骸骨の肉付き


そして、ムルトとハルカがリーン・フォルベスと出会ってから2日が経つ。


「む、あれは」


目の前から歩いてくるのは、赤い衣服を身に纏った大男、顔のちょうど中心に縦一線の傷がある。そしてその横には、その大男と比べると小柄な、全身を真っ黒な服に包んだ男、ムルトとハルカはこの男に見覚えがあった。


その男も視線に気づいたようで、一瞬目を合わせた後、すぐに逸らした。


2人とも、特に何を言うでもなくすれ違ったのだが、その男と共に歩いていた大男が足を止めた。


「そこの仮面をつけた者よ。待ってくれぬか?」


「どうしたジュウベエ、先を急ごう」


「いやロンド、先を急ぐ旅でもあるまい。おい、そこの」


ムルトはその声に足を止め、後ろを振り返る。


「私に、何か用か」


ムルトは落ち着いた声で、慌てた様子もなくそう言った。


「ふむ……お主、人間でもなければ獣人でもエルフでもなさそうだ。そこのお嬢さんは魔族か」


「……私は人間だが」


「いや、わしの勘が違うと」


「ジュウベエ、行くぞ」


ロンドがジュウベエの服を掴み、引っ張る。

ジュウベエはそれを振り払い、ムルトに近づいていく。


「お主、モンスターか?」


「おい、ジュウベエ」


「失礼」


ジュウベエはロンドの制止も聞かず、目にも留まらぬ速さでムルトのフードと仮面を取り去った。

ロンドは構える。

ハルカは驚く。


そしてムルトは、微動だにしなかった。


「もう、いいか?」


「むぅ?あぁ、すまなかった」


そう言うと、ジュウベエは手に持っていた仮面をムルトへと返した。

ロンドも仮面の下のムルトのに驚いていた。ムルトの仮面の下は、紛れもない、人間の顔があった。

濃灰色の髪に、病的なほどに真っ白な肌、そして炎のように青い瞳。

全体的に中性的な顔が、そこにはあった。


「いや、構わない」


ムルトは、仮面とフードを改めてして、ハルカと共に歩いていってしまう。

その2人の後ろ姿を見つめながら、ジュウベエは呟いた。


「わしの勘も鈍ったか?確かにモンスターの気配がしたんだがなぁ」


「驚いたな」


「何がだ?」


「人間だった」


「そりゃ見りゃわかるさ。ま、行くか」


ロンドは、かつてヤマトで出会ったムルトの頭蓋骨を思い出していた。


(人化の術でも身につけたか?)


ロンドは心の中でそう考える。

高い知能を持つモンスターや、進化を重ねることで人化の魔法を使えるようになるモンスターはいないこともない。

だが、ムルトのそれは、ムルト自身が覚えたものではない。


なぜムルトが人の姿をしているのか?

それは今から半日ほど、昨晩まで遡らなければいけない。




「さて、どうしたものか」


宿屋のベッドでムルトが見ているのは、昨日リーン・フォルベスに渡されたクリスマスパーティの招待状だった。


「行けばいいじゃないですか。仮面舞踏会らしいですし」


「それはそうなのだが、やはり、な」


ムルトは仮面舞踏会というものも、クリスマスというものも知らなかった。

その2つについてはハルカから説明を受けている。


仮面舞踏会というのは、仮面をし、顔や身分を隠して談笑したりダンスを楽しむ。もっぱら貴族が開催する催しなので、自然と身分の高い者が集まるが、仮面を外すまではわからない。仮面舞踏会ではあるが、仮面を途中で外してしまっても構わない。


