同じようにローブに身を包み、顔などをフードで隠している。


「招待状を拝見しても?」


屋敷の玄関では、緩やかな列が2つあり、そこには黒いタキシードを着こなした男達が招待状を確認している。

ムルトも2人分の招待状をその男に見せ、中へと通される。


「中の者が案内致しますので、そちらのほうへよろしくお願いします」


中へ通されると、今度はメイドがいた。ムルトとハルカはリーナですでにメイドを体験済みなので、特に驚く様子もないが、メイドや執事といったものを雇っている貴族は中々少ない。


「すごいですね。ムルト様」


「あぁ。見事な家だ」


ムルトがそう言う通り、リーンの屋敷は見事だった。リーンが貴族だということは知っていたが、どれほどの権力と富を持っているかムルトはわからない。華美過ぎないほどに留められているリーンの屋敷は、気品があった。


「それでは、こちらでお着替えをよろしくお願いします。武器や危険物などをお持ちではないか、また後で調べさせていただきます。儀礼用の剣などであっても持ち込みは禁止させていただいておりますので、あちらの箱の中に入れていただければ、私たちが責任を持って管理致します。何かあればドアをノックしてください。それでは」


メイドは丁寧に礼をし、部屋から出て行く。


「それでは、着替えましょうか」


「あぁ」


「ちょっ?!ムルト様?!」


「む?どうかしたか?」


「どうかしたか?じゃなくて!服!着てください!」


ローブを脱いだムルトは、全裸だった。それもそのはずである。元々は白骨、服など着ていなかったのだから、ムルトはずっとここへ来るまでローブの下に下着の一枚も着てはいなかった。

ハルカは慌ててアイテムボックスの中からムルトのスーツを出し、シャツなどを着させたが、ムルトの下着は何1つとして持っていない。


「困ったな……」


「困りましたね……あっ」


よくよく部屋を見渡せば、部屋の隅に貸し出し用の衣装のようなものがある。細かく探すと、下着などもそこにはあった。下着だけをかり、自前の礼服に2人はそそくさと着替え終えた。


ムルトは青色のスーツ、ハルカは黒い、キラキラとしたドレスだ。

2人とも首元に月のペンダントをしている。


「仮面舞踏会か」


「はい。そうですよ」


ムルトとハルカは改めて仮面をする。

ムルトは月の仮面を、ハルカは狐口面をする。ドアをコンコンと叩き、着替えが済んだことを報告する。


「それでは持ち物チェックを致します。……はい。大丈夫ですね。それでは会場へとご案内致します」


ムルトの半月や宵闇はハルカのアイテムボックスの中にしまってある。

いざとなれば引き出せるし、魔法もあるので、特に戦闘に関して心配はない。


メイドに案内され、到着した会場を見て、ムルトはまたもや声を漏らす。


「ほぉ……これはすごい」


見渡す限りの人々が仮面をつけている。

猿や狼、犬や鳥、蝶々など、呼ばれている人物のみならず、仮面舞踏会を盛り上げるために呼ばれたであろう音楽隊や、コックやスタッフに至るまで、ほぼ全員が仮面などをつけている。一部の人間はすでに顔を晒しているようだが、それも気にならないほどだ。


「来てくれたんですね。骸骨さん」


真っ白なドレスに身を包み、鼻から上を隠すような大きな羽を広げたアゲハ蝶のような仮面をしている女性が、ムルトへ声をかけてくる。ムルトはその女性の声に聞き覚えがあった。


「リーン殿か?」


「うふふ。正解です」


「よく私がわかったな」


「うふ。だって、いつもと同じ仮面ではありませんか」


「ぬ?む。確かに」


「えへへ、お茶目なんですね」


「あ、あぁ」


ムルトはリーンと楽しく話をしている。

そうしていると、段々と人が集まってくる。リーンはよくこういった催しをしているらしく、顔が広い。すぐにバレ、色々な人が集まってきてしまう。それでもムルトはその中心におり、色々な人物と話をした。


(……今の俺は、人間か)


