骸骨の雪遊び

(静かだ)


吹雪の音だと思われるゴーゴーという音はなくなり、辺りを静寂が包んでいた。

焚き火も燃え尽きており、炭になった木が少しだけ赤くなっている。


耳元で、ハルカの静かな寝息だけが聞こえる。規則よく聞こえる寝息は大変可愛らしい。


(外が気になるが、抜けるわけにはいかないからなぁ)


カイロ、というものの代わりに俺がハルカを温めている。

下位召喚は使えるから、外を見てみたいと思っていたが、それはハルカが起きてからにしよう。





「おはようごじゃいます。ムルト様」


「あぁ。おはよう。少し頭を起こしてから外を見に行こう」


「わかりましゅた」


ハルカはあくびをしながら、新しく焚き火を作っていた。

昨日のように蓮華を使わず、指からバーナーを出していたが……

ハルカは顔を洗い、朝ごはんを軽く食べた。


「よし、行こう」


「はい!」


ハルカはローブの下に数本俺の骨を仕込んで、カイロ代わりにしている。

俺は自分が召喚したスケルトンに頭蓋骨を移し、体を借りている。

ハルカは洞窟の入り口を塞いでいた雪を取り除いた。


「おぉ……」


俺は目の前の光景を見て、思わず感嘆の声あげてしまった。


どこまでも広がる白銀の世界。

雪が辺り一面を覆い、太陽の光がその上へと降り注いでいる。

雪は太陽の輝きを反射させ、太陽に負けないくらい輝いていた。


「うわぁ……綺麗ですね」


「あぁ。ハルカは雪のことを知っていたが、ハルカの世界にもあったのか?」


「はい。ありましたよ。私の住んでいた場所はあまり降りませんでしたけど」


「降る場所は限られているのか?」


「どこでも降る可能性はあるんですけど、寒くないと降らないんですよ」


「そういうものなのか」


「はい」


「ところで、この雪というのはどうすればいいのだ?見るだけで終わりか?黄金の泉のように食べれるのか?」


「えへへ、綿あめみたいで美味しそうですよね。かき氷でも……あっ!ふふふ、ムルト様、この景色を見てください」


ハルカは広げ、雪原を指差す。


「あぁ」


「何もないですよね?」


「そうだな」


「そこに私たちしかいないんです」


「そうだな」


「一番乗りの特権は〜おりゃ!」


ハルカは洞窟を飛び出し、雪原の中へと走って飛び込んでいた。

ボフン、という音を立てて、ハルカは前のめりになって雪の中へ倒れこんでしまった


「ハルカ!大丈夫か!」


俺はすぐにハルカに駆け寄った。


「あはは、大丈夫ですよムルト様。これ、見てください!」


ハルカはそう言って、今しがた自分が飛び込んでできた跡を指差した。

そこには、ハルカの体の形に凹んだ雪、そして顔の部分は笑った顔を形取っていた。


「ムルト様、ほら」


ハルカはそう言って、後ろを指差す、そこには、俺とハルカの足跡だけが洞窟から伸びている。

雪原という白いキャンバスに、俺とハルカ、2人だけの足跡。

今この場所は、俺とハルカだけのものだ。


「ほぉ。素晴らしいな」


「さぁ!ムルト様も!」


ハルカはそう言って少し歩き、今度は仰向けになり背中から倒れこみ、俺を見る。

俺もハルカの横に行き、同じように仰向けに倒れこんだ。俺は変温を少しだけ感じるようにした。

冷たい雪が、背骨を、肋骨を冷やした。心地よい冷たさだ。太陽が冷えた体を少しだけ温めてくれる。


「ムルト様!面白いことになってますよ!」


「面白いこと?」


ハルカは大笑いをした。口元を手で隠し、俺の胸のあたりを指差す。

俺は視線を自分の胸に向けると、俺の胸の中いっぱいに雪が入っていた。

倒れこんだ時に、背骨の空いた場所から雪が俺の中に入り込んだのだろう。冷たい


「はっはっは!俺はスカスカだからな」


「えへへ、それもムルト様の良いところですよ」


ハルカは体を俺の方に向け、俺を見つめた。

俺もハルカを見つめる。