そしてクリスマス

ハルカの世界であったものを聞いた。

こちらの世界でも、昔の勇者が持ち込んだということで、今でも祝われているらしい。


「それ、今日ですよね」


ハルカは招待状を指差した。


「あぁ……決めた。クリスマスパーティには行かないことにする」


「そう、ですか」


ハルカが微かに悲しそうな顔をしたのを、ムルトは見逃さなかった。

ムルトも行きたくないわけではないが、行けない理由など、よく探さなくてもわかる。


「さて、昨日見かけた月の教会にでも行こう」


「はい!」


ムルトはハルカを連れ、月の教会へと行く

当然のように、お布施として金貨を入れ、礼拝堂へと進んで行く。

いつものように膝をつき、2人して祈りをあげた。


「む、またここか」


ムルトがいるのは、またしても真っ白な世界。アルテミスがいる場所だ。


『こっちよ。ムルト』


「アルテミス様」


『ふふ、思ったより早く会えたわね』


「あぁ。嬉しい」


『私もよ。さ、座って』


「失礼する」


『月光剣は修復できた?』


「あぁ。この通り」


ムルトは腰に差していた半月を机の上に置いた。アルテミスはそれを持ち、剣を抜き、刀身を眺めた。


『うん。一点の曇りもない。綺麗な剣ね』


「い、いえ。アルテミス様に比べれば……」


『あらあら、嬉しいことを言ってくれるわね』


アルテミスは机に肘をつき、両手の上に顔を置き、愛おしそうな目でムルトを眺める。その大胆にも大きな胸元が、ムルトの視界の中に入る。


「アルテミス様、胸が見えている」


『どう?』


「む?大きい。と思う」


『それだけ?』


「む……綺麗?だ」


『う〜ん。そういうことではないのだけれど……ま、いっか』


「む?す、すまない」


『いいのよ。で、ムルト』


「?」


『ここに呼んだってことは……』


「また、何か起きるのですか?」


アルテミスはムルトの顔から目をそらさず、真剣な面持ちだ。


『ムルト……』


「あぁ」


アルテミスは目を閉じ、ゆっくりと息を吸い、大きな声でこう言った。


『メリー!!クリッスマァス!!』


両手を大きくあげ、ぴょんぴょんと跳ねながらアルテミスはそう言ったのだ。


「め、メリー?そ、それはなんだ?」


『あら?ハルカちゃんから聞いたんじゃないの?』


「簡単なものは聞いたが……」


『そうなの。クリスマスプレゼントの話とかはしてもらった?』


「あぁ。それなら教えてもらった」


『あらそう。私からムルトへクリスマスプレゼントをあげるわ』


「な、なんと」


『えぇ。本当よ。とは言っても、なんでもは無理なのだけれど……今日は日蝕の日。月の力が一番高まる日よ。だから多少なら融通がきくわ』


アルテミスはそこから色々な説明をするが、ムルトはほとんど聞いてはいなかった。


『でも、無敵の力が欲しいとか、邪神を倒して、とかは無理よ。日蝕の力も、今日の夜12時がピークで、ゆっくりと失われていくから』


「人間に……なりたい」


『へ?』


ムルトの口から漏れた言葉は、自分が憧れている種族になる。というものだった。


「1日だけでいい。人間として、過ごしてみたい」


『人間と、して』


「あぁ。できるか?」


『できるわよ。でも、1日だけよ。今日、1日だけ』


「構わない」


『わかったわ。楽しんでね、ムルト』


「ありがとう。ございます」





祈りが終わり、ムルトは顔をあげた。


「ムルト様?」


ハルカは不思議な顔をして、ムルトを見上げる。すると、ムルトはいきなり仮面とフードを脱いだ。


「えっ?!ちょ、む、ムルトさ……ま?」


ハルカは言葉をなくしてしまう。

頭蓋骨が飛び出てくると思った場所には、顔があったからだ。

濃灰色の髪に、病的なまでに白い皮膚、そして燃えるように青い瞳。

道を歩けばすれ違う誰もが振り返るほどの顔立ちをしている美少年が、自分の頬を確認するように撫でている。


「む、ムルト様、ですか?」


「あぁ。ムルトだよ。ハルカ」


ムルトは、初めての笑顔をハルカへと向けた。

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