仮面からはみ出る髪が、裾から出ている腕が、自分が今人間として生きていることを教えてくれる。ムルトはそれが楽しかった。

すぐに仮面をとり、その顔で話す。


「へぇ、ムルト様っておっしゃるんですね。笑顔もかわいいです」


「む?そうか。ありがとう」


「喋り方からして、お堅い怖いお方だと思ってたんですけれど」


喋り方が堅い割には、ムルトの表情はコロコロと変わっている。

はにかんだ顔に、少し困ったように眉が下がっていたり、と思ったら満面の笑みで笑う。


「そんなことはないさ。私が言うのもなんだが、私は優しい」


ムルトは笑う。顔の筋肉が動いているのがわかる。


「うふふ。きっとそうなんでしょうね。エルフに会われたお方ですものね」


「あぁ」


「その、ムルト様、良ければ一緒に踊っていただけませんか?」


「ぬ?嬉しい申し出だが、私は踊りということをしたことがないのでな」


「任せてくださいっ」


リーンはムルトの手を取り、人の輪から飛び出す。

舞踏のスペースに行くと向かい合い、ムルトの手を強く握った。


「手は、ここです……」


リーンがムルトの手を取り、自分の腰へと巻きつけさせる


「いち、に、いち、に」


リーンがそう声を出しながらムルトをエスコートする。


「む、いち、ぬ……」


「下を向かないで、私を見てください」


ムルトはそう声をかけられ、顔を上げる。目の前にリーンがいる。仮面はいつの間にか外され、その愛らしくも艶やかな顔が近くにあった。


「私を、見て」


小さな唇から漏れたその声を聞き、ムルトは固まってしまう。音楽隊が鳴らす音を聞きながら、手足を動かす。


「上手ですよ」


どれほど時間が経っただろうか、ムルトは夢中だった。目の前の女性の楽しむ姿に、惹かれていた。


「少し、休みましょうか」


「ぬ?あ、あぁ。そうだな」


気づけば時刻は夜の11時。


(夢中で踊ってしまったな)


ダンスホールから出て、2人でワイングラスを受け取った。飲み口を静かに当てて、口に含んだ。初めてのワインの味に、ムルトは少しだけクラっとしてしまう。


「楽しいですね。ムルト様」


「あぁ。今日は誘ってくれて、ありがとう。メリー、クリスマス?」


「メリークリスマス。どういたしまして」


リーンのワインの飲み方は、蠱惑的で妖艶で、ムルトはそれに見とれてしまう。

ワインのグラスからリーンの真っ赤な唇が離れ、ムルトに向き直る。


「ムルト様……よかったらこの後、私のお部屋に、来ませんか」


「部屋?なぜだ?」


「そ、それは……」


リーンは赤くなり、後ろを向き、少ししてからまたら向き直る。


「女の子に言わせるなんて、ダメですよ」


ムルトの鼻をちょん、と押し、そう言った。


「す、すまない」


ムルトもたじたじだ。

そのままリーンはムルトの手を引き、部屋に連れて行こうとする。ムルトも抵抗せず、それについて行く。だが、途中で一人の女性が目に入る。

パーティーの会場から外へと通じるテラス。

そのテラスには大きな月、のようなものがあり、白い手すりに、黒いドレスの女性がもたれかかっている。手にはグラスを持ち、頰を微かに赤く染め、うっとりとしていた。

ムルトは、その女性に吸い込まれるような気持ちを感じた。


「すまない」


「あっ」


ムルトはリーンの手を離し、テラスの女性に声をかけた。


「ハルカ」


その女性は振り返る。

暗闇と同じ色の髪だが、艶やかで星のように光る髪がふわりと持ち上がった。


「ムルト様、仮面外したんですね」


「あぁ。ハルカも」


「あのお嬢様とは、もう、いいんですか?」


ハルカの見ている先には、リーン。

新しいグラスを手に取り、あおっている。


「……あぁ」


ムルトも振り返り、リーンを見る。そしてムルトは改めてハルカを見つめ、片膝をつき、手を伸ばす


「一緒に、踊ってはくれない、だろうか」


ハルカは胸の前で手を組み、息を飲んだ。

それから一拍おいて


「もちろんです!」


ムルトの手を取った。





その日のクリスマスパーティでは、髪の色が反対で、真っ暗な夜と、青い月が共に踊っていた。

2人ともぎこちない足取りでダンスを踊っていたが、誰も2人を笑うものはいなかった。


なぜならば、2人とも見事なほどに綺麗な笑顔をして踊っていたからだ。

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