「ほ、他に雪でできることはないか?」


「そうですね……それでは」


ハルカはそう言って、いろいろなことを教えてくれた。

雪玉の作り方や、雪だるま、雪うさぎなんてものも作って見せた。


朝、何もなかった純白のキャンバスに、俺とハルカは色をつけた。

足跡や、雪に顔を押しつけたり、雪だるまを作ったりだ。

俺の手足は骨で出来ており、皮膚がない。

雪玉や雪だるまは思うように作れなかったが、それでもハルカが手伝ってくれた。


日が暮れた頃には様々なものが洞窟の前に出来ていた。

昼ご飯も忘れ、遊びに暮れていたこともあり、早々に切り上げた。


「そういえば、モンスターを見ませんね」


「あぁ。殺気を放っているからな」


「殺気ですか?ワイトさんみたいに?」


「あぁ。殺気を広げ、モンスターが近寄らないようにしている」


「さすがです!ムルト様!ですが、Bランク以上のモンスターは近寄ってくるってことですよね?」


「ふふふ、一工夫していてな、殺気を放ちつつ、その殺気に憤怒の魔力も混ぜているのだ」


「なるほど」


「大罪スキルは危険な代物らしいからな、潜在能力もまだまだあるだろう。普通のモンスターなら近寄ってはこないだろう」


「そうなんですね。問題は……」


「あぁ。それでも近寄ってくるモンスターだ」


「はい」


「だが、それは2人で乗り越えよう。逃げてもいい」


「そうですね。2人で、ムルト様がいれば頑張れます!」


「はっはっは、期待してるよ。ハルカ」


食事の準備をしながらそんな話をしていた。


「でもムルト様、強くなるならモンスターを倒してレベルアップしなければならないのでは?」


「あぁ。確かにそうだ。だが、強さというのはレベルだけではない」


「レベルだけではない?」


「あぁ。強さというのは力だ。だが、その力をいなす為には、技術がいる。技だ」


「なるほど」


「俺はしばらく技を磨こうと思う」


「それもいいかもしれませんね」


「あぁ。力はもう憤怒の魔力と怠惰の魔力があるからな、2人とも協力的だし、大罪スキルの魔力コントロールも出来るようになってきたからな」


「しばらくはここに篭りますか?」


「いや、俺の体が動くようになったら移動しよう。毎晩組手を頼んでもいいか?」


「よ、夜の、く、組手ですかっ?!」


「あぁ。辺りが暗くて見え辛いかもしれないが、ハルカの練習にはちょうどいいハンデかもしれない」


「よ、夜の組手……で、でもムルト様には、アレが……」


「ハルカ?大丈夫か?」


「は、はいぃ!大丈夫です!やります!」


「そうか、それはよかった」


何やらハルカは慌てているようだが、きっと夜に慣れるかわからないのだろう。


時間がきたので、俺の召喚したスケルトンは消滅してしまった。

食事もとり、いい時間になっているので、外に出ることはない。昨日のような天気でもないので、吹雪く可能性は低いだろう。

俺はハルカに抱えられ洞窟の外に出た


冷たい風が、頰骨を撫でる

朝見た光景とは打って変わり、今度は月が雪原を照らしている。

青い月が白銀の雪を照らし、辺り一面を青く、そしてキラキラと光りながら、その存在を確かに感じさせる。

2人で作った雪だるまや、2人が倒れこんだ雪など、今日何をしたかを改めて教えてくれる。


「綺麗だ」


「綺麗です」


ハルカは雪に座り、俺はその横に置かれた。

空を見上げ、2人で月の美しさに見惚れている。


「ハルカ」


「はい」


「これからも、大変なことばかりだろう。

それでも、俺と一緒にいてくれるか?」


「ふふ、もちろんです!ずっとずっとムルト様と一緒にいます」


「そうか……感謝する」


月が優しげに雪を照らし、雪はそれに応えるように輝いて笑っている。

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